納棺夫日記 (文春文庫)

納棺夫日記 (文春文庫)
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納棺夫日記の感想・レビュー(786)

「納棺夫日記」。見るからに死を連想させる表題。著者の中に記されているように、死とはできるかぎり遠ざけておきたい、目を背けたいものである。故に、なかなかこの作品に手を伸ばすことは難しいことだろう。だが、それは非常にもったいないことである。著者は納棺という仕事を通して、死とは何かという命題に対し真摯に向き合っている。親鸞や宮沢賢治、金子みすゞなどなど、豊富な引用を用いながら迫っていくのである。筆者のそういった姿勢が本書の肝である「光」に出会わせる。法然や親鸞の思想は現代でも色褪せることはない。学びを深めたい。
★1 - コメント(0) - 3月17日

<蛆を掃き集めているうちに、1匹1匹の蛆が鮮明に見えてきた。そして、蛆たちが捕まるまいと必死に逃げているのに気づいた。蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた。>2008年の映画「おくりびと」の元になった本。読みたいと思っていたのに忘れていた。映画と内容は異なるんですね。
★50 - コメント(0) - 1月31日

本書に出てくる正岡子規の言葉にはっとする。 悟りとはどんなときも平気で生きること
★2 - コメント(0) - 2016年12月27日

楽しみの多い現代人は生を謳歌するのが人生の素晴らしさと考えるが、生のみが大事なら死とは幸せの終焉であり、暗闇であり負けである。ならば人は絶望する為に生きる事になる。作中に飛行機の例えがあったが(なかったかな?)幼年期は滑走路。思春期は上昇中。安定飛行が30~60代。着陸する為の下降が晩年。多くの人は安定飛行中に事故が起き慌てふためきながら着地地点を捜す事になる。そして多くの人が着地出来ずに大爆発する。死、宗教を考えるとは着地を考える事。若い時から死、命のその先という事を考える事も大切だと教えてくれている。
★3 - コメント(0) - 2016年12月2日

景色の描写が美しく、まるでその場所にいるような錯覚をしました。
★1 - コメント(0) - 2016年11月18日

『おくりびと』のような話かと思い手に取ったが…詩人らしい作家が描く世界はちょっと受け入れがたかった…。読んでも読んでも頭に入らずおんなじ文章を二度も三度も読み返す。難しかったです。
★9 - コメント(0) - 2016年10月3日

地元図書館が長期休暇に入る。故に数冊借りたがすぐに読み終わった。著者は36歳で納棺夫となり、56歳で本書の原本を出版~それが1996年。・・・30歳を過ぎた頃に昔でいう人間60年が過ぎたことに気付き、もう死ぬ準備をした方がいいのかなと思いつつ流されている。インドの男はある年齢に達すると出家をすると聞く。それと同じで人間が生きる目的は1に生きることだが2に真理に近づくことじゃないかと思い始めている。親鸞や宮沢賢治の言う光は、ラマナ・マハルシの言う“意識は真我の輝き”という光と同じだろう。全て繋がってる。
★36 - コメント(0) - 2016年9月27日

文句なしの名著。死体の仕事を通じて理解した、「死」の姿が、「光」に集約されていくという話は感動を覚えた。「死」に対して過剰な忌避を取るのではなく、それらに触れてこそわかることがあるのだと思う。第三章は若干仏教(浄土真宗)寄りの影響が感じられるが、死が光へと導くという話が美しい。
★4 - コメント(0) - 2016年5月16日

実際に、死体に向き合うことから筆者の中に育まれ、詩や宗教、果ては量子論までを引用してめぐらされるその生死感は、現代を生きる私たちに対するメッセージのようにも感じました。
★5 - コメント(0) - 2016年5月11日

納棺を仕事にしている著者の、日記的な、エッセイ的な本。納棺にまつわる徒然エピソードから、生死についての所感など。もともと吉村昭さんと交流があって詩や小説を書いていらした方のようで、とても教養があふれ読み心地のよい文章だった。
★5 - コメント(0) - 2016年4月6日

