アサッテの人 (講談社文庫)

アサッテの人 (講談社文庫)
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アサッテの人はこんな本です

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夜行
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アサッテの人の感想・レビュー(323)

ほんとうに何の気なしに変顔をしたくなる瞬間がある。あるいは凡庸や平凡が染み込んだ世界、自らの身体から抜け出たいという無意識の表れだったのかもしれない。ぼくはこの小説はとてもしんどかった。自殺しようと思っていた頃の気持ちがそのまま活写されていたからだ。アサッテの方向へ行こうと思えば思うほど、クラインの壺のように元の場所へ帰って来る。それでも逃げようとする。より範疇が広い観念が、抜け出そうとする観念の外側にいつでも存在する。この小説は一見技巧的な作品に見えるけれど、実は生の叫びそのものなのだと思う。
★7 - コメント(0) - 2016年12月18日

君は不意にポンパときたことはあるかい?僕はてんでポンパない。けど、この叔父さんは不意にポンパときてポンパったこともよくあったんだ。ここにあるのは言葉の裂目、世界の理とその外側との綱渡り。from吃音という躓きtoアサッテの人は、言語と構造を自在に越境しながらどこまでも小説的にポンパしてる。理性を極限まで推し進めたからこそ見えてしまう、虚言としての知性。小説の檻自体を目指す本書はだからこそ自意識の澱とは無縁であり、まるで概念が幾何学的なダンスを始めているようだ。たまらなくホエミャウな読書体験、素晴らしい。
★34 - コメント(0) - 2016年12月8日

内向的でありながらもかなりユーモアに富んだ作品であった。 新たなものを求めれば求めるほど、定型という環の中に 押し込められているような感覚になるということを覚えさせられる。
- コメント(0) - 2016年12月2日

群像新人賞・芥川賞受賞作。賛否両論ありそうな作品だが、構成が実に新鮮で面白く読めた。今や、私の精神・感情・思考・行動は、読書以外は、現実を全て直視しその現実に対応する生活をすることに、完全に近いほど肯定的になっている。その私ですら、現実世界・社会・コミュニケーション等に何らかの疑問・不安を抱き、「アサッテ」に志向していく叔父やチューリップ男に共感できる部分がある。ただ、後半、叔父が最初目指す「アサッテ」から、それが自身の強迫観念として作動し、崩壊に向かっていくのが、実に「現実的」であり哀しい。 ★★★★★
★18 - コメント(0) - 2016年11月24日

これは小説に留まらず、世界の枠組みにまで通ずることだと思ってしまいます。常識、普通、規範に沿い、表立っては実行するものの、一度独りになれば、それは悉く崩壊して「アサッテ」を求めてしまうのでしょう。人の目に触れず、密かに、怪訝に思わせない、とさせた普遍的な考えは狭隘に留まらせて息苦しくさせるのです。
★4 - コメント(0) - 2016年10月8日

作者のあとがきが言いたいことを一番ストレートに伝えてた気がするのは、きっと私の読解力不足でしょうし、誰かの死にはもっとストーリーが欲しかったと思うのは、きっと私が凡庸な価値観に埋もれているからでしょう。だのに面白かったと感じているのは、私もアサッテを目指す一人だからに違いないですねぇ。
★1 - コメント(0) - 2016年9月30日

クラシックバレエを続けてきた人がモダンに転向した時のような印象を受けた。うまく言えない。似て非なるものに取り憑かれて、抗うことができずにいる…そんな悲しみに満ちた作品だった。読み始めは私には退屈で投げ出しかけたが、最終的には面白かったと言わざるを得ない。悔しいことに。
★7 - コメント(0) - 2016年9月23日

