世界の読者に伝えるということ (講談社現代新書)

世界の読者に伝えるということ (講談社現代新書)
あらすじ・内容
日本文化が世界で人気があると聞くとうれしい。コンテンツ輸出も重要だ。ただ、日本文化の発信にあたって、いま求められているのは、「日本発の文化を、日本以外の世界の読者の視点から見てみる」ことではないだろうか? 
アメリカで森鴎外を学び、大学で教えた経験も持つ著者が、文学と批評を例にして、比較文学と地域研究というふたつのアプローチを通して考える。


【目次】
序章 「世界の読者」の視点

第1部 ひとつめのレンズ 比較文学篇――世界文学としての日本文学

第1章 アメリカで学んだ、日本文学の大切なこと
第2章 「世界の読者」から読みかえる村上春樹
第3章 「世界文学」という読みかた
第4章 海外の大学から見る「日本文学の発信」

第2部 ふたつめのレンズ 地域研究篇――日本研究からみる日本文化・ポピュラーカルチャー・現代日本の批評

第5章 日本研究という視点
第6章 日本研究で「日本らしさ」を語ることのむずかしさ
第7章 日本のポピュラーカルチャーを研究する
第8章 海外の日本研究から読む、現代日本の批評

終章 すべての文化は「世界の財産」である

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256ページ
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世界の読者に伝えるということの感想・レビュー(56)

いろんな切り口が提示されておりますが、消化しきれていない感じです。
★9 - コメント(0) - 2016年11月5日

日本をもっと知りたいという外国の人たちと、日本の良さを知ってほしい私達。「発信したい」と「知りたい」がずれてしまう。「他の人の靴を履いてみよう」という発想と、「翻訳」で失うものだけでなく、「豊かになる」という発想が必要。「舞姫」を日本に紹介した二葉亭四迷。翻訳を意識して書いたという「吾輩は猫である」。世界的に読まれている村上春樹。東南アジアでヒットするラノベの数々。成功例もたくさんある。ゲーテの造語という「世界文学」。翻訳ものは敬遠していた私も、来年は少し挑戦してみたい。
★15 - コメント(0) - 2015年12月26日

日本文学を読むのは、研究するのは日本人だけではない。日本が西欧の学問・思想を輸入し、独自の形で変化をさせてきたように、海外の日本文学研究もまた、それぞれに独自の形を取ることがある。その両者を橋渡しする必要性が説かれた一冊。比較文学と地域研究という観点から、海外の日本研究、日本文学研究のありようを紹介しながら、「〈正しい〉日本文化」という発想の限界を指摘。日本特殊論が時に「文化のカーテン」となり、排外主義に陥りやすいことも指摘される。対話可能な開かれた学問には、外からの眼差しを意識することが必要なのだろう。
★7 - コメント(0) - 2015年11月16日

168「ガーディアン紙の記事「文化の陰に隠れるフクシマ報告書」(2012年7月6日付)では、日本文化論の歴史を紹介しながら、災害がメイド・イン・ジャパンだというのは「日本特殊論におもねり、現在あるステレオタイプを説明せず、むしろ補強するだけ」と批判した。これは、日本人が「日本文化」を語りたがること、そしてそれが、日本人と外国人の両方にとって、「文化のカーテン」に隠れて、さらに深くものごとを掘り下げないという傾向全体に批判が向けられている。」
★7 - コメント(0) - 2015年11月14日

日本文学のみならず、日本文化について真面目に何かを言うときには、本書に書かれていることを踏まえておかねばならないのではないでしょうか。要点を平易に読めるようまとめてくれている良書。
★5 - コメント(0) - 2015年10月4日

(思い出し記録)ゼミ本。日本文化がどんどん流出し、日本の外で容易に日本文化を楽しめることができるようになってきている。輸出することでその形は変容していく。だから、"正しい"日本文化の伝達の限界がある。日本を知ってほしい、けど外で知られている日本は発信したい日本ではなかったり。そのギャップを知るために外からの視点は大事になるはず。つまり、コミュニケーションを取るときにも多くの人が大切にするであろう、相手の立場にたつことの重要性、そんなことを考えた一冊。
★3 - コメント(0) - 2015年7月10日

例えば今僕の目の前で雨が降っているとして、僕の眼の中に映る景色と、他の誰かの眼の中に映る景色は本当に同じだといえるのだろうか。その他の誰かが例えば雨のあまり降らない国からやって来た異国の人だとしたら。本書を読んでそんなことをふと想像してみた。日本文学が世界でどのように読まれるのか、比較文学と地域研究の二つの視点を通して分析した一冊。日本人の僕たちが感じる日本と、世界の人たちが感じるニッポンにはたしかに違いがある。しかし自国の文化を真に理解しなければいければ、そのあたりのギャップに意識的であることは難しい。
★2 - コメント(1) - 2015年6月8日

世界の読者に日本の文学や文化を伝えようとする際、こちらが伝えたいことを一方的に押し付けるのではなく、世界の読者の視点に立ってみること。日本人自身が世界の読者として日本文化を考えてみること。大学で受けた源氏物語の英訳の授業や以前読んだ多和田葉子「エクソフォニー」リービ英雄「英語で読む万葉集」などと響き合って面白く読めた。
- コメント(0) - 2015年3月2日

