科学者が人間であること (岩波新書)

科学者が人間であること 岩波新書巻の感想・レビュー(91)

専門・細分化する科学こそが正しく、有益であるとする科学のあり方に疑問を呈し、人間が自然の中にあって科学するとはどういことか?を丁寧に解説してくれています。優しい文章に著者の人柄伝わってくる感じ。自分が関わっている教育の分野に思いを馳せながら読みました。
- コメント(0) - 2月19日

まずもって大森荘蔵が出てきたことには驚きました。まさに「教養」(私のこの言葉に対する感覚は旧制高等学校的な響きを持つ全くアナクロなものであるが)なきグローバリゼーションの進行に対する老生物学者からのアンチテーゼの一種であろうと凡人は思うが、それは全くの勝手な読みだろう。現代のソフトウェアが吐き出すのは所詮近似解に過ぎないものであるんだろうな、それの受け止め方を間違わないようにしないといけないんだろう、と我が肝に銘じよう、としばし思い、そして日常生活に戻ります。
- コメント(0) - 2月5日

科学と科学者はどうあるとよいかを考察した本であった。その答えの一つとして、「重ね描き」がある。科学と日常は別々の世界ではない、自然の中で人間は生きているなど私も共感できることが多かった。一方、私が驚いた著者の考えは「サイエンスコミュニケーターは不要」だ。役に立つ科学の事実の伝達になるだけだと著者は主張していた。この意見には納得いかなかった。博物館で働く学芸員やサイエンスコミュニケーターは必ずしもそうでないからだ。体験をしてわかってもらう活動を中心にしているはずだ。この活動は著者と同じものだと私は思う
★8 - コメント(0) - 2016年10月24日

筆者は、人間は自然を制御できるんだという思い上がりを厳しく批判しています。また、今の社会は「役に立つ」科学を重要視しすぎていて、社会の役にたたないと予算もなかなかおりません。そのため、研究者の中にはいかに社会の役にたつか(=儲かるか)を基準に研究している人もいます。そのような態度を批判し、たとえDNAなどのどんなに小さな世界を研究していても(密画的世界観)、「人間も自然の中にいるということ(略画的世界観)を持って研究しないといけない、と警鐘をならしています。著者が館長を務める生命誌研究館にも行きたいです。
- コメント(0) - 2016年7月23日

VOI
科学が日常感覚から遊離してしまったと、著者は警鐘を鳴らす。知識の積み重ねにより「知る」ことが重視される反面、それらは本当に実感を伴って「わかった」と言えるのか?解決策として、密画的世界観と略画的世界観の重ね描きが提案される。よく考えれば当然のような気もするが、いつの間にか忘れていたことに気づく。自然科学者にも教養が必要だと著者は言う。
★3 - コメント(0) - 2016年7月2日

のんふぃくしょん
- コメント(0) - 2016年5月5日

近代科学技術のとりこになっている科学者がいかに人間性を取り戻すかが、これからの科学の歩むべき道であるというテーマ。読み進めていて、オルテガあたりが頭をよぎる。その思いのヒントとなる先人の考え方などにはそれぞれなるほど、とうなずくのだが、筆者の言いたいことが「密画的」なのか、「略画的」なのか、論旨がぼやけてみえることがしばしばだったのはちょっと残念。
★1 - コメント(0) - 2015年10月25日

kei
タイトルで、科学者も人間である(ので誤謬もある)という話かと思い、買ってしまって、読み始めてから気付いた。(グールドの『人間の測りまちがい:差別の科学史』のような本かと思って手にとった。)
- コメント(0) - 2015年5月3日

「人間は生きものであり、自然の一部である」というところから出発する「生命誌=生命の歴史物語」という発想に興味を持った。日常と密着した日本発の生命科学が進展すると良いと思う。 【心に残った言葉】宮沢賢治や南方熊楠らの仕事にヒントを得た「重ね描き」による「新しい科学」(199頁)
- コメント(0) - 2015年3月13日

自分が常日頃考えていることに近いのですんなり読めた。若干二項対立が過ぎる感がしたが、新書だし、わかりやすさ優先だとこの辺りが良いところか。
- コメント(0) - 2015年1月31日

「自然の一部としての人間」、「生きものとしての人間を知り、そこから新しい生き方を探る」まさにこれからの日本に必要な視点だと思います。静かな口調で、でも熱く語られている内容に深く共感しました。
- コメント(0) - 2014年12月10日

