幻想の未来/文化への不満 (光文社古典新訳文庫)

幻想の未来/文化への不満 (光文社古典新訳文庫)
あらすじ・内容
フロイト文明論集1
宗教とは、何か?
ヨーロッパ・キリスト教社会への絶望的な批判の書

内容 フロイトの洞察
抑圧に抵抗しようとする人間の、自己破壊的な傾向に注目しながら、宗教のはたす役割を考察し、理性の力で宗教という神経症を治療すべきだと説く表題2論文と、一神教誕生の経緯を考察する「モーセと一神教(抄)」。後期を代表するアクチュアルな3つの論文を収録。

現代のヨーロッパ社会のあり方と、キリスト教という宗教の本質についての洞察を示した本書から、晩年のフロイトのもつ苦い味と、人間にたいする透徹したまなざしが実感できる。

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幻想の未来/文化への不満の感想・レビュー(138)

mk
【2017年38冊目】
- コメント(0) - 2月15日

幻想の未来と文化への不満はとても興味深く、ぜひ大勢の方に読んでいただきたい。だが、人間モーセと一神教はよくわからなかった。最晩年の作品なのと、個人的な問題も絡んで、無理矢理感があるような気がする。でも理解できなかったでけかもしれないです。
- コメント(0) - 2016年10月7日

文化はつねに個人の衝動を抑圧することによって成立するため、その中に生きる個人はつねに欲求不満を抱えることになる。その弊害がどのように現れるかを記述したのが、表題の論文二篇。飛び飛びで出てくる宗教批判が面白かった。「モーセと一神教」についてはユダヤ人への偏見のメカニズムの記述(数ページしかないけど)が面白かった。
- コメント(0) - 2016年10月4日

決して優しい本ではない。読むのが疲れる。というのも、隔靴掻痒の感を与える文章。AとBは対立するように見えて、実は同じ起源に由来している。そして、AとBはともに、Cと対立している、みたいな議論が延々と繰り返されている気がするからだ。ただ、フロイトの厳しい倫理観というか、宗教への厳しいまなざしは、自分には共感できるところが多々ありました。
- コメント(0) - 2016年8月5日

文化と文明を一緒に捉えて文化と論じているが、どっちかというと文明。文明を毛嫌いする奴らが現れると言っている。なぜかというと、不安だからだ。 最後はモーセと一神教という論文。それは面白かった。ユダヤ教、キリスト教のテーマ、救世主の降臨(復活)だと。宗教も論じていて面白いが、フロイトは初めて読んだのでよく分からないところもあった。
- コメント(0) - 2016年7月9日

km
面白かったです。幸福、宗教、文化、科学、などなどそそられるテーマがちりばめられてます。そんなまさかってとこもありますが、フロイトがくそまじめに考えただけあって、なるほどなと思ってしまいますし、エンターテイメントとして面白いです。幸福のパートで、人を三つの類型に分け、それぞれの幸福を明らかにしていますが、これは現代人にもバッチリあてはまります。キリスト教の発祥はイクナートンだっていうやや陰謀的なとこもダンブラウン的で面白かったです。笑骨太な知的エンターテイメント小説です。
★18 - コメント(0) - 2016年5月31日

非常に面白かったし、全体に読みやすかったです。「幻想の未来」序盤だけ、やたらに複雑で難しく、その分重要である気がしました。問題が圧縮されているような。読みながら、モルガンの『古代社会』や吉本隆明の『共同幻想論』を思い出しました。とくに、「幻想の未来」と「文化への不満」は、『共同幻想論』の重要な元ネタ本だと思います。『共同幻想論』の絶対の前提である「個体の自己幻想は共同幻想と逆立する」というテーゼが、「文化は人間に欲動の放棄を求め、人間は文化に対して不満をもつ」というふうに示されています。
★6 - コメント(0) - 2016年4月24日

文章は平易なのだけれど、精神分析用語が出てくると、どうしても「あれ?」という状態になってしまう。それはともかくとして、一クリスチャンとしては、著者の宗教観及びキリスト教批判には複雑な思いを抱いてしまう。このあたりニーチェのキリスト教批判を通ずるものがあるかも?とにかく「まあわかるんだけれど、そこまでいわなくても…」と言いたくなる。ただ、著者自身ありうべき反論に真摯な態度で対応していたのに好感が持てたけれど。後、最期の「モーセと〜」におけるモーセ殺害については、検討の余地があるのでは?という気がした。
★3 - コメント(0) - 2016年4月20日

