トニオ・クレエゲル (岩波文庫)

トニオ・クレエゲルはこんな本です

トニオ・クレエゲルの感想・レビュー(507)

表紙のあらすじが本編のおいしいところをかっさらっているよ……? 芸術家、というか表現者は死んでいなければならない、という点が実感に沿っています。その信念が変化していくのですが、最後トニオがたどり着く凡庸な愛について、一読では分かりませんでした。
★1 - コメント(0) - 3月16日

この小説は、文学を好む内省的な少年トニオ・クレエゲルが、自身と正反対の明るく美しい者達に惹かれ、恋し、憧れるものの、彼らに理解されず、言語に虚しさを感じ、自身の創作者の自覚を持つ事、を通して、芸術を語る小説です。私が読み取ったトニオの芸術観は、「芸術家は崇高でなく怪しい」(p39-40)、「文学者は崇高な経験を整えて味気なくさせる」(p44)、「詩によって救われる人間しか詩に惹かれない」(p47)などです。また、私は、解説に「作品に自画像を見る人に解説や分析や価値の評価は不要である」と戒められました。
★1 - コメント(0) - 3月5日

中学生か高校生くらいの時に読んだなら、もっとはまっていたかもしれない。前半で描かれる少年時代のトニオの、世間一般の人たちに溶け込めない感じはとても良くてむず痒い。そのまま大人になり、詩人になってしまったというのはある意味うらやましいことだけれど。旧友と再会しても声もかけられず、そっと覗き見て、軽蔑の視線を返されるというのもよく分かるところ。中盤の対話は少し退屈に思えたので、自分は詩人には向いていなさそうだ。
★4 - コメント(0) - 2016年12月15日

ドイツ文学らしい硬質で静謐な強さが根底に流れ、北方の憂愁のようなものを感じた。詩人トニオ・クレエゲルは、自身の天才を秘かに誇りながらも金髪碧眼の溌剌とした、愛想の良い、幸福で凡庸な人々への憧憬を捨て去ることができない。自分の芸術が自身と同じ類の人間ではなく、そのような凡庸な人々に理解され受け入れられたいと常に切望し、自分もそちら側の人生を送ることが出来たならと思う、永遠に「踏み迷っている俗人」であることの悲哀が全編を通じて散りばめられている。「最も多くを愛するものは常に敗者であり、常に悩まねばならぬ」
★33 - コメント(0) - 2016年11月23日

みんなから好かれるタイプの人―気さくで話すとおもしろくて容姿もいい人に憧れて、その人と仲良くなりたい、自分もそうなりたいと思う。しかし、できない。好かれたい人に好かれない、なりたいものになれない。自分の生まれ持った性質が邪魔してくる。今度は、自分の生まれ持った性質に従ってみる。しかし、それもうまくいかない。自分の理想はやはり、みんなから認められて楽しく過ごすことにあって、自分らしさなんてものを追求してもしょうがない。そんなどっちつかずの生き方にコンプレックスを抱く…という話かな。強引に言えば。
★3 - コメント(0) - 2016年10月26日

文学を志すトニオ・グレエゲルの若き日に愛した友人と女性の回想から始まり、故郷への旅行と彼らとの偶然の再会で物語は終わります。青春への決別と芸術への誓いが描かれます。ブッデンブローク家の人びとの若くして亡くなるハンノと本作のトニオは同一のモデルのようです。
★3 - コメント(0) - 2016年10月24日

jun
平野啓一郎が、若き日に感銘を受けた本として、たしか「スローリーディングの実践」に書いていた記憶があって、そういえば、トオマス・マンは読んでいないなぁと思い、古本の送料無料にするため購入。「窓掛け」など、今は余り使われない語が出てきたし、中程のリザベタとの会話は追いかけるのに大変。難しかった。
- コメント(0) - 2016年9月17日

難しい。あまり理解できませんでした。訳者は本作を「読者がそこに自分の自画像を読み取る作品である」と述べているけれども、私がその域に達するにはいくらか教養が足りないようです。いずれ再読しましょう。
★1 - コメント(0) - 2016年8月12日

トオマス・マンは『ヴェニスに死す』以来。 風景描写は相変わらず細かい。 幼少期の友達に対して、他の子と仲良くしてる所を見てしまった時の嫉妬のような心情も多くの人が一度は感じた経験があると思う。 異性への恋心や舞い上がってしまう気持ちは読んでいて懐かしく思った。 途中から急に時代が進んでいて、最初慣れなかった。 小難しい(芸術的?)な言葉も増えてきて重い。 トオマス・マンは映像で見るのが合っているのかも知れない。
★2 - コメント(0) - 2016年8月6日

