文系学部解体 (角川新書)

文系学部解体 (角川新書)
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文系学部解体 角川新書巻はこんな本です

文系学部解体 角川新書巻の感想・レビュー(118)

目に見えない文学をどのような論理で必要だと訴えるのかが一番知りたかったが「文脈」を作り出すとする程度でさらっと終わったことには拍子抜け。前半を読んで「金は出さないが口を出す」政府に振り回される大学は気の毒だと思うが、結局安部批判に繋がるようにしか感じない。また、日の丸と君が代にも反発していたが、文学部の不合理は許せてこれらの不合理が許せない理由が分からない。さらに大学研究のタコ壷状態を前提にしている所への違和感もある。けれども若者のエネルギーへの期待には同意する。
★2 - コメント(0) - 2016年11月26日

★★★☆☆ 昨今の所謂「文系学部廃止」騒動について、まさにその対象となっている文系学部内部の人間、横国大教授からの異議申し立て。現場の声は貴重であると考える。すでに多くのレヴュアーが指摘しているが、いささか感情的なきらいがないでもない。熱っぽい言葉は潜在的な同調者を引きつけもするが、他方、無縁の衆生は引いてしまう可能性もある。自分は前者であったので興味深く読めた。この問題に関して、室井氏は、内田樹氏や吉見俊哉氏と対談も行っている。関心のある向きは、それを掲載(予定)している「週刊読書人」も併読されたい。
★1 - コメント(0) - 2016年9月11日

ken
とんちんかんな本ですが、近年の大学に関わる制度変更の経緯は参考になりました。最後に、国旗国歌反対を長々と書いててびっくりしました。
★3 - コメント(0) - 2016年9月4日

『「文系学部廃止」の衝撃』と併読。共通点はメディアのレベルの低下と1991年の大綱化について。こちらは今回の一連の騒動の現場についてのレポートみたいなもので、ちょっと感情的な文章。怒りがよく伝わってくる。がんばってくださいとしか言えないけど。
- コメント(0) - 2016年8月25日

某テストに出そうなテーマだったので読んでみた。こちらはどちらかと言うと政治的な話が多かったような気がする。
★1 - コメント(0) - 2016年8月18日

文系学部、特に国立大における政府の人文学解体の意向について著者の体験を交えながら詳解されている。問題は概観できるが、国立大における所謂「大学の自治」が失われたのは学生闘争時代に国大協路線が採用されたことに由来するのであって、ここ2.30年の大学改革によるものとする著者の見解には違和感を持った。
- コメント(0) - 2016年7月26日

図書館で流し読み。90年代頃から、市場原理の侵入によってだんだんと大学という場が変容してきていて、それがひとつの臨界点に達したのが本書出版のきっかけになった「文系学部解体」なんだろうなというような感じを受けた。大学という場のポジティブな意味でテキトーだった部分がマトモになっていくことによって、なんとなく「大事なもの」が失われてしまった、というような感覚が根底にある気がするのだけど、大学の未来、どうなるんですかね。
★3 - コメント(0) - 2016年6月24日

損切り。本の始まりでいきなり感情論と捉えられるような文体が続くと萎える。本のクオリティを疑った。一応1章と最終章だけ。目を通した。大学改革の歴史はよくできていたと思う。
- コメント(0) - 2016年6月20日

国立大学人文学部に所属している自分にとって今回の文系学部縮小要請については考えなくてはいけない問題だと思い、とりあえず本著を手に取ってみた。今回の問題の要点が概観できたのは良かった。ただ、現在の大学および教員に関する政策のあり方に対しての筆者の愚痴的な部分も多く、客観性という点では少し欠けているのかも…と思った。しかしながら文系学部の役割とは何なのか、そこで何を学ぶべきなのか、改めて考え直す良い機会になった。
★1 - コメント(0) - 2016年5月9日

今の方針が目先の利益ばかりを目指してる点には同意。「人文系の知とは文脈的な知であり、蓄積してきた情報を結びつけ新しい文脈を作り出す」といった部分は妙に納得した。最新の情報を求める理系分野とは根本的に異なりますよね。ただ、昔の時代を美化しすぎてたり、考えが偏ってる部分もあった気がします。滝川事件/美濃部達吉の天皇機関説/教員養成系大学・学部の新課程:ゼロ免課程(教養学部みたいな感じ)←文科省はこれをなくしたい?/1991年の大学設置基準の大綱化:教養部と専門部の区別なくなくなる→設置しやすくなった →続き
★6 - コメント(1) - 2016年5月3日

