河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙の感想・レビュー(687)

地方に根付く新聞社の存在意義とは何か?震災を通じて、一人ひとりがそんな問いに直面した様子が伺えた。少し大げさですが仕事とは何かを考えさせられました。
★2 - コメント(0) - 3月23日

何をすべきか。何ができるのか。自問しながら懸命に情報を発信し続けた人々の記録。そして、あの日起こった震災の記録。毎日目を通し続けた誌面を今改めて目にし、色々な思いが込み上げる。日常に呑み込まれて忘れてしまいそうになるけれども。こうして振り返ることは大事。「新聞製作、輸送、配達」何一つ欠けても新聞は私達の元には届かない。あの災害に見舞われた直後、新聞の発行を成し得た河北新報社。それがどれだけ大変な事かは被災地にいた私は少しは想像できる。彼らがどんな思いで記事を書いたのかを今知ることができてよかった。感謝。→
★88 - コメント(8) - 3月7日

随所で涙腺崩壊。自分、ちょっと情緒不安定なんじゃないかと思うくらい…。報道のあり方についてはいろいろな議論があるが、報道に関わる人々の箇々の「顔」が見えて読み応えがあった。
★2 - コメント(0) - 2016年10月14日

東日本大震災が発生したとき,宮城県の地方紙である河北新報は何を行い,何を考え,何を紙面に残してきたのか.被災者を取材する河北新報の社員も被災者であり,だからこそ,被災者に寄り添うように,被災者に役立つように努めつつ紙面をつくっていく.極限状況のなかでも,一回も休刊することなく情報を提供していたのも,その思いから来ているのだろう. 新聞の危機が言われ続け,さらに災害時の対応の拙さなど言われているなかで,「地元に寄り添う姿勢」がある地方紙は,生き残っていくのではないでしょうか.
★4 - コメント(0) - 2016年8月4日

もう、30pで身体が震えた。当時高校一年生、震源とは遠く離れた九州でも、津波や原発に関する報道を見て冗談抜きに日本は終わりだと思った。 知ったことによる恐怖があれば、知らないことによる恐怖もある。 災害時の報道に関しては本当に必要なのか、被災者の心情や救助活動に悪影響があるのではないかという意見もある。自分も広島土砂災害や熊本自身の現場に行って同じ疑問を抱いた。 けれど地元に密着して、伝えることで少しでも被災者の不安を和らげようと働いた人々を思うと、やはり地方紙、民放の役目は大きいと感じる。
★5 - コメント(0) - 2016年6月9日

東日本大震災から既に5年が経過し少しずつ人々の記憶から消えかけている。しかし、被害を受けた人々にとっては、まだまだその傷は癒やされてはいない。この本は、地元新聞社が震災時、どのように対応したか、記者達の活躍、その裏にある苦悩を描いている。今なお福島では多くの人々が地元に帰ることが出来ない状況が続いている。また、最近では熊本、大分で大地震が発生した。すべての国民が、こうした災害を自分のこととして考え、被災地に寄り添うことが求められていると思う。
★3 - コメント(0) - 2016年5月8日

あの東日本大震災直後も休む事なく新聞を製作・配達し続けた河北新報の記録。報道とは、欲しい情報を欲しい人に届ける事。自らが被災者であるが故に、被災者に寄り添う報道という発想が新鮮。非常時においての心構えは連帯すること、備えること、覚悟すること。
★2 - コメント(0) - 2016年5月5日

地震・津波・原発事故とパラレルな三重苦に政府・自治体も翻弄された東日本大震災。自らも被災者として、地元紙として見出しの語句に気をつかったり、センセーショナルな写真掲出の是非など、地元に寄り添った紙面作り、河北の人間であるという想い。ブンヤの意地と矜持を見た気がする。媒体がどう変わろうと、結局ヒトが駆け回って得た新鮮な情報を世間は渇望するものなのだと。
★4 - コメント(0) - 2016年3月22日