☆×3.5…この本を読み終えて、薄ら寒いものを覚えたような気がします。ここで述べている部分は最近問題を起こしているところとは違うものですが、確か一部起源は同じはずです。なので括りに入れてもおかしくはないでしょう。科学技術が進歩して行き現実を知るようになった人類にとって唯一の侵されざる存在は確実に壊れていっています。ですが、今でもそうですが決して認めたくないのでしょうね。どこかそれは人間に刻み付けられたもののように思えます。興味を持ったのはユダヤ人差別のところ。そういう見方もあるんだな、と思いました。
★3 - コメント(0) - 2016年4月12日

何人の人々が幻想に未来を奪われたことか。それでも、治らない宗教の信者たちの頭はどうなっているのかな。自分の未来ぐらい自分で考えなと言えない神は頗る残酷だね。
★13 - コメント(0) - 2016年1月10日

フロイト先生が全力で宗教をdisった「幻想の未来」と文化がいかに人間を抑圧してきたかを分析しつつ、一方でそこで生まれた超自我を評価する「文化への不満」。90年たった今となっては総論としては賞味期限が切れているものの(なぜなら結局人間は宗教を求めてしまったし、一方で現代文明は抑圧しないのが特徴だから)、部分的にはまだ使えるし(さっぱり使えない古典がまかり通っている状況を考えればそれでも上等である)、なにより宗教家からの反論を完璧には論破できなくてもそれでも、と抗弁しつづけた「希望」はまだ敗れ去っていない。
★4 - コメント(0) - 2015年10月3日

フロイトの論文が3作収められています。文化論・宗教論ということで、精神分析学者の観点からのもので、私は自分なりの結構理解できたつもりです。や打分が非常にわかりやすく訳されていました。この分このシリーズは確かに新訳ですが今の時代のことばで書かれています。
★32 - コメント(0) - 2014年11月14日

良心とは超自我に刻まれた罪の意識であり、社会の中で暮らす限り必ず人は幸せになれない
★2 - コメント(0) - 2014年5月28日

治療では「エビデンスはよ」、文化理論に応用すれば「こじつけの汎性欲論」と罵る精神分析に対する抵抗の理由は、無意識の領域を扱うことの途方もなさに付き物だとフロイトが悟った機制だけではないのかも。ニーチェ流の文化批判(良心の起源)と文化への信頼をそれでも捨てないカント的啓蒙精神を引き継ぎつつ、人間のパトローギッシュな現実を見続けたフロイトの目に幻想として映るのが、宗教。科学的でないどころかむしろ宗教を科学的精神によって畏れ多くも脱魔術化しようとした精神分析のことを、宗教はどう思うだろう。まるで綱渡りのような。
★9 - コメント(0) - 2014年5月14日

宗教が人類に普遍的な強迫神経症だとする観点には思わず膝を打った。もちろんフロイトが批判しようとしているのはユダヤ教、キリスト教といった一神教が中心であり、あらゆる宗教にそのまま当てはまるかどうかは考える必要性があるが、しかし無意識からもたらされる欲動にも自然の脅威にも抗うことのできない卑小なフロイト的主体が宗教という神経症を発症したという筋書きは非常に興味深いものである。ラカンは人は須く神経症であるというようなことを言ったというが、それで言えば宗教とはまさに象徴界の秩序の異常だと言えるのでは
★9 - コメント(0) - 2014年1月19日

内容がすばらしかったのはもちろんのこと、文章が非常に読みやすかった。
★1 - コメント(0) - 2013年1月18日

ユダヤ人という特殊な立場から、宗教に対しての思いは特別強かったであろうフロイトの後期の代表作に属する3作。フロイトの中ではなかなか楽しんで読める部分も多かった。ただ最初からもう少しノートなどにまとめながら読めばよかったと後悔するところもある。個人的にはドストエフスキーを読んだ後で神に対する対立する両者の見解を意識しながら読めたこと、神の存在に関する学問的アプローチという手法に触れられたことは意義深かった。
★2 - コメント(0) - 2012年7月10日

「文化への不満」を読みたくて借りた。文化は人間が作り出したものなので、フロイトはリビドーや超自我の概念を分析ツールに使いながら、なぜ文化を積極的な意味と消極的な意味でとらえる必要があるのか、考える契機を提供してくれる。現代人と原始人の違いについても関心を引いた。
★2 - コメント(0) - 2012年4月26日