知の集積地から単なる就職予備校へと変わりつつある大学。ひとつひとつの事象を考え、発信していくことが必要なのに、「手続型合理性」に常に従うだけ、こんな現状を憂い、歴史を省察し文脈を作りあげていく人文系の知の必要性を訴える。短期間的にしか役に立たない最新知識の詰め込みばかりを是とする現在の大学教育システムは、弊害が多い。結局、社会に出れば属人的な部分が非常に多く、これらを人文的な知が欠如した状態で対処するとなると、それは日本社会の弱体化に直結すると思う。そんなことを考えるきっかけとなる1冊。
★3 - コメント(0) - 2016年5月2日

昨今の風潮は目先のことにこだわりすぎではないかと思う。本書でも述べているとおり就職のための大学ではないはずである。私達の時代、休講なども教授の都合で多かったが、大学時代に学べたことは時代を経て自分自身の実になっていると思います。
★4 - コメント(0) - 2016年4月21日

最近の「役に立つ」人材を大学に求める風潮にはヘドが出る。政策や国家に対しても疑い、批判できるかどうかが、真の大学であるかどうかの境目なのだろう。だからこそ教養としての知識が必要なのだ。いかに役に立たないこと(本当はそれが一番役に立つのだけど)をしたかが、その人の底力になる。文系なき理系は、羅針盤のない航海みたいに頼りないはず。
★10 - コメント(0) - 2016年4月17日

大学は、ともすればいい加減にも見える、得体のしれなさ、アブナさを抱えていてこそ、真に革新を生み、社会にとって有用たる存在になりうるのに、政府の連中はなんと短絡的で視野が狭いことか。著者の論理を組み立てた反論だけでなく、熱さ(キレっぷり)も魅力的。
★4 - コメント(0) - 2016年4月14日

著者のいる横国のような旧帝大でない国立大学は昨今特に厳しい状況に置かれているようだ。大学は「好き勝手」でいるべきであり、国の顔色を伺い文理融合の学部を作るという様な補助金目的の方針はまっぴらおかしいという著者の言い分は分かる。四年生はもはや「学生」ではなく「就活生」になるとか個人的におかしいなと思う風潮は多い。こういうのも結局は即戦力を求めるグローバリズムに基づいていて、哲学を入試問題にしろとは言わないが日本は学問の尺度というか舵取りに関して方向転換をすべきである時期にあるのは確かだと思う。
★4 - コメント(0) - 2016年3月31日

日本記者クラブでの室井教授の講演を拝聴し再読。「哲学や歴史学は解釈学であり、現代の議論で一番欠けている部分」「カントやデリダを生むことが重要なのではない、彼らの偉大さを知ることが大切なのだ」他学部からは遊んでるだけとか変人学部とかと嘲笑される学部に所属していましたが、本書を読む度に大学4年間での経験が誇らしく思えてきます。大学を卒業し現場からは離れてしまいますが、こうした現状に対し自分に何が出来るのか、考え行動していきたいと思います。
★9 - コメント(0) - 2016年3月27日

こういう指針を出す大臣やら総理に限って大学での学習が足りてない、というね
★1 - コメント(0) - 2016年3月14日

文系学部の必要性について主張している本です! 室井教授のいる横国の学部は色々なことをやっていて面白そうです♪ 学部のHPに書かれているメッセージもすごく面白い! 学力が追い付きませんが入りたいなと思いました!
★8 - コメント(1) - 2016年3月6日

自分の卒業した学部の専攻名称がいつのまにやら意味あいまいな横文字に変わっていて、大学で何が起きているのかとは案じていたが、小中学校現場も相当なモンである。大学ヒエラルキーが旧制以来の名残で教養学部に吸収されていたこと旧制大学は修士を含むものだったことを知り、戦前戦後を通じて変わらぬものは鉄の官僚制度かい。近代的な大学制度がドイツのベルリンで発明されたとき、骨子を哲学者が関わっているところが、らしい。最近の日本は経団連か?吉見さんの引用に関心が向いたが個人的には愉快を最上として貧乏をいとわず、と。
★11 - コメント(1) - 2016年3月5日

国立大文系学部廃止論+独法化に対する現場の反論なんだが、教育機関に口ツッコむ政治もよろしくないがその対論が古き好き自主独立の大学運営への回帰と思えるような主張でこれもこれでちょっと極論の様な印象。大学を企業のように運営しよっていうのも無茶だが、研究命で他は二の次論もどうかと思う。ただその反面世の中の大学評価が就職率で図られているので世の中の大学感を改めて問いなおす時期なのかもしれない。
★8 - コメント(0) - 2016年3月4日

