愛その他の悪霊について

愛その他の悪霊について
あらすじ・内容
あまりに熱烈、あまりに純情にすぎるその愛は、やはり悪霊の仕業なのか?

18世紀半ば、スペイン王国領だったコロンビアの、城壁に囲まれた町で。狂犬に咬まれた侯爵の一人娘に、悪魔憑きの徴候が。有為の青年神父が悪魔祓いの命を受ける。激しく対峙した二人は、やがて激しく惹かれ合い……。大作『コレラの時代の愛』と近作『わが悲しき娼婦たちの思い出』の架け橋とも言うべき、うるわしき哀歌。

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愛その他の悪霊についてはこんな本です

愛その他の悪霊についての感想・レビュー(146)

女は悪魔憑きと同等の狂犬病と見なされ、修道士は女を愛し、知性が悪魔に憑かれたと見なされる。そう解釈すれば、小説は愛を称揚する宗教の否定だろう。が、事態は単純ではない。悪魔の病に罹った女も悪魔に魅入られた男も、混沌の中である明晰さをもって愛と向き合う。宗教を否定すれば愛が成り立ち、愛を否定すればその逆になる。この二律背反を和解させるために二人は共に悪霊になるのだ。混沌とした南米の熱気の中から明晰なロジックが浮かび上がる。かつて明晰さを混沌へ引きずり込んだドストエフスキー『悪霊』の反転世界が創造されたようだ。
★1 - コメント(0) - 2月10日

本を閉じると、幻想的な情景が脳裏に流れる。悪霊は本当は誰に憑いていたのだろうかと考えてしまう。最後は切ない。
★7 - コメント(0) - 1月20日

マルケスが子供のころに祖母から聞かされた話と自身の体験を重ねて、その時の思いつきによって創作されたという、この序文の時点で物語の力に魅了されてしまった。純愛と悲恋を描いているのだけど、彼らの愛はその他の悪霊によって情熱的に神秘的に飾り立てられ、悪霊は愛と混ざり合い、二人に憑きまとう。しかし彼らが見ていたものはもっとも純粋な愛であって周りがそれを目にすることはなかった。グロテスクのなかに真の愛を。全体に漂う不気味な雰囲気や魅惑的な芳香がいつまでも残っている。
★34 - コメント(0) - 2016年12月8日

久々のガルシア=マルケス。起こりもしないことがこうまで平然と書かれると唸らざるを得ない。彼にしかできないストーリーの編み出し方だ。この作品で描かれる愛は決して褒められるべきものではない。だが、その到達不能さ以外の何をもってしても、人生その人の生き様が込められるものはないのだ。追い払うよりもそれを胸に崖に飛び込む男の勇気に感服。
★10 - コメント(0) - 2016年11月3日

謎めいたタイトルに惹かれ読み始めてみたが、相変わらずのマルケス大変面白かった。終章はもう少し引き伸ばしてエピソードをいろいろ加えてくれても良かったかも。狂犬病に噛まれた悪魔憑きの少女と神父との話も良かったが、「性というのはひとつの才能で、私にはその才能はないんだ。」と一途な愛に猛進する神父に告げる、医師アブレヌンシオの存在に共感を覚えてしまった。静謐な南欧映画を観てるようなイメージで、テーマはもちろん違うがラウル・ルイスの「ミステリーズ運命のリスボン」辺りの映像が、読みながら思い浮かんで来ていた。
★10 - コメント(0) - 2016年9月13日

ああ。自分の受け入れがたい愛が自分の愛した誰かに届いたと知った時の神父の幸福に泣いてしまうよ。「好きだから」といって誰が信じてくれるの。
★2 - コメント(0) - 2016年7月5日

愛を悪魔の惑わしと、悪魔を異郷の神信仰と、ヒステリー症状(文学的な狂気という意味での、かもしれないが)を悪魔憑きと、悲劇的な恋愛を悪魔的な喜劇と、それぞれ読み換えても成立する不確かな手応え(ここに事故死/祟りなどを入れても良いだろう。狂犬病という確固たる病因は否定されている点に注意すべき)。曖昧な様相を示す物語は案の定、序盤に戻って神話的風景の中に溶けていく。
★3 - コメント(0) - 2016年4月22日