うーん。こういうのは肌に合わないのかなあw
★8 - コメント(1) - 2016年7月7日

トニオは我がウェルテル。
★6 - コメント(0) - 2016年7月2日

ずっと大好きな作品だったが、『ブッデンブローグ家の人々』を読んだ後に再読すると、さらにトニオに対する愛着が強まった。マン自身の自画像であるトニオは、母から芸術家魂を受け継ぎながらも、父のように実人生を力強く生きる普通の人にも強く憧れ、どちらにも安住できない。しかし、その葛藤が、作品を生み出す原動力となっている。その生き方が、北杜生、平野啓一郎などの作家たちの共感を生んだのがよくわかる。
★29 - コメント(0) - 2016年6月21日

逆にものづくりで新しい着想を探している段階でも、 トニオのような葛藤は頻繁にある。 満遍なく試しながら選ぶことは、要するに無理なんだなと諦念に至った。
- コメント(0) - 2016年6月16日

堅実な北国人の父と奔放な南国人の母を持つトニオが、世間一般の人々と自分のままならない芸術家気質の間で苦悶する。芸術に疎い人々の無頓着さに辟易しながら、彼らとの交流も捨て難いので、結局周囲をウロウロと微笑みを以って眺めるのみというのは、今で言うコミュ障かなと思った。誰もが気軽に創作に関われるようになった現代、トニオのような人物が増えて、彼の時代より生きやすくなったのかもしれない。トオマス・マンの自伝的作品というが、Ⅰコリント13章の心意気がこの後のナチズムから、どのように影響を受けたのだろう。
★4 - コメント(0) - 2016年5月21日

俗世と芸術、つまり人間的なものと不可知のもの(おそらく宗教的、イデア的な美)のどちらに根ざしているのか、ということがテーマだろう。主人公はその二つの間に介在していて、これは前者が母親的なもの、後者が父親的なものとして語られる構造を取っているのかと。そのように考えると、最後の手紙というのは、俗世に根ざしながらの芸術を求めるという宣言の場面と言えよう。
★5 - コメント(0) - 2016年5月8日

最初に読んだ時は散漫な読み方をしてしまったからか、内容を深く捉えられなかった。二度、読んだことで、その理由と作品の構成や構造がよく見え、理解することが出来た。芸術と俗世の狭間に揺れ動くトニオ。少年期と成年期に物語が分かれる。そして、芸術家としての誕生を描いた間をつなぐ挿話が、二つの物語の筆致と異なり、やや難しく、読みどころでもある。芸術を要さない俗世を見下す一方、憧憬も抱く。そんな彼に、事実をつきつける芸術仲間の女友達の台詞が痛快だ。読書好き、文芸が好きな人は必読の書と思う。
★27 - コメント(0) - 2016年5月1日

inu
「ハンス・ハンゼンの生き方をうらやんでいるくせに、彼を自分の生き方のほうへ引き寄せようと、絶えず努めていた」シーン、長々とリザベタに話した後、芸術家の彼女に「横道にそれた俗人」「踏み迷っている俗人」と明言されてしまうシーンに共感と赤面。だけれど「芸術の中にまぎれこんだ俗人」と自覚し、マイナスの感情からもプラスの感情を意識できたり、トニオは周りをよく観察して細かな空気を読む、優しくて素晴らしい人間だと思った。
★4 - コメント(0) - 2016年3月22日

なんてこった、これは私だ!!普段は浅いとバカにしきっている彼ら、能天気で明るくてしあわせで鈍感で真っ当な彼らに対する、あの気持ち。出来ることならあちら側に生まれたかったという、羨望と嫉妬と軽蔑と憧れとがないまぜになった、やり場の無い感情が、ものすごく丁寧に描かれており、あああああっと心の中で何度も咆哮した。そうだよね、子供の頃から役割は決まりきっているんだ。私はずーっとクレエゲルの側だった。でも、彼の言う通りだ。私はもう一度生まれても、きっとまた、傍観者になってしまう。残念なような、誇らしいような。
★6 - コメント(0) - 2016年2月22日

mi
芸術家の悲痛な告白。そして回顧からの前進。孤独なトニオの人間臭さがかなり良い。そしてマンの創作への葛藤も恐ろしい程伝わってくる。 〝この世界のどこを探したら、ほんとうに金髪碧眼の晴れやかに溌剌とした幸福で愛想のいい凡庸なハンスやインゲボルグに出会うことが出来るだろう” というあとがきに全く同感。果たして世の中は完全に病んでしまったのか。 とにかく多くの芸術家を応援したくなる、そんな一冊。
★18 - コメント(2) - 2015年12月10日