フロイト版のカント「啓蒙とは何か」。フロイトの精神分析理論をバックにした文化論・宗教批判の書で、話が大きいし訳が分かりやすいからフロイト入門に使える。宗教に強迫神経症と同じ構造を見て取り、やがて宗教という幻想より科学の啓蒙が未来においては重視されるべきだという。超自我や抑圧したものの回帰などでユダヤ教とキリスト教の歴史を扱ったモーセと一神教も抄訳されていてお得な本。重要なのは、反ユダヤ主義や大衆社会など同時代への批判精神が強いこと。現代が神経症的だなんてなかなか納得してしまいそうで面白い
★16 - コメント(0) - 2011年11月11日

s_n
読書会本②。「幻想の未来」のみ。精神分析を活用しながら文化を論じ、やがて宗教批判に。と言いつつ、そこまで精神分析を用いているという感じもない。内容としてはもっともであるようで、それでいて一体なにがいいたいのかよくわからない(というか個別的な問題かもしれないけど、こちらに入ってこない)。本書が、なぜいま文庫として新しく翻訳されるのか、少し戸惑った。
★1 - コメント(0) - 2011年10月29日

なるほどなぁと思うのは多分、自分が男性だから…女性についての論考は…
- コメント(0) - 2011年8月1日

「文化への不満」のみ
★1 - コメント(0) - 2011年5月19日

マルクスもニーチェもナンダカンダアカデミーになってしまったが、未だにフロイトは現代人に「これは、、、」と思わせる。社会主義が理想主義的な「思い込み」で成り立っていることを早くも予言していたフロイト先生の眉唾論文をごらんあれ。
★2 - コメント(0) - 2010年12月1日

個人の心の苦しみを探求していたフロイトが、社会そのものに焦点を当て始めたのは当然の事だった。本書では、私達が作り出した社会や文化の中に、神経症の原因が潜んでいる事が解き明かされていく。他人との交わりが、心の苦しみを生み出す最も大きい要因、という点にしんみり。
★3 - コメント(0) - 2010年11月16日

宗教否定論者の意見を学ぶというスタンスで読むべし
★1 - コメント(0) - 2010年8月21日

やっと読み終わった。フロイトは始めて読んだけど、学術研究というより錬金術じみたオカルトという印象。面白いけど科学ではないよね。
★1 - コメント(0) - 2010年7月4日

わかったようなわからんような。。例をあげると、“男性と女性のあいだの関係は、性器的な満足の必要性のために家族をつくりだしたのであり、そしてこれがまず愛とよばれる。”なるほど、いいにくいことをはっきりといいますね。この考え方によると、性的な対象が別の異性に移った場合家族は自然解体されるべきだが、不倫や離婚を罪悪と考えるキリスト教文化がこれを妨害している。このように文化が人間本来の姿を阻害したことにより多くの人が神経疾患を発症している。とフロイトは考えているようだ。
★6 - コメント(1) - 2010年3月30日

やっぱりこれも最後の解説を読むと本文いらな・・・。「神経症だからダメ」ってとこがよくわからんなぁ。人類は皆神経症といい、ダメ男と付き合うことで神経症が治る女性の例を上げて、代補作用としての何かは神経症治療に有効って夢判断で言ってませんでしたっけ?ならばダメ男=宗教として神経症治療のツールと考えればいんじゃね?とかは思った。
★2 - コメント(0) - 2010年3月14日

フロイト自身がユダヤ人というアイデンティティーを持っているにも関わらず、文化の土台である国を有することができなかった。そのため、宗教を批判し、それ以外を用いて幸福を追求しようとしたのかなー。
★2 - コメント(0) - 2009年11月6日

精神分析によるキリスト教文化・社会の批判-「治療」の道を示す
★1 - コメント(0) - 2008年5月7日

±
抄文『人間モーゼと一神教』、面白い。
- コメント(0) - 2008年4月19日

ユダヤ人としての立場から、または心理学に携わる人間としての立場から、宗教をいかに批判するかに興味があったので購入。日本人が考える以上に西洋人にとっての宗教は身に馴染んでいる分、客観視が難しいと思う。全ての意見に賛同はしないが、現在に至ってもこういう論文は貴重。しかし西洋では少数派なんだろうなぁ
★3 - コメント(0) - --/--

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