深い河 (講談社文庫)

深い河 (講談社文庫)
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深い河の感想・レビュー(2856)

前に読んだときに同じく読んだことがあるという祖母と全然違う感想になって話が全然かみ合わなかったのを思い出した。今個人的に遠藤周作ブームが来てるので機会を見つけてもう一度読み返したい。大して長い話でもないが、上記の体験もあってとても印象深い作品。
★5 - コメント(0) - 1月21日

8年ぶり?に再読。これと中谷美紀のインド紀行本読んで実際にバラナシへ行ったっけ...。川っぺりにある焼き場の臭いとヒンドゥー教の祭祀の記憶が蘇りました。
★7 - コメント(0) - 1月21日

自分はイエスのことは好きだが、キリスト教というものをどうしても信仰する気になれない。そういう、自分がキリスト教に対して感じている複雑な感情を見事に表現してくれているように思う。イエスの思想は、一つの宗教に押し込めきれないほど普遍的なものだ。しかし、上下巻の上巻?と思うほど尻切れトンボだ。
★4 - コメント(0) - 1月18日

再読。奇しくも13日の金曜日に読了。インドツアーに居合わせた人々、そして愚直なまでに自分にとっての「神」を追い求める大津の想いが綴られます。異端的と評された大津の存在は『沈黙』のキチジローの様でありながら、美津子にとってはイエスの様でもあると感じます。大津の様な生き方はできませんが、「神」に関する解釈には強い共感を抱きました。「信じられるのはそれぞれの人が、それぞれの辛さを背負って、深い河で祈っているこの光景です。」特定の宗教を超越した真理を追い求めた、遠藤先生の集大成と言っても良い作品だと思います。
★13 - コメント(0) - 1月13日

遠藤周作の作品は高校生の頃多少読んだ。一番心に残ったのは「私が棄てた女」。この作品は再読。あまり記憶になく、九官鳥の死だけが記憶に残っていたと思っていたが、深い所に記憶は眠っていた。人は歳を重ねるごとに、心の中の河底には色々な感情や出来事が沈殿されてゆく。許し、受け入れ静かに終焉を迎える事ができたら、一番幸せなのかもしれない。
★22 - コメント(0) - 1月13日

学生時代の美津子、面白半分に一人の男から神を捨てさすなんてすごい悪い女やな~と。キリストならああしたであろう、こうしたであろうという考えの元に異端と言われながらも、自身の生き方を貫いた、大津。磯部には奥さんの生まれ変わりに会って欲しかったなぁ。
★15 - コメント(0) - 1月12日

あっというまに読めた本。ガンジス河。行ってみたい気持ちもあり、でもその覚悟あるかな…三条夫婦以外のメインな登場人物には共感がもてた。美津子さんのいろんなものに対する空虚感が今の自分にぴったりだった。それで簡単に考えをまとめて感想がかけるような本じゃない。覚え書き木口さん仏教でいう善悪不二。何事も善と悪が背中あわせになっていて、それを刀で割ったように分けてはならない。マザーテレサの尼さんなんのためにそんなことをなさっているんですか?それしかこの世界で信じられるものがありません
★9 - コメント(0) - 1月10日

人々が死ぬために集まってくる河。それぞれが何かを探してインドに向かう。宗教的なことは詳しくないけど、心にくる話だった。
★8 - コメント(0) - 1月6日

美津子が愛を知らないと感じていたのはどうしてだろう。あの時(学生時代)の美津子を救うことができたのは大津だけだったのかな。
★3 - コメント(0) - 1月5日

図書館で借りて、読了。
★1 - コメント(0) - 1月4日

『沈黙』の印象が強かったため、『深い河』は読みやすく少し軽くも感じましたが、サクサクと進む感じがありますね。
★4 - コメント(0) - 2016年12月28日

中谷美紀のインド旅行記の中で触れられていたので気になって読んで見た。最近こういうリンクも読書のいいところ。
★4 - コメント(0) - 2016年12月27日

妻は必ず生まれ変わると言うことによって夫にずっと覚えていて欲しかったのだったのだろうな。最後まで転生した妻が見つからず、躍起になっていく過程で思考が整理されていき、記憶の中にいつの間にか妻がいることを認識していくプロセスが面白かった。信仰心、玉ねぎについての話も始めは理解できなかったが、自分がじいちゃんの遺影の前で目を閉じながら記憶の反芻をしている時に感じるアレが自分にとっての玉ねぎだなと。たまに思い出すだけでいいんです、それが故人にとっての最大の供養です。過去に聞いた坊さんの言葉を思い出した。
★6 - コメント(0) - 2016年12月25日