F8
可哀想なトニオ。芸術家気質を持ち合わせて生まれてきたばかりに、尋常に憧れるも尋常にはなれず、かと言って尋常を損なうのをよしとすることもできず、苦しい二律背反を背負わされて。けれども、大人になった彼が物事を語る時、折に触れて思い出を引き合いに出すのを見て、たとえそれが苦い経験だったとしても、かけがえのない構成要素として彼を形作っているのだと感じました。そして、それらの構成要素をきちんと受け止めて、彼は芸術家としての高みを目指そうとしています。その姿に、私ももう少しだけ頑張ろう、と元気付けられました。
★35 - コメント(0) - 2015年12月9日

俗人的とは違う感性を持ったまま成長していく中で葛藤が生まれるという部分はヘッセのデミアンに通じるところがあると思ったが、デミアンの主人公ジンクレエルが俗人とは違う選ばれた人間として描かれているのに対し、トニオグレエゲルは芸術的感性の方にも振り切れずに最後まで葛藤が続く。前半と後半で同じ構成でこの葛藤を描き、主人公の立ち位置の変わらなさを強調する辺り、上手いと思うし、よりリアリティがあるように感じた。それでも一読した感じはデミアンの方が好きかな…
★9 - コメント(0) - 2015年11月30日

「凡庸性の法悦に向かっての、ひそかな烈しい憧憬」とあるように、クレエゲルは傍に理想的な社会としての「碧い眼をした、晴れやかに溌剌とした、幸福で愛想のいい凡庸な」二人の友人を置いて、その形姿に憧れ続ける。しかし北海的風土で生まれた厳格、保守的である貴族の父と、奔放で黒い眼と髪を持った美しい母との間で、見出しようもない間隙において逍遥する。
★4 - コメント(2) - 2015年11月15日

難しい。読み進めていくうちにさらに難しい。言いたいことはわからんでもないが、私の学力が追い付かない。消化不良とはこれかもしれないなあ。彼の感じているものは一体今の世の中にどれだけいるのだろうか、という事を多く書いているような気がする。何を読んでも同じ感想しか書けないことが恥ずかしい。カフカに通ずるものがあったなあ。
★3 - コメント(0) - 2015年11月8日

多分今後幾度となく読みたくなる本になるでしょう。
★3 - コメント(0) - 2015年9月1日

常に芸術的でありたいとの強い思いと俗人的でもありたいとの葛藤で悩み迷うトニオに、「踏み迷ってる俗人」と言ったリザベタの言葉はトニオに大きな影響を与えたことでしょう。約束通りデンマアクから綴った手紙に「芸術にまぎれこんだ俗人…」と自身の言葉で結論付けれたことは、父母から受け継いだものを自分の中に受け入れられたのかな? 帰る場所を見つけたトニオ。初めてもっとよきものを作ると確信したとの手紙を受け取ったリザベタはとても喜んだことでしょう。
★12 - コメント(1) - 2015年8月31日

通読すれば著者が伝えたいことはわかる作品。だが比喩はどうだろうか? 文体や比喩がすべて美しいといえる作品は少ない。だが、この作品はその少ない部類にはいるだろう。老胡桃(古からの知性=永遠普遍の真理)、噴水(汲めども尽きぬ凡庸な欲望)、性別に関わらない愛(ハンスとインゲ)、13年間(13階段=審判の時)など、とにかく隙がないくらい完璧。そうなると終盤に登場する痩せぎすな少女との関わりに鍵があるように思える。黙って見ていることと手を差し伸べる違い。トニオが自分自身に下した審判はここに秘められているのだろう。
★30 - コメント(1) - 2015年8月1日

 「芸術」と「平凡」の、どちらにも安住できずに思い悩む青年トニオが、その孤独と憂鬱の中に愛を見出す青春小説。  憧憬と侮蔑、嘆美と嫌悪、自尊心と自己嫌悪・・・アンビヴァレンスに迷い、葛藤する心理は、誰もが共感できると思う。優れた作品って、時代や住む世界を超えるんだな、と痛感。訳も良い。
★5 - コメント(0) - 2015年7月20日

芸術家という人種に対する懐疑と普通の生活を享受している人達への羨望、トニオの告白がトオマス・マンの告白のようにも聞こえワタシには芥川龍之介の姿が蜃気楼のように重なった。そう、此処にもあった孤独と母親の存在。 素朴で切ない教え『最も多く愛する者は、常に敗者であり、常に悩まねばならぬ』
★16 - コメント(0) - 2015年6月18日

