深い河 (講談社文庫)

深い河 (講談社文庫)
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深い河の感想・レビュー(2903)

これまでほとんど興味を持たなかったインド、知らなかった歴史、凄まじい状況とそこから生まれる生きる意味。自分が知らないことが、知らなくてもいいと漠然と思っていたことが今の世界にも歴史を遡れば無限ほど物凄くあって、これからは少しでも理解したいと思った。
★1 - コメント(0) - 2月20日

それぞれの過去と想いを持った人達のインド団体旅行。そこで目にした人々、醜い女神像、良いも悪いもなく全てを流すガンジス河。そして最後に投げ掛けられた、インドの地で日本人が日本人によって生命の危機に立たされる結末。この結末について考えることが何より大事だなと思いました。自分でも良し、この群像小説に沿って登場人物それぞれになってみても良し。難しいし、答えがないし、どうしようもない事なんだろうけど、考える事が大事。そういう壮大な小説でした。
★10 - コメント(0) - 2月16日

宗教色が強い作品ではあるけど、特定の宗教というよりは人としてどうかという内容なので、多くの日本人にとって「沈黙」より共感しやすいじゃないかな。
★1 - コメント(0) - 2月9日

24の時、母を亡くした。その時から、自分の心の内に彼女が転生したのだと、リアルに感じている。遺伝子とかではなくて、生きていく上での様々な選択を行うとき、彼女は声となって甦る。自分からも、心の内の母へ問いかける。死んでしまったからこそ、母との対話に嘘が入り込む隙などなく、玉ねぎのように進むべき道を示してくれる。死して沈黙するからこそ、始まる心の対話。その話し相手こそ、転生した死者だと、自分は受け止めている。
★6 - コメント(0) - 2月8日

ガンジス川には死者の灰が流れ、生きた人間もその川に入り。いろんな信仰がありますね。 各章の関連がいまいち分からなかった
★19 - コメント(0) - 2月5日

「公称では三百万人の仏教徒がいると言われてますが、実際は仏教礼拝は先ほど申しあげた不可触民に多いのです。つまり、いかなるカーストにも属さない最下層の人々が、人間の平等を説く仏教に救いを求めたわけですね。」 やっぱり教科書とかメディアって偏ってますよね。仏教がインドの絶対宗教で、皆が崇めてると思ってました笑 既知の事実でも疑いを持って、自分で知的探究心を持って調べる方が、より正確な事実が得られますね。 私はこの作品に出てくる登場人物で、美津子が最も自分に近しいと感じました。 「心の奥には、何か破壊的な
★24 - コメント(4) - 2月4日

大きな何かに圧倒された。それはガンジス河であろうか、神であろうか、愛であろうか、玉ねぎであろうか。ただそれは彼らを、私たちを受け入れてくれる。キリスト教も仏教もヒンドゥー教もわからないけれど、どれも人を救おうとしているのだと思う。ただ不完全な人間が不完全な形で語るから完璧にできないだけで、それらが求めることはどれも同んなじ気がする。信者に怒られそうだけど。
★21 - コメント(0) - 2月3日

感情が動かされた。
★5 - コメント(0) - 1月28日

生命は生まれて死ぬまで流れ続ける、各各の生には唯一無二の物語が流れている、楽しいこと辛いこと、生きたいこと死にたいこと、生きている限り全てを背負わなければならない、また物語での出会いが荷を軽くしたり重くしたりもする、私たちの思考がこの世を美しくも醜くきものにもする、物語は独白ではない、調和と平和がありますように、愛と自由がありますように、そして感謝で満たされた心でありますように、私が死ねば私の物語は終わる、そしてこの肉体が自然に帰りまた新しい物語が紡がれる。
★9 - コメント(0) - 1月25日

スコセッシの影響か、作品というのは作者の人生そのものの表れではないかと思った。つまり、遠藤周作のこの作品に表れているのは全て遠藤周作の人格や経験の何らかのフィルターを通しての結実なのではないか、と。様々な人格の登場人物が現れ、会話して交わるが、誰もが遠藤周作の分身であり誰もが本人ではない、そんなことを思いつつ読んでいると、何だか不思議な気持ちになった。もっと純粋に文学的にとらえれば、登場人物の書き分けが巧みな優れた文学だと思う。それぞれの人生、それぞれの悩み、それぞれの感情が瑞々しく描かれている。
★7 - コメント(0) - 1月22日