よくわかんなかったから 図書館で借りたあと 本屋で買い直し本棚に 佇んでる。 ちかいうちに読み返したいなぁー
- コメント(0) - 2016年9月15日

M.
序盤がなかなか入り込みにくかったけれど、読み進むにつれてなんだか色んなものがふつふつとこみ上げてくる素敵な話。定型を恐れて逸脱しても、結局その逸脱すらも定型になって……というあたりが面白い。もう一度読みたい。ショーペンハウアー研究を始める前に買った本に、まさかのショーペンハウアーが出てきて驚愕。
★1 - コメント(0) - 2016年9月3日

独特な話。昔、同級生に全く理解出来ない人間がいた。大人になると逆にその人間が常識人となり、また逆に理解出来ていた人間と全く話が合わない事がある。そうした人間はアサッテに旅立っていたのだろうか?そんな人達の内情が垣間見えた様な気がした。
★7 - コメント(0) - 2016年5月2日

作為への反発、メタフィクションへの挑戦的な感じはなんとなく共感するし、意味のない言葉は楽しい。でも反小説や実験小説に比べて驚きは薄いような気がした。
★2 - コメント(0) - 2016年4月19日

途中までは何となく言わんとしてることがわかったが、最後の方は全く理解できず。アサッテという考え方自体は面白いと思ったが、自分の読解力のなさにちょっと落ち込む。
★1 - コメント(0) - 2016年4月3日

第137回芥川賞受賞作品。吃音症に苦しむ叔父の日記。それをもとに小説を書く甥の自分。アサッテ‥不思議な世界観。国学院大学哲学科出身。
★1 - コメント(0) - 2016年3月24日

第137回芥川賞受賞作品及び第50回群像新人文学賞作品。吃音症で懊悩する著者の叔父の日記を頼りに小説を書くが、ストーリーとして成立していない様子を読者に語りかけながら作品にしてしまうという…これってメタフィクションって言うんだね。 言葉とは自由なものだと思ってたけど、言葉を自由に扱えない吃音症の人にとっては、言葉は場面や場所を選ぶ窮屈な道具であり、そんな凡庸なモノと相対する「アサッテの言葉」を見つける。日記を通して叔父さんの観念が狂っていく様は怖いけど、とにかくポンパ!が耳に離れない本です。
★2 - コメント(0) - 2016年2月7日

著者は町田チルドレン? メタな書き出しは又吉の火花ばりにお堅いが、すぐ惹き込まれた。吃音に苦しむ語り手の叔父。突然発するポンパ!やタポンテューが窮屈な世俗をぶち破る。だがナチュラルな個性は人の目を意識すると途端に消え失せる。皆と一緒の凡庸さに憧れていたが、いざなってみると不毛な言葉の渦に押し潰される。多数派を真似る必要は無いが殊更に違いを求めるのも歪だ。既存小説へのアンチテーゼはジョージ・ハリスン「アイ・ミー・マイン」そのものの自分自分な社会への嫌悪。アサッテでも宇宙人でもいい。自然に変態で生きましょう。
★44 - コメント(1) - 2015年12月22日

面白かった。「アサッテの人」とは世を統べる全ての法に対して圧倒的に無関係な位置に至る人の事。アサッテを希求するあまり凡庸があってこそのアサッテも意味を無くしていく。習慣や一般常識の流れに逆らいたい衝動、そして快感。わかるわかると頷きながらも日常と狂気の紙一重にポンパ!ポンパポンパ!
★29 - コメント(3) - 2015年12月18日

大体理解出来たけど、正直それだけでした。やっぱ芥川賞受賞作って純文学を楽しむ読書力がいるんでしょうね。
★35 - コメント(0) - 2015年12月17日

N
おもしろかった
- コメント(0) - 2015年11月22日

★★☆ 読み進めるにつれ「あ、分かりそう分かりそう」と思いながらも消化不良のまま読了。異様にまどろっこしい冒頭で挫けそうになるが、叔父の夫婦生活のスケッチを含む前半は読みやすく、アサッテの片鱗に触れる。後半に引用される叔父の自省的日記は吃音を抱えた幼少期、それを失った青年期がありありと描かれ、惹きつけられる。閉じた完璧な円環として存在したはずの世界は、吃音という壁が消滅した瞬間からむしろ居心地の悪いものとなる。世界の隙間にアサッテを見つけ出す静かな狂気。もう一度読みたい。何かに近づけそうな気がする。
★2 - コメント(0) - 2015年10月16日

