科学的とはどういう意味か (幻冬舎新書)

科学的とはどういう意味か (幻冬舎新書)
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科学的とはどういう意味かはこんな本です

科学的とはどういう意味かの感想・レビュー(1287)

図書館本。わたし科学のことは難しくてよくわかんない。わかんないことは専門家に考えてもらおう♪ーーああ、お母さんに何事も決めてもらう赤ちゃんくらい楽ちんです。でも、これが今までのわたしのレベルでした。猛反省です。この本は図書館本ですが、買うことにします。たまに読み返して、疑問を持ち続け、思い込みを避けられる人間になれるよう、邁進したいです。個人レベルの視野が広がる、良い本です。
★36 - コメント(0) - 3月22日

科学離れに対する警鐘をとても分かりやすく書かれた一冊。学校で習う国語や算数などの科目の違いは意識したことなかったけれど、理系科目が苦手だった理由が今更分かった気がしました。繰り返しいわれる思考停止も、非常に耳に痛いですね。科学的なことだけではなく、思い込みで色々なことを敬遠してきたんだなぁと反省。もう少し数字を意識して物事を見ていきたいと思います。
★18 - コメント(0) - 3月11日

17-50】1年ぶりに読了。2011年3月末に書かれた新書、読書メーターを始めてから一番読了回数が多いのはおそらくこの一冊だと思う。自分自身の価値観や感じ方の変化に伴って前回読了時とは違う印象を受ける事は本書に限らず何度となく起こるけれど、今回のように(森さんご自身もあとがきにて語っているとおり)確かに河口に程近い下流あたりなのかなと感じたのは少し珍しい事かも。でもそんな個人的な印象は本書から掬い取れる森さんの知性の数々には全く影響しない。自分自身を研磨するように、これからも何度でも読むだろうと今は思う。
★13 - コメント(1) - 3月11日

読了後、小学生の娘に貸した。私自身も印象より数値で話をされたほうが想像できる人間なので、森氏の話はどれもわかりやすく思考が鮮明になる。娘とのコミュニケーションの橋渡しになってくれる期待を込めた1冊。それはまた別問題かな(笑)
★3 - コメント(0) - 3月2日

科学的なものの見方、考え方をしないことの弊害を教えてくれる。客観性が社会を落ち着かせるという考察には自分自身にも思い当たる節があり反省。
★2 - コメント(0) - 2月22日

本の内容とは関係ないかもしれないが、今お騒がせの○○の科学と呼ばれる団体について考える。彼らが訴える再現可能性とは教祖様しかそのことを証明することができない。科学における再現可能性とは誰もが方法さえ正しければ再現可能であることによって証明できるものだ。科学と名をつけていること自体が欺瞞であるこの団体を疑うことを知らないで育ったのは科学を学習する姿勢を持たなくても生きて来れたからだろう。この悲劇を教訓にぜひとも文系諸君にも科学を学んで欲しいものだ。勿論信教の自由は守られなければならないが。
★2 - コメント(0) - 2月22日

日常的に「思考停止」しがちな自分にとっては、なかなか耳に痛い内容でした。けれど筋は通っているし、なるほどなと思う部分も多く、この手の本は定期的に読もう!と思えた(笑)テレビやネットで垂れ流しの情報は、特にうのみにしちゃいかんなぁ…。難しく考えがちだけど、科学的というのはとても客観的でシンプルな事。
★6 - コメント(0) - 2月8日

数学・科学と聞いただけで拒否して思考停止してはいけない、むやみに避けてはいけないよという警告。高校生や若者を対象にかかれたものかとてもわかりやすく噛み砕いたエッセイである。森先生の言うことは全てごもっともだけど、誰もが皆すんなりと科学的な考え方を身につけられるわけでもないし、どうしても学生時代の嫌な思い出が付随してるから理系科目が嫌われるのかもしれません。それにしても森先生はそんなに変人扱いされていたのでしょうか?なんだか世の人は皆、理系の人を変わり者扱いしてるみたいなニュアンスでした。
★15 - コメント(1) - 1月12日