東日本大震災後の東北の地元紙「河北新報」が発災からの事を各記者の目線で描かれたドキュメント。自分達も被災者であるにも係わらず、何が起こったかを伝える意識を強く持ち続けている事がわかる。普段は便利な携帯やインターネットなどは災害時は全く役に立たず、現地の人々は、どこで何が起こったかを知る術もなく不安が増す。そんな中で活字新聞の有り難さが分かる。しかし記者の立場からの葛藤が描かれており、記事にしてよいものか等の苦闘が理解できた。全国紙には出来ない地元に密着した取材、情報提供で気持ち的に救われた人も多いと思う。
★85 - コメント(0) - 2016年3月11日

[ふんばりの記録]「河北新報」が組んだ特集の題名にもなっていますが、新聞社の方々が、そして何より被災地の方々が、東日本大震災という限界下において「ふんばる」様子を克明に記録しています。今後も貴重な記録として読み継がれるであろうし、ぜひ読み継がれてほしい一冊です。
★4 - コメント(0) - 2016年3月11日

イベント【東日本大震災・あの日を忘れない】参加の読書です。東日本大震災直後自らも被災した河北新報社が、休刊せずに取材して新聞を発行し続けた姿を記録したルポです。情報が満足に得られない状況で、着の身着のまま避難所にきた被災者の方たちにとって、新聞は情報を得ることができたほぼ唯一の手段だったようです。先に読んだ彩瀬まるさんのルポでは、ニュースで情報操作を疑う記述があったのを考えると、河北新報社の記者たちが果たした役割は大きいと思いました。災害と報道、地方新聞紙のあり方を考えさせられる内容でした。
★87 - コメント(0) - 2016年3月9日

東日本大震災直後、被災地である東北で新聞を刊行し続けた地元新聞社の姿を記録したもの。記者の中には、地震や津波被害で大変な時に新聞を刊行し続けることに意義があるのかという葛藤もあったようだが、情報が満足に得られない状況下で、着の身着のままで避難所に避難してきた被災者の方たちにとって、新聞は情報を得ることができたほぼ唯一の手段だったようだ。こういう時には、やはり新聞の存在は大きい。新聞社自体も大きな被害にあいながら、休刊せず新聞を刊行し続けたことは本当にすごいことだと思う。読んでよかった。
★15 - コメント(0) - 2016年3月1日

東日本大震災にさいして、地元紙・河北新報が、震災の時にどのように対応し、どのように伝えたかを克明に記したノンフィクション本です。河北新報は、宮城を本拠に、東北をエリアとするブロック紙です。沿岸部にある支局、販売店は軒並み被災しました。そんな、会社が大変な中、号外を出し、翌日の朝刊を出し、以降も新聞は途絶えることなく発行し続けたわけです。東北人の意地をとても感じましたし、自然災害の恐ろしさを感じました。被災者の皆さんの生々しい現実もとてもよく分かったような気がします。いつまでも忘れないようにしたいです。
★45 - コメント(0) - 2015年12月15日

河北新報が、あの日から何を見聞きし、何を伝えたか...のドキュメンタリー。大震災を知る手がかりになればと。地元紙というメディアとしての在り方や、記者としての生き様に苦悩し、決断し、自問を続けている姿に、そして刻々と変化していく被災地の状況に、途中で本を置くことができなかった。記者であり被災者である人々の言葉が胸に迫る。
★6 - コメント(0) - 2015年11月17日

本書の前半は、東日本大震災で自らも被災した河北新報社が、被災後も休刊せずいかに取材して新聞を発行し、読者に受け取ってもらったかを書いたドキュメンタリー。後半は被災した地元紙として、いかに被災者に寄り添った紙面を作っていくか、その過程と葛藤を社内アンケート結果を交えて書いている。私自身仙台出身で一番親しんだ新聞。そろそろ落ち着いて本書を読めるかと思ったが、署名記事を元神戸新聞記者の方に読んでもらった件のところで思わず涙が出てしまった。今現在も河北新報社はいかに読者=被災者に寄り添うかを模索しているのだろう。
★7 - コメント(0) - 2015年9月4日

