尼僧とキューピッドの弓 (100周年書き下ろし)

尼僧とキューピッドの弓 (100周年書き下ろし)
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尼僧とキューピッドの弓はこんな本です

尼僧とキューピッドの弓の感想・レビュー(218)

「不在」の章と「実存」の章から出来上がる人物像。「不在」の章が長く、「実存」の章が短い。
★2 - コメント(0) - 2016年10月24日

多和田葉子『尼僧とキューピッドの弓』,講談社,2010,237p[913.6]
★1 - コメント(0) - 2016年9月3日

多和田さんの「聖女伝説」に引き続いての読書です。場所はドイツのとある修道院で、そこにいる人に日本語であだ名を付けていて読みやすく感じられました。修道院長がいない理由、二部でのその修道院長の話がゆったりとした感じで語られて私は前の本より楽しめました。オイゲン・へリゲルの弓についても若干触れられていて、このような解釈の仕方もあるのかとおもいました。
★144 - コメント(0) - 2016年4月26日

長いことドイツに住んでおられる日本とドイツを結ぶ作家。同じ敗戦国であるドイツの若者はなにを考えているのか興味津々のわたしは、全読み決定です。
★8 - コメント(0) - 2016年4月13日

2部構成になっています。1部は、ドイツの修道院を訪れた作家の「わたし」が語り手となり、尼僧たちの生活が、「ショロッと」した食欲、「きゅっきゅ」という笑い声など不思議な言葉と、修道院長失踪についての噂とともに描かれます。2部は失踪した修道院長が語り手で、彼女が修道院を去った顛末が語られます。1、2部を通して、修道院という神と接して生きる空間のなかの人間臭さにすごく惹かれました。結局どこにいても人は人と接して生きていかなければならないということなんでしょうか? 悟りきれない私にはよく分からないんですけれども。
★19 - コメント(0) - 2016年4月7日

ドイツで1000年続く修道院の尼僧たちのディスハーモニーを、日本の作家が取材と称して描き出す。第一部が第二部の長~いマエフリとなっているが、ミステリとしての耐久性は持ち合わせていない。刮目すべきは主題である哲学的な個人に〈選択〉の自由はあるのか?というところでしょう。言語遊戯も愉しげで多和田葉子を肯定するには良い一冊。
★6 - コメント(0) - 2016年2月12日

Y
尼僧につけていくニックネームのセンスが好き。ルビがドイツ語なのも雰囲気が伝わってきてよかった。読みやすくてスラスラ読めた。
★4 - コメント(0) - 2016年2月7日

再読。“しかも、鼓膜にねじを回し入れるような、おおママ宮! という音楽が、これから何日もの間、あの静かな修道院の中で、わたしの耳の中の洞窟で響き続けるのかと思うと気が滅入る。” アバと聞けばみんな喜ぶに違いないという確信に満ちた尼僧候補の河高さん、ちと辛い…。色んな経験と経緯を持つ成人女性(離婚歴の1個や2個、子供は独立したとか元弁護士とか)が十人も集まって共同生活を営むのだからして、和があるわけはない。そこにあるのは不調和なのよ! …という鹿森さんの言葉を裏付けるような話のあれやこれや、にやにやしてまう
★13 - コメント(0) - 2016年2月4日

タイトルから何となし想像していた内容と大きく違っていたが、それでも著者の冴え渡る想像力、独特の巧みな言い回しに引き込まれ、殆ど一気に読み終えた。小説の舞台が、ドイツのプロテスタントの修道院というのにまず度驚かされる。長いことドイツで暮らしていた著者ならではの発想なのだろうが、読者の多くは面食らうはず。それと、印象的なのが登場人物のキャラの立ち方。それぞれが個性的なのだが、舞台背景のためか微妙に混じりあっているようにも思えてしまう。それから、一部で不在だった人物が二部の主人公というのも見事だと思った。
★4 - コメント(0) - 2016年1月31日

修道院のシスターたちと弓道の話。外部から守られている場所とはいえ、人が集まる場所には必ず「不調和」がある。それこそが自然なのだと、自我を破り最善を尽くして相手に任せる勇気。思考の先にある感覚。ひんやりとした石の壁のような文章。もとはきっとドイツ語で書かれたのだろう。信心深くなくてもお寺にいけば身が引き締まるように、しん、とくる、あの感覚に似ている。
★8 - コメント(0) - 2015年11月26日

二部に入ってから読むスピードが速くなりました。
★1 - コメント(0) - 2015年11月4日

修道院って実際に本当にこういう所?こういう世界?イメージとしてもっているものは、カトリックなのかしら。実にユニーク、興味深い舞台設定でした。哲学的であり、俗っぽくもあり、不思議な世界観を味わえた。
★2 - コメント(0) - 2014年12月5日