初めてこの本を読んだとき、大津や美津子に年が近いせいか、この二人が印象に残る話だったのですが、数十年ぶりに再読し、木口や磯辺、沼田のエピソードが心に残りました。人生の苦しみをそのまま受け入れてくれるガンジス川を描くことによって、生き難さから救ってくれる宗教心を説いているのでしょうか・・・新婚でまだ人生バラ色の三條も、この先の長い人生の中で味わう悲哀によっては、またこの川のほとりにやってくるのかもしれない、自分も年を重ねそんな風に読むことができました。
★10 - コメント(0) - 2016年12月24日

何が言いたいのかよく分かんなかった。もう少し人生経験を積んでからならわかったのかもしれないが、少なくとも今はよく分かんない。自分自身に宗教に縁がないからかもしれない。早速、もう一度読み返してみようと思う。
★1 - コメント(0) - 2016年12月22日

☆☆☆☆☆
★4 - コメント(0) - 2016年12月21日

主人公達は人生に迷い何かを探し求めインドへ辿り着きます。インドの光と闇も、彼らの迷いも、全てを受け入れ悠然と流れる母なるガンジス河。インドへ行くと人生観が変わるとよくいいますが、彼らの人生観は確かに変わったように思います。「沈黙」に続き読みましたが、「沈黙」はキリスト教を題材にした作品ですが、本作はそれ以外の宗教についても触れています。ただ、その中でもキリスト教についての描写が真に迫っているのは、遠藤周作自身が迷い出した答えだからなのでしょうか…。神とは何か、信仰とは何か、人生とは何か考えさせられました。
★4 - コメント(0) - 2016年12月17日

誰かの慈悲、苦しみも心に抱えて生きる事も転生、という考えは私の中では新しく、スッと腑に落ちるものを感じた。悪の中に慈悲がある。喜びの中に悲劇がある。全ての混沌を受け入れ、流れていく悲しい深い河を私達は流されてゆく。みんな蠍に刺されコブラに噛まれた過去をきれいに隠し、きれいに生きているように見せるのが上手だ。美津子が本物の愛を渇望する気持ちがわかる。美津子の渇いた心に大津は転生していたのかもしれない。醜さも汚さも、死も生も晒し、人の全てを受け入れる場所があるという救いは、宗教や国を超えるのではないかと思う。
★26 - コメント(0) - 2016年12月16日

読みおわったらたしかに、心の深層のようなところにミルク紅茶色の河が流れているような、そんな気が、したり、した。
★7 - コメント(0) - 2016年12月14日

死者を抱きかかえ流れていくガンジス河。鉛のように重い孤独も後悔もゆっくり流す。妻を亡くした磯部、誰も愛することができない美津子らのインドの旅。神父の大津も、自分の信じるものを求め続けた末ここに辿り着いた。信仰が生活とともにある人々を改めて思う。探していたものは形あるものではなく、心の中に転生する。とても良かった。
★31 - コメント(0) - 2016年12月14日

大津は前半であれだけ語っていた「愛」を、インドでは名詞として用いなくなっている。それは彼が、概念としての愛を考えて信仰することを止め、愛する行為をもって信仰するようになったことの徴であろうか。成瀬(と読書たる私)が前半の大津に感じ続けた説教臭さや偽善はインドの彼には見られないが、それは彼が概念を振り回すのを止めたからかもしれない。その頭を使わない感じ故に大津は「馬鹿」だが、その行為故に人は彼を馬鹿にできない。体系化されたキリスト教ではぼやけている愚者としてのイエスが見隠れしていたように思う。
★11 - コメント(0) - 2016年12月11日

再読。いろんな思いを胸にインドへ向かう5人。その動機となったそれぞれの生き方と、旅先での思いが交互に語られる。美津子は、若い日に傷つけ、彼の敬虔すぎる信仰に恐れさえ感じていた大津を探しに来た。彼が神父であるにも拘らず、教会からはみだし、最も低い人たちの群れにいる様子は厳格な律法学者がイエスを受け入れなかったことを思い起こさせる。他の者も皆、無償の愛を受けた記憶を辿ってここにいる。まさに捉えられ。輪廻を示唆する場面は三島の「豊饒の海」を彷彿させた。死と生が混沌とするガンガーではこの境地に至るのかもしれない。
★14 - コメント(0) - 2016年12月10日