前に読んだときに同じく読んだことがあるという祖母と全然違う感想になって話が全然かみ合わなかったのを思い出した。今個人的に遠藤周作ブームが来てるので機会を見つけてもう一度読み返したい。大して長い話でもないが、上記の体験もあってとても印象深い作品。
★11 - コメント(0) - 1月21日

8年ぶり?に再読。これと中谷美紀のインド紀行本読んで実際にバラナシへ行ったっけ...。川っぺりにある焼き場の臭いとヒンドゥー教の祭祀の記憶が蘇りました。
★9 - コメント(0) - 1月21日

自分はイエスのことは好きだが、キリスト教というものをどうしても信仰する気になれない。そういう、自分がキリスト教に対して感じている複雑な感情を見事に表現してくれているように思う。イエスの思想は、一つの宗教に押し込めきれないほど普遍的なものだ。しかし、上下巻の上巻?と思うほど尻切れトンボだ。
★6 - コメント(0) - 1月18日

再読。奇しくも13日の金曜日に読了。インドツアーに居合わせた人々、そして愚直なまでに自分にとっての「神」を追い求める大津の想いが綴られます。異端的と評された大津の存在は『沈黙』のキチジローの様でありながら、美津子にとってはイエスの様でもあると感じます。大津の様な生き方はできませんが、「神」に関する解釈には強い共感を抱きました。「信じられるのはそれぞれの人が、それぞれの辛さを背負って、深い河で祈っているこの光景です。」特定の宗教を超越した真理を追い求めた、遠藤先生の集大成と言っても良い作品だと思います。
★15 - コメント(2) - 1月13日

遠藤周作の作品は高校生の頃多少読んだ。一番心に残ったのは「私が棄てた女」。この作品は再読。あまり記憶になく、九官鳥の死だけが記憶に残っていたと思っていたが、深い所に記憶は眠っていた。人は歳を重ねるごとに、心の中の河底には色々な感情や出来事が沈殿されてゆく。許し、受け入れ静かに終焉を迎える事ができたら、一番幸せなのかもしれない。
★27 - コメント(0) - 1月13日

学生時代の美津子、面白半分に一人の男から神を捨てさすなんてすごい悪い女やな~と。キリストならああしたであろう、こうしたであろうという考えの元に異端と言われながらも、自身の生き方を貫いた、大津。磯部には奥さんの生まれ変わりに会って欲しかったなぁ。
★16 - コメント(0) - 1月12日

あっというまに読めた本。ガンジス河。行ってみたい気持ちもあり、でもその覚悟あるかな…三条夫婦以外のメインな登場人物には共感がもてた。美津子さんのいろんなものに対する空虚感が今の自分にぴったりだった。それで簡単に考えをまとめて感想がかけるような本じゃない。覚え書き木口さん仏教でいう善悪不二。何事も善と悪が背中あわせになっていて、それを刀で割ったように分けてはならない。マザーテレサの尼さんなんのためにそんなことをなさっているんですか?それしかこの世界で信じられるものがありません
★12 - コメント(0) - 1月10日

人々が死ぬために集まってくる河。それぞれが何かを探してインドに向かう。宗教的なことは詳しくないけど、心にくる話だった。
★9 - コメント(0) - 1月6日

美津子が愛を知らないと感じていたのはどうしてだろう。あの時(学生時代)の美津子を救うことができたのは大津だけだったのかな。
★3 - コメント(0) - 1月5日

図書館で借りて、読了。
★1 - コメント(0) - 1月4日

『沈黙』の印象が強かったため、『深い河』は読みやすく少し軽くも感じましたが、サクサクと進む感じがありますね。
★5 - コメント(0) - 2016年12月28日

中谷美紀のインド旅行記の中で触れられていたので気になって読んで見た。最近こういうリンクも読書のいいところ。
★4 - コメント(0) - 2016年12月27日

妻は必ず生まれ変わると言うことによって夫にずっと覚えていて欲しかったのだったのだろうな。最後まで転生した妻が見つからず、躍起になっていく過程で思考が整理されていき、記憶の中にいつの間にか妻がいることを認識していくプロセスが面白かった。信仰心、玉ねぎについての話も始めは理解できなかったが、自分がじいちゃんの遺影の前で目を閉じながら記憶の反芻をしている時に感じるアレが自分にとっての玉ねぎだなと。たまに思い出すだけでいいんです、それが故人にとっての最大の供養です。過去に聞いた坊さんの言葉を思い出した。
★9 - コメント(0) - 2016年12月25日