取材のために修道院を訪れる主人公だが、約束をしていた尼僧院長は不在だった。修道院に住む尼僧達は60歳を超えている人がほとんどなのに、そういう感じがしない。個性的でミステリアスで瑞々しい。イメージとしては女子校。主人公が尼僧達に心の中でつける呼び名(透明美さん、老桃さん、など)が面白い。この修道院は女性達の不調和が当然と認められる空間のようだ。後半の尼僧院長の物語は一つの短編小説としても読めると思う。後先考えず脊髄の発する言葉に従って鞄ひとつで出かけていく尼僧院長の姿は作者のイメージにつながる。
★4 - コメント(0) - 2014年12月4日

mm
遠方からの客と翼のない矢の2部構成。1部の空白部分を2部が埋めるので、1冊読み終わるとまず、すっと納得。大変静かに物語が進行するという印象。 実際は、修道院で暮らす10人の尼僧には様々な過去もあり、現在の確執もあるのだか、1000年を超えること修道院の建物が日々の出来事を全て吸い取ってしまい、静寂が残るという感じかな。修道院といってもここのシステムは、ある要件を満たした女性のシェアハウスみたいなもの。所々に散りばめられた、 ドイツ語の語感音感からくる連想と漢字の音と訓からくる連想が面白かった。
★17 - コメント(1) - 2014年10月29日

確かに何語で書かれていても不思議ではなかった小説で、それでいて日本語の美しさが十分出ている。非常にインターナショナルな小説だと思う。個人的には二部の生々しさにしびれた。全編、たまらない緊張感があったが、特に最後の数ページ最後の文章は美しかった。冬が訪れようとする、前書きの季節に人生の後書きをする、凄まじい表現だ。
★2 - コメント(0) - 2014年6月28日

北ドイツの尼僧修道院にしばらく滞在するために訪れた日本人作家の「わたし」だが、招待してくれた尼僧院長は修道院を去っていた。応対してくれた尼僧院長代理の「透明美」さんは理由をはっきり言わなかったが、どうやら恋愛に関わるトラブルがあったらしい…
★7 - コメント(0) - 2014年6月4日

修道院のなかの人間関係や日常生活がおもしろかった。 登場人物をなかなか覚えれなかったが、老桃さんはすこぶるかわいかった。
★2 - コメント(0) - 2014年4月13日

禁欲と和のイメージの修道院であったが、意外と自由にしていて人間関係も実に女性的だった。不和であって当たり前という前提が潔いけれど、表だって大きな波風は立てはしないが暗黙の了解があるというか。あちこち考えたくなる事柄や言葉が多くて不思議な難しさと面白さのある作品だった。人物の名前が覚えにくくて結局最後まで一部しか名前と人物が一致しないままだった。ドイツ語直訳なのだろうけど、長野まゆみっぽい。
★6 - コメント(0) - 2014年3月5日

お気に入りさんににおすすめして頂いた本。人間の欲は職業では鎮圧することはできない。本能の赴くままに。
★3 - コメント(0) - 2014年2月15日

[A]第一部「遠方からの客」は修道院に滞在する作家の視点から院内の尼僧たち―院内の現実的な政治の微妙なやりとり―を群像劇的に、第二部「翼のない矢」では尼僧になった女性の恋愛―特に「個人に本当に選択の自由があるのか」―を描く。著者がコメントを寄せているhttp://bookclub.kodansha.co.jp/100/past/tawada_index.htmlを読むとこの小説の作りがより一層わかる。修道院という聖なる場においても人間が人間であることから逃げられない現実についての小説。
★6 - コメント(0) - 2013年10月7日

尼僧修道院の人間模様が主人公(作者)を通していきいきと綴られる。高齢だが個性豊かな面々のやりとりや思惑が興味深い。第二部は出奔した尼僧院長の人生が語られる。これも面白い。なんだかまだまだ続きが読みたくなるような作品だった。
★2 - コメント(0) - 2013年8月27日

今まで読んだ多和田葉子作品の中で一番読みやすかったです。老桃さん、流壺さんがとてもかわいらしく、透明美さんとても美しい。知的ながらほのぼのとした第一部のあとに「実は…」というような第二部を読むと、なんだか「女の人生いろいろありますわなあ」という気持ちになりました。
★5 - コメント(0) - 2013年8月22日

軽やかな言葉遊びで尼僧修道院の内情が語られる第一部と、そこから一転して生々しい言葉で元尼僧院長の過去が語られる第二部。そのギャップに戸惑うが、第二部あってこその作品だと思う。とにかく言葉の選び方が面白かった。
★4 - コメント(0) - 2013年8月7日

今日的かつインターナショナルな小説だ。この作品がドイツの尼僧院を舞台にしているからというだけが理由ではない。この小説が英語で書かれていても、あるいはドイツ語で書かれていてもよかったと思うのだ。そこにどれほどの違いがあっただろう。そして、まさにその点にこそこの小説のこれまでにはない斬新さがある。もっとも、だからといって作品が日本語の固有性を失っているというのではない。素材の上からは「弓」に象徴される諸々が西欧的なものと対置されている。テーマもまた、「還るべき場所」をめぐってある種の普遍性の中に置かれていた。
★106 - コメント(0) - 2013年8月1日