歌舞伎役者の尾上右近くんがおすすめしてたので読んでみました。仏教はじめ宗教のこと、哲学、科学、いろんなことが書いてあって、勉強になりました。自分では絶対手に取らないタイプの本なので新鮮。
★4 - コメント(0) - 2016年3月17日

「おくりびと」を観たので元となったらしいこちらの書を、と思って購入してから長い月日が経っていた。「穢らわしい」と言われて「ケガレ」「ハレ」について調べてしまう著者をちょっと可笑しく思う。私が病院から帰ってくる途中に見た車窓のあの光景も果たして「不可思議光」であっただろうか。
★4 - コメント(0) - 2016年2月8日

「あらゆる宗教の教祖に共通することは、その生涯のある時点において、”ひかり”との出合いがあることである」……再読。死穢の禁忌が根強く残る北陸地方で納棺夫となった著者の経験談と宗教的考察。昭和50年代でこれほどの職業差別があったことに改めて驚く。とりわけ叔父からの絶縁宣言と妻の「穢らわしい、近づかないで!」はキツい。また後半は、死を日常的に体感する中で逆に生についての暗示である”ひかり”についての考察が興味深い。宗教家のエピソードと併せ、蛆や糸トンボにも啓示的に顕れたという”ひかり”は、命の讃歌にも思えた。
★4 - コメント(0) - 2016年2月7日

【ココロの琴線に触れたコトバ】己の携わっている仕事の本質から目をそらして、その仕事が成ったり、人から信頼される職業となるはずがない。嫌な仕事だが金になるから、という発想が原点にあるかぎり、どのような仕事であれ世間から軽蔑され続けるであろう。
★5 - コメント(0) - 2016年1月28日

★★★★☆映画「おくりびと」の原作となった本ですが、納棺夫を生業とするに至った経緯や納棺作業の状況などが日記形式で描かれています。納棺作業の凄まじい現場の状況も驚きですが、この仕事を通して著者が培った死生観、宗教観が心に強く残りました。著者が紹介していた今際の際の最期の言葉やすべてを受け入れ達観した表情をみせる人々の姿にも人知を超えた荘厳さを感じます。科学や医療の進歩により生命や宇宙の起源が明らかになるとともに死が非日常的になり、宗教の存在意義に歪が生じているという著者の指摘にも感じ入るものがありました。
★42 - コメント(0) - 2016年1月18日

そろそろ私も人生の終焉に向かうお年頃。死というものに敏感になってきた。今はまだ母がいてくれるから実家にも帰れる。爺様がいてくれるから二人で何とか生活ができている。ご近所様を見渡せば如何に独居老人が多いか。死に対して悟りもせず、一人になることのみに恐怖を覚えながら日々を送っている。人が誕生して終焉を迎えるのは生を受けた者の定め。どうせ終焉を迎えるならISなどの自爆テロや戦争の片棒を担いでの巻き添えはゴメンだ。昔から「畳の上で死を迎えたい」と云う言葉があるが・・孤独死では・・否、死んでしまえば分からないかも。
★69 - コメント(5) - 2016年1月9日

最近祖母が亡くなって、初めて納棺・湯灌を目の前で見ました。〈死〉は誰にでも平等に訪れる身近なことなのに、普段は無意識に考えないようにしてしまっているので、改めて〈死〉について考えたくて手に取りました。第三章は難しくて文字を追っているだけになった部分が多々ありました。面白いとか、深く理解できたとかではないけど、このタイミングで読むべき本だったと思う。
★5 - コメント(0) - 2015年12月28日

日記部分はそれほど多くはないけれど、実際に仕事をするうちに湧き上がる疑問にハッとさせられる。迷惑をかけずに『死』を迎えたいと思っているなら、意識の転換と具体的な手立てが必要だなぁ。宗教って・・・。
★9 - コメント(0) - 2015年12月24日

