沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)
あらすじ・内容
神様って、いないんじゃない? という疑問を、ここまで考えぬいた人達がいる。

島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける長編。

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沈黙の感想・レビュー(6465)

映画を見る前にと思い、初めて読みました。キリスト教のには女子校に通っていた頃、毎年課題図書として読むように勧められていまた。迫害にあったキリスト教信者が命に代えても信仰を守る話だと思いこんで若い反抗心から読んでいなかったのです。それが一気読みしてしまうほどの歴史小説、宗教小説でした。
★7 - コメント(0) - 2月19日

映画を観る前に読んでみた。信仰とは。救いとは。信心深くない身ながらも宗教と文化の関わりを考えると井上筑後守の発言にグラグラさせられ、あれは棄教させる為の単なる狡猾な詭弁というだけのものなのだろうか?と思ってしまう。キリスト教についてもうちょっと勉強しなきゃな。
★10 - コメント(0) - 2月19日

Ryu
映画の後に読んだ。自分がこれという宗教を持っていないこともあり、神や宗教というものについて色々と思い巡らすきっかけとなった。小学生の頃から「踏絵」は習っていたが、その意味する大きさについてはほとんど考えていなかったと反省。映画はかなり原作に忠実な印象を受けた。
★17 - コメント(0) - 2月18日

仏の教えは無条件に信徒を救うが、切支丹にとって神の慈悲を受けるためには自己の信心の強さが求められる厳しさがある。切支丹や司祭がどれだけの困難や災難に遭っても沈黙したままの神。神が沈黙していても切支丹たちは信心の強さというより信仰してさえいれば天国(極楽浄土か)にいけると本来の信仰を曲解しており、日本の風土にキリスト教は根付かないと奉行は言う。「沈黙」していることが当たり前の対象に対する信仰のありかたとは何かと深く考えさせられた。
★15 - コメント(1) - 2月18日

さて、私はこの本を読んでいたのであろうか?今となってはわからないが、子供の頃には理解し得ない内容である。マーチン・スコセッシ監督はよくぞ映画化してくれた。映画と合わせて是非。
★16 - コメント(0) - 2月18日

映画「沈黙 -サイレンス-」の予習として。大学受験に向かう新幹線の中で初めて読んだ際にはかなりの衝撃を受け、しばらく神や宗教について煩悶した記憶がある(若かったなぁ)。ラストの「強い者も弱い者もないのだ。強い者より弱い者が苦しまなかったと誰が断言できよう」というロドリゴが至った認識は、悩める者や苦しむ者に等しく救済を与える宗教の本質のひとつを示しているように思う。
★18 - コメント(0) - 2月18日

映画を観た!キリスト教、宗教というものについて考えるきっかけになる名作だった。キリスト教はなぜ日本(曰く「根が枯れる沼の国」)で根付かなかったのか。宗教はまず心のなかに圧倒的臨場感をもってその宗教世界を作り出すことから始まる、と考えれば、日本人は身の回りの自然・人間を遥かに超えるような存在について臨場感を感じる(=抽象的存在にリアリティを見出す)のが苦手、もしくは文化的に全く慣れていないのではないか?と感じた。その結果切支丹でさえ十字架などの物質に頼ったり毎日拝める大日(太陽)を信じてしまうのでは。
★20 - コメント(0) - 2月18日

卑怯者や裏切り者といった「救われ難い」人間の苦悶がとても好きなので、読み進めるほどに面白かった。他者や世間に絶望するならまだ良い、自分に絶望し、それを何度も目の当たりにするというのは、地獄にほかならない。チェスタトンがブラウン神父の口を借りて、人間にはとうてい許せない悪人を許し寄り添うのが宗教の務めと語っていて、あらまほしき宗教のかたちだなあと思っていたが、この本もまあそういうことだろう。
★24 - コメント(3) - 2月18日

日本人って怖い…。と心から思った。何よりも司祭やキリシタンを棄教させる手段がエグい!そのたびに、物語のテーマである『沈黙』が重くのしかかってきた。なぜ、神は沈黙しておられるのかー。主人公の司祭でさえ、そんな問いかけをしてしまう。その問いと信仰の狭間で苦しむ主人公を通して、こちらもキリスト教の信仰について考えさせられた。しかし、小説の最後の場面の「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのに」という一文が、全てなのかなと思った。是非最後まで読んで、それについてどう思うか感じてほしいと思った小説でした。
★18 - コメント(0) - 2月18日

