読書について (光文社古典新訳文庫)

読書について (光文社古典新訳文庫)
あらすじ・内容
「読書は自分で考えることの代わりにしかならない。自分の思索の手綱を他人にゆだねることだ」……。率直さゆえに辛辣に響くアフォリズムの数々。その奥底には、哲学者ショーペンハウアーならではの人生哲学と深いヒューマニズムがあります。それが本書の最大の魅力です。

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読書についての感想・レビュー(626)

単語の省略が人の思考に悪い影響を与える、様な事が書かれていましたが、「1984年」のニュースピークを連想しました。作者の同時代や、文学作品の例だけでなく、同時代の日本でも、同じ現象は起きていると思います(単語や文を省略・短くして書く、略語を用いて会話する等)。 ○○には二つがある、それは△△だ、様な書き方をよくしていましたが、哲学の考え方は、二項対立で考えるのが基本なので、こういった書き方をしているのだと思います。社会・現実は二項対立で単純に考えるモノではなく、また考えてはいけないと思います。
★9 - コメント(1) - 3月21日

読書は人の思考をなぞる行為だから良い思索のためには読みすぎてはいけない。世間に溢れる本は流行に合わせた商業的な物が多いので、昔の名著を読むと良い。読書ではなく思索の時間を。
★3 - コメント(0) - 3月20日

かつて大学サークルで、新入生向けに一部を読みといたことがあった。ちくまの訳はどうなってるだろうと手に取ったが、ショーペンハウエル先生でかくも笑っただろうか。大人になったせいか、人間臭い感情的な一文に酔いどれのおっさんみたいだと余裕をもって読み解ける。もちろん、読書しただけで自分で考えたつもりになるな!というありがたい教えは今でも心に突き刺さる。読書で得た思考の切欠を放置していないだろうか。もはや仲間と三時間もかけて一節一節を読み解くことは難しい。本書の叱咤激励を心に戒めて、本に向かおうと改めて思えました。
★12 - コメント(0) - 3月19日

昔はよかった(ショーペンハウアー)
★4 - コメント(0) - 3月10日

あくまでも読書は個人の考えを手助けするものであって、考えを得ようとするものではない(このため、多読者は己の考えを見失う)/何かを伝えるときは明瞭簡潔に/知力はある種のとげとげしさ、鋭さをはらみ無数の事柄にひそかな非難やあざけりをおぼえるが、それこそ愚かな模倣を阻止する/などなどためになる金言が揃っている。インド哲学や晩年スペインにはまったということろにモームとの共通点を感じたりも…ただし、中盤の言語短縮化によるドイツ語乱れのくだりは簡潔さを見失って怒りのままに筆を走らせているのが頂けない。
★3 - コメント(0) - 3月1日

JZN
意味のない本を読んでも害になるだけ。多読をしても自分で考えなければ意味がない。改めて考えると自分も読んでるだけで何も考えてないなと思うことが多い気がした。なるほどと思うことがたくさんあったのだけれど、自分の頭で考えるための知識を得るために最初は本を読まないと始まらないような気もする。
★3 - コメント(0) - 2月27日

『反復は勉学の母である。重要な本はどれもみな、続けて二度読むべきだ。』       読書は他人の考え 書きとめておかないことは忘れる 吸収されるのは50分の1 無能な人間ほどあいまい 誰だって判断するより信じたい 頭から紙より紙から頭は難しい 1788年生 自由のないところに幸福はない ゲーテとの出会い この子の誕生によって私のこの世における使命は終わった
★2 - コメント(0) - 2月26日

読書をするだけでは意味がない、とはよくいうが、「読書は害」とでもいうような指摘が新しい。アウトプットの質について考えさせられた。
★1 - コメント(0) - 2月22日

毒舌だなぁはははと読んでるといきなり矛先が自分に向いて頭を殴られるような感じ。「良書(≒古典)を二回は読みこんでよく反芻し自分の物にし、自分の精神を発展させる糧とせよ」というのは実践的な助言だと思う。食べ物のように、必要に迫られてから良書を手に取り丁寧に自分の物にしてくのが健康なんだろう。逆説的だけど、友人とくだらない冗談で一瞬沸き立って後には何も覚えてないみたいな、くだらない本を読んでその場だけ笑って何も残さないというのは著者的にもアリじゃないかな?何にせよショーペンは読メとか絶対やらないだろうと思う。
★19 - コメント(1) - 2月19日