インドツアーに偶々同行することになった旅行者達にはそれぞれ深い心の傷と痛みがあった。妻を亡くした磯辺は、死の床の妻の譫言を信じ、再生を予告した妻を探そうとする。破壊的な心を持った美津子は、善なるものや神を否定するが、インドでの旧友大津との再会が彼女の心を融解させていく。木口は戦時の衝撃的な出来事で心と体を病み、死に行く友を癒した外国人に神を見る。宗教とは到達点へ至る道とある。到達点とは死であろうか?より良い道へ教え導くのが宗教だろう。また死者は転生するとある。それは確かなことだと僕も思う。
★16 - コメント(0) - 2016年12月5日

2016#74 遠藤周作…小難しいだろうな、と思いつつ、インドが舞台の小説なら、これを機に読んでみようか、と決めた。様々な人生経験を重ねた登場人物が、同じインド向けのツアーに参加して、それぞれの視点でインド、特にガンジス川で何かを得る。これを読むと、ガンジス川に行くなら、シニアになってからにしようと思う。きっと今よりも、そこで得る刺激に深みが出るだろうと思うからだ。これはイエスやイスカリオテのユダをイメージしてるのかな?と、聖書的なメッセージが隠れていると意識して読むのもおもしろい。
★7 - コメント(0) - 2016年12月1日

★3それぞれ違った思いを持ちながらも一つの場所に向かってる。自分もインドに行きたくなってきた、何故か
★6 - コメント(0) - 2016年11月30日

「ヒンズー教徒のためだけではなく、すべての人のための深い河という気がしました」私も終始この思いを持って、この本を読んでいた気がします。
★11 - コメント(0) - 2016年11月25日

二元論が根底にある神のあり方と一元論が根底にある神のあり方の違いなどが登場人物のエピソードとして表現されており、神や宗教とは何ぞやといった疑問の答えを掴むきっかけになり得る作品だと思いました。
★5 - コメント(0) - 2016年11月19日

複数の主人公が出てくるが、彼らはみな内省に長けている。ほとんど真面目である。その自己評価は、人が無意識に加えてしまう自分可愛さを含んだ上でもまだ客観的とも言えるくらい冷静にされているため、いくら人生の不幸・不遇を並べてもあまり嫌悪感は生まれない。インドへは、何かを「探しに」行ったのではなく「確認しに」行ったのだと思う。彼らは運命の理不尽にひどく寛容だ。わたしならインドになど行けず、温かい場所で過去を呪うだけだろう。
★9 - コメント(0) - 2016年11月12日

沈黙を読んでその流れで。沈黙では遠藤は日本的なキリスト教の理解として、旧来の教会組織や慣習から神の存在を相対化したが、そこからさらにその相対化は進行してた。もはや、キリスト教とか、神とかって範疇ではない。様々な境遇の男女が集い、その存在に圧倒され、自己を振り返るのはヒンドゥーの聖なる河、ガンジス。とは言え、ヒンドゥーの価値観に転向したと言う事でもなく、人は実存の問いを前にして、とかくなにか遠大な存在に超越を見出すのだ、と言う宗教のアーキタイプの様な物を提示してきた。
★7 - コメント(1) - 2016年11月6日

すごい本でした。あまりに凄すぎて感想なかなか書けそうもありません。再読してまたゆっくりと書きたいです。印象に残ったフレーズは美津子が「仏蘭西はあまりに秩序だって、混沌としたものがない 〜」に対して沼田が「西欧人ってカオスは嫌いなんだ〜」なんか納得です。中国にも荘司が混沌の大切さを説いてますし、ここ日本でも「縁側」は外部と内部の混沌とした部分をシーンによって内外を使い分けていますし、「和室」もリビングだったり寝室だったり・・・混沌がタマネギの思想へと拡がると・・・大津さん素敵です。
★33 - コメント(0) - 2016年10月22日

