自省録 (岩波文庫)

自省録はこんな本です

自省録の感想・レビュー(671)

N
自身への訓戒か箴言のような短文が列ぶ。訳は「生きがいについて」で有名な神谷美恵子。内容はたとえば、目標に向かってぶれるなとか、人や周囲が変わるのではなく自分の考え方を変えろ、など。ローマを治めた指導者の考えを覗くことができるとは感慨深い。当時はストア哲学がはやっていたが、本書にはディオゲネスやソクラテスも出てくる。もちろん、ニーチェや西田幾多郎は出てこず、本書の書かれた年代に思いをはせてしまった。彼は121年に生まれた。2000年経っても彼の言葉は色褪せない。
★2 - コメント(0) - 3月16日

他人に関する思いで君の余生を消耗してしまうな。そうすることによってほかの仕事をする機会を失うのだ(3章4)
★4 - コメント(0) - 1月18日

お正月の積読本消化用読書。賢帝として知られるローマ皇帝による著作で、断片的な思索メモのような趣。岩波文庫というブランド、マルクス・アウレリーウスという著者名、自省録というタイトル名、神谷美恵子という訳者名、すべてそろうとなにか素敵な響きがあり、読んでいる私の虚栄心をいい感じにくすぐってくれました。内容?重複が多いので、多分30ページ程に著者の意見はまとめられるように思いますが、これをまとめてしまうと、この本の持ち味(読んでいる人の気持ちを落ち着かせるような効果等)は損なわれるかもしれません。
★19 - コメント(0) - 1月3日

この本のように自分の欲求を抑制出来る人ばかりになったら世の中どれぐらいよくなるだろう。しかしとても難しいのがこの世の中である。
★3 - コメント(0) - 2016年12月24日

たいして深いことばはないな。普遍的知識や自由意志という概念がある。自己啓発書として大ベストセラーになってるようだが、こんなもの読んでも無駄。ただ、哲学王といわれるローマ皇帝が現在の我々から見たら何にも賢いわけではないことを知るには充分かも。
★12 - コメント(2) - 2016年12月19日

16-29/4
★1 - コメント(0) - 2016年11月13日

ストイックの語源にもなったストア哲学の体現者として知られる皇帝アウレリウス。彼の、現代でいうツイート集が本書である。理性的であれ、善であれと己を戒め続ける生き方はまさにストイック!しかし理性的であるはずの彼は蛮族討伐の遠征中に戦場にてその命を落とすことになる。理性と善はどこにいったのだろうか。まぁそんな些事はともかく、今をときめく会社員の皆様におかれましてはこの自省録、上司に読んでもらいたい哲学書No.1と言っても過言じゃない。利己的にならず、常に世のため人のために動く、そんな上司に僕もなりたい。
★22 - コメント(0) - 2016年11月8日

寝る前に少しずつ読んだので非常に時間がかかった。2000年近く前の人のつぶやきだが、褪せてない。こんな凄い人も反省するのだから、私だってミスがあって反省するくらいなんてことないか・・・とある晩励まされた。
★8 - コメント(2) - 2016年10月25日

プラトンが理想とした哲人王がローマに一人だけいた。それが五賢帝の最後、マルクス・アウレリウス・アントニヌス。第一巻は父母や祖父その他、様々な方面への謝辞が続く。謝辞のやり過ぎが阿諛追従に見える。第二巻はうって変わってダメ人間への罵詈讒謗。第三巻からは読者に熱い檄が飛ぶ。凡庸な読者である私には、この熱さが気持ち良いのだか、ある意味他人事のように見えて、なかなか本の中に入っていけません。芸能人に喩えると、松岡修造を見ているような気がします。
★46 - コメント(2) - 2016年10月15日

善い。
★6 - コメント(1) - 2016年10月8日

自分に対する厳しい倫理感、他者への寛容性。私利私欲を排除して、おごらず、如何に宇宙や自然の摂理と調和して生きるか。 生涯問い続けた著者。 これは自分の日記だというから、決して飾った文章ではない。本心からそう思い、生きていた古代人。尊敬するとともに自分も少しでもそうありたいと自省。
★3 - コメント(0) - 2016年10月4日

読みさしのまま残っていた分をふと思いついて寝しなに読んだ。この本を手に取ったきっかけは、イギリスの片田舎に隠棲しておいでのライクロフト翁が、枕頭の一書としてマルクス・アウレリウスを挙げていたためだった。彼の哲人皇帝はいかにもストイックで、まるで、自分は自分の目をもってしか人生を見ること能わず、なればこそ我として生くるこそ大事なれという、当たり前だが、それでいて勇気をくれる真理を、語りかけてくれているかのようである。この本は、わたしにとってもまた、枕頭の一書になりそうである。
★3 - コメント(0) - 2016年9月17日

