嘔吐

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あひる
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嘔吐の感想・レビュー(404)

今から二十年前に読んでいて、この歳になって再読したのは、私に再び訪れた「孤独」の正体を知りたかったからである。確かサルトルの「嘔吐」の中に、あの感情があったはずだと思ったのである。実存主義についてはサルトルの「存在と無」に譲るが、実際に「嘔吐」とは何であったかを知る者として、この小説はバイブルである。私の敬愛する大江健三郎氏がサルトルに影響を受けたのは有名な話だが、むしろ、開高健氏の著作に影響を与えたのがジャンポール・サルトルではなかったかと確信する。万人には勧めないが迷える同士にはそっと勧めたい小説だ。
★2 - コメント(0) - 1月29日

今更感がすごいが、現象学と実存主義が半分アクロバット的に接続しているのを興味深く読んだ。「完璧な瞬間」「冒険」などの「感じ」を切り取って名付けるのが上手いと感じた。文章は面白い。
- コメント(2) - 2016年12月22日

実存主義のなんたるかがかかれています
- コメント(0) - 2016年12月13日

こんなに面白い小説は初めて読んだくらい。ちょっと難しいけれど、よく読んでみれば著者の言ってることは身体に馴染むほどよく分かる。「わかる!!!」って感じ。生きる意味のとらえ方とか、まわりに存在するものへの見方とか、これからどう生きていこうかとか、言語化しにくいこれらについての思考が、しっかりと書かれていて、読めば読むほど、噛めば噛むほど味が出てくる。面白かった。
★2 - コメント(0) - 2016年12月8日

suu
究極の客観、科学的な存在視と言おうか、ややもすると精神分裂、偏執狂的というのか。しかし、かなしい程の事実であり、如何ともしがたい不条理。意識の瓦解と静止画的世界観の顕在化。究極的に人間は自由であり、その自由さ故の虚しさに苛まれる不条理。そして情感の絶対性。実存を求めることは虚しいが「実存の上部にあるなにか」の追求に実存の孤独からの救済があるのだろう。自己の実存の克服に奮闘するが、それには芸術のような自己表現と他者承認が必要になりそうで、同時に実存認識に伴うの吐き気のような嫌気、孤独との戦いが続くのだろう。
★2 - コメント(0) - 2016年9月3日

懸案の名著を、ようやく読了した。正直ホッとしている。世界的名著に対してこれはないと自分でも思うのだが、率直な感慨だ。詩人の吉岡実が、どうしても読み通せない名作として「嘔吐」を挙げていたのが想い出される。この作品は「マルテの手記」と似たところがある。パリの街についての魅力的なエピソードのあとに、過去の想い出について延々と単調な描写が続いたりする、そんな自由な構成が「嘔吐」に描かれたブーヴィルに呼応するのだ。または、全篇を覆う自己省察の尖鋭さとか。
★3 - コメント(2) - 2016年5月16日

あなたの病気は、デカルト病と名付けましょう。/こうしてみると、フッサールはポジティヴなんだなぁと思った。
- コメント(0) - 2016年4月9日

友人に薦められて初読。一人暮らしを長く続けていると、自室でふとした瞬間に「重み」を感じることがある。自分が他人と繋がりを持っているように思われなくて、ただ一人で、自分がここに存在している、ということだけを認識する。アントワーヌ・ロカンタンの指す「実存」が僕の感じるそれと一致するものかは断定できないが、『嘔吐』はそうした表明しがたい感覚をきわめて正確に描写した作品である。
★2 - コメント(0) - 2016年2月11日

★9 - コメント(0) - 2016年1月1日

「私は自由である。つまり、いかなる生きる理由も私には残っていない。ひとりであり自由である。けれどもこの自由はいささか死に似ている。」そう思い始めたらどうしようもない。100de名著の番組を見なかったら絶対最後まで読めなかった。前半はこの主人公ロカンタンの精神構造を反映したような鬱屈なフランス・ブーヴィルの町の人たち、生きる意味・色彩感の欠けた生活。自由であるがゆえの自縛、世の中は自由であるのに、何故こう苦しいのか。分かるけど、書き方が難しすぎる。
★10 - コメント(2) - 2015年12月23日

約3年9ヶ月振りの再読。「100分で名著」という番組で特集を組まれていたため、以前よりは内容が頭に入ったような気がする。美術館で肖像画を見つめ返す辺りからそれなりに面白くなるのだが、前半はよみにくい。独学者との禅問答のような問い掛けを読んでいると、実存主義はヒューマニズムなのだろうか
★2 - コメント(0) - 2015年12月14日