高慢!本なんか読んでる、詩なんか書いてる、例えば固有名詞ひとつをとって挙げるとしても恐怖なのだ、俗っぽく思われたくない、私は高尚な世界に憧れ自分の平凡さに悩む、いや、それどころか実際自分の思っている通りになりすぎてしまっているんだ、全く決めつけて気取っている、背伸びばかりで飛ぶことも落ちることもできないで、そんな屈折した自分を守るために健全な人々を否定することもしたくない、どちらにも負い目を感じて、どちらにも相容れないで居場所はなく、どちらにも羨望して軽蔑して屈辱を感じている、とても見てられないよ
★6 - コメント(1) - 2015年6月12日

共感できる面が多くて逆に辛くなった
★5 - コメント(0) - 2015年5月20日

一度読み、続けざまにもう一度読んだ。 俗人を軽蔑する、美の崇拝者たる芸術家を嘆美しながら、一方で、文士から詩人を作り出すのは凡庸なものに対する自らの俗人愛だ、とするトニオの立場は曖昧で微妙だ。 何が芸術家であるか、という問いへの答えではなく、先行の芸術家たちに対する著者の立場を、トニオの自己受容に重ねて示したんだろう。 それはともかくとして、自分の経験の一部がトニオの焼き直しだったと思えるほど似たような道を辿ったので、良くも悪くもおおきなダメージを受けた。 帰郷の場面なんかは物語的にも面白い。
★21 - コメント(0) - 2015年5月4日

rb
トーマス・マンが28歳のときに書き上げた、彼にとっての『ヴェルテル』とも言われる作品。芸術家の世界にも俗人の世界にも安住できない孤独なトニオ・クレエゲルは、「凡庸性の法悦に対する憧憬」を抱く。岩波文庫の半世紀前の翻訳ということで身構えていたが、古臭さを全く感じない名訳だと思う。特にトニオ・クレエゲルがハムレットのような饒舌さでリザベタに語りかける言葉は圧倒的な力強さである。終盤で過去に向き合うときの寂寥感もまた良い。「ある人々は必然的に道に迷うのだ。彼等にとっては、もともと本道というものがないのだから」
★38 - コメント(0) - 2015年4月29日

実吉晴夫氏のあとがきが非常にわかりやすい。繰り返し読む価値のある本である。
★3 - コメント(0) - 2015年3月19日

u
けっきょく、幸福な芸術家というのはありえないのだろうか。俗人 (あるいは小市民) と芸術家のどちらにも定住できず苦しむトニオ・クレエゲル。前者としての無垢な幸福を得ずとも芸術家になれたのだから、僕にはトニオでさえ羨ましかった。ハンスとインゲボルグ (の影?) を目にしたトニオはまたひとつ彼独特の考えを得たようだけれど、これからの彼はどのような作品を生み出していくのだろう。トオマス・マンのほかの作品も読んでみたいと思った。
★7 - コメント(0) - 2015年3月18日

芸術家ではないが、全然別の分野に身を浸しても共感できる点が多々あると感じられる。トマス・マンのように神がかりの文章として表せないだけで。
★4 - コメント(0) - 2015年3月14日

若き日の憂鬱が見事に描かれたcoming of age story。しかし、短いながら難解です。同じ匂いのする、ゲーテの「ウェルヘルムマイスターの修業時代」は読書途中で中断しているのでそろそろそちらも再開しないとな。
★3 - コメント(0) - 2015年1月31日

「芸術家と俗人」というテーマで書かれたトーマス・マンの自伝的作品。芸術家としての、自意識を持つトニオ・クレーゲルは、芸術家の世界に引っ張られて行きながらも、俗人(市民)の世界へ馴染むことを捨てられないでいる。その狭間で悩む姿は物事は違えど何か共感を持った。素晴らしい心理描写と情景描写、そして訳の素晴らしさ。1回読んだだけではわからないところもあったので、また読み直したい。短いのですぐ読めるのもいい。それなのに内容もテーマも深く、ただ嘆息するのみです。青春小説としても素晴らしい作品です。
★17 - コメント(1) - 2015年1月30日

「芸術的なのはただ、われわれのそこなわれた、われわれの神経組織が感じる焦燥と、冷たい忘我だけなのです。」と言ってのけるクレエゲルの、あるいは、叶わないことを知りながら、晴れやかに溌剌とする凡庸で幸福な人々を追い求めたクレエゲルの、「僕は人生を愛しています」という告白に胸を打たれる。
★8 - コメント(0) - 2014年12月20日

トニオ・クレエゲルの 評価:66 感想・レビュー:131
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