沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)
あらすじ・内容
神様って、いないんじゃない? という疑問を、ここまで考えぬいた人達がいる。

島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける長編。

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沈黙の感想・レビュー(6899)

映画化もされたという事で20数年ぶりに読んだ。
- コメント(0) - 3月26日

久しぶりの遠藤周作。映画化もされた。江戸の切支丹弾圧と、その渦中へポルトガルから布教の情熱から長崎へ潜入する司祭。カトリックの洗礼を受けた著者が、中立な宗教観で綴る作品だと感じた。多神教の世界で育ちながら、一神教の基督教を遵奉する柔軟さ。異国からの司祭らが来なくても多くの殉死者を出す純粋さゆえの悲劇。数多の殉死者を出しながら、奇跡を起こすことなく沈黙する「神」を想えば、そして、拷問に苦しむ他者を見聞すれば棄教してしまうことを誰が責められよう。
★18 - コメント(0) - 3月26日

ようやく読了 ちょっと宗教的なのは難しい
★8 - コメント(0) - 3月26日

最近映画にもなった重たいテーマの小説.キリスト教で外国人の友人に勧められて読んでみた.キリスト教が弾圧された時代にあえて長崎に潜入した外国人宣教師の話.信じることは何か,神とは何か,救いとは何か,信じていることが逆説的に説かれるなどとても難しいテーマだった.しかし,難しいテーマにもかかわらず読者を引き込んでいく文章を書くのが遠藤周作だということも分かった.他の作品も読んでみよう.
★34 - コメント(0) - 3月25日

学生時代に読もうとして、雲仙の地獄での拷問の場面で挫折(雲仙の地獄をリアルに知っているだけに…)。映画化もされたので、今回はきちんと読んでみた。当然重いテーマの作品だが、無宗教の私にはどの登場人物にもなかなか感情移入できない。唯一わかりやすいのはキチジローか。キリスト教が禁教になった理由は色々と言われるが、当時の日本人(支配者層)にとっては、文化的な侵略のように感じ、脅威を覚えたのではないかと思った。
★17 - コメント(0) - 3月25日

高校時代に国語の教科書で触れて以来、約30年振りに読みました。キリシタンに対する弾圧が強まる日本に潜入した司祭ロドリゴは、神の救いを求め続けるのですが、神は沈黙し続ける。最後に、あの人が彼の痛みを分かち合ってくれた、と彼が認識した時、彼は自分の人生で本当に大事なものを見出したのだと思います。圧巻でした。
★34 - コメント(0) - 3月25日

展開は一本道だが、葛藤が、心の中の終わらぬ戦いが、読むものを強く引き込む。転ばないことで信者は次々と殺される。たとえ拷問を受けることには耐えられても、仲間や家族に対するそれには耐えられない。人のために転ぶことをキリストは許すのか。信じることで救われるのか、信じ続けることで、仲間はさらに殺されるのか。踏絵をして、主を裏切ることが仲間を救うなら、それが主の望みではないのか?信仰、理不尽さ、葛藤、多くのものが心に迫る、強い力を持った作品と思う。
★27 - コメント(0) - 3月25日

映画を見るまえに予習のつもりで読んだが、映画館に行くには少し気が重くなった。キリスト教に限らず、信仰ということについて考えさせられた。私も、人智を超えた大いなる存在は信じるているが、そのために、そのために責めに耐えたリ、命をかけたりという発想はない。それでも信じてはいる。登場人物の中では自分はキチジロウに一番近いと思った。
★21 - コメント(0) - 3月24日

高1で読んだ時とは読み方も感想も全く異なった。ロドリゴが「転ぶ」直前と踏み絵を踏む時の描写に涙が出そうになったし、ロドリゴの行為は至極当然、正当と思えた。彼が棄てたのは教会という組織であって、キリストと信仰心を失ったのではない。私がロドリゴだったら、やはり同じように目の前で拷問を加えられている信者のために踏み絵を踏んだに違いない。信仰は組織のためにあるのではなく、また、組織の目指すものと純粋に宗教を極めることとが相対立することもある。これは宗教に限らず一般社会にも通ずるものがあると思った。
★33 - コメント(0) - 3月24日

映画が面白かったので。重いテーマで避けていたが、想像よりずっと読みやすい。映画よりもテーマがはっきりしていて、やはり名作だと思う。この日本のキリスト者の心意は、ローマのキリスト教には、たぶん理解できないのだろうな。
★21 - コメント(0) - 3月23日