哲学書としてどうこうじゃなく、読書のやり方の本をkindleで探していたらたまたま目についたので読んだ本。著者がどんな人かは知らなかった。 考えに至るまでの過程の説明が雑なのに「我こそは正しい」と声高に叫ぶような文章は嫌い……なはずなのに内容に同意する箇所が多くて困惑。したのも束の間、自重の精神を宇宙の彼方に投げ捨て(むしろ自らを重んじたからこそか)気に食わないやつをボロクソになじるのが面白すぎて全部吹っ飛んだ。「世界中いたるところで人間のクズどもがのさばる」とか超笑った。この手の本で死ぬほど笑うとは……
★6 - コメント(0) - 2月14日

miz
批評家の小林秀雄氏が濫読を勧めることに対して,この作者は濫読を強く否定する。“ただ読み漁ることは,他人の思考を押し付けられるだけ。自分で考えることがとても重要”と説く。ただし,批評家は知識を得るために濫読が必要ともいう。なるほど。“読書について”は最後の4分の1だけ。ほぼ,書き手に対する怒りがとめどなく噴き出し,母語の国語の堕落ぶりの嘆きが紙幅を埋める。仏国をこき下ろし,伊国に憧れる。“重力の法則と同様に,頭から紙に落とし込むのは簡単だが,紙から頭に戻すのは至難”とはなるほど。とてもおもしろかったです。
★7 - コメント(0) - 2月9日

なんとなく手に取っただけだが、考えもなく多読するな、自分の頭で考えろ、とかほんとドキッとする内容だった。時代とか国とか超えて、ショーペン先生に語りかけられてる気分だった。たしかに、新作よりも古典読むのも勉強になるものだ。
★3 - コメント(0) - 1月23日

『余録と補遺』から訳出された「自分の頭で考える」「著述と文体について」「読書について」の3編。読書への警句である。自分で考えよ!読書は何も考えられない時だけにせよ!読書は他人の頭で考えてるだけなのだから、多読に走ると自分では全く考えられなくなってしまうぞ!少量でも自分で考え抜いた知識は、自分で考えずに鵜呑みにした大量の知識よりずっと価値がある。自分の精神をつちかうような重要な本は続けて二度は読むべき。何度も反芻してじっくり考えることでようやく自分の血肉になる。読書の指針となる書に出会えた。
★14 - コメント(0) - 1月2日

無駄の多い悪文についてキレている文章が結構同じことを多様な貶し文句で書いているのはちょっと笑ってしまったが、読書は言うなれば人の考えをなぞる行為に過ぎず、自分の頭で考えなければ何も生まれない、という指摘は身につまされるものがある。確かに読書によるインプットは大事なのだが、それは知的行為の前提条件なのであって、そこから1ステップ自分で苦心して生み出すことがなければ、自分が何かを得ることは無いのだろう。
★9 - コメント(0) - 2016年12月27日

勘違いしそうだったけど決して「本を読むな」とか「多読はするな」とは言っていない。自分で考えることの大切さを一貫して主張している。このアドバイスをどうやって生かしていくかは自分で考えろってことですかねショーペンハウアー先生
★6 - コメント(0) - 2016年12月22日

清々しい程の毒舌に笑った。確かになぁと頷く所が沢山。読書を見直すきっかけになった。
★9 - コメント(0) - 2016年12月18日

岩波文庫⇨光文社古典新訳文庫で読みました。乱読を戒めていますが、楽しくて簡単な本は読みたくなるんですよね…。著者の言うことが少しずつ理解できてきたので、時間を空けて、再度岩波文庫版を読んでみたいと思います。
★12 - コメント(0) - 2016年12月15日

「自分の頭で考える」「著述と文体について」「読書について」の三篇。知識を読書だけに頼ることは良くない。自ら考え抜いて得た知識に勝るものはない。文章を書く時は、飾り立てたりせずにシンプルに、明確に、真摯に。日々新たに出版されるものに飛びつくより、古くからある名著を読む時間を大切にしよう。それにしても、ショウペンハウアーは嫌いな人をハッキリ辛辣に書いていて、毒舌ぶりが笑えます。岩波文庫の翻訳もこんな感じなのか?気になります。あと、ヘーゲルのことが大嫌いなようなので、どんな哲学者か調べてみます。
★17 - コメント(0) - 2016年11月15日