孤独な主人公の何事もなく過ぎ去っていく日々が日記形式で綴られていく。人間観察や事物観察を通して実存とは何かをひたすら突き詰めているようなのだが、何が言いたいのかさっぱりわからん。難しすぎ。ノーベル文学賞受賞を辞退するほどの人だからなぁ。凡人の私には到底理解が及びません。
★14 - コメント(0) - 2015年12月9日

◎ Eテレの「100分で名著」を見て、チャレンジしたくなって図書館で借りました。 サルトルの私小説仕立てのエッセイ。元が論文だったというのもなんとなくわかります。 人間の本質とは何か。 外見?住所?職業?家族?友人?思想?イデオロギー? デカルトは「我思う、故に我あり」と言いましたが、それは実存であって本質ではないのかも。 「実存主義とは何か」も読もうと思います。
- コメント(0) - 2015年11月22日

主人公ロカンタンの日記という形が取られた小説。孤独に生きるロカンタンを襲う「吐き気」、凶兆、段々と何がそうさせるのかわかっていく。自分自身似たような(と言っていいかわからないが)感覚を持ったことがあるため、この話の世界に入り込みやすかった。フランスの街での日々が細かく描かれていて、雰囲気もよかった。
★1 - コメント(0) - 2015年8月28日

くよくよするなよ、と思わず声をかけてしまいそうな懊悩の様を軸にした日常。実存主義というドライな主観は日記という体裁と非常に相性が良いのだと感じる。見えないもの、気づかないもの、一人称ではないものについての描写はありえない。
★1 - コメント(0) - 2015年4月25日

たぶん6回目くらい
★2 - コメント(0) - 2015年4月24日

哲学者として名高いジャン=ポール・サルトルはその一方で幼少の頃から「文学作品による人類の救済」を夢見ていた。1931年ル・アーヴルの高等中学で哲学の教師となったサルトルは哲学論文の執筆に励みながらも小説の創作を続ける。1937年サルトルは短編小説『壁』を雑誌に掲載。その後『嘔吐』(1938年)を発表したサルトルは新進作家としての名声を得て自分の夢を果たすのである。。
★12 - コメント(0) - 2015年4月4日

サルトル大先生の有名な著書。僕の胸をときめかせたのは次の一文だ。「私は栗や古いぼろきれや特に紙片を拾うことがたいそう好きだ。」これは冒頭のほうにある主人公ロカンタンのつぶやき…ちょっとどうかしてる。さらに、ロカンタンはこう続ける「それを取ること、それを掴むことは、楽しい。」宣言しちゃったよ!栗ならまだしも、ぼろ布や紙切れを拾うのがたまらないらしい。そして本書で最も重要だと思われるのが続く次の一文「子供たちがするように、私はそれを、もう少しで口へ持って行きそうにする」…食べちゃだめだよ、食べちゃ。
★10 - コメント(1) - 2015年3月30日

再々再読くらいでしょうか。「余計者」という強烈な感覚。ものごとの意味と、根拠の喪失。いまやおなじみの、われわれの前提条件となった感覚。ロカンタンがわずかばかりの希望を胸にブーヴィルに別れを告げていくシーンがとても好きだ。「some of these days」を聞くと、息の詰まる物語世界がほんの少し色を変える。今ではyoutubeにもあがっているのでよかったら一度聞いてみて下さいな。
★4 - コメント(0) - 2015年2月24日

主人公のロカタンはあまりに自意識過剰なため「無意識」の領域にまで意識を張り巡らせている。「地下室の手記」みたいに、自意識過剰すぎて読みにくい小説もあるけど(自分の場合はそうであって他の人の感想はわからない)ロカタンの強烈な知性は意識をひとつひとつみのがさず恐すぎるほど冷静に見つめ、そこに書かれた言葉は意識を常に掴んで離さない。そんな強烈な言葉はまさに生き生きとしており活字は思想や哲学を伝える「道具」ではなく「生き物」に変化するのはサルトルの才能だろう。実存主義とか無視し生きた言葉との出会いを楽しんで下さい
★7 - コメント(0) - 2015年2月11日

再読。
- コメント(0) - 2015年1月22日

ある意味想像通りだったがある意味衝撃的でもあった。哲学とはなにか、文学とはなにか考えさせられたもしたし、単純に感覚に同調し感動もした。
★1 - コメント(0) - 2014年11月23日

開高健の1億分の1の理解で以て、彼と同様に「衝撃を受けた」と言わせてもらいたいです。
★1 - コメント(0) - 2014年6月9日

水いらずはスラスラ読めたんですが、こちらは躓きながらつて感じでした。後半は面白くなってきたんですが、やっぱり背景やモチーフを先に読んでから読むと面白いかもしれません。ちょっと予習してましたが、次は新訳の方を読んでみたいです。
★1 - コメント(0) - 2014年5月24日