初めてこの本を読んだとき、大津や美津子に年が近いせいか、この二人が印象に残る話だったのですが、数十年ぶりに再読し、木口や磯辺、沼田のエピソードが心に残りました。人生の苦しみをそのまま受け入れてくれるガンジス川を描くことによって、生き難さから救ってくれる宗教心を説いているのでしょうか・・・新婚でまだ人生バラ色の三條も、この先の長い人生の中で味わう悲哀によっては、またこの川のほとりにやってくるのかもしれない、自分も年を重ねそんな風に読むことができました。
★15 - コメント(1) - 2016年12月24日

何が言いたいのかよく分かんなかった。もう少し人生経験を積んでからならわかったのかもしれないが、少なくとも今はよく分かんない。自分自身に宗教に縁がないからかもしれない。早速、もう一度読み返してみようと思う。
★2 - コメント(0) - 2016年12月22日

☆☆☆☆☆
★4 - コメント(0) - 2016年12月21日

主人公達は人生に迷い何かを探し求めインドへ辿り着きます。インドの光と闇も、彼らの迷いも、全てを受け入れ悠然と流れる母なるガンジス河。インドへ行くと人生観が変わるとよくいいますが、彼らの人生観は確かに変わったように思います。「沈黙」に続き読みましたが、「沈黙」はキリスト教を題材にした作品ですが、本作はそれ以外の宗教についても触れています。ただ、その中でもキリスト教についての描写が真に迫っているのは、遠藤周作自身が迷い出した答えだからなのでしょうか…。神とは何か、信仰とは何か、人生とは何か考えさせられました。
★5 - コメント(0) - 2016年12月17日

誰かの慈悲、苦しみも心に抱えて生きる事も転生、という考えは私の中では新しく、スッと腑に落ちるものを感じた。悪の中に慈悲がある。喜びの中に悲劇がある。全ての混沌を受け入れ、流れていく悲しい深い河を私達は流されてゆく。みんな蠍に刺されコブラに噛まれた過去をきれいに隠し、きれいに生きているように見せるのが上手だ。美津子が本物の愛を渇望する気持ちがわかる。美津子の渇いた心に大津は転生していたのかもしれない。醜さも汚さも、死も生も晒し、人の全てを受け入れる場所があるという救いは、宗教や国を超えるのではないかと思う。
★28 - コメント(0) - 2016年12月16日

読みおわったらたしかに、心の深層のようなところにミルク紅茶色の河が流れているような、そんな気が、したり、した。
★8 - コメント(0) - 2016年12月14日

死者を抱きかかえ流れていくガンジス河。鉛のように重い孤独も後悔もゆっくり流す。妻を亡くした磯部、誰も愛することができない美津子らのインドの旅。神父の大津も、自分の信じるものを求め続けた末ここに辿り着いた。信仰が生活とともにある人々を改めて思う。探していたものは形あるものではなく、心の中に転生する。とても良かった。
★31 - コメント(0) - 2016年12月14日

大津は前半であれだけ語っていた「愛」を、インドでは名詞として用いなくなっている。それは彼が、概念としての愛を考えて信仰することを止め、愛する行為をもって信仰するようになったことの徴であろうか。成瀬(と読書たる私)が前半の大津に感じ続けた説教臭さや偽善はインドの彼には見られないが、それは彼が概念を振り回すのを止めたからかもしれない。その頭を使わない感じ故に大津は「馬鹿」だが、その行為故に人は彼を馬鹿にできない。体系化されたキリスト教ではぼやけている愚者としてのイエスが見隠れしていたように思う。
★12 - コメント(0) - 2016年12月11日