その河は何時だって何者をも拒まず、死者や生者の苦悩や罪を受け入れてきた。まるで「天国は彼らのものである(マタイ5)」と祝福しているかのように。そして個人的に大津の生き方に強く魅かれた。彼は「私はイエスにつかまったのです」と棄教しない理由を、先輩の神学生に問われた際にそう答えた。それはペトロとアンデレがイエスに呼ばれ、御言葉で漁を行ったように(マタイ4:18-20)、彼も行き倒れた人の苦悩や悲しみを背負って運んだ。それを自ら「イエスの真似事」と述べているが、どちらかというと使徒に似ているように思える。
★10 - コメント(0) - 2016年10月19日

アンニュイ系になるべく、旅先の金沢の宿で自由にお持ちくださいと置いてあったものをもらって読んだ。初めての遠藤周作だしキリスト教にも詳しくないのでなかなか汲み取りきれなかった部分が多い気がするけど、人物描写が面白いからか、ぐいぐい読めた。自分は大津のようにはなれないけど、最近「自分が好きでいれる自分でいよう」と改めて思ったりしていたので、そのあたりはなんとなく後押ししてもらえた気がする。
★8 - コメント(0) - 2016年10月19日

登場人物が多かった。
- コメント(0) - 2016年10月18日

裏表紙のあらすじを見て、インドが舞台として登場するという点に惹かれて手に取った。数年前から行ってみたいと思いつつ行けていない。この本を通して見たインドは、インドそのものよりキリスト教やヒンドゥー教など、宗教的視点からのものだった。とはいえ、多くの国においては宗教的視点で物事を見るのが普通であるだろうことも感じた。自分の目には果たしてどのように映るのだろうか。
★8 - コメント(0) - 2016年9月30日

九官鳥のエピソードやクロなど、登場人物は少しずつ遠藤周作の影を背負っているようだ。ガストンも懐かしく、テレーズ・デスケルウの話もあるし、美津子には「真昼の悪魔」の女医を思い出させて、今までの作品の集大成のように感じた。日本におけるキリスト教を思索し描いてきた結果が「深い河」な気がする。「玉ねぎはどこにもいるのです」。未消化の部分ともっと遠藤周作の世界を理解したいという気持ちがあり、これ以上感想が書けない。再読必須だし、過去の作品ももっと読み返したい。
★32 - コメント(0) - 2016年9月28日

インドを知ろうシリーズの一冊として読んでみた。「玉ねぎ」を追い続けた美津子がガンジス河に入った、その気持ちの変化が気になる。登場人物たちはインドへ来る前、皆ピエロに救いを求めてきたように見えた。例えば沼田にとってのピエロは九官鳥であったし、木口にとってのピエロはガストンさん、美津子にとってのピエロとは大津だったのじゃないかなあ。そして彼らにとってピエロとは、辛い気持ちや、人には見せない暗い陰の気持ちでさえも打ち明けることができる存在だったのかなあと。
★12 - コメント(0) - 2016年9月19日

初めての遠藤作品。宗教と日本人という壮大なテーマにどう理解できるのかという不安がありましたが、読み進めていくと、思いの外、引き込まれていきました。この小説の舞台であるインドも宗教にも無縁な生活を送って来たのですが、この小説から両者の距離は少し縮まったような気持ちです。5人の登場人物の人生は全く接点がないのですが、最後に聖なる河で交わりますが、人間が幸せに生きるとはどういうこと?自分の人生はどう生きるについて考えさせる読後でした。
★11 - コメント(0) - 2016年9月10日

玉ねぎが背負った十字架のように死にゆく人を背負って行く。様々な宗教があるが、道が違うだけで、至る場所は同じ「全てを包み込むところ」なのだろう。善もなく悪もなく、全てを包み込む聖なる河が、その象徴として迫ってくる。
★4 - コメント(0) - 2016年9月10日

全てを包み込んで悠然と流れるガンジス河。それに引き寄せられた人々を描く。ガンジス河がなぜ人の心を惹きつけるのかたまに考えるのだが、人々の「祈り」が込められているからではないかと思う。ガンジス河の浄化作用はハンパなく、不浄な人が河に入ると内部から「穢れ」がごっそり落ちる。高熱と共に上から下からイロイロ流れるのです(笑)
★9 - コメント(0) - 2016年9月2日

インドの人々が輪廻から解放され、幸せになれるのはいつのことだろうか。読み終わっても、そのような思いが消えない。
★4 - コメント(0) - 2016年8月31日

深い河の 評価:74 感想・レビュー:664
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