日本霊異記(上) 全訳注 (講談社学術文庫 335)

日本霊異記(上) 全訳注 (講談社学術文庫 335)
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日本霊異記(上) 全訳注はこんな本です

日本霊異記(上) 全訳注の感想・レビュー(100)

同じ訳注者の『日本古典文学全集』版を図書館で。因果応報、僧や動物を大切にするといいことがあり、虐待すると悪いことが起きるというのが基本。気になったのが、貸し借りや寺の資産に手を付けるのに妙に厳しいこと。まぁ貸し借り=因果ということかもしれないが…。丁寧な注があるので、当時の慣習などを知るのも面白い。
★2 - コメント(0) - 2016年7月6日

基本的に仏教的な説話が多いのだが、読んで面白いのは道教なり神道の影響の強い話が多いか。教化的な意味合いが少なく、純粋な驚異譚として選ばれたからだろう。第一、雷がコミカルで面白い。第二、きつねの語源。異種婚姻譚としては珍しいハッピーエンド。第九、鷲の喰い残しってあだ名酷いけど確かにありそう。第十三、縁覚。第二十五、いいことをした果報として自分の所にだけ雨が降るって一見ありがたいけど周囲と軋轢酷そう。第二十八、俺もルシファー。第三十、妻子のためにと言いつつ後半関係ない事を言いたてる性根だから地獄行きなのでは?
★5 - コメント(0) - 2016年6月23日

Ryo
「現在の甘露は未来の鉄丸なり」
★1 - コメント(0) - 2016年5月31日

親不孝者が、母親に貸した財産を厳しく取り立てたら、母親が怒って「じゃあこっちはお前に飲ませた母乳の代金請求するわ!」とキレる話がある(「凶しき人、嬭房の母を敬養せずして、現に悪死の報を得し縁」)。ここで注目すべきは、取り立て方法が問題なのであって、親へ貸すこと自体は不孝ではないということだ。むしろ子に借りを残したまま死ぬと親の方が来世で報いを受けるのだという。仏教の因果応報の原理は一人ひとりに及ぶという考えは「個」の意識を強め、親子の独立した経済関係が是認されるようになったと解説されている。
★2 - コメント(0) - 2016年5月23日

落雷を呼び寄せた話や、狐の嫁の話、亀の恩返しの話や、天女が天に昇る話、役小角が孔雀明王だという話とか、そんな日本昔話の元ネタの集まった話。まあ、むかしもファンタジーが人々は好きなんだなとは思うが、神通力の話は仏教ではなくファンタジーだと思うね。動物をいじめると罰を受ける話が多いかな。
★7 - コメント(0) - 2016年2月10日

こういう仏さん拝んでたら功徳あるとかいう説話により、自分の奥深くに因果応報とか勧善懲悪とかいう結末を、物語だけでなく現実でも求めてしまうようになってしまったのだろう。ナイーブだった、バカだった。因果応報なんて無い!と思い始めたのは大人になって何年も辛酸をなめ回して性格歪んでから(大袈裟?)。まあ、そのお陰で一応まともに生きているのかも、と気持ちを抑える。そんな説話集でした。地獄の描写とか面白かった。
★15 - コメント(0) - 2016年1月27日

日本最古の説話集、とのこと。仏教説話と考えられているようだが、仏教伝来以前の話も収録されているようである。 日本の歴史はどれだけ深いのか? (ななめ読み)
★2 - コメント(0) - 2016年1月10日

当時の仏教の雰囲気を知るために読んでます。
★3 - コメント(0) - 2015年12月25日

読み下し文、現代語訳と語釈、解説の構成。読み下し文だけでは正直、知識不足で理解出来ないところが多い。(己の欲のためには・・というのは今も昔も変わらないのだな。だからこそ「悪い行い(心)には」、「善い行い(心)には」と説いていたのだろうけれど、少々突拍子もない話もある。これらの話を聞いた当時の人の声を聞いてみたい。)
★11 - コメント(0) - 2015年11月6日

