私の国語教室 (文春文庫)

私の国語教室 (文春文庫)
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私の国語教室の感想・レビュー(87)

戦後、現代仮名遣いが普及しましたが、これは文法上の規則といふものがとてもややこしいものです。さらに、様々な矛盾が含まれてゐます。そのことを福田恆存氏は指摘して、歴史的仮名遣いが、いかに優れてゐるかを説いています。しかし、氏が本当に危惧していたのは私たちの國語に對する無関心でした。國語に對する無関心は今や英語の公用語化といふかたちをとつてをります。言葉といふのは価値であり、文化の基礎であります。もふ一度國語といふものをしつかりと考へなほす端緒として、この本は日本人の必読書でせう。
★10 - コメント(2) - 2015年10月13日

現代仮名遣い、当用漢字で教育を受けた私たちには「歴史的仮名遣い」から「現代仮名遣い」への移行、そして漢字制限ともいえる「当用漢字」の制定について、当時どのような状態であったのかまったく解っていなかった。この本を読んだからといって「歴史的仮名遣い」と「現代仮名遣い」のどちらが良いのか判断ができる訳ではない。しかしながら、「漢字」、「平仮名」、「片仮名」使う母国語の表記について、自分たちは何と無関心であったのだろうと痛感した。
- コメント(0) - 2015年9月2日

「歴史的かなづかひ」のすすめ。昔から時々感じてきた(現代)かなづかいが持つ矛盾の背景と、「語に隨ふ」を大原則とする「歴史的かなづかひ」の合理性が何となく分かった。続くかどうかは自信がないが、本書を座右に置いて日記ぐらいは「歴史的かなづかひ」で書いてみたい。文化の健全な階層性の存在を是とする態度からも、著者のような人こそまともな保守と呼べるのだと思う。<闘う保守政治家>を自任しつつ文科省とともに国立大からの文系廃止を推し進める安倍氏には、著者の爪の垢でも煎じて飲んでいただきたい。
★2 - コメント(0) - 2015年5月24日

無學ゆゑだらうか、余り面白くは讀めなかつた。これでは正字正假名の魅力が上手く傳はらないのでは。
- コメント(0) - 2015年3月17日

著者の意見しか聞いていないから当然だが、現代仮名遣改正の主張は非合理的。よくもこんな政策が通ってしまったものだ。が、修得した現代仮名遣を改める必要は感じない。めんどうだからってのもあるが、現代仮名遣には、著者の主張(書き言葉は音声ではなく語を書いている)が活きてしまっている。氷は「こおり」であり、こーり・こうり・こほりでないのは、氷は「こおり」と書くと決まっているからだ。それ以上の理由はない、そして書き分けを苦にしていない。現代仮名遣論者の主張はめちゃくちゃだった。しかし現代仮名遣は言語だった。皮肉な本。
- コメント(0) - 2015年1月25日

筆者の主張部分よりも、単語ごとに歴史的仮名遣いの事例を挙げた第3章や、日本語の音韻変化に言及した第4章に興味を覚えた。漢語にあった鼻音・入声音の変化など。
- コメント(0) - 2014年6月11日

日本において、日本語は音韻変化をしておらず、現代の我々の感覚においてもそれは根付いてるとの事。「日本人は徹底的にその(口形、息の通路が狭から広に向かう発声法)生理的経済原理に依存し、それに逆う労を取らなかった。」P239 難解な5章を始め、どれだけ私が理解できたか怪しい。が、私は感覚的に母なる現代仮名遣いを受け入れている以上、福田の議論を受け取ることは出来ない。旧仮名遣いの魂を感じないわけでは無い。併し私はそれをあくまで「道具」として、言語行為を深めるためのツールとしてでしか、受け取る事ができないと思う。
★2 - コメント(0) - 2014年1月30日

大事な本。実践したい。
★1 - コメント(0) - 2013年2月18日

私は現代に於て歴史的仮名遣いを常用しようといふ程真面目ではないし度胸もない。けれども基礎的な教養としてそれを身に付けたいし、現代仮名遣いの何を問題としてゐるのか論点は知つておきたい。
- コメント(0) - 2012年9月29日

シェイクスピアの翻訳や保守の論客として知られる福田恒存氏が、歴史的仮名遣い擁護のために著した本。戦後、歴史的仮名遣いが慌しく改正され失われてしまった事はあまり知られていない。本文の最後の一節が印象に残った。自国の文化について改めて考えさせられる。
★3 - コメント(0) - 2012年2月16日

筋金入りの保守主義だ。「何を守るべきか」と云ふことが、有機的、そして眞の意味で合理的に貫徹されてゐる。著者は矛盾した表音主義をとる言語學者たち、と云ふよりも淺薄な唯物思想と借り物の左翼イデオロギーを振りかざすインテリに鋭い刄を向ける。「科學的」な現代假名遣ひが、無意識に正假名遣ひの内に流れる日本語の語意識、音韻意識を抑壓し、有機的な文化の質をズタズタにしてしまふことを徹底的に告發する。孔子以來續く「禮樂」の思想を、つまり近代以來流行りの「變へる」と云ふ思想に對する人間の本質的な原理を感じずにはゐられぬ。
★1 - コメント(0) - 2011年6月13日

日本人が旧字体と歴史的仮名遣いを使わなくなったことは、日本人にとっての大きな損失なのだろうか。そんな、歴史の転換期に生まれていなかった私は、この本を読むまで知らなかった。いろいろとかんがえさせられた本。
- コメント(0) - 2010年11月29日

koz
「言葉は客體であつて、同時に主體である」という主張は近年の電算化でより軽んじられる傾向にある。言葉の持つ深い文化について、外来語を無批判に多用し、文字を書くことすら年に数えるほどにしかなくなった現代においてなお意識しなければならぬ点であろう。なお今回、昭和三十五年版のものを読んだため、旧字体の活版印刷、歴史的かなづかひとノスタルジー豊かに愉しむことができた
★1 - コメント(0) - 2010年10月31日

少数派の意見は過激かつ過剰になりがちだ。崖つぷちにゐるからである。あとがないからである。たとへばローマ字入力をする人間はかんたんに「かな入力なんて近いうちになくなつて当然」といふやうなことを口にする。だがそれはかな入力者には死活問題だ。必死にかな入力の必要性を説くが、ローマ字入力者にはその必死さが伝はらない。福田恆存も、そんなかな入力者のやうな気持ちでこの本を書いたのにちがひない。
★1 - コメント(0) - 2010年2月5日

中公文庫版読破済み。
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言葉の歴史は本當に面白い。そして歴史的假名遣には歴史的含蓄があつた。讀後は辭書等を今まで以上に使ふやうになつたし、文章の讀み方がかなり變はつた。また語源學に興味が湧いて現在少々齧つてゐる。 歴史的假名遣を擁護するか否かは人それぞれだとしても、日本人の當然の教養として多くの人に本書を讀んでもらひたい。
★2 - コメント(0) - --/--

本書を読んでから、友人に送る手紙、メイルも出来るだけ、歴史的仮名遣いを使ふやうになつた。それは、現在でも続いてゐる。
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