この人を見よ (新潮文庫)

この人を見よの感想・レビュー(323)

N
ニーチェ最後の本。自画自賛すごい。目次は「なぜ私はかくも賢明なのか、なぜ私はかくも怜悧なのか、なぜ私はかくも良い本を書くのか、なぜ私は一個の運命であるのか」。価値を転換させるために尽力。衆愚相手には語らない。"「彼岸」とか「真の世界」とかいう概念は、現に存在しているこの唯一の世界を無価値であるとして―ーもはやわれわれのこの地上の現実のためにはいかなる目標も、いかなる理性も、いかなる指名も今後ずっと残さないままにしてしまうために、発明されたのである!",P.192。この穢らわしきものを踏み潰せ!,P.193
★5 - コメント(1) - 3月3日

【ある医者は、私を久しく神経病患者として扱って来たが、とうとう次のように言った。「間違えていました!貴方の神経は何ともありません。私自身が神経質になっていただけです」】  価値の転倒というにはあまりにも愚かで、彼の内面の真に迫っている言説は、新しい考えをもはや生まない彼の身の回りにいたひとびとにとっては、ただの迷惑だったことでしょう。恐怖の内の10年だったのではないでしょうか。  本書は彼の著作の、彼自身のカーテンコールです。
- コメント(0) - 2016年10月25日

哲学やキリスト教の素養が無いからご機嫌なエッセイとして読んだ。無邪気に自画自賛してるところはいいのだけれど自分の本のキャラクターを実在するビッグネームと比べてもっと偉大みたいに言ってるところはちょっとヘイヘイって思った。個人的にはアイロニーの質があまり好みじゃなかった、キルケゴールのテンションのが好き。
- コメント(0) - 2016年8月16日

"ニーチェ入門"本の裏表紙の紹介文を見て、手に取りました。一種の自伝で自著についても、一冊ずつ紹介されています。この本で、ニーチェ自身に著作を紹介してもらいましたので、次に他の著作を読み、その後、もう一度この本に戻ろうと思います。彼のドイツ人についての主張を読むと、その後のドイツの歩む道を予見しているように感じます。また、タイトルが"この人を、見よ"Ecce Homoであることに驚きました。聖書の引用ですので"この人"とはイエスを指しますが、その言葉を使って、ニーチェは我を見よと言っているのです。
★1 - コメント(0) - 2016年7月3日

CCC
「私の予測では、近いうちに、私はかつて人類に課せられた要求の中でも最も困難な要求を人類に突き付けなければならなくなる。」のっけからこれである。腹筋崩壊しました。慣れるまで40ページくらいは笑い通しでした。「なぜ私はかくも怜悧なのか」のように、章題でも笑わせてくるし、傍点だけでも笑えてくる。私は聖人なぞではない、どちらかと言えば道化である、と高らかに宣言するこの人。言葉を額面通り受け取る事の是非はともかく、道化として優秀すぎる。もはや道化界の神と言っていいだろう(本人聞いたら怒りそう)。
★9 - コメント(0) - 2016年5月30日

本書はニーチェ最後の書である。本について語っている部分で、”読書は私を私自身から解放して、自分とは無縁な学問や魂の中を私に散策させてくれるものの部類に入ってしまうのである。私一流の本気から休養させてくれるものなのだ。”といっている・・さて本読も
★106 - コメント(0) - 2016年4月27日

最初のほうは解りやすかったのだけど、ページを進むとわけがわからなくなる。何を言いたいのかわからないでもなお、ニーチェの自己を語る姿はかなり面白い。
★10 - コメント(0) - 2016年4月21日

この人とは…やはりニーチェ本人であったか。
★2 - コメント(0) - 2016年4月13日

満を持してニーチェ!ニーチェは有名だし、有名な人はどの分野でも誰もがとっつきやすいキャッチーさをもっているという謎の持論があったが、そんなことはなかった。 何をいってるのかわけがわからなくて、読破まで苦労した。 で、自分なりに考えてみたのだけれど、ニーチェのアンチキリストは要するにもう神様に頼らないで自分で考え、自分で行動しろ。ということに尽きると思う。今でこそ当たり前の考えだからこそ何となく難解な風に感じてしまうのかもしれないとおもった。 読書好きならいずれは読む本であるとおもいます
★4 - コメント(0) - 2016年4月3日

朝からニーチェを読むと興奮が1日覚めやまなくて仕事にならぬ。ここまでの自己礼賛はもはや狂気の沙汰。そして実際狂ってゆく、、。ワーグナーへのなんとも微妙な思い、、。若者よ、悩んだら、どんな自己啓発の類よりもまずはニーチェを読め!一瞬で立ち直るぞ。
★4 - コメント(0) - 2016年3月4日