『日本霊異記』は正式に『日本国現報善悪霊異記』といい、上・中・下の三巻から成り立ち、奈良右京の薬師寺の僧・景戒の作とされている。主な内容は仏教における善悪観を説話・訓話という形式で奇譚・霊譚が語られ、上巻は仏法伝来以前の雄略天皇(凡そ5世紀頃)の話から延喜4年(904年)聖武天皇までの物語は盛り込まれている。上巻で特筆すべき物語は仏法伝来の話であり、蘇我氏と物部氏との間で日本に仏教を取り得れるべきか、否かが原因で戦いが起こり、蘇我氏側の聖徳太子の活躍により蘇我氏側が勝利し仏法が導入される縁の話であろう。
★89 - コメント(0) - 2015年11月6日

2015.11.03(2015.10.29)(再読)中田祝夫訳。  10/29  (P023)  (序)  善悪の因果応報の法則は、仏教の書に記されている。  吉凶利害の法則は仏教以外の漢籍にいくらでもかかれている。  それほどの諸書に書かれてあるのに、なぜ善行は行なわれず悪行を好む人が多いのはどういう理由だろう。  現在において釈迦が一代の間に説いた教えの文を調べると三つの時期に分けられる。  第一、正法の時代、500年間、  第二、像法の時代1000年間、 
★52 - コメント(1) - 2015年11月3日

訳と単語の意味まで載っていて親切。役小角の話が面白い。
★2 - コメント(0) - 2015年4月15日

日本人には馴染み深い説話の元になった話もいくつかありとても面白い。基本的には仏教的な思想を基にした『善いこと』と『悪いこと』について描かれているお話ばかりだけれど、当時の僧侶が信仰を広めるために色々と苦心して考えたんだろうなと思いながら読むと感慨深い。日本人が何処かに抱いている因果応報的な概念は、こうした古代からの物語によって長い間教育されてきた賜物なんだろうな。
★9 - コメント(0) - 2015年1月12日

今昔物語など日本の説話集の元ネタが多く、前から気になっていた。余りも即物的なご利益やこんな事で地獄に落ちるのか…と言う話もあるが、民衆に仏教の有り難さを伝えたくて一生懸命な気持が伝わって来る。市に集う人々など一般庶民の生活の雰囲気が感じられるのもいい。
★8 - コメント(0) - 2014年9月9日

昔にあふれる不思議なことを乗せた説話集。仏教的因果関係が主ですが、民話感覚で読むと話が堅苦しく思えなくなりました。でも、本当に昔の日本には神様がたくさん生きていらっしゃったんですね。「は? ありえないでしょこんなの」と思う話もありますが、逆に「いや、あったかも」とも思えます。続きの話も楽しみです。
★5 - コメント(0) - 2013年10月24日

全体に仏教の因果応報を説くために創られた訓話集という印象で、タイトルから期待されたような、本当にあったかもしれない不思議な民話集、という感じじゃなかったのが残念。古代の人々の間で因果応報の観念が、こういう訓話を通して形成され、広まったのだろうなというのは想像できる。仏教臭の少ない初期の民話的な話のいくつかは面白いものもあった。
★4 - コメント(0) - 2013年4月11日

仏教絶対主義のようなものを感じる。単純に公平な因果応報の原則が働いているわけではなく、明らかに仏教に有利になっている。特に上巻では、財宝や女など明らかに仏教の教義とは乖離するようなものを求めて信仰してもそれが叶えられているのである。上巻は、中巻、下巻と比べて特に最初の方に民話的なものが多く、時には語源説のようなものが見えるのも注目される。この民話的な話のものや、極端な現世利益的な要素が、仏教布教のためにどのような役割を担ったのかが気になるものである。単なる説話と違ってとても面白いものがあるように思われる。
★3 - コメント(0) - 2012年8月26日

