米内光政 (新潮文庫)

米内光政 (新潮文庫)
あらすじ・内容
歴史はこの人を必要とした。兵学校の席次中以下、無口で鈍重と言われた人物は、日本の存亡にあたり、かくも見事な見識を示した!

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米内光政はこんな本です

米内光政の感想・レビュー(191)

山本、米内、井上の中では一番好き。でも一番遠い。
★1 - コメント(0) - 2月18日

2017.02.02(2015.04.14)(つづき9)阿川弘之著。  01/28  (P020)  戦争がなければごく平凡な人生を送っていただろう。  (米内は)牛みたいなやつ。  よくいじめられていた。  平凡な洋上生活。  ドサ廻りをさせられていた。  前田稔海軍中将、S53で85歳、脳の防腐剤として、プラウダを読んでいるという男。  2年間ロシア語を学び、T10末、ポーランド大使となりベルリン経由ワルシャワに赴任することになった。  ベルリンには米内光政がいた。   
★44 - コメント(1) - 2月2日

2016.11.01(2015.03.14)(つづき8)阿川弘之著。  09/24  (P015)  ラディカル・リベラリスト、井上成美、その井上が米内をどう見ていたか。  五.  海軍、古くは有栖川宮〇仁親王、東伏見依仁(よりひと)親王、近年、伏見宮博恭(ひろやす)と皇族出の大将が三人。  山本五十六評「山本さんがなぜあのとき海軍は対米戦争、やれません、やればか必ず負けます、それで連合艦隊司令官の資格がない、と言われれば、辞めます」となぜはっきり言わなかったか? 
★49 - コメント(3) - 2016年11月1日

★★★
- コメント(0) - 2016年9月1日

一に酒、二に読書の人であったと。 老荘の風格を思わせる人であったと。老荘思想を好み、荘子より老子の方を読み込んでいたという海軍一等大将。「僕の貫禄負けだよ」の井上さんの言葉に、そうでしょうともと頷いてしまった。 『辛抱する木に花が咲く』
★19 - コメント(1) - 2016年8月26日

「今の陸軍は口に天皇神聖説を唱えて国民を畏服させながら、自分らは事毎に陛下の御意志を踏みにじるようなことばかりやっている。」内大臣を勤めた湯浅倉平のセリフであるが、反天皇制の人にもこの本を読んでいただきたい。海軍兵学校の成績はパッとせず、口数の少ない大人しい人物だが、戦争に向かう時代の波に抗い、終戦に一役買った米内光政の物語。鈍重であったと言われているが、軽々しく時代に流されず、正論を中心に生きていたとも言える。「日本がほんとうに復興するまで二百年」と米内は言ったそうだ。
- コメント(1) - 2016年6月21日

通算50冊目。5月07冊目読了。山本五十六、井上成美、米内光政の3部作これで読了。十分な読み応えでした。戦争終結に向けた動きや意図せず首相に据えられてしまった時の苦悩など読んでいて苦しくなりました。米内が首相から下りたことにより、ドイツの熱心な工作を許し、さらに日本側のバスに乗り遅れたくないムードで三国同盟へいくあたりは臨場感が凄いです。色々チェックするところはありましたが、やはり「総合的な経済力の差がすぐに戦力に転化」するという読みが最後まで正しかったということですね。非常に勉強になる1冊です。
★1 - コメント(0) - 2016年5月25日

2016.04.08(2015.02.14)(つづき)阿川弘之著。  04/03  (P012)  (帝国海軍大将の評価)  井上の評価、東郷平八郎すら一等大将には入っていない。  「勝って兜の緒を締めよ」は、ルーズベルトを感銘させた。  四.  東郷平八郎は、晩年、神様扱され、重大案件、なんでも老元帥東郷の意見を聞いていた。  ロンドン軍縮条約の時も、同じであった。  加藤寛治(はるひろ)、末次信正、小笠原長生(ながなり)らの取り巻き連中。  広瀬武夫も祭り上げられた。 
★42 - コメント(1) - 2016年4月8日

2015.12.19(2015.01.14)(つづき)阿川弘之著。  12/11  (P011)  (帝国海軍大将)  帝国海軍七十余年、七十七人の将軍を輩出。  井上は、自分を除く七十六提督を評し、「日本海軍は一等対象と二等大将がいた」  井上自身は「親英米の国賊」とされていた人で「そんなら井上は何等大将?」 「それは将としての識見の有無です」  「押し出しは立派、人当たりもいい、猪武者の大砲屋でもない」 「平和な世に、平穏な付き合いをしている分には、教養があっていいが、クリティカルな場面で」 
★53 - コメント(1) - 2015年12月19日