東日本大震災による福島第一原発の事故を受け、科学者が使用した「想定外」という言葉への違和感に対するコメントから始まります。科学は根拠に基づいているものの、現在、全てのことがわかっているわけではありません。わかっていることだけで物事を考え、わからないことを「想定外」と切り捨てるのではなく、略画と密画を重ね描いて物事を多面的に捉える姿勢は、科学者のみならず全ての人に求められることだと思いました。
★1 - コメント(0) - 2014年10月23日

大体のメモ。「震災直後の現地で、芸術家は心を慰め、建築家は家を作れる。しかし科学者がその場でできることはできることはないのだ。自然科学が人間以外のものを分析し解明し支配する、という発想になりすぎてはいないか。自然に「想定」外がある段階でおかしい。己も自然の一部だと思い出し(かといって科学を全否定することなく)、科学と自然体験を重ね合わせられるとよかろう」「賞味期限だけをみて自分の五感で判断していない、なんてないか?」直前に森博嗣の新書を読んでいたのでつながる感じ。
- コメント(0) - 2014年9月13日

科学とはなにか、科学者もまた自然に生きるものだという観点。フクシマの件も昨今の細胞問題も、科学万能主義というか0か1しかない風潮が問題なんだろうな。
- コメント(1) - 2014年8月9日

・朝日、中日、日経、読売 書評掲載 『今、科学や科学技術のあり方に疑問が出されてはいますが、残念ながらそれは、科学の本質を問い直すものではありません。科学が明らかにする技術を否定する必要はありません。そうではなく、気をつけなければならないのは、科学による理解が優れており、日常的感覚での世界の理解は遅れていると受け取ることです。この二つを縦に並べて優劣をつけることです。「科学」では、痛みや美しさの感じなどが語れないことは明らかなのですから、科学だけで世界を理解することはできないとする必要があります。』
- コメント(0) - 2014年7月29日

「神はサイコロをふらない」のかもしれませんが、自然が想定外だということは、先の大震災で誰もが承知した事実。人は理だけでは動かないし、自然も合理的な論理を持っても制御できない。知性で世界を開くのではなく、感情で意思決定することの方が人間らしいのではと思えてきます。『人間であること』とは、「人徳」と「信頼」を備えることなのではと、自分なりに考えてみました。細分化ではない、重ね描きの中にある厚みに、それらは生まれるのでしょうか。
★26 - コメント(2) - 2014年5月26日

3.11の大震災をきっかけとして科学者・技術者の専門家としての姿勢を問い直している。 わたしは、この本を読んで専門家はどうあるべきかや、ものの見方、自然観をどう捉えるかを考えている。 知の構築とその呪縛 / 大森荘蔵 を手に取るきっかけとなった。
★1 - コメント(0) - 2014年5月5日

大学の友人の薦めで手に取り、読了。文系の私的には科学者は、存在の遠い人種ですが、強く共感。東日本大震災後「想定外」という言葉に違和感を感じていた一人として、その言葉が自然をコントローラブルな物と捉える人間のエゴだとする筆者に強く共感。科学者や哲学者や経済学者などは、自然のなかで日常を生活するなかでの事象を捉える共通的な考えがあり、全てが繋がっているんだと目からウロコです。しかし、こうした考えに至るには人間として長い人生を経ての結論だろうなと。立場や表現は違えど、年配の話には共通的なものを感じるね♪
★1 - コメント(0) - 2014年4月28日

学生時代のバイブル「細胞の分子生物学」監訳の中村桂子先生は、私にとって「神様」(女神)の一人。先生のライフワーク=渾身の迫力に満ちた珠玉の一冊。機械論的科学は死物化したものを見ているという大森荘蔵の警句:対象をミクロな視点で切り分ける密画的視点に、全体を俯瞰し人間(科学者)も生きている自然の一部であるという略画的視点を「重ね書き」することこそが肝要。重ね書きの先達、宮沢賢治、南方熊楠の例を引きながら警鐘を鳴らす。科学者こそが変わらなければならないとの指摘は小生の胸に痛い。生命誌研究館に行かねばならない。
★3 - コメント(1) - 2014年4月9日