読み下し文、訳文、語注、解説。
★3 - コメント(0) - 2012年8月18日

2012.07.23(つづき)中田祝夫訳注。 2012.07.22 ◎凶女(あしきおみな)の悪死(第24)。 家長(いえぎみ)。 故の京(もとのきゃう)=都が奈良に移されるまえのこと=藤原京、飛鳥京など。 斎日=仏の教えを守り、悪を慎み、善を行う日、六斎日、十斎日など、食事は、午前の一回のみ。 斎食=仏の制戒を守り、斎日のは午前の1回の食事のみとなる、これ以後は絶食。斎食にをしようと思って娘のところへいった。   
★28 - コメント(5) - 2012年7月23日

2012.07.01(つづき)中田祝夫訳注。 2012.06.28 (般若心経) 義覚(百済の人)、百済滅亡。 斉明天皇の御代、岡本の宮。 百済寺(難破)。 身長七尺。 同じ寺に、慧義(えぎ)という僧。 部屋のまわりの壁がすべて消え去る奇跡。○難破の百済寺、もと百済郡百済郷百済野にあった寺。   ◎悪人が乞食(ことじき)の僧を迫害し、この世で悪い報いを受けた話。 +故の京=平城京以前の藤原・飛鳥の宮。 
★22 - コメント(4) - 2012年7月1日

2012.06.10(つづき)中田祝夫訳注。 2012.06.09 髑髏(ひとかしら)=しゃれこうべ、どくろ。 風雨に晒(さら)され白くなった頭の骨。 元興寺の僧、道登は、645年(大化元年)、十師に選ばれ、650年(白雉元年)、白い雉の瑞祥を説いたり、宇治橋を造ったりした。 道登は、髑髏が人や、獣に踏まれているのを見て、従者に、木の上に置かせた。 すると、十二月の晦(みそか=つきごもり)の日に、従者のところに人が来て、お礼をしたい、といって、ある家に案内した。 
★23 - コメント(4) - 2012年6月10日

2012.05.27(つづき)中田祝夫訳注。 2012.05.25 聾ひ=みみしい=耳が聞こえなくなる病。 衣縫(きぬぬい)。 方広経典=華厳経。 仏を信じると、必ず感応がある。 清水=仏に供える水。 仏経を信じ、目が開く話。 宇御めたまう=あめのしたをさめたまう。但馬国七美郡(しみずのこほり)。 飛鳥の川原の板蓋の宮=皇極天皇。 八箇年(やとせ)。 難破の宮の長柄の豊前の宮(なにわのながらのとよさきのみや)=孝謙天皇。 丹波の北方、加佐郡、七美郡=美方郡。 
★25 - コメント(4) - 2012年5月27日

2012.05.16(つづき)中田祝夫訳注。 2012.05.12 大部(おおとも)の氏は、賢明、善良の人であるよ。   (解説) この説話、『日本書紀』の記事より書かれたもの。 紀伊の国、名草郡の大伴氏の祖、屋栖野古の功績をたたえたもの。 昼は、海中に微妙な楽の音を発し、夜、光輝く霊木、楠を発見し、仏像を造った話。物部守屋が、寺を焼き、仏像を焼こうとしたが、仏像は、秘寺に移し、難を逃れたこと。   
★21 - コメント(2) - 2012年5月16日

2012.05.15(つづき)中田祝夫訳注。 2012.05.12 崇峻天皇の五年(592)、皇后は春、正月、小墾田(おはりだ)の宮で即位され、推古天皇となられ、36年間、天下を治めた。 推古天皇の元年、厩戸皇子を皇太子として立てられ、そして、屋栖野古を太子の腹心の従者とされた。推古の十三年、屋栖野古に、「功績、忘れることはない」として大信の位を授けた。
★25 - コメント(3) - 2012年5月15日

