ヌメロ・ゼロ

ヌメロ・ゼロはこんな本です

ヌメロ・ゼロの感想・レビュー(135)

こんなにあっさり読み終わってしまいびっくりしている
★1 - コメント(0) - 3月16日

エーコ最後の長編小説。いちはやく真実をあばく新聞の第0号(ヌメロゼロ)をでっちあげよう(?)とする編集会議が描かれる。大衆を誤解に導くテクニックなどが駆使される。会議の脱線は、筒井康隆を読んでいるようだった。ムッソリーニ生存説、影の軍隊(ステイ・ビハインド)などにまつわる陰謀論を書こうとした記者の受難でにわかに虚実が混沌とする。2010年代の作品だが、1990年代が舞台で、携帯電話は「せいぜい二年も経てば廃れる流行だろう」と予測している。根拠は、携帯を必要とするのは外回りの水道業者と不倫だけだから。
★4 - コメント(0) - 3月10日

イタリアやヨーロッパの歴史がよく分かっていないので、ブラッガドーチョが追いかけていた陰謀論が果たして歴史にどのくらい重なるものなのかは分からなかったのですが(とほほ)、メディアの詐術や新聞が見出しの隙間に大事な真実を隠して人の関心をいかに反らしていくのかという手法などを、感心しつつ(よその国の大統領選挙や暗殺事件なんかの大見出しの影に自国首相にまつわるニュースは埋もれさせているのも同じだな…)なんて読んでいたら、最後の最後に、あー、これ小説だった…と、エーコの仕掛けた罠にはまってた自分に気がつきました。
★8 - コメント(0) - 2月19日

エーコ得意の陰謀論をテーマに割と軽い読み物に仕上がっている。現代イタリア史の知識がないとついていけない部分は多い。で、残念ながら自分はついていけていない。でも記号論学者としてさすがの言葉の遊びもあり、第一級の知識人としてどこの社会にもあてはまるような風刺はきいている。そのへんは大いに楽しめた。あと読後のいいかげんな思いつきだが、トランプ現象の解明としてイタリア現代史を知るといいかもしれないな。ベルルスコーニとか。
★5 - コメント(0) - 2月15日

文章のテンポがいいから、あっと言う間に読めてしまった。もっと謎解きの雰囲気に浸っていたいので、長い話に延ばして欲しかった。
★3 - コメント(0) - 2月14日

mm
エーコ最後の作品。メインテーマは第二次世界大戦後のイタリア現代史を辿ること。時が経てば、記憶が薄れて曖昧になったり、記憶が飛び飛びになったり順番入れ替わったりすることもある。しかし、忘れちゃいけないことは忘れちゃいけない。どの道を通ってここにいるのか知っていることと、ただここにいることは意味が違うから。私は現代イタリア史に疎いので、ああそうだったとか、いちいち納得できないけど、何故ベルルスコーニ氏が台頭してきたのかの前史がボワワーンと伝わってきた。後、情報操作術のテクニックの記述は面白い!
★28 - コメント(1) - 2月10日

陰謀論の部分が自分の知識不足のせいで理解しきれなかったのがもったいなく感じるほど魅力的。物語としてはシンプルだし、ジャーナリズムに対する皮肉り方も至って正統派だが、そこに強い説得力を感じるのは流石。
★7 - コメント(0) - 2月8日

エーコ最後の小説。出資者の意に沿う新聞をつくるために集められた記者たちのお話。編集者の言葉を借りて、情報操作に対するエーコの警句が並ぶ。まさに、「ニュースが新聞をつくるのではなく、新聞がニュースをつくるのだ」。最近話題となっているネット上の偽ニュースと対比させても面白いと思う。なお、話の中心はイタリア現代史なので、それに詳しい人はそうでない人に比べ10倍楽しむことができるだろう。登場する5人の記者をもっと詳細に描き切ってほしかったところだが、83歳でここまで書ければ大したもの。
★7 - コメント(0) - 2月7日

