人類が永遠に続くのではないとしたら

人類が永遠に続くのではないとしたら
あらすじ・内容
わたしは過去のことを考えるほど、未来のことを考えていただろうか?

3・11による福島原発事故が引き起こしたのは、本質的には誰にも「責任をとりきれない」という新しい事態だ。科学技術の、地球環境の、そして種としての人類の限界が露わになったいま、ポストモダンとエコロジー、双方の思想が見落としてきた「有限性」を足場に、生きることへの肯定をスリリングかつ緻密に語る決定的論考。

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人類が永遠に続くのではないとしたらの感想・レビュー(62)

「見田宗介の全体理論」のみ読了。現代思想の二人の対談を読んで関心をもって。でも、なんかこの方の本を全部読む気にはなれず。暇なときにまた読みます。
★8 - コメント(1) - 2016年4月16日

人類も地球も有限であると明らかになった時代にみいだす理路が「贈与」というわりかしよくあるオチなのはどうなのと思いつつ“戦後憲法がアメリカからの一方的な「押しつけ」であると同時に「贈与」であり、また敗戦国日本の戦勝国アメリカに対する「支払い」でもあるという事実に向きあうべき (つり合わせられるべき)、日本社会の未来がもちうるビジョンの本質なのである。つまり、もう少しいえば――原爆投下との関係ではということになるが――、憲法九条は日本のアメリカに対する「贈与」でも、ありうる”などの批評家らしい発言は見逃せない
★1 - コメント(0) - 2016年3月9日

読むのにかなり時間がかかった。。 ただ、長くても文章の読みづらさは感じなかった。 筆者の論、というよりも参照先に興味深い物が多く、読みたい本が増えた。
- コメント(0) - 2016年2月25日

酷い、の2文字に尽きる。国内外の大文字思想家のコラージュで固めた反原発。引用の美学。思想家名/頁 が高すぎてキラキラしている。著者の主張は「私はこう思う」の域を脱していない。これは何も加藤に限ったことではなく、日本のこの手の著者に多くみられるのだが。例えば「アガンベンによれば、このアリストテレスの定義を参照して、フーコーは、(略)」。脱力。ポストモダンとは距離を置いていたらしいが、これはポストモダンの澱だらけ。さらに主観的で素朴なアンチ文明論が通底している上に、マルクスの亡霊に取りつかれている残念な書。
- コメント(0) - 2016年2月4日

おそらく3つの問題がある。①近代は人類を「無限」と考えたという前提に立っているようだが、果たしてそれは本当か。おそらく筆者が言いたい「無限」とは、正確には「無際限」のことであると思われる。②原発をきっかけに考え出した論考なのだが、原発とその他の技術を同列に語ることの根拠は弱い。③第5章の題が「偶然的契機であろうとする意思」とあるのだが、これはその言葉自体で矛盾している。その上、本文中でも十分な説明が与えられているとは思えない。全体的に「スキゾとノマド」と何が違うんだと言いたくなるような感じがする。
★4 - コメント(0) - 2015年10月8日

3.11の後、福島第一原発への保険打ち切りという衝撃的な事実に、どうなるの?どうなるの?と惹きつけられ、近代二分論(ポストモダンとエコロジー)や「リスク社会」などの考察は、興味深く読んだ。「オーバーシュート」「力能」「ビオ・システム」「コンティンジェント」あたりは、あえぎながらも、大規模化高度化の技術革新として何とか理解できた。でも、「ビオス」「ゾーエー」あたりは、なんか違うような気がした。
★24 - コメント(1) - 2015年9月11日

加藤さんの著作には、何度も嚙締めたい警句と提言にあふれ目から鱗の連続です。とりわけ本作は311後の考察において自身の変遷を正直に述懐された論究です。生命種としての人間をとらえ種の根本命題に迫ります。とにかくスリリングで説得力に満ち、繰り返し紐解きたい一冊です。◎
★3 - コメント(0) - 2015年4月28日

 筆者のいう「無限」あるいは「有限」が、時間的なものなのか、空間的なものなのか、あるいか可能性のそれなのかが明瞭に区別されていない点が少しわかりにくかった。むしろ意図的に区別していないのかもしれないが。
★2 - コメント(0) - 2015年4月20日

