小説―いかに読み、いかに書くか (講談社現代新書 (684))

小説―いかに読み、いかに書くか (講談社現代新書 (684))
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小説―いかに読み、いかに書くか 684巻はこんな本です

小説―いかに読み、いかに書くか 684巻の感想・レビュー(77)

小説を書くとは、自分が読んだものの「パロディ」を出すことという定義には、なるほどと思った。実際に書いている人だからこその視点に感心したし、あらゆる作品を「パロディ」とみなす視点は面白い。
- コメント(0) - 2016年10月4日

阿部和重の対談本でこの作家の名がでてきて、蔵書からこの本を取り出す。数十年ぶりの再読。後藤によると小説を書くということは、先人の小説を読み込みその書き方『方法』を取り入れて、自作を書くことだという。ドスとエフスキーはゴーゴリから方法を学んでいる。パロディを書くことが小説を書くことだとも後藤は断言する。この本では、近代日本小説を取り上げて、その方法を指摘していく。個人的に利一『機械』の解説に感心した。以前よりも読解力が上がったせいか、よく分かった。しかしまあ現状後藤はすっかり忘れられた作家かもしれない。
★56 - コメント(2) - 2016年7月6日

小説を書くということは、読んだ小説の「パロディ」を書くことであるー後藤明生流の明晰な定義にシビレる。小説には「いかに書くか」という方法があり、その方法を読み取ることから書くことははじまる。本書は読むことの実践を示そうとすると同時に明治以降の近代日本の小説史を塗り替えようとする大胆な一冊だ。私小説の原点を、一般的に信じられている田山花袋の『蒲団』ではなく、すべての外側の視点を認めない志賀直哉の作品群に置く。この置き換えだけで文学史のパースペクティブは一新される。論旨の鮮やかさに膝を打った。
★6 - コメント(0) - 2016年4月19日

『今昔物語集』芥川龍之介『藪の中』椎名麟三『深夜の酒宴』ドストエフスキー『悪霊』
- コメント(0) - 2015年9月4日

《この本は(中略)読者それぞれが自分の『外套』を発見するための、サムシングである》とあるように「書く」ための「方法」を模索した一冊。《パロディー》という言葉が頻出していることからも先人たちの作品を通して『いかに(「方法」を考えながら)読み、いかに(「方法」を活用して)書くか』を論じた指南書だと言えるだろう。田山花袋『蒲団』に始まり、椎名麟三『深夜の酒宴』にいたる章立てのおかげで、日本近代文学の流れがつかめるようになっているのも面白い。今一度《「読む」ということと「書く」ということ》の繋がりに思いを馳せた。
★1 - コメント(0) - 2015年2月15日

1907~47年の近現代日本小説10作(作家8名)を取り上げ、読み方、書き方に斬新な光を当てる。人それぞれの読み方から一般化、普遍化できる何ものかを読み取る為に。8作品は読んだことがあるが、著者の見方で捉えた箇所に驚くことが多い。最近読んだ宇野「蔵の中」~横光「機械」と未読の椎名「深夜の酒宴」の流れに、文体や人物事物描写の変遷が分かり易く語られている。全体的に書き言葉と話し言葉への意識が強固に感じられ、関心度合いの違いにも微笑む。双葉亭四迷以来外国小説の影響下、小説家達の苦闘の歴史が推察され興味深かった。
★32 - コメント(1) - 2014年12月16日

いとうせいこうの『鼻に挟み撃ち』で≪名著の誉れ高い新書≫と絶賛されていたので、再読してみた。かなり前に読んだことがあるが、そのときはあまり面白いと感じなかった。あらためて読んでみると確かに名著のような気がする。
★2 - コメント(0) - 2014年8月21日

【BOOK(2014)-111】!!!!!!!!
- コメント(0) - 2014年5月21日

「書くために必要なのは読むことである」。本書は、後藤明生のゴトウメイセイ的視点による文学論であり、古今の作品を読むことで得られる文学的方法論(それは即ち後藤明生の小説論である)を示すものである。本書に、作家になるためのハウツー的役割を期待してはいけない。本書は、後藤明生というマネのできない作家の素地を作った文学を知り、それが後藤明生をいかに形成したかを理解するための本だ。本書を読んでから後藤明生の各作品を読むと、彼の作品への理解が深まる、かどうかは定かではない(笑)
★9 - コメント(3) - 2014年5月18日

一般的なハウツー本を期待すると肩すかしを食らうだろう。紛れもなく後藤明生の自伝的「小説」であり、彼の方法論を学ぶためでも極めて重要である。小島信夫も作家評伝といった作業を通じて自己の小説を深化させてきたが後藤の意識も絶えずそこに向けられている。「見る」←→「見られる」や、「関係」性、パロディの手法、戯画化、私小説的方法、中心からの迂回や、「場」の喪失など彼の小説の重要なファクターを惜しげもなく披露している。むしろ実際に後藤明生の小説を読むことによってその「方法」がどのように駆動しているのか知ることが重要。
★6 - コメント(1) - 2013年8月8日