"尼僧"って、修道院という別世界に住む人たちの話だと思って読み始めましたが、ただ年を重ねた女性たちが集団で暮らしているような、やっぱり尼僧といっても中身は普通の女性と変わらないんだな、と思いました。本の中にも書いてあったけれど、年をとっている女性が暮らしやすい場所は、修道院!というのは、読んでいてうなづけました。
★7 - コメント(0) - 2013年5月14日

2~3年ぶりで読んだ多和田さん。期待に違わぬ面白さでした。多和田作品でここまで読みやすくて敷居の低い作品は珍しいのでは?それにしても、主人公が尼僧修道院を訪れて、いろいろな話を聞く、というそれだけの、オチのないエピソードの連続でここまで読ませるとはさすがです。主人公が直訳したと思われる、「透明美」「貴岸」「火瀬」といった人物名が面白いです。一部と二部でかなり雰囲気が変わるものの、問題なく読み通せました。やっぱり多和田さんはタイムリーに追いかけていくべきですね。近刊2冊も読まねば!
★23 - コメント(0) - 2013年3月10日

語り手の「わたし」が、部外者だからっておもしろがって天真爛漫なふりをして質問してるのが、読んでて楽しい。しかし尼僧も尼僧でそれに乗せられるほど世間知らずではない。結果微妙にかみ合わない会話がスリリング、だけど笑ってしまう。第二部は英訳された(おそらく)第一部を読んだ渦中の尼僧院長の語り。考えない、選ばないことの心地よさについて考えさせられる。松永美穂さんのエッセイ「誤解でございます」に多和田さんと修道院を訪れた話がちらっとですが綴られています。あ、それ実話なんだ…という発見もあるので興味のある方は是非。
★6 - コメント(0) - 2013年2月11日

千年近い歴史を持つ修道院と言うブランド化された施設で、主イエスと程よい距離に身を置き余生を暮らす尼僧達の話。ストイックさが無くそれぞれの尼僧が自身の楽しみと調和を語り、老いた者勝ちよ、と朗らかに笑う。後半は、元尼僧院長の告白なのだが、禅の思想や『最期の審判』の絵画の暗示等が有り全く別物の話の様だった。
★16 - コメント(0) - 2012年12月1日

始まりは緩いけど読み進めるほどにじわじわくるおもしろさ。なんか上手く躱されてるなあとおもっていたらちょっとミステリタッチなところも好みだった。何よりこの語り口、文章、心地良い。心地良すぎて一部の終わりから二部のはじめにかけてほんとにちょっと眠ってしまったけれど。ときどき、わかるわかると頷けるところも出てきたりのそのバランスも好くて、たのしかった。
★4 - コメント(0) - 2012年8月31日

うあー、やっぱり好きだなぁ、多和田葉子!主人公と尼僧たちとの距離感が絶妙。え?そんなにいきなり核心に?と思わせたかと思うとさっと後ずさる。これからなにか起きるのか?とドキドキしてると、ささっと終わり、第二部へ。ええー?と思っていると第二部は一部で大いなる謎であった尼僧院長が語り手。今度は赤裸々に内面が語られ、うおーそういうことだったのか、とわかったようなわからなかったような。このふわふわ感が癖になるなぁ!面白かった~。
★31 - コメント(2) - 2012年7月17日

弓あんま関係ない気がする。修道院の世界は狭苦しいイメージあるけどイロイロだね。まーとにかく読みやすいよ!多和田作品。
★1 - コメント(0) - 2012年6月1日

ディスハーモニー・・・尼僧さんたちにもいろいろあるんだなぁとおもった。つぁ、あだなつけるわたしと尼僧さんとのからみがなんか面白かったす。
★4 - コメント(0) - 2012年4月3日

メモ 弓のようにまっすぐすすむ。目的地に辿り着けそうなまっすぐな道。うねうねの道を覚えてる。広さに閉じ込められてる
★1 - コメント(0) - 2012年3月27日

信仰にガチガチに縛らない修道院生活とシェアハウスは似ているかも。
★2 - コメント(0) - 2012年2月24日

外来語を使わないで書いた言葉と時間の流れの溝が面白い。
★3 - コメント(0) - 2012年2月7日

まず、クラフト・エヴィング商会の装丁が美しい。小川洋子の透明感に似ているけれど、多和田葉子のほうがもっと物質的な感じ。漢字にふられるドイツ語読みのふりがな。わけが分らなくなってくる登場人物の名前もドイツ語を漢字に移し替えたものなのか。ドイツ語の知識を持って読めたらなあ。
★5 - コメント(0) - 2011年12月8日

尼僧とキューピッドの弓の 評価:82 感想・レビュー:81
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