再読。恐らく3回目。以前読んだ時より第3章の仏教に関する考察が煩く感じなかった。構成を知った上で読んだからか。いずれにせよ、やはり味わい深い、いい本だった。手放すのはやめておこう。
★20 - コメント(0) - 2015年12月15日

ずっと読みたいと思いながら読み始めることが出来なかったこの本をやっと読んだ。著者が映画「おくりびと」の原作者となることを拒否したのは知っていたが読んでみてこれ程の覚悟のあるかただったのかと驚いた。己の携わっている仕事の本質から目をそらして人から信頼される職業となるはずがない…人が意識して見ないようにしている都合の悪いものから目をそらさずに、真摯に関わる姿勢があってこそ「光」をみることができたのだと思う。そしてどうしたらその「光」を見ることが出来ますかという質問には何とも答えようがないのだろう。
★19 - コメント(2) - 2015年11月29日

これは映画「おくりびと」の原作で(原作ではないんだっけ?) とにかくモックンが「おくりびと」を作る元となった本である。 一日でさくっと読み終えてしまった。 小説ではなく、作者の「納棺夫」としての体験記であるが、 それだけではなく、作者の仕事を通じて感じた死生観、 それを突き抜けて、宗教関連の用語のオンパレード。 後半はわけわからなくなった。 宗教の件はいらんなと思った。 「納棺夫」の部分は結構面白かったのに。
★5 - コメント(0) - 2015年11月29日

H
映画『おくりびと』の原作ということで手にとる。が、舞台も違えば話もだいぶ違った。(妻に「穢らわしい!」と言われるエピソードは映画にも盛り込んであった)。2章までは納棺という仕事について語られていて面白かった。けれど、ほかの方も書いているとおり、3章から宗教観が強くなって難しくなる。死に関わる仕事をするということは、なにか思想をもっていないとやっていけないのかな、と感じた。
★6 - コメント(0) - 2015年11月23日

途中が難しくって理解できたとは程遠いけど、作者が葛藤し、様々考え、本を読んだりしたんだろうなぁというのが、ものすごく伝わってきた。親類にも葬儀屋さんに勤め、私の祖母の葬儀の時も納棺、葬儀の進行等してくれた子がいるけど、すごい仕事だなと納棺の作業する手つきを見ながら思っていた。その子はどんなこと思いながら仕事してるんだろうか…とふと考えた。うーん、なんか色々他にも思うことあるけど、うまく、書けません。もっと年を重ねたらまたよみたいなとは思います。
★25 - コメント(4) - 2015年10月27日

著者の体験した死者生者との関わりと、その日々から得たものの解説から成る。彼自信から生まれ出た言葉と本文中に出てくる多くの引用とに印象的なものが多かった。再読してそれらをまとめたい。自分の死生観といちばんしっくりくる本だった。
★6 - コメント(0) - 2015年9月28日

納棺夫という職業があったなんて知りませんでした。前半はわりと理解できたけど、後半は理屈ぽくってよくわかりませんでした、
★3 - コメント(0) - 2015年9月28日

生は、青春は、美しくて、死や納棺は汚れてる?漠然と蔓延っているイメージを見せつけられました。今まで死に直面したことはないけれど実際に直面したらどう思うんだろう。/正岡子規の悟りは平然と死ぬことではなく平然と生きること、という言葉が印象的でした。
★9 - コメント(0) - 2015年9月23日

途中まで読んで放ってあったもの、改めて最初から読了。15年、死と密接に関わっているけれど、自分と違う視点、共通している視点、様々共感できて深く納得。父が亡くなって、納棺を見たこと、浄土真宗に触れることが増えたこと、で、哲学と宗教観な内容もかなり真に迫って理解できた。
★5 - コメント(0) - 2015年9月11日

私は映画を見ていないので、違いは分かりませんが小説としての物語は一部なので脚色はやむ得なかったのかなと想像。死と向き合って生を知り、また逆も同様であることを擬似体験できた気持ちになりました。よくぞ地方の出版社からこの本を見つけてくれたと感謝したいです。解説にもありましたが、果たしてこの本のジャンルは何だろうかと他人に伝える時は困ってしまいますが、その辺りを決めると固定してしまいそうなので決めないでおくのが適切なのかもしれません。
★4 - コメント(0) - 2015年9月4日