2012.04.29(つづき)中田祝夫訳注。 2012.04.24 ○富の小川=法隆寺の東方を流れる佐保川に注いでいる。 ○隠身(いんじん)=本身を隠して、この世に人間の姿となって現れている人。   .百済の僧、円勢の奇蹟。 日本の国、大倭国(おおやまとのくに)の葛木の高宮寺に住んでいた円勢師。願党。のちに、その優婆塞は、近江(あふみ)に住んだ。景戒の尊敬する三人、聖徳太子、行基、聖武天皇。仏教興隆に功績があった三人。   
★18 - コメント(2) - 2012年4月29日

2012.04.07(つづき)中田祝夫訳注。 2012.04.06 ◎雷を捉えし縁、第一。 ◎狐を妻として子を生ましめし縁、第二。 お前のことは覚えているからいつでも来なさい。「来つ寝」(きつね)と名付く。○欽明天皇-6世紀前半、第二十九代、仏教渡来。○家室(いへのとじ)=一家の主婦。<解>異類女房型の話。 仏教臭は薄い。   
★29 - コメント(4) - 2012年4月7日

因果応報を軸にまとめられた仏教説話集。中には狐との異類婚姻譚や、宇陀の女や役小角の説話など神仙思想に関わる話もある。個人的には役小角の話と膳臣広国の入冥譚がお気に入り。
★3 - コメント(0) - 2012年3月23日

2012.03.11(つづき)中田祝夫著。 二度仏教来る。(1)百済から来た。橿原市の豊明の宮で応神天皇が治めた代。仏教以外の儒教書など来る。仏教と儒の対立があった。仁徳天皇は高山から庶民の暮らしをみる。国民の飯を炊く煙が上がらないのをみて、慈悲の心を起こし、自分も雨漏りのする家に住んで、国民をいつくしんだ。聖徳太子は知恵にすぐれ、未来を予見、10人の声を聞き分け、25歳で、天皇の仰せで大乗経典の講義をし、仏典注釈書を書いた。
★23 - コメント(4) - 2012年3月11日

2012.02.26(再読)中田祝夫訳注。 (はしがき) 日本霊異記(全三巻)は南都薬師寺の僧、景戒の著。 上巻=雄略天皇(5C)から奈良時代初期までの説話、中巻=奈良時代中期、聖武天皇、孝謙天皇、淳仁天皇の三代の天皇のころの説話、下巻=奈良時代後期の称徳天皇、光仁天皇二代と平安時代初期、桓武天皇の時代の説話。ほぼ年代順、5C-8C末。
★23 - コメント(4) - 2012年2月26日

民話は楽しいな。『今昔物語』も読みたくなってきた。
★3 - コメント(0) - 2012年2月26日

高野本・真福寺本・前田家本・興福寺本・来迎院本など『日本霊異記』研究において重要な古写本群を底本とし、より正確な訓読を目指した一冊。
★4 - コメント(0) - 2012年2月17日

読破。大学以来の再読。これ、でも感想入ります? タイトルはなんだかとってもかっこよくって、超常現象とかなんか出てきそうだけど、タイトルだ俺だということだけは言っておきます。学術的興味がない人には、はっきり言ってお勧めしません。
★12 - コメント(1) - 2011年10月20日

日本昔話のような不思議物語を期待してしまっていました。非常に仏教的な話。編纂したのがお坊さんだからなんだろうな。仏教を大事に、信仰を大事にしないとこんな事になるぞということを庶民に教え説くような内容でした。
★3 - コメント(0) - 2010年5月2日

20091223
★1 - コメント(0) - 2009年12月24日

景戒、道照法師、玄奘三蔵法師、日本初の火葬者
★2 - コメント(3) - 2006年8月23日

i-miyaで読了i-miya (H27.05.23リライト) 藤原の宮=持統天皇が造営した中国風の本格的な宮殿。 伊図の嶋=伊豆の島。 ○殺剣の刃=ひそかに、都に近づいたことを、一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)が朝廷に訴えたために、再度小角を誅罰する勅使が降った。 ○道照法師。 小角が、渡唐したあと、道照も渡唐するが、道照は700年に死亡しており、なにかの間違い?  話が合わない。
★21 - コメント(0) - --/--

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