-
タポンテューとしか言いようがない
- コメント(0) - 2015年10月13日

芥川賞は難しい。『アサッテ』とは『明後日』ではなく、まさに『アサッテ』なんでしょう。あとがきで作者自身が『アサッテ実践編』と表現している『りすん』も読んでみようかなぁ。。。
- コメント(0) - 2015年10月6日

アサッテは意識的に作れるもんじゃないのだなと、唐突に、頭に浮かんだものがおもてに出てくる瞬間、人は一瞬だけアサッテに行けるのかもなー。そんなジレンマに陥ったおじさんそのものを描こうとする主人公のジレンマを描こうとする作者のジレンマ…おもしろかったです。
★3 - コメント(0) - 2015年9月21日

雨の音と一緒にアサッテの世界が染みてゆく。雨の日の方がページを捲る手が進む本でした。日常が限界まで茹だったその瞬間にのみ彼はアサッテに帰ってゆく。今日は豆腐のサクサク揚げです。
★3 - コメント(0) - 2015年9月10日

妖精やらユニコーンの類いは我々の世界の外にある。同じように我々の世界の外にある言語と慣れ親しんでいた彼は
★3 - コメント(0) - 2015年9月7日

あまり読んだことのないタイプの本だった。なんというか、不思議。言葉の選び方が好きかも。小気味よく読みやすいのに濃厚。とても映像的だった。特にチューリップ男とか。哲学っぽい(?)のにエンタメ性もありそうな。映像化しても面白そうだなーと思いました。アサッテの感覚、分かる…
★1 - コメント(0) - 2015年6月18日

第137回芥川賞受賞作品、第50回群像新人文学賞受賞作品。処女作というが驚き。そして、このような手法で描かれた文学と、哲学的な文章は初めて出会い、戸惑った。でも何か癖になる。
★6 - コメント(0) - 2015年4月2日

吃音に関する物語だとあらすじを読んで読み始めたけれど、日本語として理解できない単語が出てきてこれはなんだと思って読み進めていく上でどうやら言語に関する話なんだなと読み進め最終的にやはり理解できなかった(笑)でも言葉にできないのだけれど全く何もつかめなかったといえばそうではなく確実に何かはつかんでいた。特に概念や定型の話などは面白いなと思いながら読めた。部分的に哲学的な話もされていてそれも楽しく読むことができた。ただこの本をなんと言って他人に勧めればいいか分からず、たぶんとにかく読んでみてというしかない。
★4 - コメント(0) - 2015年1月11日

アサッテを生きるということは、未知の未来を生きようとすることなのかなと感じた。予定調和の日常も、型にはまった感情も、現象も、すべてを飛び越えて、ぽっかりとアサッテに生きていたい。しかしそれは、境界線を無意識に歩くようなもので、且つ相対的に存在するもの。作為の心を取り落とし飛び越えて生まれるもの。「本当に無駄なこと、本当に意味の無いことをすることが本当に生きているということだ」という事を考えながら本当に無駄なこと、意味の無いことをしても、そこにはただ作為があるのみ。伯父さんは、どこへ行ってしまったのだろう。
★4 - コメント(0) - 2015年1月1日

葬式や演奏会など黙って神妙な姿勢を保ち続けなければいけない状況で、緊張に耐えきれず、大声を挙げたくなる衝動ってありませんか? かつて吃音のため現実への疎外感に苛まれてきた叔父は、吃音の消失と共に、自分を搦め取ろうとする世界のルール・定型・通俗性・凡庸さを過剰に意識するようになる。その息苦しさから逃れるために生み出されたのが「アサッテ」という言語活動。物事が予定調和的に収まろうとする時に、その居心地の悪さから思わず「ポンパッ」とやってしまう。小説は理知的だが、描かれているのは生理的な切実さで共感しました。
★5 - コメント(1) - 2014年12月17日