Twitterやブログみたいで面白かったです。ただし、恐ろしく意識の高いアカウントです。
★5 - コメント(0) - 2016年9月10日

「目標に向かってまっしぐらに走り、わき見するな」「君は多くの無用な悩みの種を切りすてることができる、なぜならばこれはまったく君の主観にのみ存在するからである」等。人間の悩みが今も昔も変わらないことを感じます。神谷さんの訳が読みやすいです。「ぶつぶついうな」・・・すっぱりと気持ち良い言葉!
★4 - コメント(0) - 2016年9月9日

「生きがいについて」で「人間の存在価値は無償にある」とした神谷さんの翻訳で、彼女が若き日に深く傾倒したといわれるほど、この本の内容は彼女の生き方に通じるものがある。自省録は、ローマ帝国の五賢帝の一人と言われるマルクス・アウレーリウスが自分への戒めの言葉として書かれたといわれているが、ストア哲学を基本として、いかに生きるべきか、常に人間のあるべき姿を追い求めて、そこに到達しようとする姿に心打たれたし、彼の生き方を参考にしたいと強く思えた。どんな人をも許す考え方は日本人に愛される理由か。座右の書としたい。
★4 - コメント(0) - 2016年7月29日

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『宇宙即変化。人生即主観。』目に映る全てのものや、心に感じる全ての感情がこの言葉に集約される程、真理をついている。 こんなすごい言葉に出会えただけでも読んでよかったと思えた。
★6 - コメント(0) - 2016年7月14日

五賢帝最後の一人、マルクス・アウレリウス・アントニヌス。ストア派の哲学者としても知られる、彼の手記。皇帝としての責務に耐え、迫りくる蛮族と戦い、崩れつつある帝国を必死に支えた筆者。彼自身は一人の哲学者として生きることを望んだが、時代は彼に賢帝であることを望んだ。その大きすぎるギャップは、悲劇なのか、それとも歴史の必然なのか。山積する困難から逃げることなく、たった一人で立ち向かっていくその姿。気高い魂の記録には、読むたびに殴られたような衝撃を与えられる。座右の書とは、この書のためにある言葉だと思う。いちおし
★4 - コメント(0) - 2016年6月23日

こんな人がこの時代にいたのだろうか?懐疑心がでてきてしまうのはなぜだろうか?歴史上の話はなんとでも書けるのでね。思想を学ぶという意味では、とてもいい本ではないかと思います。こういう思想を抱ける人がいるのに、世の中はまったく良くならないのですよね。なんでなんだろうか?世の中というものは、簡単ではないな。だって、人を不幸にすることを公然とやり続ける人がたくさんいるのですからね。みな平等に幸せになれるようにどうすればいいかと考え、実行することは、そんなに難しいことなのでしょうかね。
★4 - コメント(0) - 2016年6月19日

ストア派哲学を修めたローマ皇帝の著…というとなにか高尚で浮世離れした印象を受けるが全然そんなことはなかった。なにしろ「朝なかなか起きられない時は」とか「あんま他人のこと考えて患うなよ」とか、そういう身近な悩みについてのアウレーリウスの見解が書かれているのだから。訳者解説の指摘のとおりこの本は「哲学書」としては思想的発展はなかったのかもしれない。しかしローマ皇帝という大組織の長が、現代日本に生きるリーマンと共通する悩みに、どう対処しようとしたかのヒントが散りばめられており、「実用書」としては超一級品だ。
★3 - コメント(0) - 2016年4月24日

ローマの哲人皇帝による覚書。「ストイック」の語源であるストア哲学を実践したとのことで、自然に神の善なる意思を認め、自然から創られた人間は理性をもって善をなさなければならないとする。そのためには欲望や些事を退けて自足することが必要で、あることが不要もしくは実現不能と判断されればさっぱりと捨てて己の仕事に励むという、非常に実務的で「使える」考え方といえよう。ただ、この考え方を奉ずるあまりに人生そのものを捨てているようなところがあり、病的な印象を免れない。たしかに理念としては美しいが注意を要する。
★12 - コメント(1) - 2016年4月5日

読む人によって姿を万華鏡のように変える哲学書。一部の専門用語を除き、難解な言葉は使われておらず、非常に分かりやすい言葉で書かれている。物事の本筋を見極めるための考え方が書かれてある。本質は自然な循環か。
★4 - コメント(0) - 2016年3月31日