Tui
知の巨人といわれるエーコですが、紙の書物についての対談本しか読んだことがなく、この遺作が初読みとなってしまいました。日刊紙のヌメロ・ゼロ(創刊準備号)を作るために集められた曰くつきの面々。雑談のような、舞台劇のような編集会議。物語の展開に合わせ、新聞という媒体がとるテクニックが語られます。記者の意見を目撃者の証言に乗せて受け取らせる方法や、紙面にいくつかの情報を呈示し、記載のない解釈を読み手に惹き起こさせる方法など、ありますね実際。イタリアの大スキャンダルについて語られる物語後半は、背景分からず流し読み。
★32 - コメント(0) - 2月2日

Y
遺作。もうエーコの新作に会えないことに哀愁を感じる。自分の年齢と重なり、自閉ぎみの女性の視点から読むことが多かった。ニュースは知らされるものではなく、知ることを選べる時代へ変化する。人生は我慢できるものであり、もてるものに満足すればよい。
★6 - コメント(0) - 2月2日

ジャーナリズムにおけるマッキナ・デル・ファンゴ(泥塗りのメカニズム)を皮肉っているのか。「フォンターナ広場」の映画は見たがイタリア現代史を知らなければ右から左と。「熱い秋」とか「赤い旅団」とか、社会現象や集団に詩情ある名前をつけるのがイタリア流なんだろうか。
★40 - コメント(0) - 1月28日

歴史の知識不足から私には勿体無い本だった。色んな知識を持ちたい目的のひとつは「傑作」と呼ばれる本をちゃんと楽しめるため。嗚呼残念。とはいえ、メディアの作り手側の視点は面白い。各誌、読者層の頭のレベルや嗜好に合わせて作られており、この言葉は読者が理解できないだろうから、この辺の易しい言葉で、なんて気を遣われた文章を自分は読んでいることもあるわけだ。メディア側の情報操作や陰謀に加え、受け手側としての勝手な思い込みの怖さにも気づかされる。メディア嫌いの新大統領が誕生するタイミングでこの本を手に取れたことは奇遇。
★10 - コメント(0) - 1月20日

イタリアの歴史を知っていた方が楽しめそうなストーリーですね。ムッソリーニをはじめ、有名人が出てきているが、私にはピンとこないエピソードが満載。最後も締まらない感じ。
★4 - コメント(0) - 1月17日

イタリアについての背景知識があれば、もっと理解が深まったのだと思う。読者心理を逆手に取った情報加工で簡単に印象操作できてしまう有様が描かれていた。現代のメディアのあり方に対して風刺が効いており、人ごとではないな、と感じさせられた。
★7 - コメント(0) - 1月15日

「フーコーの振り子」のときも思ったのだけれど、エーコさんが描く「陰謀」は信ぴょう性があり過ぎて、エーコさんの身に危険が迫るのではないかとハラハラする。何を信じて、何を信じないか。私は(私たちは?)明確な基準を持つことが絶対にできない。明日(未来)に何が起こるかなんて(何が明らかになるかなんて)誰にもわからないからだ。そういう世界に生きていることを(世界とはそういうものであることを)エーコさんの遺作は改めて教えてくれた。
★12 - コメント(0) - 1月13日

ウンベルト・エーコは、新作中心に読んでいた作家です。本作が遺作となるため、最期の新作となります。著者は自らの死期を悟っていたのでしょうか?中編ながら政治的メッセージ、アイロニー、ユーモアに溢れた作品となっています。またタイトルのヌメロ・ゼロ(0号)も還暦(無に還って行く)を連想させました。著者の刺激的な作品群に敬意を表すと共にご冥福をお祈り申し上げます。
★106 - コメント(0) - 1月11日

エーコ作品としては、非常にあっさりとしていて読みやすかった。ブラッガドーチョの語る陰謀論が現実に侵食していく展開は、『フーコーの振り子』を思い出させた。荒唐無稽な「語り」が現実と絡み合うストーリーテリングはエーコの十八番である。また、作中のウェルギリウスの引用に、ダンテ『神曲』も少し想起される。『神曲』も、現実の人物がダンテの政治的な意図によって物語に組み込まれた作品である(もちろん、それが全てではないが)。
★6 - コメント(0) - 1月11日