著者の怨念を感じた
★3 - コメント(1) - 2016年12月28日

森さんによる科学概論あるいは科学哲学的な考えをわかりやすく書かれたものです。日常的な出来事を例に挙げられて高校生でも理解できるように非常にわかりやすい本でした。
★140 - コメント(0) - 2016年12月10日

o_o
震災直後に書かれた本です。原発事故関係に多く触れつつ、科学的であることについて述べられています。当時、ただちに影響はない、基準値超え等の報道の言葉にもやもやする思いを抱き、色々調べたことを思い出しました。「安全に作られています」といった情報が与えられたときに、その情報について鵜呑みにすることなく、ここで与えられた安全がどのような範囲で成り立つものか知る必要があるという記述は納得でした。人間関係で疲れてしまった時、森先生の本を読むとデトックス効果があるような気がします。(何だそれは)頭の整理に良い本でした。
★13 - コメント(0) - 2016年12月4日

科学的とは、誰にでも再現できること。検証できること。数字で考えること。確かに、東京ドーム何個分とか言われても全くわからないし、レポーターの感想を聞いてもねぇという、同意する所多々あり。再現できることには、再現率は高くなくてもいい のだよねぇ、やっぱり。環境破壊の要因を経済に求める所は、さすが。
★5 - コメント(0) - 2016年11月28日

科学的な態度とは何か、第2章を読めばなんとなく理解できる。豊洲新市場問題について語るにはこの「科学的」な態度をわきまえなければいけないと感じた。
★3 - コメント(0) - 2016年10月28日

むつかしいことはわからない、なんて開き直ってると、大変なことになりますよ、と言ってる本。正しい。でも、この本のほんとの本旨は、科学アレルギーなひとと出くわすとすんげーイラつく!という筆者の内心の叫びだと思われる。
★73 - コメント(2) - 2016年10月14日

科学的な態度について色々考えることができた。著者の森博嗣さん程とはいかないが、自分なりに科学的な姿勢でいることを心がけよう。
★5 - コメント(0) - 2016年10月2日

最近読み漁っている森博嗣さん。 「喜嶋先生の静かな世界」の引用の箇所で衝撃。私は小説しか読まなかったのだけど森さんの「喜嶋先生」や「相田家」を読んでだんだんこの方の「小説」ではなく「ノンフィクション」が読みたいと思うようになった。自分の考えでノンフィクションを読み始めたつもりだったけど違った。喜嶋先生がノンフィクションへの入門書(と、勝手に解釈)だったとは、まんまと森博嗣のての平のうえで転がされておりました。
★8 - コメント(0) - 2016年9月8日

「科学的であること」を「再現可能であること」と定義すると、ヒトを対象とした研究のどこまでが科学的と言えるのか悩ましい。この定義自体が時間と共に変わるようにも思うし、むしろ定義し直していくべきなのではないかとも思う。しかし、本書が一貫して伝えようとしている「科学的姿勢」の必要性と、科学的姿勢を持たないことへの危うさは同意するところ。
★5 - コメント(0) - 2016年9月3日

km
科学とは、誰の手によって再現可能なものであるために民主的である。過去と現在にあった現象の観察から1歩1歩たしからしいことをつみあげて未来を予測したり理論がしたりする科学の姿勢は石橋を叩いて渡ることに近い。近年は科学が発展しすぎてその原理をしらない若者は言葉を鵜呑みにしがちらしいので気をつけたい。
★5 - コメント(0) - 2016年8月22日

著者の文章は、ふわふわとしてファジーな私の頭に、冷水をぶっかけてくれます。天邪鬼で皮肉屋で理路整然とした意見を聞くと、猫背な思考が少しだけ矯正された気になります。以外備忘録。P107 『科学というのは「方法」である。そして、その方法とは「他者によって再現できる」ことを条件として、組み上げていくシステムのことだ。他者に再現してもらうためには、数を用いた精確なコミュニケーションが重要となる。また、再現の一つの方法として実験がある。個人ではなく、皆んなで築き上げていく、その方法こそが科学そのものといってよい。』
★46 - コメント(0) - 2016年8月13日