積読と断読を繰り返した本を読み終えた。3.11での原子力関連の科学者に物申す本だと感じた。「天災に対して、想定外」なんて云っちゃいけない、想定ってことは、人間がすべてをコントロールすることであり、自然相手にコントロールは不可能でしょう。と云う前振りから始まる一見、過激な本でした。感じたのは、重ね描きと云う手法と熊楠が書かれていたことだ。熊楠は、凄い人だったんだなと改めて感じた。
- コメント(0) - 2014年3月29日

本書を手に取った理由はただ1点。本書は大森荘蔵の重ね描きが下敷きになっており、この解明が主題となっていることです。大森の「知の構築とその呪縛」は2回読みましたが、「デカルト、ベーコン等の機械論的二元論批判、略画と密画の重ね描き」は私にはどうもしっくりきていませんでした。よって、本書が私の疑問とどう向き合っているか、この解明で読み始めました。結論は50%です。例え話は分かり易いのですが、重ね描きは数値化=死物化を超えるものと問題提起しながら、終章で教養の有用性で結論づける議論は今一つしっくりきませんでした。
★3 - コメント(0) - 2014年3月8日

アインランドの小説の一文…「あのね、神って─何をそう呼ぶかはともかく─最高の可能性を秘めた最上のものの概念でしょう。そして自分自身の可能性より高いところに最上の概念をおく人は誰でも自分と自分の命を軽く見ている。」神を科学に置き換えれば見えてくる。科学が世界を語りきることは今のところできていないし語りきられたら生きてる意味を見失ってしまう。著者の意見には全面的に賛成。ノーベル賞の小柴さんが言ってたように「役に立たない。」でもいいと思う。「科学を愛しているかどうか」です。科学を人に置き換えると見えてくる。
★6 - コメント(1) - 2014年2月28日

発見競争に明け暮れているような素晴らしい頭脳をお持ちの科学者の方々がこのような問題意識を持ってくれたら世界は変わるだろうにね。昔の世界がよかったんだとか主客合一の東洋思想がやっぱり優れてるんだなんてのも安直。21世紀から始まる新しい文明の挑戦にかかわる本です。中日のコラムですごい人だなと思ってた中村さん。言葉や感覚が、とてもわかりやすいです。中村さんは「当たり前のこと」と何度も強調されていますが、わたしは当たり前だけど新しい!と思いました。ドキドキします。やっぱり人間を信じたい気持ちがあるようです。
★3 - コメント(4) - 2014年2月7日

ポスト3・11の科学者へのメッセージ。科学が明らかにした知は放棄せず、日常的感覚での世界の理解を大切にする『重ね書き』という概念はふにおちました。最大の驚きは、きかんしゃトーマスのテーマソングの一つに『じこはおこるさ』があること。科学を絶対視シテハイケナイことを教えてくれます。
★12 - コメント(0) - 2014年1月19日

★★★★★
- コメント(0) - 2014年1月9日

自然を相手に研究するとき、想定することの難しさ。科学をその限界を含め正しく理解し真摯に向き合うことが大切であるということ。日本人独特の繊細な自然観が、これからの科学に求められる気がしました。
★10 - コメント(0) - 2014年1月1日

当然のことだが、人間は生き物であり、自然の中野一部である。これは当たり前のことではあるのだが、ある分野飲みを専門的に学んでいくうちに、そのような大前提が置き忘れられてしまうこともある。学問を深めるためにそこを見続けることは必要だが、それを社会に還元する際にはより広い視点も必要となる。
★6 - コメント(0) - 2013年12月20日

hal
著者のライフワークである生命誌や、略画・密画、重ね書き等、独特の語彙が書き連ねられ、中盤までちょっと得心しにくい展開かと思ったが、宮澤賢治・南方熊楠が登場するあたりの論考は分かりやすいものだった。平たく言えば木だけでなく森も同時に見なさいという著者の主張を科学者以外にも敷衍する後書きも分かり易かった。無邪気な軍事オタクのようにみえる指導者率いるこの国の“リーダー”達にも、“人間であること”を要求したい!
★3 - コメント(0) - 2013年11月29日

日本人には当たり前のはずの自然との共生感。科学技術に追いやられてませんか?という問いかけ。 http://www.4-de.net/changebook/?p=476
★9 - コメント(1) - 2013年11月26日

科学者として人類に果たさなければならない役割・使命感をもつものと、職業としての科学者、つまり金儲けのための科学を実行するものと、2通りの人がいる。これは科学者に限ったことでなく、政治家と政治屋など、すべての職業にも言える。そういう”屋”の存在が地球を住みにくい世界にしていく。
★2 - コメント(0) - 2013年11月17日