再読。
★1 - コメント(0) - 2014年4月21日

『人生は生きるの値するか』人生は、それに意義を与えようとすれば意義があるのだ。まず行動し、企ての中に飛び込まねばならない。そのあとで反省すれば、すでに賽は投げられたのであり、道は決まったことが分かる。  結局のところ人が土くれあるいは岩の塊などを美しいとか醜いとかいうみたいに、そういう種類の性質を与えることができるというのが、気に障るのである。 P164少女の聞くに堪えない事件。
★1 - コメント(1) - 2013年12月10日

実存主義の第一人者であるサルトルの代表作。しかし、哲学書ではなく、寓意性のある文学として楽しんで読んでいました^^;本書は、アントワーヌ・ロカタンという人物の遺した筆記帳をありのまま、載せたという体裁で展開される。図書館で猥褻行為をしたとして独学者が追い出される場面は、父親が私の受験勉強を「マスターベーション代わり」だと非難したことを思い出させる。また、本当は事件が起こって欲しくて放置していたのに独学家を非難した人々よりもその事実を知りながら同調した主人公は「自分」という人間が上位という傲慢さに塗れている
★34 - コメント(1) - 2013年10月6日

最初の方はよくわからず苦労したが150頁を過ぎたあたりから面白くなった。そのうち新訳も読んでみたい。
★2 - コメント(0) - 2013年7月20日

年金生活の日常を描いた単調なストーリーだが、精神的には非常にエキサイティング。紙屑、電車、マロニエなどの描写も見事。 まず小石やドアノブに実存の兆候が現れる。慣れ親しんだ感覚に違和感が生じる。これが吐き気。少女の凌辱記事がトリガーとなって本格的覚醒が始まる。レストランで実存の感覚の爆発的な発作に襲われる。押し寄せる違和感と鋭くなる感覚。緊迫感を伴った描写が見事。素晴らしい筆力である。ついに実存を理解する。吐き気と一体化し、吐き気が収まる。 実存とは記号ではなく本質、必然ではなく偶然。実存の根源は不条理。
★3 - コメント(0) - 2013年6月23日

サルトルとカミュがセットのように語られることに疑問を感じていたのだけど、なるほど確かに通ずるところはあるのだなぁと思った。「吐き気」を受け入れ、実存、すなわち現実存在そのものだけから生き方を決めるようになったなら、きっとロカンタンはムルソーになるだろう。
★3 - コメント(0) - 2013年4月11日

面白いような退屈なような、心地好いような気持ち悪いような、分かるような分からないような、奇妙な感覚。人に勧めていいのか迷う本。私はわりと好きですが。
★4 - コメント(0) - 2013年1月19日

実存主義なんて手垢のつきまくった旧世代の遺物だと重々承知してはいるけれど、自分の名前をサルトルから付けられた呪いのせいか僕はそこから未だに抜け出せない。全ての事柄の存在について何かしらを見出したなら吐き気もするだろう。自分自身の存在について見つめ、内部について思考し続ける。頭がおかしくなるまで。嘔吐するまで。実存主義とは、存在とは何なんだろう。10代の頃から考え続けているのに未だに理解できる兆しすらない。ロカンタンはそういう部分に入り込んでしまった読者自身だ。
★3 - コメント(0) - 2012年12月12日

わからん
★1 - コメント(0) - 2012年12月6日

存在は偶然性を排除したそれ自体の無償性により其処に存在する。その不可解で歪な存在の仕方、それがロカンタンに吐き気を催させるのだ。彼は意識が存在を膨張させ、余分を造りだす事を知っている。意識は存在ではなく誇張であり、言語の媒介が自然を虚偽に変えて了う事を知っている。ので不条理をその点に見出す。存在している存在に存在する事により近付けない、という点に。真実を垣間見て了った彼は吐き気と不条理とに悩まされながら、解決を音楽と云う冒険の完結に求め、やがて小説執筆に光明を見る。この『嘔吐』がその結晶かどうかは知らぬ。
★4 - コメント(0) - 2012年12月4日

実存とは
★1 - コメント(0) - 2012年7月10日

『吐き気』。感覚に異様なまでに意味をもたせた作品ではなかろうか。すべてのことが不確かで、ロカンタンも独学者もアニーもすべてが、不器用で不確かな中にいる。『吐き気』を意識した途端、全てに違和感を感じる文体に圧倒。誰ともきちんとは、接触しない。ゴッホの「糸杉」みたいな色調や画風の絵の世界をイメージするといいかも。こまかい日々の「当たり前」のなかに、違和感を感じさせる、ロカンタンの日記。頭でっかちの人間が頭を抱えている。私はだからこの作品にいつも惹かれる。ラスト、ロカンタンは生活に向かって動いていったのだろうか
★4 - コメント(0) - 2012年4月18日

嘔吐の 評価:48 感想・レビュー:77
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