武士道とキリスト教 (新潮新書)

武士道とキリスト教 (新潮新書)
あらすじ・内容
武士道は愛することと見つけたり。牧師にして小野派一刀流第17代宗家が説く、混迷を生きる心得。

武士の切腹は宣教師の殉教に通じる。「義」は「愛」に呼応する――武士道とキリスト教の根幹には、驚くべき共通点があった。牧師である著者は、日本屈指の剣術家というもうひとつの顔を持つ。礼拝が終わると教会は武道場に早変わり、将軍家指南役を務めた小野派一刀流・第十七代宗家の稽古が始まる。「格好だけ良いのは本物でない」「魂とは私という人格である」……人の生死を問う二つの「道」を究めて得た、いま日本人に必要な智恵。

あらすじ・内容をもっと見る
186ページ
56登録

武士道とキリスト教 新潮新書巻の感想・レビュー(34)

日本の政治家にないもの、武士道精神。恥を知る、他言はない、礼儀正しいこと、誇りを持った生き方。程遠い、自腹を切らない恥ずかしい今日の公務員乞食根性。強い立場で偉そうな人は、見ていて恥ずかしい。 人間の優しさを持たず、助ける手を差し伸べなくてなんのための宗教か。 愛を通しての人間教育。感じる心を持たない人間を宗教は救えるか。 犯した罪と償い、刑罰、刑期ってなんだろう。 自然な死に方は選べないからこそ、どう生きるかが問題だ。 動じない本当の優しさに勝るものは、ないな。誠実さが安心安全を与え合う。
- コメント(0) - 2016年10月13日

武士の義を極め得た小野派一刀流。「先の先」を読む。気を入れれば、ァッというまに太刀は跳ね飛ばされ、気を入れねば、ァッというまに親指を切られる。恐るべし。刀を極めれば愛となるそうな。武士は君主のために死ぬ。イエスは十字架に掛かり人間のために死んだ。愛はその人のために死ねるかだ。自動車免許証の裏に署名あるでしょ、あれね、空欄にしてたのよ。死んで切り刻まれるの嫌!って感じ。でも、今、抵抗なく署名してる。イエスの愛を知り、神の国と義を知り、死の先を知り得たから。人はなぜ生を受け死ぬのか。武士道と聖書に答えがある。
★19 - コメント(0) - 2016年5月8日

牧師であり、小野派一刀流の宗家でもある著者が、キリスト教と武士道の両面から生き方を問う一冊。その共通点を説くと共に、互いに足りないところを補完しあう関係が語られていた。でも、ちょっと無理があったかな?読みやすくはありました。★★★☆☆
★32 - コメント(0) - 2016年3月31日

あまり目を通す機会のないキリスト教の精神について、武道・武士道の関連から、わかりやすく解説している。これまでも、キリスト教の解説書を読んだが、大変理解しずらかった。ここで述べられている事柄は、ほんのさわりに過ぎないかもしれないが、日本の武道・武士道にすこしでも関心があるならば、キリスト教への理解を進める一助となるかもしれない。
★1 - コメント(0) - 2016年3月15日

笹森建美。基督教牧師にして小野派一刀流宗家。読み終えたとき、自分の世間知らずを恥じたーー。本書の中で語られたキリスト教と武士道の共通点、相違点はどれも得心のいくものばかりである。著者は義に、愛に、日本人が大切にしてきたものはキリストの世界でも大事にされてきたものであったという。。宗教家として、武道家として2つの道を歩んできたようにみえる著者だが、実は日本人として歩むべき一本道をただひたすらに歩いてきたのだろう。父笹森順造も凄いがこの著者も相当の傑物である。
★1 - コメント(0) - 2015年7月31日

一刀流にもキリスト教にも興味があるので読んでみたが、たいへん分かりやすい。双方に興味がなくても、歴史についても触れられているのでおもしろく読める。新渡戸の『武士道』や『葉隠れ』、内村鑑三・クラーク博士らにも言及している。特にキリスト教徒一刀流の考え方の類似点が興味深い。
★3 - コメント(0) - 2015年2月25日