【BOOK(2015)-045】!!!!!!
- コメント(0) - 2015年3月9日

著者の戦後論に関しては明快で分かりやすいし,多くの議論を巻き起こしそうで面白い.が,本題の人類・世界の有限性の論考に関しては,結論に至るまでの道が長く険しく,正しい理解が及ばないことも多く,辛い...有限性は多くの人が既に感じていないだろうか?その世界では,できないことを前に「イエス」と言う,「しないことができる力」を行使,とあるが,そうはできない人が殆どではないか?難解でした.
★2 - コメント(0) - 2015年3月8日

「3.11が起きるまでなぜ私は未来ことをそれほど考えずにすんでいたのだろう」という最初の問いは私にも共感できるものがあったが、加藤氏の延々と続く思索の旅についていくのは正直しんどかった。有限性の時代を生きていくために我々自身の欲望とどう向き合っていくのか。その結論に贈与という言葉が突然出てきてちょっと戸惑ったが、この結論は今後自分自身でじっくり考えてみたい。並行して語られる戦後問題の解釈は具体的で理解しやすかった。特に“戦後日本はバビロン捕囚と同じだ"、"戦後憲法はアメリカからの贈与である"が印象的だ。
★17 - コメント(0) - 2015年3月8日

著者は、3.11原発事故への保険打ち切りから思考を広げ、私たちが生きる環境として有限性を前提に考えなければならない中、どう生きるべきかを問いかけます。著者の結論は、「できないこと」を前にYESと言うこと。それを受け入れ肯定することです。私なりに考えると、多数の日本人の宗教観・思考からは、ポンとたどり着く結論に思えます。しかし裏を返すと、著者の辿った「苦しみの思考回路」が抜け落ちてしまうことが欠点です。本書はそこを緻密に論じた書物であり、この本を1頁目から丹念に読み続けたことで、新たな地平を得ました。
★12 - コメント(0) - 2015年1月15日

56
「することもできるし、しないこともできる自由」は果たして自由なのか。人間は「する」か「しない」かのどちらかを選択したがるのではないだろうか。「することもできるし、しないこともできる」という不安な状態に、人間は耐え切れるのだろうか。早く結果を出したいと思うのではないか。 「個人→人類→生物種」と進めて考えることは、まさに無限性の考え方ではないか。生物種としての人間が有限性にぶち当たったらどうするのか。 とても面白かったが、後半から首をひねることが多くなった。
★2 - コメント(0) - 2014年12月17日

成長が行くところまで行くと笑いが消える。社会変動の中で守るべき生命、贈与、希望・・・文明の根本が難解な参考文献に沿って哲学されていて、通読は困難でしたが、必要を捨ててまで新しい歓びをとった「ウォークマン」の例は腑に落ちた。技術ではなく人間の側の動機の改変、次のフェーズに移るキーワードは価値観の転換にありました。人の思考を押し出す契機が3.11だとしたら、有限の世界に放り込まれることで、その思考はより深く強くなっていく。以下、以前に感銘して書き留めていたメモです→
★39 - コメント(6) - 2014年11月15日

進歩する技術にそれをカバーするリスク処理能力が追いつけなくなってしまった、ということかなー正直よくわかりませんでした。
★5 - コメント(0) - 2014年11月9日

まるで理解できていないのだが、原発が大型タンカーや巨大化学プラントと同列に扱われるのには、非常な違和感を覚える。人はたしかに多くの手に余るものに手を出してきたが、原子力はエネルギーの大きさ、除染の困難さなどレベルが違う。今、我々が本当に今までとは不連続な地点に至ったのならばそれはそれで非常に興味深いが、一番感銘を受けたのが、本のタイトルが詩的であるというのは、やっぱり読者失格?
★3 - コメント(2) - 2014年10月30日