愛だけでなく、孤独感や強欲さ、執着心もまた悪霊となりうること。混沌とした植民地社会では誰もがその要因を胸に宿しており、少女を悪霊憑きにしようとした人々もまた悪霊憑きなのだろう。そうして悪霊が蔓延した世界では、愛が成就することのほうが異常であって、破滅への道を辿るのは必然に思えた。だから尚更、少女と神父の見た夢は、鉛色の陰鬱な空気が立ち籠めている現実に反し、無限に広がる純粋無垢な雪景色なのかもしれない。どうか二人の雪原だけは誰にも踏み荒らされることがないように、あらゆるものから自由であるように、と願った。
★21 - コメント(4) - 2016年1月31日

“愛は襲いかかり、愛は奪い去る。残されたのは生の苦悶、死の情熱とこの美しき一篇の哀歌”カッコいい煽り文とタイトル。二十二メートル十一センチにおよぶ赤銅色の髪と少女の頭蓋骨が発掘されるところから始まる序文でもうつかみは十分で、その後の本編は、もちろんガルシア=マルケス風味ではあるけれど、極まっとうな純愛と悲恋の物語が描かれる。いつもの幻想じみた法螺話よりもむしろ、新大陸の持つ宗教や人種の混淆、複雑に入り組んだ関係性とその軋みが前面に出ており、そういう意味でもまっとうな作品であるが、やや物足りない感あり。
★22 - コメント(0) - 2015年12月1日

この本の中でまた気になる言葉を見つけました。フダス・イスカリオテと言う名の奴隷が言い放った一言は衝撃でした。まさに自分に当てはまる言葉なのでした。
★2 - コメント(0) - 2015年10月27日

マルケスのラブ・ストーリーとなると、当然のごとく一直線に愛を語るようなものでなく、その背景となるものをよくよく用意してから、悪霊憑きの少女と神父ついて話を運んでいる。相変わらず細部がふるっていて、小説を読み始めたころの楽しみを思い出させてもらった。心根だけでなく容貌までも醜くなってしまった連れ合いの盛大な放屁に恐れおののくマスティフ犬とか、絶妙な現実感がたまらない。反面、主題が伝承からきているためか、後半はおとぎ話に近づいて、小説としていまひとつ押しが足りない感があった。
★8 - コメント(0) - 2015年10月12日

たしかに、哀歌というという言葉はこの物語のためにあると思った。要約してしまえば安っぽい恋愛談なのだが、吹き荒ぶ物語の暴風のなかでは筋書にはなんの意味もない。二十二メートル十一センチにまで伸びた遺体の髪のためには、かくも無残な物語の暴風が必要だった。司祭からすれば「悪霊」であったものは、当事者にとっては「愛」であった。転げ落ちる石のように、少女に関わる者すべてが不幸になる。少女と神父が無垢であればあるだけ、読み終えてから苦しい。
★12 - コメント(0) - 2015年5月4日

ガルシアマルケスを読むときの一般的な考慮すべき点であるが、これらは実際に起こったことであること。
- コメント(0) - 2015年2月22日

みなが愛という名の悪霊にとりつかれている。現代風に言えば狂気だが、18世紀風に言えばサタン。愛に取り憑かれるその幸福と神秘は、取り上げられた時のその例えようのない喪失感と対になっている。それを予感して人は追い詰められる。でも、狂気のない愛など、本当の恋ではないのかも。Gマルケスは、相変わらず素晴らしい手腕で、悪魔憑きの少女と聖職者の恋を通し、性愛の神秘を見事に描き出してみせる。
★2 - コメント(0) - 2015年1月20日

取り巻く環境の力に屈服させられた二人の話、ではないよね。環境に抗いつつ、漸く見出した希望を、偶然というものに奪われた訳ですよな。まぁあれだ、どこに悪霊評価下すのかってとこに面白みと悲しみを感じた。いずれにせよ、或る非業を悪霊の仕業と看做して之運命と諦念に至る訳ではなく、悪魔ばらいという、彼等の宗教観からすればむしろ当然の悪魔的行為に、ただ直走ることのできる活力を、バカにできるほど逞しく生きてるヤツなんて、どんだけいるんだろーね、今。ずれたコメントだな。しかし、ちょっと軽い。百年の孤独の後やし尚更。
★3 - コメント(0) - 2014年12月13日

性というのはひとつの才能で、私にはその才能はないんだ。愛というのは自然の理に反した感情であって、見知らぬふたりの人間を、さもしい不健康な相互依存の中に閉じ込めるものであり、強烈であればあるほどはかない関係に陥らせるのだ。アブレヌンシオ 現実は悲惨、魂は幸福。
★9 - コメント(0) - 2014年10月19日