小説を読む人と、ノンフィクションを読む人はほとんど重なっていない、というのが僕の印象だ。そして、小説を読む人数の方が(僕の作品の読者では)圧倒的に多い(106頁)。科学というのは「方法」である。そして、その方法とは、「他社によって再現できる」ことを条件として、組み上げていくシステムのことだ。他社に再現してもらうためには、数を用いた精確なコミュニケーションが重要となる(107頁)。非常に面白い一冊であった。
★18 - コメント(3) - 2016年8月2日

読友さんに紹介していただいた本。この本を読んで、日頃、どれほど自分が科学を頭ごなしに敬遠していたかがわかった。確かに、中学生くらいで、理数系の科目が苦手だと思い始めてから、なるべく関わらないようにしてきたと思う。ラジオやテレビなど、あまりにも当たり前に使っているので、仕組みを知ろうと思ったことが無かった。それだと本当に魔法と同じことだ。苦手意識から、知ることを拒否するのはもったいない。せっかく科学の恩恵をたくさん受けて生活しているのだから、もう少し科学の知識を増やしていかねばと反省した。
★21 - コメント(0) - 2016年7月29日

ミステリー作家にしてN大工学部准教授だった(知らなかったけど退官したの?)森博嗣の新書。内容はタイトル通り。科学的であるとは条件を揃えれば誰がやっても再現できるということ。小保方以外には再現できないSTAP 細胞とか、力を疑っている人の前では失敗するという超能力とか。人間には理系、文系、体育会系、芸術系ってあるて思うが(こんな分類自体が根拠のない非科学的な態度)完全な文系人間の自分も最近数学や物理学を高校のレベルで再履修したいと思っている。科学的態度に対する拒否感から憧れにこの歳して変わってきたタイミング
★7 - コメント(0) - 2016年7月25日

最近理系がどうのこうのって本が多いが、その手の本を読むと、理系は常に根拠を持って論理的で客観性があり賢い、文系はややバカ。と思ってしまう内容が多いが、これもちょっとそんな感じ。 何でも結論だけ知りたい思考停止人間はよくないが、それは文系だけじゃなく理系もそう。 ついてけない話・不得手な分野の話には興味が無いからで誤魔化す理系を少なからず見た。 数字と量の把握は心掛けていこと思った。
★7 - コメント(0) - 2016年7月23日

色々感じる違和感の原因がわかったような気がする。そっか、科学的じゃないからなのか。うん、納得。
★3 - コメント(0) - 2016年7月2日

言葉を知ることは概念を知る上で役立つけど、言葉の意味や背景をすっ飛ばして言葉を覚えるだけで全て分かった気になるのは危ない。科学とはそういう信仰ではなく慎重で再現可能な法則を示すものである。森さんの考えに同意する。科学を理解しないことは、神を信じる信じないというとこ以上の確実さで生活を不利にする。安全だと言われてそれを盲目的に信じても自分の身は守れない。めんどくさいかも知れないがそれが自らを助けるのである。
★15 - コメント(0) - 2016年7月2日

「言葉とは単純化であり、ディテールを損ないかねない」という主張が、自分が最近考えていたこととピッタリ一致していた。 テーマがはっきりしていて、すんなり理解できた。 森博嗣はものの見方が鋭いというか、まさに科学的だなあ。
★3 - コメント(0) - 2016年6月9日

すみません、以前は森氏のことを「理系ふぜいが小説なんて書きやがって」とか「この人って冷たくて心がないよね」とか思ってました。 今はだいぶ好きです。
★8 - コメント(0) - 2016年6月7日

のっけからヤバイ、と思う。完全なる文系(だと思っている)の私は「結論だけ言って」と思いがち。数字をもっとイメージして客観性を持つのは大事、を認識しよう。災害も、数字による把握をすると落ち着きやすい、は至極真っ当。読みやすかった。
★10 - コメント(0) - 2016年5月29日

ものすごく久々に森博嗣の本を読んだ。と言っても何とかシリーズってミステリ小説ではない。科学とはどういうこと?毛嫌いせずにもうちょっと興味を持ってみれば?などなど、非常に読みやすく書かれている。しかし、こういう本は中学や高校のころに読みたかったなあ・・・・
★5 - コメント(0) - 2016年5月15日