再読なんだけど後半が僕の知識不足であんまり入ってこない。僕がなんとなく親鸞に興味を持ったのはたぶん前回これを読んだからだと思う。曖昧だけど。
★4 - コメント(0) - 2015年9月4日

ykr
映画『おくりびと』を再度観て、感動したので読むことに。生と死、宗教と科学への哲学論、宗教論のようで小説の要素もあり、分類しがたい。ただとても読みやすく、訴えられるものがあった。この作品からあのようなヒューマンドラマの映画が生まれたというのもすごいと思う。普段手に取らないジャンルの本が読めたということも嬉しいので、『おくりびと』に感謝。
★8 - コメント(0) - 2015年9月3日

美しい死に方とは何か。安らかに死にゆくことなのか、死後の姿が綺麗なのか…人によって様々かもしれません。美しく死ぬには、美しく生きることが大事なのではないかと思います。やり残したことがなくなり、死への恐怖も消え、悟ったように全てを受け入れる…それは立派に生き抜いた人でなければかなわぬことではないでしょうか。そしてこの本を読んで、「おくりびと」をまた観たくなりました。映画が原作を凌駕することは珍しいですが、美しい蔵王の風景、音楽、登場人物の演技、どれを取っても非の打ち所がない作品だと思います。
★7 - コメント(0) - 2015年8月31日

人の生死について考えさせられる一冊でした。仏教についての考察は難しいところもありましたが、勉強になりました。
★7 - コメント(0) - 2015年8月22日

言葉にできない感動が走っています。いわゆる「おくりびと」目線の感じたお話です。いろんな納棺の出来事も書かれています。死を見つめることは、生を見つめること。仏さまという言葉もたくさん出てきます。何回も読み返したい本になりました。
★9 - コメント(0) - 2015年7月26日

映画「おくりびと」の原作。といっても映画はみてないんです。立山に雪がふる・・・と
★4 - コメント(0) - 2015年7月14日

車に轢かれたカラスや猫、無意識に殺してしまった虫を不意に見つけた時、あなたはどう感じますか? 生き物の死と向き合う時、初めて人は強く生きる事を意識できるのだと思います。本作「納棺夫日記」は、亡くなった方々を納棺する職に着いた著者が、死を真っ正面から見、そのありのままに感じた事を文章で読者に見せてくれます。自分自身は特に「蛆虫にも生命がある」というシーンの描写や「死を見ているようで眼を逸らしている」といった言葉にハッとさせられました。自分も又、死というものを認めたくなかったのです。衝撃的な内容でした。
★24 - コメント(0) - 2015年7月11日

途中からむつかしくなる本。 映画のように、やり手の社長(山崎努)は出てこない。
★5 - コメント(0) - 2015年6月7日

正岡子規曰く『悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた』平和な日は勿論そうでない日も受け入れて生きることが大事。
★7 - コメント(0) - 2015年4月21日

読む時期を少々外したけれど、読んでよかった。納棺という職業から、死について考え、そこから宗教観へと研究が進んでいく様が、なんだか本来の学問のように感じられた。中々難しい内容の3章も、きっとよくよく噛み締めながら読むことで、より一層、1章、2章がさらに味わい深く立ち上がってくるのだろう。
★10 - コメント(0) - 2015年4月9日

死について考察している第三章は賛否両論あるようだが、こここそが核心の章で、この作品を独自なものとしている。死に直面し、受け入れたときに、あらわれる光現象から、宗教や文学を引用しながら、死について考えている。「如来は光なり」という親鸞の言葉が、観念的思考からではなく、実体験から生まれたという指摘には、親鸞の思想がすっと腑に落ちたような気がした。いろいろと大切なことを考えさせられる本。
★7 - コメント(0) - 2015年4月9日

納棺夫日記の 評価:100 感想・レビュー:259
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