私は神も仏も信じないので、最初理解できないことだらけ。沈黙?助けてくれるわけないやん、これだけ迫害にあって皆どうして転ばないの?と。でも最後にはそういうことじゃない、神はその人の中から語りかけてくるのだ、すべてはその人の心の中にあるんだと思った。無信心の私に全部伝わったとは到底思わないが、彼らの葛藤とたどり着いた先が、遠藤さんの信仰への葛藤とも思え、すごい迫力で強い思いが脳内に溢れこみ息を呑むような読書になった。信仰を持たず何も信じられるものがない自分を寂しく思った。ものすごく辛かったけど読んでよかった。
★51 - コメント(0) - 3月23日

再読かも? 映画の宣伝を見て結末を覚えてないことに思い至り、改めて読みました。多分、歴史的背景や宗教的知識の欠落から途中脱落してた。若い頃よりちょっぴり知識を得て読む物語は、流れるように心に沁みこんできました。おそらく今の自分がこの本の「旬」だったのでしょう…
★24 - コメント(0) - 3月23日

高校生の頃、国語の問題集だか模試だかで、よりにもよってクライマックスだけ読んだ。 『踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ。』 当時からずっと心に刺さっている。
★27 - コメント(0) - 3月22日

おばあちゃんが読みたがり、プレゼント。今回は、カタカナが多くて難しかったみたい。
★15 - コメント(2) - 3月22日

最後の昔の記録のところが読む気がしなかった
★18 - コメント(0) - 3月22日

★★★★☆命懸けで日本に密入国し、唯一絶対の神そのものの優位性を布教していたはずが、パライソでの救済をもたらすという即物的な神に変換されていると気づいたパードレの苦悩と驚愕の考察が明解。迷える子羊たちに拷問の試練を科し救いの手を差し延べない神への憤り。2人のパードレはそれぞれ神と対峙し神の沈黙について似て非なる結論を出す対比が興味深い。極限の境地での神との同化はまさに秘蹟!残念なのは無神論者の私。正しく読みこめたかどうか…(笑)
★29 - コメント(0) - 3月22日

社会人となって 自分が描いていた人生かどうか、とても行き詰まっていた時期に一度読んで、実家に置いて帰ったこの本。読んだはずなのに全く内容を覚えてなかった。それだけ精神的に病んでいたのかもしれない。 いい大人になった今、読み返してみると、自分の信念を貫く素晴らしさと、その信念を生かすも殺すも結局は自分次第であるということがわかった。 選択した道を後々後悔しない選択を是非ともしたいと思いました。
★29 - コメント(0) - 3月22日

舞台は島原の乱直後の日本。当時の隠れキリシタン達の苦悩が、生々しく描かれている。「信徒や司祭の沈黙がテーマかな?」と思いながら読んでいたが、途中、もっと大きな神の沈黙がテーマであることに気付いた。神とは、人とは、信仰とはどういったものなのか?一つの答えがここに。
★25 - コメント(0) - 3月22日

島原の乱以降の基督教の弾圧が厳しくなったあと宣教のため長崎に入ったポルトガル人。しかし自分が入ってきたがために拷問を受け死んでいく村人たち。そんな時でも主は沈黙を保つ。日本にはいらないものを押し付けようとしているのか。問答しながもその日はやってくる。重くのしかかるような作品。それこそ沈黙しながら読んだ。
★72 - コメント(0) - 3月21日

江戸時代初期、日本では激しいキリシタンの迫害が行われていた。その頃、ローマ教会にはフェレイラ教父が拷問の末に棄教したという報告が入る。教父の教え子だったロドリコら若き司祭は、真相を突き止めるため、危険な日本への渡航を希望する。マカオで出会ったキチジローを案内人とし、上陸を果たすも、住民の生活と信仰は地獄であった。淡々と流れる日常の中での虐殺。そこには神の救いはない。自身にも危険が迫る中、イエスへ問うロドリコ。沈黙の中、彼は導かれる。そこには、イエスがキリストとして生まれ、死んでいった意味が表されていた。
★23 - コメント(0) - 3月21日

中学時代に読んだきりだったのを映画公開を機に読み直した。子供だった頃には見えてこなかった布教側の奢りも司祭のモノローグから垣間見え、筑前上の日本にとっては無用の物との考えにも一理ある。ただ苦難の中で最後に踏み絵をした後の方が神は一番司祭の側に寄り添うものになったのではなかろうか。その情景が別の作品で見た神と信者の話に重なる。 『今、光は見えてないがそれは雲のかなたで輝いている。やがて風がふき雲を払うと黄金の光が射す。すべての理は全能の神の前に、このようにある。』
★28 - コメント(1) - 3月20日

