キリストの誕生 (新潮文庫)

キリストの誕生 (新潮文庫)
あらすじ・内容
「神の沈黙」の意味を深く問う名著。犬のように無力だった男は、いかにしてキリストと呼ばれるようになり、人間の永遠の同伴者となったのか。

愛だけを語り、愛だけに生き、十字架上でみじめに死んでいったイエス。だが彼は、死後、弱き弟子たちを信念の使徒に変え、人々から“神の子”“救い主(キリスト)”と呼ばれ始める。何故か?――無力に死んだイエスが“キリスト”として生き始める足跡を追いかけ、残された人々の心の痕跡をさぐり、人間の魂の深奥のドラマを明らかにする。名作『イエスの生涯』に続く遠藤文学の根幹をなす作品。

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キリストの誕生の感想・レビュー(288)

「イエスの生涯」に続き「キリストの誕生」読了。「神の沈黙」って、最近稀に見る大層な問いだと思っていたら、世界宗教の原動力だとまで書かれていて、どうりで自分ごときの胸にささる訳だと納得。
★3 - コメント(0) - 2月11日

私自身は宗教に無関心であり敢えてあげるなら八百万の神を信じているが、遠藤周作が描くイエスにいつも魅かれる。解説の「小説家的想像力」に納得する。遠藤周作がイエスの時代に生きているような感覚。もしイエスのような人が近くにいたら、自分はどう見るのだろう。…きっと、多くの人間のように無関心あるいは状況によって立場を変える人間なのだろう。「彼は生前、現実のなかで無力であり、ただ愛だけを話し、愛だけに生き、愛の神の存在を証明しようとしただけである」「世の果まで私はお前たちと苦しむだろう」
★17 - コメント(0) - 1月18日

★★★★★
★3 - コメント(0) - 1月15日

イエスの生涯とセットで読みました。
★2 - コメント(0) - 1月15日

「神の沈黙」という命題に対する遠藤氏の答えが示されてるように感じた。著者『沈黙』のテーマでもあり、遠藤氏が生涯問い続けたテーマなのかもしれない。クリスチャンではない私は「神はいない」という回答をしたいが、イエスという人物が説いた「母なる神」の存在を心底信じることができれば、温かな愛を心の中に感じながら生きていけるようにも思った。そう信じることが信仰なのか、個人的信条なのかは、本当はどうでもいいことかな。
★29 - コメント(0) - 1月10日

「イエスの生涯」から連チャンで…キリスト教入門書としてはハードルが高い信者向けな印象…それでもイエス兄さま処刑後、兄さまの教えを巡る組織論的な大御所の解説は大変面白かったです。革新派であれ保守派であれキリスト教の布教力の根源はなんなんでしょうね…(ノ-_-)ノ~┻━┻引き続き「沈黙」読んでみます…
★30 - コメント(0) - 2016年12月6日

「イエスの生涯」に引き続いて。イエスの死を弟子達がどう乗り越えていったか、その中で原始キリスト教がどの様に形成されていったかを丹念に辿っていく。キリスト教徒ではなく予備知識はないのだが、作家らしい観点で内心を掘り下げていく真摯な書きぶりが印象に残る。
★3 - コメント(0) - 2016年11月17日

なぜこんなにも苦しいのに神は沈黙を続けるのか。キリスト教徒にとって最大の謎であり、遠藤周作自身もそれをモチーフに名著『沈黙』を残している。その謎の答えを言語化し論理的に矛盾なく説明できるのであればそこに信仰は必要ない。だから明瞭な説明が与えられたとき宗教は衰弱し消える運命にある。信仰とは99%の疑念と1%の希望だという遠藤周作の言葉があるが、信仰とは疑うことから始まるのだろう。数ある宗教の中で人間が信仰の対象になったのはキリスト教くらいのものだ。キリストはいかに誕生したか、それが作家の視点で綴られる。
★6 - コメント(2) - 2016年9月23日

十字架上で無力に死んでいったイエスはいかにしてキリストとなっていったかが語られていました。愛にのみその生涯を捧げたイエス。死後、信徒と帰られた使徒たちにより「キリスト」と呼ばれ始める。現実として死んだイエスは復活によりキリストという新たな命を与えられたように思います。小説家という立場とカトリックという立場によって聖書が読み込まれ、使徒たちの心の軌跡と共に描くことで、浮き彫りになるキリスト像。人として死んだからこそキリストとして永遠の同伴者が生まれたといえるでしょう。
★98 - コメント(0) - 2016年9月20日