読書にはメリットだけでなくデメリットもあるというのはかなり前に気がついていました。薬になるものは毒にもなるってことですね。 p14「本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ。」 読書に限らず、ネットの文章を読むときにも言えそうです。でもねえ……AmazonでAIにおすすめされてこの本を読み、哲学なんてろくに知らないのでショーペンハウアーについてGoogleで流し読み、読書メーターで他の読者の感想をひと通り読んで、いま書き始めたこの文章。一体、誰の頭で考えたんでしょうか?
★8 - コメント(0) - 2016年11月14日

書かれている本の質で本を選ぶという読書法。訳が上手いのか、痛快で声に出して笑ってしまうほどおもしろい。読書についてなのに本ばっかり読んでいないで自分の頭で考えろという言葉がかなりぐぐっと突き刺さる。
★4 - コメント(0) - 2016年11月12日

岩波文庫を読んだのでこちらも。
★2 - コメント(0) - 2016年11月2日

読書論について、加藤氏と外山氏の本を読んでから、本書に取り掛かったのですが、全く異なる視点で興味深かった。他の方の感想が素晴らしいので、何を書くべきか思案しておりますが、何よりも印象に残るのはやはり、怒れる知者の辛辣さ。ただ、読めば良いわけではないのか。読書というよりは、言語論に近いのだろうか。言葉の乱れに甚だ厳しい。私なんぞ、もはや何も書けない。書けないのは、書くべきことがないから。文章が長く飾り立てて曖昧になるのは自分の愚鈍さを隠すためだからだ。とくれば、あぁ頭が痛い…。
★5 - コメント(0) - 2016年10月23日

読書家を名乗る人には一度は読んでもらいたい読書に関する不変の名著。「本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ」「良書を読むための条件は、悪書を読まないことだ。なにしろ人生は短く、時間とエネルギーには限りがあるのだから」などの言葉は今だに自分の読書観の根底に根付いている。「いつの時代も大衆に大受けする本には、だからこそ、手を出さないのがコツである」など時代の流れに惑わされず古典の本を読む重要性を教えてくれる。だからか古典を読まず、大衆受けする本しか読まない人間とは話が合わないばかりだ
★1 - コメント(0) - 2016年10月14日

「飲み屋で隣に座った爺さんが偉い学者だったんだけど説教が凄くて。たまに何回も同じ話するんだけど言ってることは間違ってないから反論も出来なくて。」っていう気分になりました。 「著述と文体について」でくどくどと展開される全方位射撃には後半かなり辟易させられましたが、「人生の時間は限られているから、無駄に消費するべきではない。インプットする対象はよく考えて選べ。」「同じ答えでも、他人の受け売りから得るものよりも、自分で考え抜いて辿り着く方が尊いし、身につく。」っていう話には大きく頷いたので、読んで良かったかな。
★7 - コメント(0) - 2016年10月12日

まさに怒れるドイツの知性。あまりの怒りっぷりに、先生が怒っているのを見て笑う高校生のように、僕も読んでいる最中にちょっと笑ってしまったけれど。ヘーゲルの包括的な観念論と、この人の個々の生から出発する哲学はベクトルが真逆ですし、その他諸般の事情もあり、ヘーゲル批判がそこここに見られますが、そんなことも気にならないほどに良いです。いつ読むべき(読まないべき)で、どう考えるべきで、そしてどのように記すべきか、つまるところその三点について鋭く書いてあります。言わば「思索」という行為全体の見取り図を書くように。
★22 - コメント(0) - 2016年10月9日

趣味「読書」を掲げている自分にとっては、なかなか手厳しい内容でした。確かに右から左へ流し読みしていることが多いなぁと。こちらの本は啓蒙書として良書だと思うので、手元において何度か読み返してよろしいでしょうか?ショーペンハウアー先生。
★3 - コメント(0) - 2016年10月7日

「一日じゅう、おそろしくたくさん本を読んでいると、(中略)自分の頭で考える能力がしだいに失われてゆく。」という一節。確かにそういう読書をしている時もあるなあとハッと気付かされました。これを機にショーペンハウアーの哲学を学んでみたくなりました。
★17 - コメント(0) - 2016年10月2日

哲学書でありながら、読みやすい。勉強の都合上、一日に大量の文章を読んでいる。あまりにも多いので、一日では捌けないこともある。読まなくていい文章と読むべき文章の違いを見出すきっかけになる一冊だと思う。
★14 - コメント(0) - 2016年9月28日