1982(底本78、初出77~78)年刊。著者の太平洋戦争海軍提督三部作の一。語学に堪能、第三者視点や俯瞰的視野を有し「敵を知り己を知れば百戦危うからず」を地で行く米内光政の評伝。◆勿論、著者の井上成美びいきが感じられるが、大きい声を持つだけの者が目立つ時代の中、米内の寡黙さが、多くの死傷者と荒廃した国土となった戦後から見るに、燦然と光り輝く。そんな印象を持たせるに十分な書。◆日本語の重要性は兎も角、収集情報の多元化や留学生受入れの点から、高等教育(後期中等教育も)での外国語の重要性も本書から感得可能。
★17 - コメント(0) - 2015年9月5日

★★★★★ もっと若い頃読んでおけばよかった。ただし原爆関連から日本の戦争ものを読み始めたばかりなので、阿川弘之氏が海軍を賛美しすぎているか否かは、これから慎重に判断する。陸軍側の本も読まねば。阿川氏の山本五十六、井上成美も読みたいが、その前に陸軍ものを読んだほうがいいかな。
★1 - コメント(0) - 2015年8月30日

夏の太平洋戦争研究第二段。再読。米内光正の人間、将としての器の大きさと、政治家としての物足りなさを感じた。戦争が始まったのは多くの伏線が至るところで結び付いて大きな流れになったからだと思っているが、それを止め得たのは立場、見識から言って米内山本だったと思う。その期待からするともっと出来たのではと感じる。トラウトマン工作反対に対しての記述がなく伝記として少し不満。しかし大戦前の軍部トップの考えや軍内部の様子が詳細に書かれとても勉強になった。
★2 - コメント(0) - 2015年8月22日

海軍大将三部作。前の上司から薦められた阿川弘之の本。米内光政、山本五十六、井上成美。海軍の大臣、事務次官、事務局長とトリオで陸軍の暴走阻止、日独伊三国協定の阻止に動いた。何よりも自分よりも一つ上の上司、そしてもう一つ上の上司が同じベクトルを向き、同じ考えだと仕事がしやすい。理想だし、こうなりたい。
★1 - コメント(0) - 2015年8月3日

米内光政は本当に魅力的な人だったのだとこの本を読んで思いました。海軍左派トリオの中で一番魅力的なのは米内さんだと思います。家族も周りも大切にしていたところも素敵でした。成績のことも書かれてましたが、米内さんを知ると人の出来不出来は成績によらないですね。もちろん海軍兵学校に入学されているのだから頭が悪かったわけではないことも承知しています。米内さんを知れば知るほど米内さんについてもっと知りたくなります。それに体調が悪かろうと国のためにと、天皇のためにと働き続けておられて、体は大事ですがその心持ちはかっこよか
★1 - コメント(0) - 2015年7月12日

米内光政を小説の題材にするのは難しいだろうなあ、と思います。派手さがないし、戦争をとめられなかった。しかし彼には人望があった。昭和天皇にも寵愛されている。井上成美も米内が誘えば、断れない。戦争前は対米戦争に反対し、日独伊同盟に反対していた。戦争がはじまった時は全く表舞台に立たずに、日本の形勢があやうくなってきた時に海軍宰相として、いかに戦争を終わらすかに奔走した。米内は口数が少ない。少々地味ではある。このような米内光政を一体どれだけの人たちが関心を持つのだろうが。畑俊六のエピソードも最後に書いてあった。
★4 - コメント(0) - 2015年7月8日

2015.07.06(12/14)(つづき)阿川弘之著。  06/18  (P009)  (遠洋航海)  海軍恒例のもの、海上自衛隊、S33、練習船“はるかぜ”他、すぎ、かや、くすの四隻。  ハワイ訪問をもって再開された。  S15以来18年。  戦前最大、最後の旅順、大連、上海行き以来である。  その後、年々、北米、オーストラリア、ヨーロッパ方面へ出かける。  S43.06、南米向けの際、嶋田繁太郎大将壮行会招待受けた、84才、これを聞いた井上成美、「恥知らずにもほどがある」 
★47 - コメント(0) - 2015年7月6日

太平洋戦争がきらいだ。なので、戦争に入ったいきさつなどをあまり知りたいと思わなかった。知らなかったことがたくさんあった。少し勉強したほうが良いなと思う。
★4 - コメント(0) - 2015年6月18日