再読。初読から10年ほど経ち、記憶の中の物語のイメージと再読した後の感触のズレが楽しめた。再読前まではカトリックのイメージゆえか静謐さが支配する物語として私の中で記憶されてきたが、読み直してみれば静謐どころかあたりはカリブ地域特有の喧騒と熱気に満ち溢れており、そこで燃えるような赤銅色の髪の少女がアフリカの言葉で歌い踊り駆け回る様子が生き生きと描写されるあたりまさにガボさんならではだと、自伝を読んだ後はしみじみと思う。自由に生きることが許されなかった悪霊に支配された時代、ひとりの少女と男の愛の誕生の物語。
★28 - コメント(1) - 2014年8月22日

ガルシア=マルケス、良いです。人間の深層に巣くう悪霊をキリスト教観点で表す。ガルシア=マルケスの表現するものは美しくておぞましい。
★8 - コメント(0) - 2014年8月3日

導入部の数頁の最後に囚われながら読んだ。それなら彼女は絶対に助からないから…。マルケスの小説でいつも感じるのは、キリスト教そのものではなく、それを利用する管理者たち、つまり司祭や神父、修道院長達の愚かさだ。神やキリストが望んだ事とはこんなにもかけ離れたことを彼らはしているという事を証明したいかのように感じることがある。彼女に悪魔を植え付けたのは聖職者なのだ。この小説の題が全てを表しているように思う。『愛、その他の悪霊』。愛も悪霊一つであり、親や聖職者たちが彼女に様々な悪霊をとりつかせ、殺したのだろう。
★72 - コメント(0) - 2014年8月1日

狂犬病の犬に咬まれて悪霊憑きとなった少女と若き(そう若くもないが)神父の真実の純粋な愛の物語。読むのはそんなに大変ではないが中々難解である。宗教観がわからないし、結局何が言いたかったのだろうと思うと難しくなる。しかし嫌いではなかった。タイトルが好みだ。愛と悪霊とは同義語であるのか愛とは何か悪霊とは何かという事について思いを巡らせてみる。悪霊に憑かれた人間はその人自体でなく周囲の人こそ憑かれているかのごとく。愛に憑かれた人もそれに似たり。結局愛とは負であるし善でもあり、そのもの実態は誰にも見抜けないものだ。
★66 - コメント(0) - 2014年7月20日

罪もなく穢れもない、でも無垢とか純真とかそういう言葉とは無縁の姫シエルバ・マリア。中世の新大陸を体現したような魅力的な彼女が陥った閉じられた一室。そこでの、欧州の人文を内側に漲らせたカエターノとの愛の時間、とても官能的ではあるものの、全く「先」というものが感じられない息詰まるよな描写。目が離せない。◇なんだろう、彼女のこの感じ・・・どこかで。そうだ、手塚治虫の怪作『奇子』だ!登場人物たちの書き割りっぷり、まとわりついてくる過去と見えない未来。そういえば、マルケス27年生、手塚29年生、ほぼ同年代なんだな。
★31 - コメント(1) - 2014年7月19日

長い髪、12歳で幽閉される乙女、片目を悪くする恋人、二つ頭の胎児(双子)などグリム童話の『髪長姫(ラプンツェル)』を思わせる。悪霊に取り憑かれたかのような腐敗し堕落したグロテスクな植民地社会。無垢な二人の無垢な愛もこの土地の狂気に取り憑かれ、残酷な最期を迎える。熱風渦巻く南国の夜に、恋人たちの窓辺には静かに雪が降り積もる。恋に火照った魂を安らがせるのは雪の冷たさ。これは定められた恋。遥か昔のスペインから時を超え、ガレオン船によって運ばれ、この地に転成した恋。
★46 - コメント(0) - 2014年6月24日

ちょー嘘くさい序文から、出オチの感が強い。「純愛」をストレートに出すために文章の密度を落としたのか、単に老いただけかは知らないが、文章の膂力が弱ってややも観念小説に流れそうなところが、いまいちハマれなかった。『コレラの時代の愛』の後だけにそう感じただけで、実際はそんなブーたれるほどのものでもないのだろう。
★4 - コメント(0) - 2014年6月7日

南米の風土感や魔術の流れのひしめく感じは共通していても、百年の孤独のように人物相関と時の流れだけ追って楽しいって側面のある話じゃない。太陽燦々の新大陸というアウェーフィールドで、奴隷たちを支配して生存するキリスト教と白人たち。孤独な両親から愛をもらえず、蛮国の文化になじんだシエルバ・マリアに悪霊は憑いてたのか?彼女は確かにカエターノ・デラウラ神父を愛すようにはなっていた。一方の神父も結局宗教よりも愛を取った。そうして来る破滅。難解だけど、文章を読む事自体が楽しい作者でもある。
★4 - コメント(0) - 2013年10月24日