棄教することでしか苦しむ人々を救えないという極限状態で、これまでの自分の生き方を捨て棄教するか、なお神を信じつづけるか、究極の二択を通じて、「神の沈黙」とキリストが説く「愛」とは何かを考えさせられる。キリストの受難を追体験するようなストーリー展開でありながら、棄教に追い込まれる司教ロドリコの苦悩には、非キリスト教徒の僕の心にも響いた。結局、神はいないのか?著者自身がキリスト教徒でありながら、宗教上タブーとされる問いをあえて取り上げ、疑問を投げかける本書は、多くが無宗教の我々日本人も、一度は読むべきである。
★32 - コメント(0) - 3月20日

「日本に行ったら大変なことになるよ」って事前に言われてて、それでも行って、結局大変なことになる話。それでも最後まで一息に読ませる面白さがある。何より一つ一つの描写のリアリティが凄まじい。実際に自分がその状況にあるようだった。
★21 - コメント(0) - 3月20日

息を詰めてページを繰った。身体的苦痛ではなく神への疑念で司祭はぶれた。唄を口ずさみ殉教した村人と比べると、あまりにも簡単な転向に思えなじりたくなる。深く深くキリストを愛しているがために、その沈黙に耐えられなかったのかもしれない。信仰って何なんだろうと思ってしまった。十字架への執着、天国に対する稚拙な憧れなど、司教が度々戸惑いを覚えたように多くの日本人は当時キリスト教を正しく理解していなかった。信じれば救われるというどこか日蓮宗にも通じた盲目的な信仰心を感じる。
★23 - コメント(0) - 3月20日

びっくりした。予想外ではないストーリーで想像以上のドラマティック。キチジローの弱さをわたしは弱さだとは感じない。生れつき弱い者ににとってこの時代に生まれてしまった悲哀。俺は恨めしいとわめく声が心に沁みる。二十年間布教したフェレイラがたどり着く、“日本は沼”“日本人は人間とは全く隔絶した神を考える能力をもっていない”という結論は感覚的にすぐ理解できる。…ちょっと遠藤周作にハマるかも。
★41 - コメント(1) - 3月20日

強い信仰心をお持ちの方に対する信仰の根元を問いかける作品に思われます。あらゆる神仏は如何なる時にしても人に答えてはくれないもので、苦しい時、嬉しい時に自ら答えを導き出す力を与えてくれる存在かと思います。自ら導き出した答えは、その信仰心の強さや悩みの量で自然と適切なものになっていくものでしょう。ならばこそ、例え権威ある者や心なき者に蔑まされても、信じる存在から導き出した答えは、神仏の答えと同一のものとなるはずです。正邪を別にしても、信仰の根元は呪術や極楽への口利きではなく、自身の深淵の気づきかもしれません。
★34 - コメント(0) - 3月19日

奉行の言う「日本が沼である」「根を切られ、得体の知れないものに変質する」というのはある意味当たっていると思う。仏教も神道も欧米の宗教的慣習も混在している実際をみれば。異端を排除し、教義の正統性を重視するキリスト教の、しかも宣教師には耐えがたいことだろう。故に、神の「沈黙」に対するロドリゴやフェレイラの葛藤は文で読む以上に凄絶と思う。その沈黙を経てロドリゴが聞いたあの声は、外ではなく心の中にこそ神と呼ばれてよい存在があることを示すのだろう。それが正統かどうかなんて、もはや他者が口出しするなど叶わないほどに。
★32 - コメント(0) - 3月19日

人の心の弱さや葛藤が痛かったです。私は、信仰心はあれど拷問を恐れるが故に踏み絵をし、ロドリゴを売っても棄教しきれなかったキチジローを責めることが出来ません。踏み絵をした事は単に教えを棄てただけではなくて、本当に自分が信頼したものを棄てた事への苦悩を胸に生きていかなければならないからです。明確な結論が出る訳でなくて、始終重苦しく救いがないですが、司祭のプライドを捨てて村民の命を守り、心の中で神を深く愛し続けるというロドリゴの行為から、当時の日本社会とその中で生きるキリスト教徒の葛藤を知る事が出来た気がします
★101 - コメント(2) - 3月18日