新しく立ち上げる日刊誌に雇われた男性が、その日々を語る形で話がすすむ。途中のメディア論が素晴らしい。あとがきに補足されているけれどもっと私がイタリアに詳しければ良くわかる所が多々あるのだろう。マスコミへの不満はもはや常識で、こんな中途半端な人々がこんな馴れ合いで作っているのだと思うのだけれど、エーコが書くと冴えている。語りの男性が最後恋人に答えるところが今の日本やアメリカだろう。こうやって堕ちるんだなという気もするし、世界を掌握したローマ帝国も没落しつつ現在もイタリアは存続しているという逞しさも感じた。
★13 - コメント(0) - 1月10日

例によってエーコであるが、最後まで突っ走るパワーがなかったか。
- コメント(0) - 1月7日

「薔薇の名前」も、「プラハの墓地」も歴史を題材にしていたが、エーコの最後の作品は、現代のマスコミに対する痛烈な風刺。証拠もないのに、批判されない程度の表現で、明らかにそうだと方向性を示唆する、スポンサーに不利な記事は書かない、センセーショナルな見出しを付け社会情勢の解釈を誘導する。主張を歴史の中に埋め込む手間を省いた感もあるが、逆にわかりやすく、読みやすかった。
★8 - コメント(0) - 1月1日

初!ウンベルト・エーコ!刊行されることのない日刊紙を巡るミステリ。世界史には詳しくないので、歴史的記述にはだいぶ苦労したが、複雑な構成と魅力的な登場人物がよかった。世界史をもっと勉強しよう!
★8 - コメント(0) - 1月1日

エーコの遺作。中盤に登場する陰謀論が面白い。イタリアの現代史を縦に切っていく。エーコにしては読みやすく俗っぽい。「バウドリーノ」と同じ作者とは思えない。☆☆☆。
★7 - コメント(0) - 2016年12月21日

200ページ弱とボリューム少な目。陰謀論を信じすぎたために、それに過剰反応した勢力が本気で動いてしまって起きる悲劇、というのは『フーコーの振り子』と似た構造。何が真実かは難しいが、主人公自体が真実をねつ造するメディア側というのがさらに話をややこしくする。
★4 - コメント(0) - 2016年12月16日

発行されないとも知らずに新しい新聞に集まる者達。人生を打開しようとした者達にぶつけられる歪んだ論理が腹立たしい。読者を馬鹿にしている発言に理念など無い。イタリア史は知らないが「誰かが都合よくねじ曲げた真実」が社会に巣くってることはよくわかる。僕らは情報だけでなく「理念なき仕事」を見抜く力を持てと言われている様に思えた。「記憶を失ってはいけない」という警鐘はそういう真実を見極めるために必要だからだろう。無関心、記憶の風化、詭弁、儲け至上そんなものと情報の垂れ流しに追われる毎日の姿勢を見直す読書体験だった。
★14 - コメント(0) - 2016年12月13日

エーコの遺作。ジャーナリズムの先に真実は無いのではないかと思わせる話。情報操作で印象を巧みに配置された事実(とそれらしきもの)は、まるで福笑いのように事実を変化させずに面白おかしい表情を容易く作り上げます。笑えないのは、情報操作のお勉強会議、歴史と陰謀論、妙なロマンス、それらが実に半端にフラグメントされた引用を用いて語られるこの物語自体が、たちの悪いマスメディアそのものを表していると言う事です。つまりは筆をとる全ての人への警鐘なのでしょう。そして明確な皮肉なのでしょう、やり過ぎたジャーナリズムに対しての。
★17 - コメント(0) - 2016年12月5日

エーコ最後の小説。エーコお得意の目くるめくような衒学と蘊蓄の奔流を期待していると少々肩透かしかも。テーマとしてもメディア論、陰謀史観、偽史偽伝と従来のエーコ読者ならば目新しいものでもない。おそらくこの物語はイタリアの近代史を共有する人々に向けて書かれたものなのだろう。考えてみればヒトラーを考えるほどにムッソリーニを考えたことはなかったというのが新しい知見の一つ。本書で語られるジャーナリズムの胡散臭さ…しかしこれは「物語る」という行為自体の胡散臭さにつながっている。次は「歴史が後ずさりするとき」に挑戦。
★8 - コメント(0) - 2016年12月2日