相方が塚本晋也目当てというマイナーな理由で映画を観に行き、先日NHKで放送された天正遣欧使節の番組を観た時に、「クアトロ・ラガッツィ」の話をしたら本書を読めとの事になり。「選ばれしものの恍惚と不安」的な選民感覚が感じられるのがちと気になる部分(巻き込まれ感の強い「クアトロ・ラガッツィ」ではその辺は希薄)、「肖像」を否定するイスラム的な戦略を取れば踏絵なぞどうという事はないなどと不遜な事を考えたり。
★14 - コメント(0) - 2月18日

何度目の読了になろうか。奥付けを見ると、昭和62年5月20日11刷とある。カバーの取れた、黄ばんだ表紙は我が愛読の証し。あと何度、読み返せるか? それほどに深く重い物語である。タイトルに偽りなし。「あの人」の沈黙はパードレを苦しめ、疑念を起こさしむる。恐るべき疑問。『史記』に「或は天道、是か非か」という悲痛な叫びがある。まさに、相通ずるところありと見る。遠藤周作の構成力たるや、見事としか言いようがない。未読の人、ぜひ読まれたい。
★49 - コメント(0) - 2月18日

母の書棚から。信徒らにとって、神の為に命を捧げることよりも辛いことは、神に見捨てられること。そして、それ以上に耐えられないことは、神の存在を信じられないこと。捕らえられ、日本人信徒たちのへ拷問を見せつけられるポルトガル人司祭が、何度も何度も神に問う。答えを求める。ページのこちら側の私自身も息苦しくなる。私は弱い。多分私はキチジローと同じではないだろうか。私は特別な宗教を持たない。だからこそ思う。神は信徒の殉死など望んでいないのに、何故そこまで。信じるものがある人間の強さ、なのだろうか。
★24 - コメント(0) - 2月17日

映画化されたのをきっかけに。私は、この状況で沈黙に耐えられるか?これほどまでに信じて耐え、一生背負うことができるか?自問自答しながら読了。
★20 - コメント(0) - 2月17日

圧倒された。まず、純粋に小説として巧みで、物語に没頭させられる。この緊迫感たるや!そして、テーマ。これは、もう宗教を信仰していない自分にはカトリックの洗礼を受けている作者が熟考した境地に至ることは不可能ながらも、登場人物の苦悩を通し、作者の投げかけた問題に向き合い、宗教のあり方、信仰とはどういう事なのかを自分なりに考えてみた。答えは出ないかな~。しかし、本作に出て来る登場人物が、井上にしろ、嫌みな通辞でさえも根っからの悪人と描かれていないことが「隣人愛」なのかな~なんて感じた。映画も観てみたいな。満足。
★31 - コメント(0) - 2月17日

映画版から流れてきた。導入のスピード感、矢継ぎ早のピンチ、キチジローやモキチたちのエピソードによって積み重ねられるテーマへの伏線と、巧妙な三段構成、どれをとっても第一級の小説。特に鶏の描写に挟まれた、あの鼾の場面の劇的効果は圧倒的で鋭い。ストーリーテラーとして完璧な仕事がなされている。音、におい、情景の描写は直接、神の沈黙との関わりで扱われており総て必然性がある。熱量、巧妙さ、ともに満点の名作。素晴らしい。
★28 - コメント(0) - 2月17日

映画版を観たので再読。悩み苦しみ、傷つき倒れた人々。無様に転んでも転んでも立ち上がり歩き続けた人々。屈辱に塗れながらも信念を胸に抱いて生きた人々。そして誰にも振り返られる事のなかった人々。映画も小説も、今は歴史の彼方に消え去った彼らへの愛と敬意に溢れていた。スコセッシ監督と聞いて意外に思ったが、見終わった時には納得した。
★22 - コメント(3) - 2月17日

著者初読み。映画化せれたことに伴い気になったので読んだ。信仰とはどういうものかを深く問い、葛藤する。何故『沈黙』なのか?深く考えさせられる。
★24 - コメント(0) - 2月17日

島原の乱の後、基督教弾圧の厳しい日本へ布教の為に行くことを決意したロドリゴ神父。そこで見た切支丹への非道な拷問や処刑は壮絶なものであるにも関わらず、神は静寂なままで動かない……。ロドリゴの懐疑、苦悩、そして導き出した答えは同じ信者からは理解されることは少ないかもしれないが、正しいものだと思う。固執し続け曲げないのは我であり信仰とは掛け離れ、そこには救いは生まれない。しかし、簡単に曲げてしまうのは弱さであり、また信仰から遠く離れる。宗教の教えは人の生死を簡単に左右してしまう、本当に難しいものだと改めて思った
★23 - コメント(0) - 2月17日

宗教はいつだって民族を対立させるものなのだと、改めて痛感しました。何千年経っても、そして今でも宗教観の対立で悲惨な出来事が起きていてますよね。すごく…考えさせられました。 文は司祭の視点で主に書かれていますが、所々で日本人、遠藤周作の価値観が織り交ぜられている気がしました。沈黙が、神、海、そして太陽で使われています。自然を神とする日本古来の心が反映されてるのが感じ取れました。 読了の二時間後にスコセッシ監督の映画を観に行きました。とってもヘビーな1日でした。笑
★22 - コメント(0) - 2月16日