【図書館本】被災者に寄り添った河北新報社員たちの全記録。新聞社らしい硬質な文面の中に人間の生きる力を見たような気がして、何度も涙が溢れそうになった。「あの時の決断ははたして正しかったのか」今も続く記者達の煩悶、苦悩は計り知れない。遠く離れたここでも大きく揺れたあの日の恐怖はこれからも忘れないだろう…。「ごめんなさいね、ごめんなさいね…」ヘリから被災地を空撮したカメラマンの呟きがいつまでも聞こえてくるような気がする。
★29 - コメント(1) - 2015年8月29日

地元紙がいかに震災を乗り越え新聞を発行し乗り越えたかが分かるが、いささか自社の自慢話の感あり。
★2 - コメント(0) - 2015年8月20日

震災後一ヶ月の貴重な記録。仙台出身として、いつか読もうと思いながらやっと手にした。記者らしい硬質な記述から、全ての人の、報道への使命感と共に、各々の立場での葛藤や苦しさ、迷いや疲労なども生々しく感じられ、胸がつまる。この未曾有の状況の中、一日も休まず新聞を発行し配達し続けたこと、一ヶ月の区切りで社内アンケートをとり記録としてまとめたこと、そして後の検証報道等、地元新聞社としての強い意思と東北への想い、先を見越す目を感じた。地震に対する経験や心構えがあったからこそ可能だったと思う。今こそ広く読まれて欲しい。
★10 - コメント(0) - 2015年7月15日

K
自らも被災者である河北新報の方々が、あの状況の中で新聞報道に社会的使命を見いだし、それぞれがその時できることを精一杯やっていらした様子に胸を打たれる。ロジスティクス的にも、社員の体力・精神面でも追い詰められながらも、組織として有効な手を次々打っていく様もすごいが、その中で地域密着という社の大原則を守り続けていく姿が印象的。全国紙がスクープ的に用いた衝撃的な写真の掲載を、地元の方々の心情に配慮して見送ったというエピソードや、各人が取材のあり方や言葉の選び方を自問自答しながら仕事をしている様子も心に残った。
★8 - コメント(0) - 2015年6月15日

T
人間の強さ、情熱、迷い、悲しみ、色々なものが伝わって来ました。 河北新報社さんの、打つ手の素早さに驚嘆しました。新聞を休まず届け続けるという前提に少しの逡巡も見られなかったところにも。 いざという時、自分は何ができるのか、もしくは何もできないのか、それまで生きてきた日々で蓄積してきたことが問われるようで、身の引き締まる思いです。
★20 - コメント(0) - 2015年6月11日

震災から数日間を主にフォーカスし、河北新報社の様々な立場の人たちの「その時」の行動、想いを記したもの。そこにいる誰もが被災者で、自分たちよりも辛い状況の人に寄り添い、迷いながらも前に進もうとする様子が印象的だった。起きていることを伝えて、記録に残す、ということを地元目線、そして被災者目線で発行し続ける新聞は、ネットが普及した今日でも重要な役割を果たしていると再確認。特に災害時で電気が使えない時はアナログが強い。あの時、被災地では被災しながらも自分の為に誰かの為にみんな必死だった。忘れてはいけない。
★15 - コメント(0) - 2015年6月5日

震災の時、改めて新聞のありがたさを再認識したな。
★29 - コメント(0) - 2015年5月31日

読み終わるまで、想像以上に時間が掛かった。でも、出て直ぐ手に入れたこの本を読み始めるまでには、もっと時間が掛かった。東日本大震災当時、十日振りに繋がった実家との電話で、震災の翌日に河北新報朝刊が配達されて驚いた、と聴いた。その事実の裏に、どれほどの矜持と努力と葛藤があったのか。本書は朴訥な言葉で読者に語る。そして、全国紙と地方紙の差、被災者が被災者を取材する想い、アナログメディアの意義、様々な問いを暗に読者に投げ掛ける。本書は、一地方紙の奮闘を描いた物語ではない。日本に居る誰もが熟読すべき課題図書だろう。
★18 - コメント(4) - 2015年5月20日