交わることはあっても決して同じ方向には向かわない人生というものがある。人は運命とか宿命とかという言葉で諦念をもって受け入れたり、宗教のなかの理念に解を求めたりする。時代はスペイン入植時代のコロンビア。支配するスペイン人といくばくか残ったインディオ、そして労働力のために奴隷として連れて来られたネグロイドの世界の中で権威を振るうスペイン・カトリック教会と修道院、そして特権階級の間で弄ばれる両親の愛に恵まれなかった少女を中心に展開する愛憎と哀しく、儚い人生の物語。そう、G・マルケスの小説はいつも五感を刺激する。
★6 - コメント(0) - 2013年7月20日

気が滅入る話だった。宗教が持つ閉塞感と、それを超越した愛があったのだが、結局誰ひとり救われてない。南米が持つ独特の魔術的で堕落した雰囲気と、キリスト教が持つ規律。規律の方も魔術的というか、幻想に彩られているのだが。そしてそのるつぼと化した場所で、少女と修道士の情熱だけが純粋に見える。でもハッピーエンドは「安い話」になるのだろうか?でも僕はそっちの方が好み。
★3 - コメント(0) - 2013年5月31日

p
結局、愛とは悪魔とは神とは何か、わからぬまま錯綜する人びとのお話。わたしにもわかりません。
★1 - コメント(0) - 2013年4月29日

少女の髪の毛のように、長くてミステリアスな話。
★1 - コメント(0) - 2013年4月27日

比較的地味でこじんまりした、長いけど短編のような読み心地の小説と思った。神学議論等々のバカバカしさがコミカル。「百年の孤独」にもインディオになついて言葉をなかなか話さない少女というキャラクターが登場したように覚えているが、あのレベルの大長編を何冊も書いた後で何かを書くというのはすごく大変なことなんだろう。
★2 - コメント(0) - 2013年4月19日

s_i
文体に対してメリハリがないところが裏目に出ちゃうな。
- コメント(0) - 2013年4月5日

少々冗長な気がするし、百年の孤独に見られたような緩急がないようにも見れる。ところどころ面白いのだが、上手く際立たせられていない印象。
★1 - コメント(0) - 2013年3月31日

「うんこ」について明け透けに描写するだけで、一気に数百年前の雰囲気になるのです。人がうんこで遊ぶ限り、近代は訪れないのです……。
★3 - コメント(0) - 2013年1月23日

犬に噛まれて狂犬病になった少女の話。如何にもノーベル文学賞狙いっぽい小説で、好きでも嫌いでもない。もうちょっと南米の宗教観を勉強してから読みたい感じ。
- コメント(0) - 2012年9月30日

弱者蔑視がかなり酷い、時代的なものがあるのだろうけど
- コメント(0) - 2012年7月25日

タイトルの意味が気になる。「愛その他の悪霊について」って、愛も悪霊のうちの一つみたい。その他の悪霊もシエルバ・マリアに憑いてた奴というより、自分の娘を愛さないような心の持ち主とか、みんなの嫌なところのことを言ってる感じ
★3 - コメント(0) - 2012年3月27日

S
悲恋の話し。異端審問とか悪魔憑きとかって怖いなぁと思いました。あっさりしてるといえばしてるのだけど、やはり設定や描写がおもしろかった。シエルバ・マリアの両親の廃頽ぶり、なんか美しくてよかったです。ガルシアマルケスの文章には雰囲気があって頭の中で映像になりやすくて、読後映画を観たかのようなビジュアルイメージが焼きつくなぁと思いました。
★2 - コメント(0) - 2012年3月18日

人を愛するということに、これほどまでの混沌がつきまとうとは……。シエルバ・マリアとカエターノの恋は啓示めいているが、実は至って純情なものだ。しかし、修道院側にとって、いやこの地域の彼らにとってはなおさら、愛の受け入れがたい側面を、その混淆した文化によって浮き彫りにされていたのだろう(シエルバ・マリアは黒人風俗に通じてもいたからなおのこと)。しかし純粋に愛に生きようとするものにとっては、彼らこそ緑色の目をした悪霊であり、サタンだった。誰の中にも、悪霊の萌芽はきっとある……。愛とはこうも粘度のあるものなのか。
★4 - コメント(0) - 2012年2月20日

愛その他の悪霊についての 評価:82 感想・レビュー:49
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