・テレポーテーションとかタイムトラベルって、地球とか太陽系が動いてるのをどーやって処理するの? 確かに。 ・個人の主観的な印象より、数字の方が信頼出来る ・科学から目をそらさず、理解する努力をすべき
★3 - コメント(0) - 2016年4月30日

普遍性・再現性が科学的であるという内容の本。あと、疑問・問題の質も大事なんだと。文系だからという言い訳をして生きたくないと思っているので読んだ。後半ちょっと説教くさい。正しいのだろうけど、つまらない。
★3 - コメント(1) - 2016年4月19日

科学的とはどういう事なのかという根底的な話だが、そう捉えるのかとハッとする内容だった。今度読む時に、今更そんな事と思えるくらいになれれば良いのだが。震災のトピックスの「思うだけでは誰も救えない」とう言葉が震災に対する姿勢を射ていて、意識していかねばと思った。
★5 - コメント(0) - 2016年4月16日

今頃ですが、この本、東日本大震災の直後に書かれて出版された本だったのですね。とかく原発や復興に関して感情的に(ともすればヒステリックに)なりがちなあのタイミングで、「必要なのは『感情』ではなく『知恵』なのだ。泣いている暇はない。『可哀そうだ』と同情したり『あいつらが悪い』と怒っても解決にならない。少しでもデータを集め、事象を精確に分析・把握し、なるべく早く次の手を打たなければならないのである」という本を出すにはかなり出版社側も勇気がいったのではないでしょうか。今また日本が揺れているタイミングで勧めたい本。
★5 - コメント(0) - 2016年4月16日

まずは一読。この本を多感な時期に読みたかった。今よりも冷静に物事をみれるようになるキッカケになっていたのではないか、と思う。 図書館で借りて読んだのだが、手元に置いて再読、再再読と、定期的に読みたい内容だった。
★7 - コメント(0) - 2016年3月29日

「文系」とは方法と道理を欠いた理系である。なんで文系はこれらを欠いてしまったのか。自分で感じること、考えることを面倒くさがるからである。方法と道理とは、民主主義的かつ安全、そして公平かつ人類の幸福という理想に従うものだ。何はともあれ、そういう人々は根拠のない非科学的なものに支配されていることを自覚し、数字によって認識できる本当のもののあり方を意識すべきだとまとめてみた。つまり、自分で感じ考える森が、人類の幸福の方法を、面倒くさがりの人々に対して懇切丁寧に教えてあげる本だ。となる。どうしてこうなったのか。
★9 - コメント(2) - 2016年3月28日

理工系の教育を受けている人間にはごく当たり前の内容だが、本書は改めて科学について考えるよい機会になる。
★3 - コメント(0) - 2016年3月27日

3月ごろ読了科学者は冷たいのではない数字を把握して、数字に基づいて考えること
★2 - コメント(0) - 2016年3月15日

大震災直後に執筆されたこともあって、普段よりも森博嗣さんの熱意?的なものを感じる。普段より温度が高めって感じ。歴史学専攻だけど非常に頷ける所多数&参考になる。子供への接し方で、質問されてわからないことはわからないと言って、そのことについて子供の方が分かったら教えてね、と伝える、というのがあったけど、これ紅子さんが実践してた。
★3 - コメント(0) - 2016年3月12日

16-47】今朝家を出る時に本を忘れた事に気付いて本棚から一冊抜いて鞄に入れて、通勤時の電車でひらいてよりによってこれを選んでしまったのかと少し驚いた。森さんの言葉(意見)に触れると出来る限り俯瞰の視点を保ちたいといつも思うので、本書で繰り返し述べられる理系と文系の考え方の差異に関してもつとめて客観視を心がけつつ読了。
★6 - コメント(1) - 2016年3月11日

東日本大震災、とりわけ津波や原発事故のあとの私たちの態度、報道のあり方に対する批判に関しては、気付かされるものが多い。
★5 - コメント(0) - 2016年3月9日

科学的とはどういう意味かの 評価:74 感想・レビュー:500
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