「お前たちはまだお前たち自身を探し当てなかった。探し当てないでいるうちに、私を見出した。信者というものはみなそうする。だから信ずるということはつまらぬのだ。 今、私はお前たちに命令する。私を見失い、お前たち自身を発見せよ。お前たちがこぞって私を否定したとき、はじめて私は、お前たちの許へ戻って来よう」
★1 - コメント(0) - 2016年2月7日

超訳ニーチェの言葉に出てくる数々の言葉に元気づけられたこともあり、ニーチェの自伝的な位置付けの本書を手にとってみた。徹底したキリスト教批判とドイツ人批判を除けば(さらっと読み流してしまえば)人間とは何かを考える上でとても示唆に富んだ一冊だった。「出来の良い人間は自分の養分になるものだけを美味と感じる」という箇所からは物の見方を切り替えることの大切さを、「認識するとは現実に対し然りと言うこと」からは、理想を掲げて現実逃避することなく、現実を受け入れて前に進むことの大切さを学んだ。
★4 - コメント(0) - 2015年12月13日

文学のような難しさがある気がした。
- コメント(0) - 2015年12月8日

自分と自分の著書をひたすら自画自讃する一方、自分が本来所属するドイツ(の国民性)とキリスト教社会道徳を卑屈極まるとして全否定しまくり、万事そんな調子なので理解に苦しみ離れて行った周りの友人達をこれまた全否定しまくる突き抜け過ぎた自伝。実際あまりに突き抜け過ぎて、翌年発狂し死に至る。ニーチェが哲学の世界で天才である事は疑いないが、その社会不適合ぶりも半端ない。また発狂後彼の復権に随一貢献した妹こそ、彼の嫌悪するところの「ドイツ的」な最たる人物だったことも皮肉に感じる。
★3 - コメント(0) - 2015年8月2日

凡人の頭ではとても理解できずと諦め
★2 - コメント(0) - 2015年5月11日

「この人」とはニーチェを指す。自らの哲学を形容するために「鉄槌」という語を持ち出すこの好戦的な哲学者は、自分自身の偉大さにたいする確信と忠誠に基づいてあらゆる事物の価値を自らの欲するところのものへ転覆させようと試みる。この攻撃性は、生成が与える永遠の快楽そのものになりきるために生じるひとつの性質である。ニーチェは古代ギリシャの神ディオニュソスと共鳴している。最大の苦痛や最高の陰鬱さですら幸福に逆らう反対物としてでなくひとつの色彩として作用するというニーチェの主張は力強いが、容易に理解し得るものではない。
★8 - コメント(0) - 2015年4月14日

キリスト教道徳および理想主義者への批判をメインとした自伝。人類の人類たるゆえんを、常識にとらわれずに描き出している。ただ、この本だけを読むと、どうして現代においてこんな哲学が流行るのかが分からなくなる。他の作品にもあたってゆきたい。
★2 - コメント(0) - 2014年12月13日

全集ではないですが、西尾訳なので。
- コメント(0) - 2014年12月8日

初めてニーチェの本を読んだ。ニーチェの作品に対する愛と苦しみと孤独を感じた。 作者を苦しめるほど愛された作品はどれもこれも気になっていて次どれを読むか悩む……。
★8 - コメント(0) - 2014年10月10日

笑而不答心自閑・・・。
★7 - コメント(0) - 2014年8月2日

【BOOK(2014)-143】!!!!!!!
- コメント(0) - 2014年6月26日

再読。常識、ルール、キリスト教的道徳、ドイツ人的思想、イデアリズム…なぜニーチェがこのように否定を繰り返さねばならなかったのか、彼が生まれながらにしての革命家、ダイナマイトであったことは言うまでもないが、ニーチェという人が生きたこの時代における「善さ」は、あまりにも彼の性質に不適合なものであったのだと思う。彼の柔軟さ、自由を当然のように求める開放的な精神はむしろ現代に生きる我々のそれに近い。彼は彼が生きたよりずっと未来を生きていたのだ。
★3 - コメント(0) - 2014年4月6日