小野派一刀流17代宗家にして牧師が語る「武士道とキリスト教」。はてさて奇妙な取り合わせと、誰しも思うだろう。新渡戸稲造や内村鑑三の例を引きながら、その「必然性」を説いていくのだが、んーーーん、やや牽強付会の感あり。読んで興味深かったのは、やはり小野派一刀流の極意に関する章だ。最初の一太刀で相手を倒す「切落(きりおとし)」の業。車輪前転・二つの目付など、居合道者としてはフムフムな業だ。
★3 - コメント(0) - 2013年4月13日

著者は剣術の達人で牧師という特殊な人物。自身の知識や体験、見解から少し強引に武士道とキリスト教を引っ付けようとしてる印象。どちらもつかみ所がないという意味ではこうするしかないのも納得出来る。特定の、また強い宗教心を持たない日本人にとって、武士道がひとつの信仰であったことは事実だと思う。書き方は柔らかく、わかりやすいのに重みがあり、共感できる部分は多かった。
★3 - コメント(0) - 2013年4月13日

○武士道とキリスト教には、非常に多くの共通点があって、キリスト教には武士道精神がとても重要 ーー ○「武士道」の時代、幕末〜明治を振り返りながら、教会が武士道を必要とする理由、また武士道がキリストを必要とする訳を語ってくれます。 ○薄く読みやすく、内容も充実した良書です。柔らかい言葉遣いで、縁側に二人で腰掛けながら、日本茶を飲むような感覚で読みきることができました。笹森先生ありがとうございました。
★1 - コメント(0) - 2013年3月11日

牧師でありかつ、小野派一刀流第十七代宗家でもある著者が、武士道とキリスト教の共通点に関して語った本。まぁ、宗教なり古来のスポーツなりは、多かれ少なかれ同じような思想が根底に流れているのは間違いない気がするけど...つまり、別に武士道とキリスト教に限った話ではない気がするけど... (^_^;;;
★12 - コメント(0) - 2013年3月11日

信仰という絶対的な価値観を持たない日本人が、道徳観を持ち、自らを律することが出来るのは、常日頃から武士道精神を持って生きようとしているから。武士道精神は、先人から教え続けられたことで、日本人のDNAに染み込まれていることを考えると、勉強し、娘に教えなければならないと思った一冊。
★1 - コメント(0) - 2013年3月2日

プロテスタントの牧師であり剣術の宗家となれば、これほど武士道を語るには適任はないだろう。武士道との共通点は個人的に神との契約なのか、忠君なのかという違いだろうと思っている。そういう意味では、共通点はあるけど、やっぱり圧倒的に「愛」や『救済」というのは、的確な答えは見いだせなかった。ただ、矛盾の中で教えを説いている牧師さんの誠実さが伝わる内容であった
★3 - コメント(0) - 2013年2月19日

 駒場エデン教会の牧師であり、小野派一刀流第17代宗家である著者が、武士道とキリスト教の根幹には驚くべき共通点があると説く。  「武」とは「戈」を止めると書く。戦いを止めることこそ「武」の意味するところである。武士道とは、人を支配するとか、自分が強くなる道のことではなく、人に対する思いやりや敬意を持って生きる道を究めることであり、人々の安心した生活のために、誠心誠意を尽くすことであるという。    そして、キリスト教が求める倫理性は、武士道が既に実践してきたものであり、日本人にとって何ら珍しいものではな
★2 - コメント(0) - 2013年2月17日

学生時代、著者の父である笹森順造先輩(当時、全日本学生剣道連盟会長)に薫陶を受けたので、興味深く読ませていただいた。
- コメント(0) - 2013年2月1日

今読んでいるみんな最新5件(2)

12/16:Ai
06/15:Kay

積読中のみんな最新5件(3)

07/27:謙信公
07/08:チカ
02/26:epitaph3

読みたいと思ったみんな最新5件(17)

03/31:ホームズ
05/27:みどり
03/07:半木 糺
11/25:yoshiko
武士道とキリスト教 新潮新書巻の 評価:88 感想・レビュー:15
ログイン新規登録(無料)