いや~、難しかった。正直、よくわかってません。3.11にて人類(日本人)は科学の力では返済しきれない負債を科学技術によってつくり出したことを目の当たりにする。科学の力は技術革新により新しく生まれ変わるという無限の可能性(楽天性)のなかで、限界(有限性)に突き当たった今、私達はどう生きるのか。残された資源を大切にとか、持続可能性を追求しましょうとか、いうことではない回答へのヒントが示される。やってもやらんでもええ自由の獲得。できないことを受け入れ肯定すること。…と、感想も、わけわからんものになってしまった。
★15 - コメント(9) - 2014年10月26日

〈限界超過生存の時代〉を人類が生きていることを受けとめたうえで、どういう考え方があり得るか。難しすぎる。しないことをできるって、できるか。欲深な人間だぞ。生命種としての人類を考えるか。三木成人なる生物学者の援用は面白かったが。
★1 - コメント(0) - 2014年10月18日

重要なことが書かれているように思いつつどこか昔からの議論の繰り返しのようにも感じた 一本好きには手強い本だ 「しないことができる」とは「知足」に近いような気もする ゾーエーとビオスなど難解な言葉だが 二元論-心と体 理性と感情-の系譜上にあるように思える ゾーエーが生物的欲動でビオスが理性的存在とするとゾーエーを語るのはビオスでしかないことの限界を感じる 
★1 - コメント(0) - 2014年10月5日

3.11を経て、今後我々が模索すべきあり方、考え方、哲学を扱った本。「有限性」に関してわたしも敵も見方が浅かった・・・!近代産業に再帰的でない臨界が予め織り込まれていること、エコロジー理論が何故勝利できないのか、特に持続的成長と矛盾に関して「イリイチ(必要)とバタイユ(歓び)」を通してみた考察などなど、瞠目の連続でした。タイトルから想像できないくらい人間・人間・人間ときて、「『わらの犬(ジョン・グレイ)』と戦わせたら白熱しそうだな~」と思い始めた途端、最終章の最後の最後でまさかの・・・です。いや面白い。
★6 - コメント(5) - 2014年9月29日

高橋源一郎氏との共著「吉本隆明がぼくたちに遺したもの」で著者の言説に初めて接し、3.11後に我々が模索すべきあり方、思想、哲学について同氏から何らかの立論があるものと待っていた。3.11フクシマが提示した問題を産業革命以降の近代を俯瞰することで明示し、「有限な生と世界を肯定する思想」に正面から立ち向かい新たな手掛かりを得ようとする熱意が伝わってくる。Ⅳ章以降の言説は個人的に意識してなかった事が多く新たな示唆を受けるとともに、その視点で読み解ける状況に盲が開けた。手元に置いて何度も読むべき本を見つけ得た。
★17 - コメント(0) - 2014年9月12日

消費増税10%で約10兆円の増収(15頁)。だからといって、国の借金は来年には1100兆円を越えてくる。桁違いの借金の内実が問われよう。 原発事故を巡り、無₋責任の世界が現出してくるという(17頁)。責任がとれきれない問題。人間の窮極の目的とは、ゆたかさの内実である、幸福、自由、希望(60頁)。これらが金持ちにしか必要条件を与えない世の中では先進国とは言えないのではないか。ガルブレイス、ボードリヤール、ベックなどの主要な論理を回顧しつつ、今後の社会像を想像していく。 
★30 - コメント(3) - 2014年8月25日

本の最後の最後に日本の戦後の問題の解決に向けての提言が記してあるが、これ、誰が実行するのか(日本の、ということだが、世界中どこにでもある事案です)。当然、政治屋がこんな事するわけがないし(知力・能力レベルが足りなくて、できるわけがない)、では、加藤さんの言うことを生物種として本能から納得できる“まともな”一般の人々が、草の根レベルでそういう行動を取ることで解決できるのか・・・・・。なんか、そんなこと悩んでいるうちに人類の有限(期限)が来てしまい、地球上から消えてしまうんだろうな。
★4 - コメント(0) - 2014年8月24日

311から始まって原理的な文明論に遡行する。なぜに迂遠なのか、なぜに抽象的なのかと思ったら、あとがきで息子の交通事故死が記されていた。著者にはオーソドックスな文芸評論書いて欲しいとも思う。
★1 - コメント(0) - 2014年8月18日

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