使命と矜持。恩義と情熱。私なんかが泣いていいもんじゃないけど、ところどころで涙が溢れて止まらなかった。
★13 - コメント(0) - 2015年4月21日

お気に入りの天の川さんから薦められてようやく借りることができました。これの感想はどう書けばいいのか… ただ「立場による温度差」が被災地にあったことが哀しくなります。当時のテレビの報道では被災地は皆助け合っている、みたいになっていたけど仙台でそんなことがあったのだと知りました。この本は2011年度新聞協会賞(編集部門)受賞していますが、当時の政治家でこの本を読んだ人はどのくらいいるのだろうか? 泣いちゃだめなんだろうけど泣いちゃいました… この本を薦めてくれた天の川さん、ありがとうございました。
★18 - コメント(2) - 2015年4月14日

テレビで見て知った、津波。ぽかんと見るしかなかったけれど、これを読んで実状が肌で感じられた。新聞屋さんがんばってくれてありがとう、と思えました。ほんの少しの言葉の選択に、優しさを感じられるなんて、よい記者さんたちが作っているんだなぁと思いました。
★18 - コメント(0) - 2015年4月9日

忘れちゃいけないんですね。星4つ。
★5 - コメント(0) - 2015年4月8日

臨場感ある内容。震災関連本は何冊か読んだが、新聞社の記者が綴る文章は違うと唸る。まるで今日昨日の事、目の前の事の様に感じ、鳥肌がたつ。また、地元紙のあり方やアナログ手段の必要性も再考する機会となった。昨今は「報道の自由」という言葉を盾に踏み込んだ内容や受け取る側の心が痛む報道も多いが、受け取る地元民に寄り添い、あえてスクープをボツにしたり、表現を変えたりする河北新報の姿勢や魂に敬意を表する。
★33 - コメント(0) - 2015年3月31日

3.11に直面した地域ブロック紙の記録。仙台に本社を置く河北新報は被災し新聞制作の機能を失いながら、1世紀以上に及ぶ無休刊を貫く。地域に寄り添う視点で、限られた時間と劣悪な環境の中、見出し一つにも悩み、熟慮を重ねながら被災地に新聞を届けた。記者、制作、後方支援の間接部門、輸送、配達に携わった人々に心から敬意を表したい。新潟日報、中国新聞、神戸新聞など他紙の姿勢も素晴らしかった。未曾有の災害を前に【報道】の意味が問われる事もあったが、そんな時こそ〈自分達にできる事〉に精一杯取り組むしかないのだと信じている。
★93 - コメント(0) - 2015年3月25日

【図書館本】涙、涙での読了でした。小さい頃からずっとお世話になっている「河北(かほく)新報」。震災翌日の朝、朝刊が届いたことに感激したことを思い出しました。3.11同僚は波に飲まれ、何とか助かり、私は津波が来る前に逃げる事ができた。ライフラインは全て駄目で、情報はラジオのみ。翌朝の朝刊をむさぼるように読んだ事を思い出しました。
★35 - コメント(0) - 2015年3月24日

地方紙が本社、支社、販売所とも被災しながら震災当日から新聞を発行し続ける。「今こそ、情報を伝えることが使命であり、読者への恩返しだ。」避難所で配る新聞はもちろん無料。記者は家族の安否を胸の奥にしまいこんで取材を続ける。みな、被災した人々のために。「死者」という言葉は使えなかった。見出しは「犠牲」。昨日まで生きていた隣人達に「死者」という言葉を付けられな。彼らに絶望している暇は無かった。父が犠牲になったのに新聞を配り続ける兄弟。地元紙だからこそできた人々に寄り添った報道。報道の真髄を見た気がした。感涙必至。
★37 - コメント(5) - 2015年3月13日