信仰をもたない私には、読み始めは理解不能でパードレたちの思い全てが???でなかなか読み進まなかった。ロドリゴが神はいないんじゃないかと疑問に思ってしまったあたりからは、神とは何か信じるとは何か、を考え続けるこの世界に引き込まれていったように思う。読み終わればあっと言う間でした。考えることが多すぎて、感想をまとめるのは困難…DVDになったら映画も見たい。
★29 - コメント(0) - 3月18日

子供の頃、天草四郎の物語を読んで以来その過酷な歴史に怯んでキリシタン本を読むのを躊躇していた。この本は刊行当時聖職者からは非難の声が上がったという。遠藤氏は,信仰人が時に遭遇する理不尽な運命について納得できる解釈にたどり着いたのだろうと思う。何故このような時に神は沈黙されるのか,救いはないのか。元は同じ神を信じたロドリゴ,フェレイラ,キチジロー,そして井上筑後守が選び取った運命は違った。弱くて卑しい存在のキチジローと自分とを重ねて,信仰人でない自分も「お前はどうなのよ」と問いかけてしまうのである。
★123 - コメント(3) - 3月18日

小説『沈黙』読了。遠藤周作が、日本人のクリスチャンとして、この小説を書き上げたことには大いに意味がある。日本人として、いまここで、読むべき小説だと思う。「ああ、なぜ、こげん世の中に俺は生れあわせたか」という、そう、それだけ、たったそれだけのこと。沈黙がこんなにも大きく、聴こえる。
★33 - コメント(0) - 3月18日

「踏んだこの足は痛か」 この言葉に、涙した。
★24 - コメント(0) - 3月17日

あまり読んだことのないジャンルの本でしたが、引き込まれました。 上手く言葉に表せないし最後の日記は読めなかったけど…(泣) 映画も観たい。遠藤周作文学館も訪れようと思います。
★20 - コメント(0) - 3月17日

映画から。今、思想の自由が保証され、弾圧や言論統制なども無い。もし、私が何かで迫害されたとしてそれでも捨てされないものは一体なんだろうかと思った。
★25 - コメント(0) - 3月17日

神の不在、沈黙を目の当たりにしてもなおその存在を信じ続けることは、私にはとても不可解なことと感じる。宗教とはそういうものなのだろうか。また、神の名の元に何人もの人が理不尽に死んでいく。それは果たして宗教なのだろうか。
★21 - コメント(0) - 3月17日

宗教の自由や言論や表現の自由という現代を生きていることがどれだけ有難い事なのかよくわかりました。当たり前を当たり前と捉えるのではなくそこに至るまでの背景を知ることが大切なのだと気づかされました
★27 - コメント(0) - 3月17日

映画化され再び話題となった名作をようやく読みました。興味深いことに作中では宣教師を送り出す立場の者たちと宣教師たち、そして日本の信徒の間で信じているものが違います。宣教師たちは日本での潜伏の中で、教会と同じでも日本の信徒たちと同じでもない、中間に位置する信仰へと辿りつきます。信仰の有り方は変わってしまったものの、信仰を持ち続けるということが、神の沈黙に絶えず問いかけを行うことの一つの方法なのでしょう。
★27 - コメント(0) - 3月16日

キリシタンが激しく弾圧されていた江戸時代の長崎が舞台。宣教師の過酷な布教活動を描き、信仰について考えさせられる内容。キリスト教に限らず、何かの宗教の信者になるということは幸せなのだろうか?信仰を持たない者としては色々と理解がし難い。
★21 - コメント(0) - 3月16日

人間とは弱いもの。弱いものだからこそ、赦しを請う。その赦しを与えてくれるのは、神でしかない。 しかし、神は黙っているだけで何も答えてはくれない。人間が本当に迷っている状況におかれているときには、赦すだけではなく答えを必要とするのだろう。強い人間は、その答えを自ら引き出すことができ、神に感謝することができるのだが、多くの人間は答えを出すことができない。いつの日か、その困難から逃れていて、答えは出さずじまいで済んでしまっているのが日常だ。本当の宗教とは何か。また新たな問いを受け取ってしまった。
★27 - コメント(0) - 3月16日

難しい!でも作者の意図はわかる気がする。またまた映画化ということで読んでみましたがどこまで再現され、解釈されているのか気になる。最後の切支丹屋敷役人日記読んでみたけど分からなかった。
★21 - コメント(0) - 3月16日

沈黙の 評価:98 感想・レビュー:2011
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