イエスは死の直前に神よなぜ私を見捨てたのですかと叫んだわけですが、それは旧約聖書詩篇の一節でこの後段々と神の賛美になっていく詩だと知って、なるほど収穫があったと思った。あと一粒の麦が死ねば豊かに実をむすぶと喩えているのに、イエスの復活は意味があるのかという疑問も、イエスの死後イエスを裏切った弟子たちの心の中で罪悪感からイエスの存在が大きくなって、イエスの教えを信じる信仰が復活したという象徴が、あの話の核になっていると解した。実際に復活したわけではないという理解はまぁ私はクリスチャンではないので勘弁を。
★9 - コメント(0) - 2016年9月17日

日付はくっついてますが、この本は実際は6月に再読しました。亡きイエスをキリストにしたのはイエスの弟子達でした。実際に作者が現地へ行って調べ上げた。よく読めばわかりやすいと思います。
★27 - コメント(0) - 2016年9月14日

「イエスの生涯」の続編。十字架の磔で死んだイエスがそのあと復活して人々の中に永遠に生きていく経過が、遠藤周作氏の捉え方で描かれている。そして最後は「なぜこんな無力だった男が皆から忘れ去られなかったのか。なぜこんな犬のように殺された男が信仰の対象となり、人々の生き方を変える事ができたのか。このイエスのふしぎさは、どれほど我々が合理的に解釈しようとしても解決できぬ神秘を持っている。」と結ばれています。⇒
★62 - コメント(1) - 2016年9月14日

イエスの死からキリスト教という宗教の誕生が書いてありますが、早期から難解でした。読むのが急ぎ過ぎたかな?分からないままにして…再読しますね。
★29 - コメント(0) - 2016年9月13日

この書によって教会へ導かれる一歩が始まった。教会へ行く半年前2011年夏のことだった。それから5年の月日が流れた。(この書は宴会までの時間つぶしによった古本屋で見つけ思わずまた買ってしまった。)世はめまぐるしく変化していく。善と悪、闇と光、諦めと希望、真実と虚構、目や耳からの情報の氾濫の中で、まさに善、光、希望、真実が見える聞こえる。ぉ〜、なんと感謝なことだ。ぁ、やな事や悲しいことが無くなるわけじゃない。いずれその先は必ず平安に包まれるんだ。ぉ〜、なんとありがたいことだ、感謝なことだ。と、導かれる書。
★6 - コメント(0) - 2016年4月29日

著者の「沈黙」があまりにも感動的だったので、こちらも、図書館で借りて読了。基本的には研究の結果を小説にしたような印象を受けました。イエスが死んだ後、なぜキリストになったのか?多分、こうじゃあ、ないかなあ~?というような憶測も強く感じる。十字架にさらされたイエスを見捨てて逃げた弟子もいたらしいが、現実に死んだイエスが、弟子たちの中に新しい形で生き始めた。みんなの心の中に復活し始めていた。というところがすごく好きです。ここには罪悪感や後悔などからなるイエスへの思いが復活へ結びついたということだろうか?だとした
★17 - コメント(0) - 2016年4月23日

無力な男として処刑されたイエスが弟子たちによってどのようにキリスト(=救世主)となったかを探る。その答えは、イエスの持つ、何か分からないが確かにイエスの中に存在したXだという。つまり、その謎は解けないのだが、その謎が解けない故に、イエスに神性を与えられているのである。
★4 - コメント(0) - 2016年4月9日

キリスト教を信仰する著者が、人間イエスが神の子キリストに変わっていくまでの過程、あるいは世界的宗教キリスト教の成立場面を、小説家的想像力を駆使して聖書を読み込み、弟子達の心の動きを捉えるとのアプローチで、非キリスト教の我々にも納得がいく仮説を提示しています。 「イエスの生涯」の続編ということであるが、こちらを先に読んでしまいました。
★2 - コメント(0) - 2016年3月25日

遠藤周作祭り第5弾。「イエスの生涯」においてあまりに無力な人の子として、無惨に死刑にあったイエスがなぜキリストとして崇められるようになっていったのかを、その弟子達のイエスの死後の歩みを振り返って読み解く。遠藤周作なりの解釈ではあるが、そこには一本の筋が通っているように感じた。★★★★☆
★56 - コメント(0) - 2016年3月21日