2015.04.07(11/14)(つづき)阿川弘之著。  04/04  (P008)  (井上成美)  二.井上の手術。  親身になって身の回りの面倒を見たのは、兵学校時代の教え子たち。  これをきっかけに再婚、安井富士湖。  教え子のクラス会、出席、公の場はこのときだけ。  隠棲後30年間の間に、86歳の生涯。  「賛美歌」残る。  伊藤正徳『連合艦隊の最期』も残る。  「戦争を決めた小数の犯人、万死に値」のところにアンダーライン、強く引いてあった。 
★38 - コメント(0) - 2015年4月7日

2015.02.19(10/14)(つづき)阿川弘之著。  02/17  井上成美は米内大臣を援け、極秘裡に、しかし強引に早期終戦を主張した。  敗戦と亡国は違う。  古来戦に勝ち衰亡する国は少ない。  逆に、戦いに破れても興隆した国がたくさんある。  無謀の戦争に、この上、本土決戦のごとき無謀を重ねるなら、亡国になる。  この井上、戦争責任から最も遠いのに、しかし、責任を感じて横須賀長井の寒村に引っ越してしまい、二度と世に出ることはなかった。  村の子らにギターを教え、英語を教えて、いのちきをした。 
★52 - コメント(1) - 2015年2月19日

再読。自分の周りに優秀な人物を集め、彼らを惹き付け動かすことで難題の外堀を埋めていく人だった。そして、ついに彼自身が動く時が訪れる。ポツダム宣言受諾を決めた御前会議で参加した軍部首脳のなかで唯一降伏を主張し、継戦を主張する彼らを押さえつけるために、聖断を仰ぐように鈴木貫太郎首相に進言する。この一連の流れがなければすべてが変わってしまったのかもしれない。
★23 - コメント(0) - 2015年2月13日

実に面白い本だった。 歴史的事実もさることながら、米内の人格、読書術、渡世術、モテ方(究極の心理把握!)、いずれも興味深くかつ勉強になる。 同時に、昨今の日本の趨勢についても思いを馳せてしまった。集団的自衛権、増税、近隣国との関係などを論じたものの過半は、米内・山本・井上が苦闘した戦前~戦中の盲目的過激派や消極的傍観族と質的に大差ないのではないか? 当時の「その他大勢」を「過去の蒙昧な帝国主義に染まった人々」と断じ、「今の日本人はもっと賢い」などと自惚れたら、米内は草葉の陰で何と思うだろう?
★5 - コメント(1) - 2015年1月7日

2014.12.23(09/14)(初読)阿川弘之著。  12/23  (P005)  (序章)  一.S50暮、井上成美という一人の提督が亡くなった。  続いてS51.01、百武源吾が亡くなり、六月、嶋田繁太郎が高石、他界し、これで日本に残った海軍大将はすでにこの世から姿を消した。  百武九十四歳、嶋田九十三歳、井上八十六歳。  井上はこのいくさに徹頭徹尾反対し抜いた。  戦中は、第四艦隊司令長官、海軍兵学校校長と中央から遠ざけられた。 
★44 - コメント(0) - 2014年12月23日

読了
★1 - コメント(0) - 2014年12月11日

岩手が生んだ総理大臣。山本、井上と共に日独伊三国同盟に反対し、日米対戦を回避しようとした海軍提督。阿川の詳細な聞き取りと資料渉猟によって、言葉少なな米内のエピソードが語られる。対米戦争への道を突き進む陸軍との熾烈な争い、先帝陛下との硯箱の逸話などの他にも酒を煽り、長唄をうなる人間米内の逸話もちりばめられる。痩せ衰えながらも終戦という目標に尽力し、栄光の帝国海軍の歴史に終止符を打った最後の海軍大臣の生き様は、器用ではないにせよ今の日本の指導者に必要な姿ではないだろうか。
★6 - コメント(0) - 2014年11月8日

2014.08.14(08/14)(初読)阿川弘之著。 08/12 (カバー) 「米内光政は、国にこんなことがなければ、事がなければ、全く目につかず終わる人であったかも・・・」(小泉信三)。 兵学校成績、中以下、無口で鈍重。 日本存亡のとき、自らの手で海軍七十余年の栄光の歴史、葬り去った。 未来ある敗戦に賭けた。 (解説=上田三四二) S52.07-S53.08、週刊読売、連載。 山本五十六と米内光政。 山本五十六、稚気あふれるこの提督。 そのエピソード。   
★53 - コメント(1) - 2014年8月14日

戦中の総理大臣、そして終戦に向けて翻弄した海軍大臣。天皇からの信頼も厚く、無我無心であった人物。体を張って三国同盟反対、対米戦反対を言い続けた。読みながら、山岡鉄舟を思い出した。著者が海軍出身ということもあり、海軍の立場から戦争を描き、陸軍との確執を描いてある。前線ではない本営の状況がわかり、やるせなかった。
★14 - コメント(0) - 2014年5月24日