昨今日本のサブカルチャーを発信しようという動きが活発化している中で、「受け手がどのように捉えるのか」を念頭に置いた上で伝えていくことが日本発の文化のより深い理解につながることが述べられている。村上春樹の作品が日本語のテクストをオリジナルとして絶対視せず、伝わりにくい部分をあえて崩して外国語に翻訳することで「世界文学」となり得たという指摘は興味深かった。
★2 - コメント(0) - 2015年1月7日

日本文学が海外でどのように読まれているのか。そして研究されているのか。日本語で日本文学を読むことが必ずしも重要なわけではない。村上春樹にしても、日本語で読まれることは多くない。日本でも、海外の文学を原書で読む人などごく一部だ。世界中で読まれる、ということはどういうことなのか、ということに気づかせてくれる。
★4 - コメント(0) - 2014年11月30日

日本の文学を世界に伝えるにはどうすればいいのか? 翻訳文化や海外の日本イメージについて考える本。難しかったです。やはりフーコーや甘えの構造が説明なしに出てくるような本はきついですね。その著作とこの本のつながりがいまいちわかりません。ともあれ著者の危機感は伝わってきました。ごく一部の作品だけが「日本文化」と思われている現状は、文化に携わるものとしては好ましくないですよね。スタート時点で日本の外側に訴えかけようとする作品が必要だし、出版社や翻訳家もそれを意識することが重要なのかなと思いました。
★1 - コメント(0) - 2014年11月23日

発信の方向を変えれば、送り手と受け手のミスマッチは軽減される。世界の人々が日本文化を現地でどう届けてくれるか、受け手はどんな関心を持っているのか、知る必要がある(13頁)。世界の読者は、ふたつのレンズ(比較文学と地域研究)を使い分けて文化を見ている(24頁)。政治・経済のグローバル化の中、外国文学をどう読むか、再考するムードがある(83頁~)。 他の文化では、自文化・価値観では許されないことが行われていると気づくことも増えてきた(101頁)。 
★22 - コメント(1) - 2014年9月1日

日本文学が世界の読者からどう受容されているか、比較文学、地域研究の視点から考察されており、非常に読み易くこのテーマの入門書となりそうだ。日本で売れた本が海外でも需要があるとは限らない、というのは難しい。というのも、著者が指摘している通り、世界からの視点を常に意識するということは今後重要になっていくだろう。そうなった時に、ダムロッシュの言うところの国民文学に留まり、世界文学たりえなかった文学の扱いはどうなるのだろうと思ったからだ。そういった作品は、海外では日本文学研究の俎上に載ることも無いのだろうか。→続
★20 - コメント(2) - 2014年7月9日

「日本人自身が日本文化論を語るときに(中略)「自分たちが特別だ」という日本人のナショナリズムがある」(pp.160)や「日本人(のように)ならなければ日本文化を深く学ぶことができない、という前提から日本文化を語る人が多い」(pp.164)や「欧米の日本研究では、「日本的なもの」「日本らしいもの」という日本文化・社会の語りかたについては回避することが増えて」(pp.225)から「「世界の読者」の視点から見る」(pp.230)と締めている。つまり、日本人から日本を世界に向けて語るとき、「客観性=世界の一部とし
★2 - コメント(1) - 2014年5月28日

グローバル化が進み、文化がミックスされている。改めて文化とは何か考えてしまった。
★4 - コメント(0) - 2014年5月15日

【BOOK(2014)-102】!!!!!
★1 - コメント(0) - 2014年5月13日

原書をその国の言葉で読む。確かにそれには大きな意味があることは間違いがない。ただし、そうやって他国の言語を学習し、しかも正しく読み解ける人など、それほどの数がいるわけではない。殆どの人にとっては、翻訳された作品やその解説書こそがその作品への評価を決定づけるものとなるだろう。
★12 - コメント(0) - 2014年5月8日

Y
ネットメディアの普及によって文化をめぐる環境が世界的に変化していく中で、知らない国の文化でさえも手軽にふれられるようになった。そうした状況下で日本でも政府主導での文化の発信が喧伝されている。しかし筆者は発信者側の発信したい気持ちと受け手の知りたい気持ちが噛み合っていないことを指摘し、齟齬を解消するための方法として「世界の読者の視点」の必要性を提示している。こうした視点を得るためには比較文学と日本研究の二つの視点を使い分けることが肝心らしいが、ひとえに文学の研究といっても色んなアプローチの仕方があるのだな。
★46 - コメント(0) - 2014年5月4日

面白かった。けど、もっと具体的な議論に踏み込んで欲しかったかも。
★1 - コメント(0) - 2014年4月12日

文学批評においてその作品の製作背景を探る「地域研究」と同じ作品が異なる文脈においてどう読まれるかを探る「比較研究・世界文学」があり、その両方の視点が無ければ「外」への発信ができないことを村上春樹の各国での読み解かれ方などを例に述べていく。後半の、いわゆる日本文化論とはかつての欧米のオリエンタリズムを受け継いだソフトなナショナリズムであり「他者」を排除するものという指摘も重い。日本文学の海外発信がテーマだが「外」への発信という点では普遍的な内容だと思う。
★3 - コメント(1) - 2014年3月24日

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