『イエスの生涯』に続き読了。イエス、を読まないで本作のみ読むとイエスキリスト自身の話があまり出てこないので面食らうことでしょう。続けて読むことで、「なるほど、キリスト教はこのようにできてのか」と理解が深まりました。
★2 - コメント(0) - 2016年3月3日

[その後の話]『イエスの生涯』を事前に読んでいたからでしょうか、遠藤氏の考える弟子像というものがすっと頭に入ってきました。その像がいわゆる正統の教義との関係でどう考えられるかまでコメントできる見識がないのですが、遠藤氏自身の自画像が非常に深く弟子像に投影されているように思います。「弱さ」という点が1つのキーポイントになっているのではないでしょうか。
★2 - コメント(0) - 2015年12月23日

「遠藤教」と揶揄されることもあるようだが、私にとってはいい意味でキリスト教の入門書となった。なぜなら俗な疑問を全く退けることなく、むしろ話の中心に据え、史実をベースに真実を模索しているから。小説というよりも、論文のような語り口で、講義を聴いているような感覚。解説で高橋たか子氏が言われているように、登場する人物たちの心のなかに分け入っていくところが、想像力を生業とする作家の仕事といえようか。優柔不断なペトロや強靭な精神のポーロ(ソウロ) が語られているあたりが、原始キリスト教団のクライマックスですね。
★6 - コメント(0) - 2015年11月5日

2015.10.06(2015.10.30)(つづき)遠藤周作著。  10/01  (P005) 第1章。  イエスは同時代のすべての人間の誤解に取り囲まれて生きねばならなかった。  短い生涯の間、民衆も敵対者も、弟子たちさえも、彼を全く理解していなかった。  味方は勝手な夢と希望を彼に託そうとした。  イエスは自分の意思かわかってもらえず孤独だった。  大衆はユダヤにより蹂躙されローマを再び「神の国」に戻すための地上的なメシアだともり立てようとした。 
★60 - コメント(0) - 2015年10月6日

2015.10.05(2015.09.30)(初読)遠藤周作著。  09/30  (初出=S53.09) (カバー)  十字架上で惨めな死、イエス。 だが、死後、弱き弟子たちを信念の使徒に変え、人々から“神の子”“救い主(キリスト)”と呼ばれ始めるのはなぜか?  残された人々の心の痕跡を探る。  『イエスの生涯』に次ぐ。  (あとがき)  『キリストの誕生』は、新潮連載に加筆、訂正。  文学雑誌に向かないテーマ。   
★65 - コメント(1) - 2015年10月5日

生前のイエスは聴衆だけでなく弟子からも不信感を持たれており、彼の本意は伝わる事なく犬死同然の最期を迎える。その後離散した弟子達がイエスを裏切った事に対する贖罪の意識からか、イエスの教えの核心に触れたか、態度を改めイエスの教えを布教していく。そこから世界的宗教へと深化していく第一ステップが描かれている。弟子達の戦う姿勢に感動した。
★6 - コメント(0) - 2015年8月24日

イエスという個人の死により、誕生したキリストという存在。復活という概念が、彼を見捨てた弟子たちの贖罪の念が関係しているという説明がとても面白かった。聖人という完璧な存在ではなく、個人が持つ弱さ。
★22 - コメント(0) - 2015年8月2日

『イエスの生涯』の続篇的作品。ユダヤ教的視点から、イエスを捉えようとするヤコブたちと、その範疇を越えた視点でイエスを捉えるステファノやパウロたちの対立は知らないだけにおもしろい。ペトロがイエスの生涯から何かを探ろうとしたのに対し、パウロはイエスを知らない分、彼の死と神の沈黙、そして復活というキリストとしての視点からイエスを見ている点も、興味深く読んだ。
★3 - コメント(0) - 2015年6月13日

先日再読した『イエスの生涯』の続編。十字架上での死と復活の後、「永遠の同伴者キリスト」として人々の中で生き続けるイエス。ユダヤ教の完成者としてのイエスとユダヤ教を超えた愛のイエスという2つのイエス像の存在。パウロやペテロの殉教について福音書記者はなぜ書いていないのか。「神はなぜ沈黙しているのか」「キリストはなぜ再臨しないのか」という2つの謎と課題をつきつけられる原始キリスト教団。とても読み応えがあり、心に残る作品でした。パウロがロマ書等の書簡を書いた時の文脈もよく分かり、聖書の理解が深められた気がします。
★1 - コメント(0) - 2015年2月16日