ひとや自然が生きものらしくいられる科学のあり方を考え、科学者は思想と日常の二つの立場から自然と向き合う者であると語る。「論文しかない科学」を「楽譜しかない音楽」に喩えるのがおもしろい。演奏でしかわからない意味、質、物語みたいなものはあると思う。
- コメント(0) - 2013年11月13日

生命科学者である筆者は、科学者が人間としての視点を忘れないように警告を発している。人間にとって何が本当に幸福かを考えず、研究予算の拡大が目的になってしっまた例が出ていることを戒めている。人間の等身大の視点、哲学、生活者としての人間と向き合う姿勢が必要と説く。ともすれば科学に疎い私たちは、難解な数式や述語に惑わされ、研究の本質を見ようとしない場合が多い。これは何のための研究なのかを自分自身で考える努力も大切と感じた。
- コメント(0) - 2013年11月9日

科学者ではない自分は、「科学」をどう受け止めるか、という点を中心に読んだ。 また、科学者の社会的役割についての筆者の見解もよかった。 前半部は読みやすく、後半部は少し読みにくかった。 再読・精読したい。
★2 - コメント(0) - 2013年10月30日

生命誌絵巻 38億年の歴史。 チンパンジーと人間のDNAの配列の違いは1.2%だけ。 略画的世界観と密画的世界観の重ね描き。
★2 - コメント(0) - 2013年10月29日

ものを考える起爆剤になる良書。あとがきで「あたりまえのことしか書いていない」とあるが、「あたりまえ」と呼ばれるものは往々にして「理想」である。それができないことを、できてしまう人が憂うところまでしか見えず、そこを打開し考え方を世間に広げる展望の端が見えなかったのが残念。それから現在の科学コミュニケーションは著者が思っている方向への反省から生まれて生活感覚との融合に注力しているが、今名指しで批判されるほど失敗しているだろうか。ノウハウ等、協力すればよりよいものになるだろうに。
★2 - コメント(0) - 2013年10月28日

「人間は生きものであり、自然の中にある」(5頁)の意味はどういうことか。動物としての人間。生物多様性を司るが、これを破壊してもいる人間なのか。人間の暴走は禁物である。著者は、東京一極集中と生物多様性を比較している(36頁~)。それも一考か。確かに東京村は異常だ。過密過ぎる。乗車率200%はおかしい。阪大の堂目卓夫先生は、「真の幸福は、徳と英知がもたらすものであることを知っている賢明さ」(45頁)ともいう。徳や知が幸福の条件でもあるのだ。マネーだけでない。専門家が生活者と乖離していないか(56頁)。耳痛い。
★16 - コメント(1) - 2013年10月22日

よかった
★1 - コメント(0) - 2013年10月18日

「生命とは何か」を突きつめていくと個体からDNAへという流れになり、それは五感で自然と触れ合う「略画的」見方から世界を「密画化」する見方=生きている自然を客観的に追求すること、すなわち「死物化」して自然を説明することになる...。震災以降の専門家たちの説明の違和感から科学者として懊悩する著者の真摯な姿が伝わってくるようです。大森荘蔵の哲学の話などちょっとムツカシかったけど、ゲノムは「生命の歴史を誌したアーカイブ」ということでヒトも大腸菌も38億年という時間を共有する生命誌絵巻の一員であることを自覚しよう。
★1 - コメント(0) - 2013年10月12日

「人間は生きものであり、自然の中にある」大震災以後の社会は、この「当たり前」の原点からしか再生できない。大森荘蔵、宮沢賢治、南方熊楠らに学びつつ、「自然」「生命」から近代科学文明を問い直す。がっこの著者!国策の原子力政策についての発言がない?科研費?巷では国策により教育、テレビ、新聞雑誌等々の洗脳兵器により、一般人が気付かないうちに☆人間中心的人格を育て蔓延させている。自然、地球、否宇宙からみて人類とは?そうそう常に人類、人とは?を客観的に受け止めることができるよう全てのジャンル学問を吸収せねばならない
★4 - コメント(1) - 2013年10月3日

科学者のために書かれた本のせいか、科学者ではない自分には面白くなかった。
- コメント(0) - 2013年10月3日

科学者が人間であること 岩波新書巻の 評価:100 感想・レビュー:47
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