都市のドラマトゥルギー (河出文庫)

都市のドラマトゥルギー (河出文庫)
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都市のドラマトゥルギーはこんな本です

都市のドラマトゥルギーの感想・レビュー(113)

冒頭部分とかすごい退屈で冗長な感じでこれ学生レベルの文章じゃ…と思ったら著者の修士論文を加筆したもので本当に学生レベルだった。とはいえ、後半の実証部分はは興味深い内容が多く、明治期の浅草―銀座の発展についての具体的事例というのはここまで実感のある論述に初めて触れることが出来て新鮮であった。対比的に示される昭和期の新宿―渋谷の発展模様についても、猥雑さから生まれた新宿と演出の場として作られた渋谷のそれぞれが浅草―銀座と照応しているというのも面白い。3章以降からいきなり読んだ方が楽しめる。
★26 - コメント(0) - 2月18日

演技する主体というゴフマン的視点からの草の根的都市論。軸となる理論自体はとてもシンプルで分かりやすい。が、すでに「文庫版へのあとがき」がやや古い...という印象。浅草銀座→新宿渋谷のその先にあるのは有形無形のディアスポラなのだろうか
- コメント(0) - 2016年1月21日

戦前の浅草:銀座、戦後の新宿:渋谷。 浅草・新宿は出来事が人々に共有される幻想(特に、地方出身者たちが抱く家郷幻想)の共同性に基づいて紡ぎ出されてくるような盛り場であり、銀座・渋谷はそれらが先送りされる<未来(モダン/ナウ)>からの意味の備給によって保証されている盛り場だった。 しかし、戦前の銀座において西洋という形で単一的に保証されていた<未来>の意味は、70年代の渋谷においては特定の源泉には結びつけられず、逆に各々の社会的場面で仮構されるものとなり、その演出が企業や自治体による捜査化の対象となった。
- コメント(0) - 2014年8月27日

(自分用メモ) 盛り場の歴史 浅草、銀座、新宿、渋谷 見る見られる 舞台装置 演じること
- コメント(0) - 2014年8月13日

此の本で何が白眉かと言われれば(都市)と云うものを演劇的主体として擬人化してその役の機能を抽出した点にある。しかも、その演劇的主体である都市に関わる人間も演者であり、また観客であり謂わばトリックスター的に彩りを与えている。
★2 - コメント(0) - 2014年7月3日

授業で使う資料本として。謎にカタカナ多いし読めない漢字もいくつか。読みづらい。でも内容はな~るほど。ってなる。
- コメント(0) - 2014年6月27日

浅草銀座→新宿渋谷
- コメント(0) - 2014年5月28日

1年半ぶりに再読。近年世に出回る都市論は全てこの本に強い影響を受けていると言っていい。活動する人間の振る舞いと、それを支える構造的機制の二方面から盛り場を照らすその手法は、対象と時代は違えども現代の都市、社会を考察する上でも十分通用するはずである。著者本人があとがきで述べているように若干前のめりな論の展開も多少見られるが、それでも修士論文でこのクオリティは脱帽するしかない。
★6 - コメント(0) - 2014年1月19日

上演というパースペクティブから都市を解釈していく。 前半では、そのようなパースペクティブについての理論的なはなし。後半は実際にそのパースペクティブを使って、日本の盛り場の変遷史を分析していく。浅草から銀座、新宿から渋谷への変化をパラレルに捉える着眼点には脱帽。 上演というパースペクティブから、身体性、さらには、演じるという行為によって、参照する審級としての超越的なものを導出し、そのような超越的な審級が消滅した時代として現代を捉えている。ニューアカっぽい議論だなとかんじた。
- コメント(0) - 2013年10月14日

大学院時代に読んだ本を再読。本書の議論はギアツの劇場国家論やターナー・ダグラスらの象徴論、ゴフマンの演劇論、フーコーの権力論などを土台に構築されており、当時の学問の最先端を突っ切ろうとした筆者の意気込みがうかがえる。都市を単なる読まるべきテクストとして解釈するのではなく、そこに生きられる人々の関係と彼らを取り巻く物質的な環境から読み解こうとする視点は、今もなお有効な試みであるといえる。しかし、銀座がかつては若者の街だったなんて俄には信じられないなあ。今やマダムのたまり場だぜ。
★4 - コメント(0) - 2012年12月24日

あとがきにもあるように、その後の吉見先生の興味がつまった一冊と言える。 あの土地は当時そう見られていたのか、と素直な驚きも。
- コメント(0) - 2012年12月23日

明治~昭和にかけてその中心地が浅草・銀座・新宿・渋谷へと移り行く盛り場の歴史が、タイトルにもあるように<演じる>という観点から取り上げられている。あくまで著書の演劇経験が理論の根底に眠っているので視点が想像し得ぬ方向から向かってきて、在り来たりな言葉を使うならハッとさせられる。
★1 - コメント(0) - 2012年10月3日

まず盛り場研究=都市論の系譜をたどり、それから明治から昭和末期にかけての、〈浅草なるもの〉ありとあらゆる人・物を受け入れる消化能力、〈銀座なるもの〉西洋=未来、〈新宿なるもの〉性風俗とアングラ文化、〈渋谷なるもの〉パルコと「ナウ」、の移り変わりを取り上げている。それらがいつ、どのように、だれによって「演じられて」きたか。近代初期の浅草と比べられる上野についても。記述はむずかしい。そもそも「盛り場」ということばがぴんとこないのだが、書かれた当初は普通に使われていたことばなのだろうか。
★2 - コメント(0) - 2012年2月15日

著者本人もあとがきで書かれている通り、若さゆえの論理展開の回りくどさで必ずしも読みやすくはないが、都市を「盛り場」という現象で捉え、それをさらに「演劇」とのアナロジーで読み解こうとする視座は、都市論の枠に留まらない独創的かつ刺激的な方法論を与えてくれる。アカデミズム以外のより実践的な、例えばマーケティングの分野でも幅広く適用できるのではなかろうか。難しいことを抜きにしても、明治から戦後にかけての東京各所の変遷を「街並み」と「人びと」の両方から描写していくダイナミズムは、知的醍醐味を与えてくれる。
★9 - コメント(1) - 2011年11月4日

頑張って読んだけど、半分も理解できてない気がする。
- コメント(0) - 2011年6月30日

最後の方でやっと面白くなってきた
- コメント(0) - 2009年7月29日

近代以降の日本の「盛り場」がどのように変遷していったか、を「演じる」をキーワードに浅草、銀座、新宿、渋谷と時代とともに丹念に書いていった書。これを読んだあと「萌える都市アキハバラ」(森川嘉一郎)を読むといいのかも。
- コメント(0) - 2009年5月12日

近代以降の盛り場の変遷を追った都市論。かなり回りくどい。
- コメント(0) - 2008年12月30日

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弘文堂のやつはないのか
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都市論の中でもトップクラスの名著。もともと修士論文を基にしているだけあって、密度の充実度が半端じゃない。少しでも都市の発展や生活模様に興味がある人、消費文化の探求をしたい人は是非とも読むべき。
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