長崎に訪れた直後、キリスト教弾圧の歴史に興味を持って手に取った作品。もう30年以上も前の作品で堅苦しさがありそうという先入観がありましたが、読んでみると全くそんなことはなくグイグイと引き込まれました。神の「沈黙」。宣教師ロドリゴが棄教を迫られる中で悶え苦しみながら問い続けるこのテーマは、とてつもなく壮大でかつ異教徒には到底理解できない境地。辛い話でしたが、描写が圧巻であっという間に読み終えてしまいました。
★27 - コメント(0) - 2月16日

【映画化で再読】日本人信徒に加えられる拷問の中、神は沈黙を守ったまた、自分が転べば救えるが、神を裏切れるのか、自分への汚点が恐ろしいのか、嘆き苦しむ叫びが聞こえてくるような作品。
★28 - コメント(0) - 2月16日

これほどのキリスト教への問いかけが、他ならぬ日本での出来事を踏襲して書かれていると思うと、心が震える。信仰という絶望に向かい、ひた走るパードレの心の声。その決断は、神なんて(クリスマスや受験の時にでも)曖昧に愛するだけの自分にも、神への問いかけとして劇的に沁み入ってくる。なんて重い
★25 - コメント(0) - 2月16日

重苦しくて、暗い作品ですね。暗い山での潜伏、貧しい農民、ボロを纏った宣教師、卑怯でクズのようなキチジロー、拷問、どれもこれもが暗く陰鬱でとても印象に残る作品でした。最後の昔の文章はあまりに分かりにくく飛ばし読みしてしまいました。
★18 - コメント(0) - 2月16日

江戸初期の長崎に来た、最後のカトリック司祭の話。彼は自身を「キリスト」に見立てており、日本人の「ユダ」と「ピラト」も登場する。絶望的に暗くて重苦しく、現在鬱状態の人にはおすすめできない作品。信徒である農民達の貧しさも暗さに拍車をかける。しかし陰鬱なれど静謐な気持ちになる。誰もが苦しい時は神に縋る。しかし神はいつも沈黙しておられる。私はキリスト教徒でないのだが、キリスト教徒が読めば考えさせられることは多いだろう。
★59 - コメント(0) - 2月16日

以前、人に勧められ読もうと思っていたら映画化、予約が回ってくるのに時間がかかりました。決して万人向けじゃないけど多くの人に読んでもらいたいです。キリスト教というものを超えて、心の持ちように胸が詰まる思いでした。尊敬する先輩司教が転ぶなんてあり得ない!と遠い遠い日本に向かった若い三人の司教たち。史実を基にした部分があるためドラマチックに盛り上げて・・・ではないけど、ロドリゴがどうなるのか目が離せない思いでした。私はキチジローだな、と思いながら読んでいました。「心が折れた」とか簡単に使っちゃいけないですね。
★43 - コメント(0) - 2月16日

未読で、映画を見る前の予習として読んだ。心の奥底まで揺さぶられた。司祭ロドリゴが別の形で基督の愛と存在を感じ続けられたのが救い。しかしそれにしても切支丹禁制の江戸時代、どれだけ多くの人々が基督教を信じているというだけで苦しみ、死んでいったことだろう。仏教では救われなかった貧しい人々が基督という心の拠り所を見つけただけなのに…一方、奉行井上の考え方にも一蹴できないところはある。そして真の信仰とは何かは追い詰められた、苦しい状況でのみ問われる。マーチン・スコセッシ監督がこれをどんな風に映画化したのか楽しみだ。
★26 - コメント(0) - 2月16日

最後まで信じ抜くことは難しいが、人は何か(誰か)を信じられるもの(人)がいて辛い日々を生き抜くことができるのだろう。
★16 - コメント(0) - 2月15日

時代や思想が変われば、どれ程、人間は残忍になれるのか。キリシタン弾圧。映画も観ましたが、映像化する事で、如何に布教活動が命懸けであったのか、わかりました。あんな時代を越えて、今があるのだと。
★23 - コメント(0) - 2月15日

映画をみてあまりにも衝撃的ですごくて、本を読みたいと思いました。んあていうか、重くて苦しくて。日本のみたくない一面を見た感じ。こんな時代があったのは真実だし、今なら考えられない事もたくさん。でも日本の目からみたキリスト教とはっていう面とか、いろいろ考えさせられました。
★23 - コメント(0) - 2月15日