歴史を含めて、大変勉強になりました。加えて、大学とはどうあるべきか、どうやって学生を大学で成長させていくか、非常に勉強になりました。自分のやっていることがあっていると確信できた気がします。 本当に良い本でした!!
★3 - コメント(0) - 2016年3月4日

近年の文科省の大学行政の迷走ぶりと、それに直接振り回される国立大学の内実がよくわかった。「社会の役に立つ」学問だけがもてはやされ、その対極にある哲学・文学・歴史学などの人文科学が国立大学から撤去されようとしている。文科省もそうだが大学に「すぐ役に立つ」ことがりを要請する企業や日本社会がその根源にあると僕は思う。現に理系に比べれば文学部生の就職先などないではないか。また高度経済成長後、学部特性を無視して「文系ならば営業」というアタマしかない企業こそが、こういった考えをやめない限り文学部はなくなるのである。
★12 - コメント(4) - 2016年2月24日

「文系学部の教員=監視の緩いサファリパークの珍獣」には笑った。その通り。
★2 - コメント(0) - 2016年2月22日

国立大学における文系学部の危機について、かなり強烈な意見が述べられている。著者の主張をすべて鵜呑みにするつもりはないが、国が短期的に結果を求める傾向にあるのは間違いなく、その点で人文科学は不要という考えに結びつくのは容易に想像できる。しかし、人文科学は無駄なものではなく、ネット社会になって高速化が進み、じっくりと物事を考えなくなった現代において個人の資質を豊かにし、成長させる重要なものである。国は自らを滅ぼそうとしているようにしか思えない。
★3 - コメント(0) - 2016年2月21日

文系学部は役に立たないって言ってる人の「役に立つ」の意味は、「金を稼ぐ」くらいのあまりに浅い考えだと思う。政治家や役人はもっと長いスパンで考えてほしいし、それができない人には今すぐやめてほしい。昔は金を稼ぐのに夢中になるのは浅ましいことだったはず。
★3 - コメント(0) - 2016年2月16日

「ろくでもない社会の奴隷になってはいけない」巻末の著者の一言がすべてを物語っている。
★3 - コメント(0) - 2016年2月14日

手続き型合理性が大学、大学の知の危機を招いている。理系学部はもとより、文系学部まで職業訓練を目的とした、社会で役立つ即戦力としての大学卒業生を生み出すことを大学に求める日本という国、そして世界の多くの国でも見られる。無知とか無思考が国を治め、社会をまとめるには有用かは容易に推測できる。一様に学び、一様に生きることが人として、幸せなことかと考えれば、大学という学び舎に、モラトリアム的時間と、多様性や差異を許諾する知の自由が必要だ。ただでさえ、世間はぎすぎすしてきているのだ。
★11 - コメント(0) - 2016年2月14日

大学を卒業して数十年、まさかこんなことになっているとは思わなかった。確かに在学当時、大学教授って楽でいいと思うような講義もあったが、「すぐ役に立つ」を第一に大学を予算でコントロールか・・・。社会にあそびの部分がなくなり、どんどんギスギスしている。学費も数十年前とは比べ物にならないほど高くなっているし。職業訓練なら何も大学でする必要はなく、それ専門の学校のほうがそれこそ効率にできると思うけど、文系学部の存在はそんなことでは無いと思いたい。
- コメント(0) - 2016年2月10日

図書館から借りる。タイトルが刺激的である。内容は国立大学が国からの要請で 「産業に役立つ学部に注力せよ」に対する反論である。本を読んで感じることは、冒頭に著者が書かれている通り、「人は自分の経験を通してしか物事を測れない。」ということであり、民間企業で働いていると当たり前とも思う。もっとも大学という教育機関であるので、乱暴な当てはめはできないが、私立大学の運営ももっと選択と集中が進んでいるようにも思う。人材の多様性については、大賛成であり、特徴ある教育、教養はイノベーションを起こすことができると感じる。
★16 - コメント(0) - 2016年2月10日

文系学部の見直し、実質的な廃止に対する異論。大学の輩出する人材と社会・国家の求める人材のミスマッチが問題の根底にありそうだ。企業はグローバル化に対応した即戦力のような人材を、大学はどのような人材の育成に力を入れているのだろうか。筆者は文科省のやり方にも、かといって問題を単純な二項対立として理解し、本質を見ようとしないマスコミにも怒っている。かといって昔のままの大学が良かったといえばそれは違うと思う。
★18 - コメント(1) - 2016年2月9日