雑誌の編集者達が言葉遊びをしながら会話、そう言う設定は好きだったりする。世界史は不勉強でヨーロッパの政治をもっと理解してればなあー、ムッソリーニのwiki程度は眺めてから読めたら良かったかな。
★9 - コメント(0) - 2016年11月28日

不勉強で、ムッソリーニのくだりのところを斜めに読み飛ばしてしまったら、後半で、ぬあっ!となってしまった。それでも、今日のマスメディアへの皮肉や、ユーモアに満ちた会話のやりとりなど、厚みのある文学を読めたなあという感じで満足。実は初めてのウンベルト・エーコ。他の作品も読みたいです。
★6 - コメント(0) - 2016年11月27日

ムッソリーニ末期と90年代初期のイタリアを知っていればもっと面白かったはず。
★2 - コメント(0) - 2016年11月23日

エーコの遺作か。ムッソリーニなどのイタリアの現代史ってあまり知らないけど、楽しめた。
★2 - コメント(0) - 2016年11月22日

イタリアの知の巨匠と呼ばれたおじいさんの遺作とのこと。架空の新聞創設を柱に、マスメディアの裏側を皮肉を込めて語りながら、そこから過去の歴史的事件の裏側にあったかもしれない陰謀に触れていくという内容。イタリアの近現代史に詳しければもっと楽しめたかも。でも、まぁ、内容は興味深かったし、ネットのクソみたいな記事を読む気が失せてくるな。メディア論の本とか読んでみるかな。
★4 - コメント(0) - 2016年11月17日

難しい(会話や陰謀にしばしば二重の意味があり、説明がないので、うっかり見過ごしたり、意味がわからなかったり・・・)。けど、面白い。☆☆☆三つ。なお、訳者後書きにベルルスコーニが出てくるが、昨日米大統領になったトランプを思い出した。二人はとっても似ている。そばにいる女たちも。
★7 - コメント(0) - 2016年11月10日

~マスメディアの功罪とそれに左右される人々への警鐘。
★3 - コメント(0) - 2016年11月7日

エーコにしては文章にも内容にも濃度が足りないような……。マスメディアの腐敗の話なんてそれこそ腐るほどあるのだし。肝心のムッソリーニの話のところが退屈で読み飛ばしてしまったので私が悪いだけかもしれない。
★3 - コメント(0) - 2016年11月7日

エーコ最終作。フーコーの振り子でも扱った陰謀に関するイタリア近現代史。いろいろな小事件をそれとなく関連づけると大事件が出来上がるというのは、些細なゴシップネタでもさも大問題のように扱う最近の日本のマスコミにも通じるのでは。自身の過去作品をパロディ化してるようにも感じました。
★10 - コメント(0) - 2016年11月3日

イタリア近現代史をよく知らないから、ムッソリーニ云々のところはなんとも長く感じましたが、最初から最後まで楽しめました。いとも簡単に行われる情報操作、怖い。
★8 - コメント(0) - 2016年11月3日

エーコの遺作。エーコにしては、ボリュームが少ないかな。とにかく、これが最後とは、残念です。歴史、イタリアの現代史に疎いため、難しい面もありました。が、メディアというもの、情報操作(これがいとも簡単に出来るんだなぁ…)等々、興味深い。
★9 - コメント(0) - 2016年10月27日

メディアの情報操作をめぐる物語。ブラッガドーチョの調査の話から俄然おもしろくなる。
★3 - コメント(0) - 2016年10月24日

ニュースの改変や歪曲がどのように行われるのか、そしてイタリア現代史にからむ陰謀が話の軸。「プラハの墓地」が偽書を巡る物語を描いた本でしたが、こちらはそういった怪しげな話がどのように作られ、広められるのかというところか。イタリア現代史についての本をもうちょっとちゃんと読んでみようという気分になった。
★14 - コメント(0) - 2016年10月23日

ヌメロ・ゼロの 評価:90 感想・レビュー:56
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