一気読み。どうにも納得できなかった復活の物語。ああ、気づきだったのか、とすとんと心の底から納得できた。イエスの死後僅か40年で、弟子は死に絶えユダヤの国は失われ、しかし信仰は民族を超え拡がったという歴史の前には言葉もない。それまで存在しなかった愛の神の概念は本当に人々の心に消えない光を灯したのだな。聖書の中ではただただ偉人である使徒たちの過ちや弱さに親近感を持ち、その末に獲得した強さにはやはり畏敬の念が沸き起こる。
★3 - コメント(0) - 2015年1月23日

「イエスの生涯」続編。如何にしてイエスが神格化されていったのか。その弟子たちの苦悩と原始キリスト教団の布教がどのような軌跡で行われたのか。
★3 - コメント(0) - 2015年1月15日

前作『イエスの生涯』は、イエスが生まれ、そして死ぬまでを綴った内容だったのに対し、本作ではイエスの死後、いかにしてイエスが神の子、救い主と呼ばれ、キリスト教が作られていったかを描いている。まさしく『キリストの誕生』の物語だ。遠藤周作は前作同様、小説家という視点でイエスを、そして彼の弟子達を考察し、解釈を導いていく。自らの保身を優先し、師イエスを見放し、その処刑までの二日間、息を潜め隠れていた弟子達を弾劾せず、小説家ならではの想像力で弟子達の心境を想うのだ。(つづく)
★16 - コメント(1) - 2014年12月2日

本書はイエスの死後とり残された弟子達がイエスの教えを深め、広める過程の葛藤と斗いを精査し、前著「イエスの生涯」と対をなす。真の宗教は逆四角錐である。それはひとつの真理を導き出した者が独りあり、後進はその真理を頼りに次第と群れる小さな社会性格である。そこに諍いが生じなかったためしは人類史上、残念ながら無い。その逆四角錐がある程度の完成を見れば、組織はまた正四角錐を形成する。そこに至るまでの飽くなき闘い。著者が「沈黙」を記した後に辿りついたこの人間の弱さと強さを証した仕事の重さは「腐海のほとり」へと連成る。
★12 - コメント(1) - 2014年8月11日

多くの人の感想に加えることは無い。 しかし、読まれていない。登録数が300未満の本ではない。 私自身は興味あるテーマでは無いが、遠藤の著作として記憶されるべきもの。
★6 - コメント(0) - 2014年7月1日

原始キリスト教団にまつわるお話。巻末のキリスト教成立にまつわる著書の見解に納得。そこに至るまでの構成もうまく、読ませる。
★3 - コメント(0) - 2014年6月18日

キリストの奇跡とは水をワインに変えるなどと言った物質的なものではなく、キリスト教の誕生にあるのではないか
★2 - コメント(0) - 2014年6月16日

イエスは弟子達に裏切られ、十字架にかけられてもなお、彼らを呪わず彼らの救いを神に祈り死んでいったという。そしてそれを深く悔い改めた弟子達によりキリスト(救い主)教は誕生した。以前読んだ本にイスラム原理主義過激派のテロリストの中には、自爆スイッチを押す際に来世、天国に召されることを確信し微笑む者もいるとあった。(映像として記録されている)彼らは神の存在を確信しているのだろう。文明国のキリスト教徒達は、神の存在をどう捉えているのだろう。宗教は道徳的側面もあるが、霊的なものへの信仰心も含まれるはずだ。謎である。
★8 - コメント(0) - 2014年4月28日

宗教な個人的な体験なのだと思う。歴史書として知的に面白い。イエス個人に対しては筆者ほど愛情と感動をもってはとらえられない。二千年の歴史を積み重ねて今あるキリスト教になったのであって、実際のイエスや実際の聖人達がどんな姿をしていたのかはさして重要な要素ではないのだろう。教徒一人ひとりが心のなかにもつイエスの姿がまさに本当のイエスという整理でいいのだと思う
★2 - コメント(0) - 2014年3月29日

無力な人イエスがいかにして神の子キリストになったか。そして、復活とはどういう意味なのか。小説家遠藤周作の目を通して原初キリスト教を見る。一般的なキリスト教からする解釈とは違うのだろうが、非キリスト者であり日本人である私には、理解し易いキリスト観。
★2 - コメント(0) - 2014年2月26日

キリストの誕生の 評価:80 感想・レビュー:77
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