横浜国大の潰れることほぼ確定って学部の中の人の本。冒頭マスコミのダメさ加減に呆れ、途中やっぱり文科省にせよそれを煽る財務省にしろやっぱり拙速で日本会議みたいなアレもーと読んでで日本の将来に絶望したくなってくるというある意味ホラーだった。というか、マスコミの体たらくも役人の拙速でバカを何度も繰り返して意味不明の改革を押し付けてってのも根本のところで大学がちゃんと機能できてなかったということではあるんだろねぇ。そういうしっぺ返しを考えるとなんだかなーというかどんだけ役人は日本を滅ぼしたいのか?と言いたくなる
★48 - コメント(5) - 2016年2月4日

昨年話題になった「文系学部解体・縮小」についての文科省通達について、解体される側の立場の教授が異を唱えた本。教育学部の新課程について、良い教育をしようと長年努力されてきた中での一斉廃止通達に怒りを覚える事は理解できるし、様々な出来事に対する文科省への怒りも実感できる。一方で、端々から感じられる「昔の大学は牧歌的でよかった」的思考には共感出来ない。
★2 - コメント(1) - 2016年2月2日

私も著者と同年代なので著者の言いたいことは良く分かる。只違いは、著者が京大を卒業しているのに対して、私は横浜にある私立の三流大学を卒業したことだ。この年代は今より大学間の格差は酷かった。このへんは、この時代に作られたTVドラマ「ふぞろいの林檎たち」(山田太一作)によく描かれている。確かに一流の大学には、個性的な面白い先生は、沢山いたのかもしれないが、三流大学の先生達と学生は酷かった。この本にあるように教授が30分遅れて来るのは当たり前で休講も多かった。休講になると学生達は喜んだ。教室は、大教室で授業を聞い
★1 - コメント(0) - 2016年2月1日

「世知辛い世の中になったもんだ昔は良かった牧歌的で」というため息が行間からこぼれてきます。ほとんど知らない情報でした。言いたいこともわかりますが 昔のままは無理でしょう。文学部出ても今は出版社・新聞社の採用も少ないです。卒業に見合う働き口の受け皿ないから変革は世間に合わせて必要だと思います。指摘の通り少子化の割に大学作りすぎでした。院生も就職ないのに増やしすぎでした。文部省と政権 グローバル化とネットが悪いのでしょう。時間無い人は最初の章と最後のページから読んだ方が実情は把握しやすいでしょう。
★8 - コメント(3) - 2016年1月31日

自分の言葉で語る人の文章は力強く、最後まで興味深く読んだ。横浜国立大に入学したくなった(笑)
★3 - コメント(0) - 2016年1月31日

文科省から国立大学へと要請された、文系学部・学科の見直し――実質的には、縮小と廃止――について、自身の所属する学科も廃止を決定された大学教授の室井氏が、大学内部の者として声を上げた一冊。大学、特に今回の通達で縮小、あるいは廃止を命ぜられた人文系の学部学科は、学生に知識を教えるだけの教育機関ではなく、教官と学生が共になって無知と戦い、未知の場へと繰り出す、云わば問いかけるための〈場〉であると室井氏は主張します。自分たちが育てるのは「人間」であって、「人材」ではない、と。全く、その通りでしょう。(→)
★52 - コメント(2) - 2016年1月26日

文学や哲学、歴史学といった人文科学は一見、すぐに役立つ学問ではないかもしれません。 確かに学部時代の教養科目にはつまらない講義もたくさんありました。 それでも! 人文学は楽しいし、人生を豊かにすると思うし、その魅力を伝えて行くことが大学であり、教師の務めだと思います。
★4 - コメント(0) - 2016年1月18日

昨今の文系学部冷遇の裏事情を、戦前からの歴史、諸外国の事例などもふまえて解説。大学と関わりがない自分にはまったく未知の分野だったが、危機感を持たざるを得ない(かつてのままで良いとも思わないけど)。ツイッターでたまに流れてくる断片的な情報も頭の中で整理できた。なんというか、現在は「経済」が「知」を飲み込んでいる時代なんだな…。
★6 - コメント(0) - 2016年1月18日

「我々が育てているのは『人間』であって国家やグローバル企業に奉仕する『人材』ではない」「大学に本当に必要なのは『差異』と『多様性』である」唐十郎を専任教授として招いた室井教授による、熱意のこもった大学論。ぜひ、終章だけでも読んで欲しい。人文系学部4年の私は、後悔と感動で泣きそうになりました。
★12 - コメント(0) - 2016年1月15日

文系学部解体 角川新書巻の 評価:90 感想・レビュー:51
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