恥ずかしながら後藤明生の作品は『挟み撃ち』すら読んだことないのだが、この文学論は非常に面白く読めた。田山花袋から椎名麟三まで、作家ごとの「方法」を小説を通して読み解く内容。田山花袋『蒲団』はすべてが事実なのではなく真にスキャンダラスなのは精神の面であることや、志賀直哉の「他者」を排除する私小説でありながら超越的な視点、横光利一の関係の中でしか立ち現れない主体など、独自の読みが盛りだくさん。思うに、後藤明生は文学における「他者」について考えた作家なのではなかろうか。後藤明生自身の「方法」はいかなるものか
★5 - コメント(0) - 2013年7月23日

ほう
- コメント(0) - 2013年2月1日

大名著。私はここにとりあげられている小説をほとんど全く読んだことがないが楽しめた。この書がクローズアップしているのは小説の「方法」だ。つまり〈小説は最終的には個人的なものだ〉が、その「個人的なもの」からいかに「方法」という「普遍的なもの」を「読み」、さらに小説という「個人的なもの」へと「方法」を用いて「書く」か、という往還の運動が実に明快に解き明かされている。このミニマルな原理の有効性はいささかも揺らいではいない。
★3 - コメント(0) - 2012年9月24日

文学作品を読み解くことによって書くことを考える、という本らしいが、この本がどう書くことに役に立つのかは最後までわからなかった。だいたい文学作品をテーマにした本は、その作品を読んでなくても楽しめるものと、読まないとまったく楽しめないものがあるけれども、この本は圧倒的に後者だ。明らかに読者に近代の日本文学の内容と歴史の知識を要求している。私にはそれはあまりないので、結局序文が一番面白かったという。ううん、「?」ばかりの本だったなあ。
★2 - コメント(0) - 2012年8月4日

「われわれは皆ゴーゴリの『外套』から出てきた」ドストエフスキーが言ったとされる言葉を信奉に、日本文学の名作から小説の方法を読みとり、それをいかに自分流にアレンジするかを、後藤は説いている。宇野浩二『蔵の中』を取りあげ、饒舌体とアミダクジ式迷路のような時間の流れがつくり出す不思議な魅力を、また志賀直哉の「網走まで」「城の崎にて」の項では、他者を拒絶する一方的な視線から見える世界と失われた笑いを、中村光夫の蒲団論を引き合い出して教示する。(続)
★3 - コメント(1) - 2012年7月30日

後藤明生って忘れられた作家だよな〜。ほんの10年前に死んだのに、この人の小説を読む人いないんじゃないの。っていう私も読んでいません。でも、「小説」というよりも近代文学により確立された「私小説」を論じているこの本を読むと、この人の小説がモーレツに読みたくなる。近代文学がどうやって内面を吐露し、私小説を立ち上げ、さらにそれを解体していく過程は、ミステリーを読み解いていくようなワクワク感。「小説を書く理由? 小説を読んでるからに決まってるだろ!」とこんな言葉遣いじゃないですが、こう言う後藤明生、カッコいいッス。
★5 - コメント(0) - 2012年6月22日

小説の方法を「技術」(=「教えるー学ぶ」対象)として取り上げる書物。「読んだから書く。」という当たりまえのことをベースにおくところに好感が持たれます。昔読んだのを今回読み直して、おもしろかった。
★3 - コメント(0) - 2012年5月5日

小説指南かと思いきや近代文学の解説を通して各自読み取れというものであった。紹介されているのは、田山花袋、志賀直哉、宇野浩二、芥川龍之介、永井荷風、横光利一、太宰治、椎名麟三と、いわゆる「私小説」をひとつの軸にして、実存を描く様々なあり方を見ていく。私小説の形成からその解体(?)、主体の描きにくさへとシフトしていく様は、後藤明生が作品で採用している方法論とかなり重なっているように思う。個人的には芥川の心理を相対化する方法、横光利一の自意識を関係性によって描く方法が面白かった。『機械』が読みたくなる。
★11 - コメント(0) - 2011年10月20日

普段は文体とか気にしないで読んでしまうので、気をつけて分析しないとと改めて思った。 みんな教科書に載っていたと記載してあったけれど、ごめん、時代変わっちゃった。 どれも読んだことはないけれど、『機械』たちょっと楽しそう。
★2 - コメント(0) - 2011年3月8日

まだ途中だけど、説明不可能なことに挑戦している気がする。それだけでも敬意を抱かざるをえない。
- コメント(0) - 2010年10月23日

「いかに読み」でも「いかに書くか」でもない気がする。
- コメント(0) - 2010年9月11日

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