再読。いろんな思いを胸にインドへ向かう5人。その動機となったそれぞれの生き方と、旅先での思いが交互に語られる。美津子は、若い日に傷つけ、彼の敬虔すぎる信仰に恐れさえ感じていた大津を探しに来た。彼が神父であるにも拘らず、教会からはみだし、最も低い人たちの群れにいる様子は厳格な律法学者がイエスを受け入れなかったことを思い起こさせる。他の者も皆、無償の愛を受けた記憶を辿ってここにいる。まさに捉えられ。輪廻を示唆する場面は三島の「豊饒の海」を彷彿させた。死と生が混沌とするガンガーではこの境地に至るのかもしれない。
★15 - コメント(0) - 2016年12月10日

インドツアーに偶々同行することになった旅行者達にはそれぞれ深い心の傷と痛みがあった。妻を亡くした磯辺は、死の床の妻の譫言を信じ、再生を予告した妻を探そうとする。破壊的な心を持った美津子は、善なるものや神を否定するが、インドでの旧友大津との再会が彼女の心を融解させていく。木口は戦時の衝撃的な出来事で心と体を病み、死に行く友を癒した外国人に神を見る。宗教とは到達点へ至る道とある。到達点とは死であろうか?より良い道へ教え導くのが宗教だろう。また死者は転生するとある。それは確かなことだと僕も思う。
★16 - コメント(0) - 2016年12月5日

2016#74 遠藤周作…小難しいだろうな、と思いつつ、インドが舞台の小説なら、これを機に読んでみようか、と決めた。様々な人生経験を重ねた登場人物が、同じインド向けのツアーに参加して、それぞれの視点でインド、特にガンジス川で何かを得る。これを読むと、ガンジス川に行くなら、シニアになってからにしようと思う。きっと今よりも、そこで得る刺激に深みが出るだろうと思うからだ。これはイエスやイスカリオテのユダをイメージしてるのかな?と、聖書的なメッセージが隠れていると意識して読むのもおもしろい。
★7 - コメント(0) - 2016年12月1日

★3それぞれ違った思いを持ちながらも一つの場所に向かってる。自分もインドに行きたくなってきた、何故か
★6 - コメント(0) - 2016年11月30日

「ヒンズー教徒のためだけではなく、すべての人のための深い河という気がしました」私も終始この思いを持って、この本を読んでいた気がします。
★11 - コメント(0) - 2016年11月25日

二元論が根底にある神のあり方と一元論が根底にある神のあり方の違いなどが登場人物のエピソードとして表現されており、神や宗教とは何ぞやといった疑問の答えを掴むきっかけになり得る作品だと思いました。
★5 - コメント(0) - 2016年11月19日

複数の主人公が出てくるが、彼らはみな内省に長けている。ほとんど真面目である。その自己評価は、人が無意識に加えてしまう自分可愛さを含んだ上でもまだ客観的とも言えるくらい冷静にされているため、いくら人生の不幸・不遇を並べてもあまり嫌悪感は生まれない。インドへは、何かを「探しに」行ったのではなく「確認しに」行ったのだと思う。彼らは運命の理不尽にひどく寛容だ。わたしならインドになど行けず、温かい場所で過去を呪うだけだろう。
★10 - コメント(0) - 2016年11月12日

沈黙を読んでその流れで。沈黙では遠藤は日本的なキリスト教の理解として、旧来の教会組織や慣習から神の存在を相対化したが、そこからさらにその相対化は進行してた。もはや、キリスト教とか、神とかって範疇ではない。様々な境遇の男女が集い、その存在に圧倒され、自己を振り返るのはヒンドゥーの聖なる河、ガンジス。とは言え、ヒンドゥーの価値観に転向したと言う事でもなく、人は実存の問いを前にして、とかくなにか遠大な存在に超越を見出すのだ、と言う宗教のアーキタイプの様な物を提示してきた。
★7 - コメント(1) - 2016年11月6日

すごい本でした。あまりに凄すぎて感想なかなか書けそうもありません。再読してまたゆっくりと書きたいです。印象に残ったフレーズは美津子が「仏蘭西はあまりに秩序だって、混沌としたものがない 〜」に対して沼田が「西欧人ってカオスは嫌いなんだ〜」なんか納得です。中国にも荘司が混沌の大切さを説いてますし、ここ日本でも「縁側」は外部と内部の混沌とした部分をシーンによって内外を使い分けていますし、「和室」もリビングだったり寝室だったり・・・混沌がタマネギの思想へと拡がると・・・大津さん素敵です。
★34 - コメント(0) - 2016年10月22日

深い河の 評価:80 感想・レビュー:675
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