葡萄の世話をする葡萄栽培者
★4 - コメント(0) - 2016年3月14日

思い起こせ、君はどれほど前からこれらのことを延期しているか、またいくたび神々から機会を与えて頂いておきながらこれを利用しなかったか。しかし今こそ自覚しなくてはならない、君がいかなる宇宙の一部分であるか、その宇宙のいかなる支配者の放射物であるかということを。そして君には一定の時の制限が加えられており、その時を用いて心に光明をとり入れないなら、時は過ぎ去り、君も過ぎ去り、機会は二度と再び君のものとならないであろうことを。(p26)
★8 - コメント(0) - 2016年3月9日

第四巻28に、「腹黒い性質、女々しい性質、頑固な性質、獰猛、動物的、子どもじみている、まぬけ、ペテン、恥知らず、欲張り、暴君。」アウレーリウスが自分のことを、このように記してる。思索と瞑想を好んだアウレーリウスが記した「自省録」。「君は・・・。」と自分自身に、人間の生について何度も語りかける。読まれることを前提にしていない分、率直な言葉で書かれている。哲人皇帝でさえ、かなりの劣等感に苛まれていたことが想像される。もちろん私とは全く違うレベルで・・・。後期ストア学派の哲学に、癒される気がしないでもない・・。
★13 - コメント(0) - 2015年12月7日

二千年も前に生きていたひとから、こんなにも多くを教わるなんて。
★4 - コメント(0) - 2015年12月2日

表紙に惹かれ岩波文庫版を選ぶ。表紙のマルクス・アウレリウスは、覇気がなく物憂げな表情。天災や蛮族の襲来など、先帝の統治期間と違い問題山積で思うようにならない統治と病弱な体を呪い、このような表情で過ごす時間は長かったでしょう。そんな自分を叱咤激励するように、書くことで克己復礼の精神で統治を行っていたのだと感じました。
★4 - コメント(0) - 2015年11月12日

キチガイめ
★19 - コメント(0) - 2015年10月30日

んー。真面目ー。と思いながらちまちま読み進めていたら突然の神谷美恵子さんの解説。で、硬い言葉たちがストンと心に落ちた。全ては主観。自分の指導理性に忠実に生きるべし。
★7 - コメント(0) - 2015年10月20日

マルクス・アウレーリウスはローマ帝国の五賢帝の一人。哲学を命の糧として生きていたが、やむを得ずローマ帝国の皇帝となり戦争の内に一生を過ごした。しかし、彼はあくまで哲学を生命の中核において生きていた人である。宇宙的なロゴスを自らの内なる理性に見出し、ストア哲学の一つの結晶である本書を書いた。ストアの禁欲的な倫理は、キリスト教に対立し、のちにデカルトやスピノザの内に復活する。現代のおいては、ミシェル・フーコーやニーチェにも遥かに連なっている。ストア哲学こそ未来の哲学である。
★16 - コメント(0) - 2015年10月7日

四書五経みたいな感じなんだけど、私はこっちのほうが好みです。より個人にスポットを当ててるイメージ。西と東の差か。
★4 - コメント(0) - 2015年9月27日

ストア哲学を基に善を追い求めた皇帝。「私があれほど奮闘したり、祈ったり、気を使ったりしてやったその仲間達でさえも、もしこれで何か他に利益が得られはしまいかとの期待から、私のいなくなるのを望んでいるのだ。こんなことなら誰がこれ以上ここに滞在することに執着しようか」「人間は隣人を憎み嫌うことによって自分で自分をその隣人から切り離すのだ。しかも彼はそうすると同時に共同社会の全体からも自分を削除したことを知らないのである・・・だから同じ幹の上で成長せよ。ただし意見は同じくしなくともよい」今にも通じる言葉の数々。
★7 - コメント(0) - 2015年9月19日

つらいときに読むと元気がわきます。時代や国も全然違うのに人間の悩みは変わらないんだなあと感慨にふけります。
★6 - コメント(0) - 2015年9月14日

真理に近付く為に、他人の意見を受け入れ、自分を客観的に評価する。 自分の中に、解決策は既に潜んでいる。
★5 - コメント(0) - 2015年8月31日

「人はただ現在、この一瞬間にすぎない現在のみを生きる(3章10)」というのは禅にも通じる考え方。 心の中に平和な隠れ家をつくれば、田舎や海岸にひきこもらなくとも、安らかになれる。これも禅的。
★2 - コメント(0) - 2015年8月26日

我々の言うことや為すことの大部分は必要事ではないのだから、これを切り捨てればもっと暇ができ、いらいらしなくなるであろう。それゆえに、ことあるごとに自分に問うてみるがよい。「これは不必要なことの1つではなかろうか」と。 エッセンシャル思考だわ。 大切なことって今も昔も変わらない。真理に気付いて、行動できる人がきっと。
★6 - コメント(0) - 2015年8月17日

自省録の 評価:56 感想・レビュー:209
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