山本五十六の死が戦死であるなら、米内の死もまた戦った末の死であろう。大西瀧二郎の描き方が興味深い。
★6 - コメント(0) - 2014年4月11日

寡黙で思慮深く、花柳界ではモテた提督。しかし、政治家の器に非ず…。三田綱町に住み小泉信三と親交を結んでいたとは知らなかった。
★2 - コメント(0) - 2013年7月26日

ノンフィクションという位置づけになるのかもしないが、随所に創作と思われる表現が出ているため、本作はフィクションの粋を出ていない。海軍では禁忌とされている口笛の描写は、その典型例かと思える。そのためか、人物が非常に魅力的に見えてくる。特に、作中の米内の確固たる精神と愚鈍な態度のギャップは、読んでいて実に面白い。二・二六事件あたりからの米内の行動、特に終戦に向けて燃え尽きる姿には心を打たれた。名将でもあり朴念仁でもあり、普段は慎しみながらも大酒を食らう米内の姿は、実に人間味があり、人間の一つのモデルでもある。
★6 - コメント(0) - 2013年2月5日

陛下との関係や、井上成美とのやりとりが非常に素敵で何度も読み返します。信念を貫くために据わった肝が凄すぎる。自分が何かを人に任せる瞬間は、よくこの人のことが頭をよぎる。
★4 - コメント(0) - 2012年12月31日

折にふれて読み返す。勤め人なら、米内のような上司に仕えてみたい。
★5 - コメント(0) - 2012年5月31日

作者については阿川佐和子のお父さんとしか認識してなかったが、こんなに分かりやすくラディカルな文章を書く人だなんて!今まで読まずにきて勿体ないことした。米内光政の評価(あまり知られていないが)もさることながら、人柄がしみじみ素晴らしい。次は井上成美を読みたい。
★4 - コメント(0) - 2012年5月11日

海軍兵学校の成績が出世に影響するなかで、125人中68位という決して良いとは言えない成績で海軍のトップに立った男、米内光政。日独伊三国同盟に抵抗し、終戦工作に奮闘。彼の生き方からいまだ多くのことが学べる。
★7 - コメント(0) - 2012年4月13日

平生は寡黙にして、なにを考えているのか分からない印象が、いったん抜き差しならない状況になると、己の命を賭けても正しい道を貫き通す凄さがあった。陸軍や右翼の壮士からいつ命を奪われるかも分からない時でも、悠揚としていられたその姿に不思議な魅力が感じられた。無私無欲の人であったのだ。
★5 - コメント(0) - 2012年1月21日

さまざまな人の回想や織り成す証言から組み合わせられる海軍の寡黙な提督であり、開戦へと反対を続けた米内光政の姿が浮かび上がる。米内さんは出てきたときにしか、表舞台に出てこない感じで、海相時・首相時の時ばかりが政治の紆余曲折と強くかかわっている感じであったが、その分だけ開戦に向かっていく時期の、そして戦時下の市井の感覚が浮かび上がってくる。そして味のある人間味が、あますところなく描かれていて、素晴らしいものだったな、と思う。
★10 - コメント(0) - 2011年4月18日

戦後の日本復興にかけた人々の物語は、よく耳に入る。だが、戦争終結の具体的な手続きをしてきただろう人物に関しては、本書の米内光政にしろ、他の人たちにしろ、ほとんど知るところがなかったと言ってよい。それにしても、何と地味な人であろう。愚直としか呼べないような人物である。それでも、いくつかの挿話から浮かんでくるのは、不動の見識をもった人間像である。こういう人物伝を読むと、ことさら変化への対応を尊ぶ現在の風潮を多少批判的に考えてもよいのではないかとも思える。
★4 - コメント(0) - 2011年1月3日

高校の日本史レベルの知識では見えない史実がここにある。米内光政と言えば「総理になるも短命で終わった、政治能力の低い人」程度のイメージしかなかった。確かに、政治についてのこのイメージは当らずも遠からずのようだ。しかし、その魅力あふれる穏やかな人柄、終始戦争反対の姿勢を貫いた聡明さと意志の強さ、そして七十数年続いた海軍をその手で葬り去ったという事実。戦前の日本人の偉大さを伝記を通じて学んでいる最中ではあるが、米内光政はその中でも突出しているのではないかと思う。
★4 - コメント(0) - 2010年6月20日

5/5
★2 - コメント(0) - 2009年9月10日

米内光政の 評価:68 感想・レビュー:48
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