読書に限らず、皆が毎日大量の文章を読み、大量の文を書きまくっているネット時代のいまにおいても耳の痛い話ばかりです。あまりに自信満々の断定口調で明晰に正論を述べられるので、すべてを鵜呑みにするのが癪に障るような気がしてきますが、それは実際に痛いところを突かれているからでしょう。頭の素直なうちに読み、自らの精神と時間をいかに費やすかを考えるためのよすがとするべき本です。ただ、私自身はショーペンハウアーほど合理的な生き方ができる自信はありませんけれども。
★17 - コメント(0) - 2016年9月28日

読書(どくしょ)ではなく読書(よみかき)の本だと思った。先生の教えに従い、もう一度すぐに読み返そう。
★17 - コメント(0) - 2016年9月23日

著者は、本を読むことは自分の頭ではなく、他人の頭で考えることであり、自分の思索の泉が湧き出てこない場合のみ行えばよいと説く。だから自分の頭で考えなくなるような読書であれば、いくらたくさんの本を読んでも意味がない。また、良書を読むためには悪書を読まないことと説く。ここでの良書とは、偉大な先人たちが残した古典である。最新の本には過去の知見が反映されているという安易な考えも捨てるべきだ。最近では「超訳」という言葉も耳にするが、古典の超訳本なども多数出版されていて、つい手に取ってしまいそうだが、(続く)⇒
★12 - コメント(1) - 2016年9月11日

怒り心頭のショーペンハウアー。『著述と文体について』では世に蔓延する駄作、それを良いと受け取る世間への怒りが爆発していた。収録されている三作のうち、『自分の頭で考える』は短くまとまっていて、わかりやすい。「私たちが本当に完全に理解できるのは、自分の考えだけだからだ。」
★16 - コメント(0) - 2016年8月21日

読むより、書くより、考えろ!ってことですかね。
★3 - コメント(0) - 2016年8月16日

耳が痛い内容だった。考えているフリをしていることが多いことに気がついた。自分で考えないと。読書習慣を見直したい
★3 - コメント(0) - 2016年8月14日

100ページくらいで筆者の厭世観に嫌気がさして読むのをやめた。だけど、多読は善とされる現代において「読書とは他人の思考の跡をたどることに過ぎないのであって、自分で考えることが重要」という筆者の主張は心に響いた。また、匿名の批評に対する鋭い批判にはハッとさせられた。
★2 - コメント(0) - 2016年8月13日

多読は一見、満足感を得られるが、自分の身になるものは自分で考えたことだけである。
★2 - コメント(0) - 2016年8月10日

ひぃーっ!( ;∀;)とにかく心に突き刺さる読書でした…。暇があれば本を読み、わからないことがあればネットで調べる私に、自分の頭で考える習慣はあるんだろうか、、考えてるつもりでもショーペンハウエル先生からしたら「何言うかこのたわけ!」くらいの勢いで怒られそう…(笑)しかし彼の時代に比べると、仕事や付き合いに費やす時間も多いから、悲しいかな私は“少ない読書”のためにも寸暇を惜しんで読まなきゃいけないし、思索しようと思ったら旅行に出るしかないのだ…。読んだものを咀嚼して栄養にするって素敵だな…。
★16 - コメント(0) - 2016年8月9日

うひぃーっ!娯楽小説読みには「本ばっか読んでないで考えろ」が、耳に痛い!ドイツ語ラブなショーペンハウアー博士の怒りが炸裂ですよ!面白かったです。
★103 - コメント(0) - 2016年8月1日

★★★★☆ 自分で考えること、良書を選択すること、言語を大切にすること、結構耳が痛い指摘も多くありました。
★8 - コメント(0) - 2016年7月25日

デカンショのショの人の読書論。たぶんここ数年で一番影響を受ける本になる。今読めてよかった。本当に。全編通して耳が痛い内容だった。訳がいいためか文体も読みやすく、キレのある文章とはこのことかと思い知らされた。文中でも言及しているが、比喩が効果的に使われている。一貫して主張➡比喩➡根拠の順で話が展開していくため抜群にわかりやすい。また同じ内容の繰り返しが多いが、センスのある鮮やかな比喩のおかげで飽きずに深く頭に刻み込まれる。内容は端的に言うと「自分で考えぬけ」ということ。ただの読書は他人の足跡を辿るにすぎない
★16 - コメント(1) - 2016年6月29日

読書についての 評価:64 感想・レビュー:256
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