当時の事を色々思い出す。
★4 - コメント(0) - 2015年3月11日

再読。こんな想像を絶するような災害時に、何が何でも正確で新しい情報を届けたいと走り回った新聞社の方たち。今一度、心から敬意を表したいと思う。
★14 - コメント(0) - 2015年3月11日

仙台に本社を構える地元紙『河北新報』。新聞製作・輸送・配達に携わる人達の行動記録アンケートを基に刊行された一冊。「死者」ではなく「犠牲」。「原発爆発」ではなく「建屋爆発」。「がんばる」ではなく「ふんばる」。言葉を扱うプロとして、読み手の気持ちに可能な限り寄り添おうとする苦悩があちらこちらに伺える。被災された方の間でも沿岸部と内陸部で温度差があること、治安の悪化、SOSの裏側に見る報道の非力さ・・・全国紙やTVのニュースから知ることのなかった現実を思い知る。思いの外時間がかかったけど、読んで良かったと思う。
★70 - コメント(3) - 2015年3月8日

当たり前なことだが、災害は当日より、事後の日々の方が辛い。つまり災害後の報道こそ我々に責任が重くのしかかる。
★4 - コメント(0) - 2015年3月2日

東日本大震災当時、被害を受けながらも絶やすことなく新聞を作り届け続けた地元紙「河北新報社」の回想記。新聞社といえば取材、編集、印刷のイメージだったけれど、配送も販売店の人々も「新聞社の仲間であり家族」だという姿勢で安否を気遣う姿にジワリときた。地元紙としての役割を常に考え行動しようと奮闘する様子がストレートに伝わった。「あまりにも命が軽くなった現場」と表現した記者の言葉が胸に突き刺さった。
★62 - コメント(0) - 2015年2月18日

JP
こんなにもずっしりと重みのある内容の本にはめったに会えない。その時、そこにいた渦中の人々が、新聞記者という職業の筆力を持って書かれた、ルポルタージュよりももっとリアルな、人のありよう、生き様を描いた集合体のような本。 「東北の人たちと、ともに歩む河北新報は、暮らしを根こそぎにした震災を懸命に伝えることで、苦悩や悲嘆を乗り越え、あすへの希望を立ち直りへの力につなげていきたいと考えます」このメッセージに込められた想いが綴られた、心に残る本だった。
★7 - コメント(0) - 2015年2月11日

ページをめくるたびに涙があふれてきてたまらんかったです。記者たちのジレンマ、自分を守るということと報道する立場の責任との板挟みに苦しんでおられたことが、読んでいて辛かった。でも彼らの活躍があってこそ、私たちは現実を知ることができる。
★13 - コメント(0) - 2014年11月26日

河北新報本社一階ロビーには、この日の新聞がまだ掲示されている。そのうらにはこんな戦いがあったことを改めて認識させられた。私も震災当日は家族を福島において、仙台市内の会社内で被災。立場こそ違えどもその後の体験も似たように経験したし、同じように感じた。記者の書くドキュメントだから、リアリティーも迫力も凄いが、まさしくその通りだ!今さらと思うかもしれないが、やっぱり今だからとも思う。だからこそ読んでいて、涙がとまらなかった!気仙沼や石巻、そして志津川でも復興のお手伝いをしているが、まだまだゴールは遥か先である。
★40 - コメント(0) - 2014年11月13日

東日本震災から早3年半がたち、この頃の記憶は大分遠のいているなぁ、とこの本を読んで感じた。情報のデジタル化が進み、新聞など紙媒体の経営が厳しさを増すなか、震災時に新聞が果たした役割の大きさを改めて思い起こす。それから、どんな職業に就いている人も感じたのではないかと思うけれど、このような状態でも粛々と進めていかなければならない仕事というものが持つ厳しい側面。ライフラインが断絶した時の混乱、新聞社のスタッフを食べさせていくためのおにぎり部隊の活躍など、幅広い視点から東日本大震災を描いた一冊。
★47 - コメント(2) - 2014年11月6日

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙の 評価:84 感想・レビュー:311
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