神の萌芽は万人が先天的に持っており,環境や教育によって神を所有することができるようになる,というのが私の持論(存在については考慮しない).神のかたちは所有者の過去に左右され,それぞれ別のかたちをとる.それら信仰の共通項をまとめて導くのが宗教の役割ではなかろうか./ロドリゴは,神が外部に存在しないことを踏み絵をもって思い知る.他者でなく,自らの過去を踏んだ.それは信仰以前の尊厳の否定であった./キチジローの弱さは人間臭さに起因すると思う.まだまだ神に譲渡する意志(一種の狂気でもあろう)を持ち合わせていない.
★42 - コメント(0) - 2月15日

映画が出ると聞いて気になり読んだ本。なんか重く苦しい話だった。ポルトガルからキリスト教布教のために来た司祭が見る江戸時代の隠れキリシタンとそれに対する奉行井上。拷問あり、踏み絵あり、たくさんの命が神に救われることなく消えていく。そんなむごいことをなぜ神は放っておくのか、沈黙をやぶって彼らを救わないのか。神のために死んでいく彼らを救わない神を崇拝する宗教を布教している自分。司祭さんいろいろ考えただろうなと思う。自分が形だけでも棄教して穴吊りで拷問されてる3人の命を救うべきか。神の愛とはなんなのか。
★25 - コメント(0) - 2月15日

憐憫とは、行為でもなく、愛でもなく、本能。 どこを見ても、自分の顔しか映らない恐怖。 ところで、殉教者たちはなぜ死んだの?
★16 - コメント(0) - 2月15日

私はキチジロ―だ、世が世なら調子よく弱い自分を隠しながら生きていける。自分の弱さを許して生きていける。あの時代それでも自分を「弱い人間」だと認め赦しを求め縋ったキチジローを誰が責められるのだろう。 宗教、神とは? 祈り どれも私にはピンとこない物ばかりだけれど、登場人物の誰もが思いも、信条も立場も地位も何もかも違ってはいるけれど 誰もが同じ人間だった。誰もが私と同じ人間でしかなかった。 
★29 - コメント(1) - 2月14日

天草の教会を訪れていて、ぜひその勢いで(?)読みたかったもの。映画もそのうち・・・
★12 - コメント(0) - 2月14日

ようやく読み終わった!いい休日だった!
★12 - コメント(0) - 2月14日

神は沈黙する。っていうか、問いかけても答えてはくれません。神ってそういうもんです。って内容ですかね。
★13 - コメント(0) - 2月14日

映画化きっかけで読みました。遠藤周作は「海と毒薬」「私が・棄てた・女」など映画化作品も多いので読んでみたかったのですが実際に読んだのは今回がはじめて。前半は鎖国した日本に潜入した司祭の目から見た日本や隠れキリシタンの生活。日本とキリスト教の関係の考察など興味深いやりとりが続く後半が読ませる。篠田版とスコセッシ版見比べてみたいです。
★16 - コメント(0) - 2月14日

映画化を機に手に取ったが、信仰について考えさせられる1冊だった。神の沈黙、神の不在という、言わば宗教におけるタブーに切り込んだ作品に思える。辛い出来事があった時に「越えられる試練しか神は与えない」と良く言うけれど、拷問を受け殉死していく信者を見ているとそんな言葉はまやかしにしか思えなくなる。人は信仰に救いや心の平安を求めると思うが、今でも宗教で命を落としたり、宗教間で対立が起きるのは悲しい限り。この小説と映画の海外での反応も気になるところ。途中辛い描写も多かったが、薦めてくれた読友さんのお陰で読了。感謝。
★154 - コメント(22) - 2月14日

映画「沈黙」を見て感じるところ多かったので読み直す。映画は忠実に原作に倣っている。映像を通したことで今までわからなかったことがかなり明確化され、遠藤氏の想い、司祭、農民、奉行の生き様、当時の背景が圧倒的に迫ってきた。スコセッシ監督が28年間温め丁寧に映像化してくれたことに感謝。
★26 - コメント(0) - 2月14日

初めて読んだのは、背伸びしていた中学生時代…ただ切支丹弾圧の描写に圧倒された記憶がありました。あれから40年以上が過ぎ、たぶん信仰心から最も縁遠い世俗にまみれたオッサンとなって再読して、「なぜ人はここまで神(信仰)を求めるのだろうか?」と、そんな根源的な疑問を考えるばかりで、何となく物語の世界に入り込むことができなかったのでありました。世界的に宗教が消滅の危機に瀕していると言われる現代にも、きっと神は「沈黙」を守り続けることでしょう。たぶんワタシは、何かの神を信仰することなく生涯を終えるんだろうな~。
★24 - コメント(0) - 2月14日

沈黙の 評価:88 感想・レビュー:1822
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