テストが立て込んでいて、3ヶ月ぶりの読書。にしては荷が重すぎる。読んでみて、感想。この本は中身がない(笑)僕が未熟だから読みたいと思わなかった。哲学するより物語を期待していたので、残念。理想を掲げた時点で現実を否定し、受け入れてしまうのはクソだという考え方は、確かにそういう考え方もあるのかと素直に納得した。初めてのニーチェがこれだから失敗した感は否めない。次回はツゥラトゥストラに挑戦したい。自分すごい!自分天才ってのは、本気で書いてるのか、冗談なのか、多分本気だろうな、ここまで言えるのはかっこいい。それだ
★1 - コメント(0) - 2014年1月24日

ニーチェが狂気に堕ちる前の最後の書、いやニーチェ自身はむしろ上昇下降などという俗物の価値の彼岸にいたかもしれない、と言えば評価しすぎだろうか。これまでの作品を自身で紹介しながら展開されていく内容からして「入門書として~」云々とあるが、これはエピローグとして読むべきだろう。
★3 - コメント(0) - 2013年11月27日

ニーチェは孤独と世間からの批判に苦しんだのかなと思いました。彼の考えはとても革新的に感じます。神の否定であったり、善や悪の独自の発想であったり、我欲を奨励し無欲を批判するものであったり、今まで道徳と呼ばれていたものをことごとく批判しました。特にドイツ人に対する批判は痛烈で面白かったです。
★49 - コメント(0) - 2013年11月23日

前半では、なんとも自慢げな調子に嫌気がしたが、後半はあまり気にせず読めた気がする。
★1 - コメント(0) - 2013年10月27日

狂気が背後にあって、むしろ正気を純化している。わたしは人間ではないのである。そうか。そして、思う世界にトリップしたのか?
★3 - コメント(0) - 2013年5月29日

初読。この本の校正中に人格崩壊したニーチェ。執筆中から狂気の淵へと歩んでいったのだろう。章題が「なぜ私はかくも賢明なのか」「なぜ私はかくも怜悧なのか」「なぜ私はかくも良い本を書くのか」「なぜ私は一個の運命であるのか」というのも驚きだし、タイトルの「この人」もニーチェ本人だというからたす凄い。
★43 - コメント(0) - 2013年4月4日

初ニーチェ。哲学史で思想のあらましに触れてからの読書だった。キリスト教を退廃的として苛烈に攻撃を加え、理想主義を駆逐してゆく様が爽快。強い炭酸飲料を飲んでいる感を覚える。1つの強い意志が、自分の傍らで語るのを聞くことができただけでも良い時間だった。
★2 - コメント(0) - 2013年2月17日

ニーチェはこの本を執筆している時、既に狂気と正気の間を彷徨っていたのでは。狂気の断片が感じられるからこそ彼の正気の洞察は、そのコントラストによって明瞭さを増し、深く心に突き刺さるものとなっている。しかし、何が書いてあるか分からない事も多かった。それだけ自分が未熟なのだろう。さげぽよ。
★2 - コメント(0) - 2013年2月13日

強がりを言う幼い男の子が頭に浮かんだ。 彼は超人どころかとてつもなく人間的だと漠然と思った。 音楽に関する記述がとても素敵。
★2 - コメント(0) - 2013年2月10日

つまるところ「俺はこんなにすごいんだぜ!俺の作品はこんなとこがすげぇんだぜ!」といったところか。追記:理想を追い求めて現実が見えないことと、現実ばかり見すぎて悲観的になってしまうことと、どっちのほうがいいのかと悩む。理想を現実にしていければ一番いいのだろうけれども、簡単に実現しないからこその理想なわけであってうんぬんかんぬん。どっちに偏りすぎてもいけないのだろうな。何も知らない方が幸せなのか、いろんなことを知っている方が幸せなのか。答えのない問いが多いなぁ……。
★5 - コメント(0) - 2013年1月31日

目次がぶっとんでいる本。ニーチェが押している自分主体的な(貴族的な)価値感に憧れます。他人の為「だけ」を思って行動すると、失敗した時にその人のせいにしてしまいそうですし、反省のベクトルを自分に向ける事が困難になる。ニーチェの読書論にも共感できました。「読書とは誰かが自分の傍で喋ったり考えたりすることではないだろうか。」...本を読むということは記したニーチェの話を聞くということですよね。速読せずにニーチェと対話。正しい聞くべき人にお話を聞くと、突き刺さってくるものがあります。本書は殿堂入り。聖書にします。
★8 - コメント(2) - 2013年1月29日

再々読了。ニーチェの完全なる自己肯定にやられました(笑)
★2 - コメント(0) - 2012年12月9日

僕は面白い人間が好きだからニーチェが好き。
★2 - コメント(0) - 2012年11月30日

この人を見よの 評価:52 感想・レビュー:75
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