叔父がアサッテの効果を高めるため逆に凡庸を推し進めるって話がテクスト内で進行しても、テクスト自体の形式はあくまで安全なのがどうしても退屈だ。作者はメタフィクションを批判する作品だと後書きで語るけど、叔父のその戦略を形式でも展開=フィクションを推し進める(メタフィクショナルな視線を抑圧する)ことで逆にメタフィクションの最高の批判になるのでは、カフカみたいに、と思うのはでも何十億に一人みたいな水準を要求する酷な願いで、ルールに最適化した結果、形が変わってしまうって事態を構築して見せてくれただけでも感謝しよう。
★4 - コメント(0) - 2014年12月5日

伯父、朋子さん、「僕」による多様な語り、突飛なことばの闖入がいわゆる「小説」なるものを切り崩そうとしているのだということには頷けながらも、伯父の行状やアサッテ的な感覚についていまひとつリアルに迫ってこないように感じられるのは、描写ではなく説明的だからだろうか、俺のミスリードであろうか。また、本編よりも、気合いの入った「あとがき」の方にこころを動かされもしてしまった。
★3 - コメント(0) - 2014年10月15日

「アサッテ」の方向に飛び跳ね斜め上をいくメビウスの輪としての「キ」印の気配が、例えば吃音の力で抗してきた「キツツキ」の「キ」が木であり気であり鍵(キー)であるその多種多様の「キ」の連鎖が「キツツキ」から逃走する巣食う虫達の「き」であったならば「キツツキ」と当たり前に言う世界から剥がれ落ちてしまうような、カフカの世界に通じる巣食う虫である言葉が「アサッテの人」の残した叔父のノートであり断片であり失踪者「アサッテの人」を探し求める僕の手がかりとしての言葉なんだろうか。
★4 - コメント(1) - 2014年9月16日

吃音癖のある叔父は、環の中を飛び抜けない言葉に対してジレンマを抱き、「アサッテ」な言葉を希求するあまり、意識にとらわれ言葉を失っていく。叔父の手記を引用しつつこの小説「アサッテの人」を書き上げんとする作者もまた作為のもとに小説内の語りが影響を受けることは逃れえない事を認識し、嘆息しながらも書く。言葉に対する諦め、認識が丁寧な説明によって変えられた。素晴らしい一冊に出会いました。
★9 - コメント(1) - 2014年9月16日

☆☆☆
★1 - コメント(0) - 2014年6月23日

小説という定型・構造を打ち破りながらも、小説という枠から逃れることがいかに不可能か、というジレンマを見事に著した一冊。素晴らしい!
★7 - コメント(0) - 2014年5月15日

小説というよりはエッセイや哲学書、もしくはハウツー本的なものとして読んだ方が受け入れやすいかも。読みやすいには読みやすいです。凡庸と定型に甘んじることをひたすら否定し、逸脱の例をこれでもかと挙げていく。創作法の中でも「小説」だからこそ際立った、そして描き切れたテーマだと思います。序盤の、朋子さん側にいる頃はあまりすっきりと読めませんでしたが、、中盤を過ぎると解説も進み「アサッテ男」達の方にいられるようになって、彼らの存在が面白くなりました。
★1 - コメント(0) - 2014年5月13日

芥川賞】叔父と自分の草稿をつなぎ合わせた作品の解説を含む文章群。叔父が、現実との「捩れ」の位置にあることを「アサッテ」と表現している。過去の吃音が直ったこと、亡くなった妻からの求愛、2つの大人への変貌の根源が分からない。妻の死の描写が不足ぎみ。読者に「ポンパ!」と奇声を発する「あさってな人」がいるとすると、登場人物の叔父は「明明後日(しあさって)」な人だと思った。失踪の謎の続編が欲しい。
★129 - コメント(0) - 2014年5月5日

アサッテの人の 評価:76 感想・レビュー:112
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