マイケル・K (ちくま文庫)

マイケル・Kはこんな本です

マイケル・Kの感想・レビュー(132)

内戦下の南アフリカで人間社会を捨てて野生に戻ろうと奮闘する男の物語。治安機関をはじめ人道主義の医師やヒッピー風の若者ら男の野望を認めない人々によって男が追い詰められていく姿は、彼と同じイニシャルを持ち、社会の呪縛から逃れられないカフカの小説の主人公を連想させる。
★6 - コメント(0) - 2016年10月14日

再読。内戦下の南アフリカ。極限状況の中であらゆる暴力に抵抗しながらマイケルが望んだ「ただ生きること」について考えさせられる。玉ねぎの皮を一枚一枚剥いでいくように、最後に残った小さな芯。そこに生の本質を見た。同時に剥がされた皮の多さに、自分を覆い、時に締め付けるものの多さに唖然とした。時間の流れに身を任せながらただ生きることは、そんなに難しい事ではないのかもしれない。無駄を削ぎ落とした端正な文体がそれを物語っているようだった。
★34 - コメント(0) - 2016年2月9日

暴力が渦巻く南アフリカ文学。三人称によるマイケルKの独白という形式も、その独白の間に挟まる医者の独白も独特で生々しい。主人公のKというのは、カフカから来ているだろうし、冒頭文も変身に通じるところがある。いや、作中に渦巻く不条理なまでの暴力はまさにカフカ的だ。
★6 - コメント(0) - 2015年12月31日

彼は兵士では無かったが、生まれた時から戦っていた。絆から解き放たれ、魂は彷徨い、削ぎ落とされた肉体は断食芸人を呈する。南アフリカの機微を見せつけられ、覚醒したマイケルが生き永らえる事を切望する。
★9 - コメント(0) - 2015年12月18日

人は皆、獏としたイメージを持って生きているのだろうが、実際に私たちを取り巻く世界の中でそのイメージどおりに生きるのはほとんど不可能なのかもしれない。そのイメージを戦時下の南アフリカで貫こうとしたのがマイケルKで、彼を愚か者だと僕は断言し難い思いがある。大地に一粒ずつ種を蒔いて歩きたいと願う、精神よりも強靭で愚直な肉体を持った庭師。自由を渇望し、そのためには金を物を、食物さえも拒否する。やはり、愚かなのだろうか? Kまで突き抜ける事はとても出来ないくせに、イメージにしがみついている僕のほうが、ずっと愚かだ。
★24 - コメント(0) - 2015年11月6日

クッツェー初読み。アパルトヘイト下の南アフリカを舞台とした一人の孤独な男、マイケル・Kの物語。当時の南アフリカの状況をよく知る人が読むとまた全然異なる情景が見えるのかもしれないけど、訳者あとがきによれば当時の検閲から逃れるため可能な限り抽象化して描かれているそうで、それが良い方向に転じて国や時代を選ばず共感を呼ぶのかな。物質的にも精神的にも完全なる孤立、というのは、社会からにしても個からにしても容易にはなし得ない。とくに精神的な孤立そのものに対して視点となる医師が動揺する第二部が面白かった。
★8 - コメント(0) - 2015年9月20日

当時の南アフリカの状況についての知識は全く無いが、それが却ってイメージを喚起させ作品世界に魅了された。母親を自製の手押し車に乗せて旅立つところからすぐに引き込まれる。マイケルの姿を追いながら、人は何によって生きるのか、何のために生きるのかを自然と考えさせられる。若い医師の目から見る第二章を挟むことで作品の広がりが増している。解説に書かれているように、苦さがありながらも、読み進めずにいられない。独特な魅力がある小説。
★1 - コメント(0) - 2015年9月13日

舞台はアパルトヘイトの南アフリカ。ノーベル賞作家クッツェーの出世作でありブッカー賞受賞作でもある。戦時中にどこにも属することなく、ある意味で自由に生きるマイケル・Kの生活を描く。マイケル・K自身は口唇裂で頭も弱い人物として描かれていて、しかしながらそんな特徴ゆえにどこにも属さずに、戦時中なのに自分で畑を耕して生きるなどして、何にも縛られずに自由に生きている人物としても描かれている。いろんな読み方ができる作品。自分で育てたかぼちゃを食べるシーンの気持ちよさ。
★3 - コメント(0) - 2015年4月23日

大地に根ざすことを選び世捨て人のようになってしまった主人公により、人類の間で作られた主従関係の無意味さが浮彫りにされる。ちょっと重くてなかなか読み進めなかった。
★27 - コメント(0) - 2015年3月21日

別の国のアパルトヘイト性についての本を読んでいる時に手に取ったので、何だか符号を感じました。誰が白人で、誰が黒人といった説明はないので、その辺りは登場人物の台詞や振る舞いを手がかりに読むことに。お母さんは割合早い段階で死んでしまいます。
★1 - コメント(0) - 2014年12月16日

sin
主人公は自然と一体化する、最早大地に溶け込んで食事すら必要としないほどになっていく…母親と暮らしていた頃は社会から顧みられない主人公だが街を離れて母親の故郷に赴いてからは、否応無しに周りからの干渉を余儀なくされる、権力・医療、いずれも彼にとって押しつけでしかなく、そのうえそれぞれが望む事を語ろうとしない彼が理解される事はなく身に覚えのない役割や人格すら押し付けられる。だから自分を消し去ろうとするのか人間同志の営みを離れて?
★41 - コメント(4) - 2014年11月29日

無気力で無抵抗な主人公。ともすれば嫌悪感を覚えるかもしれない。ところが、全くその逆で、周囲の暴力的で独善的な人々がかえってせせこましく、ちっぽけに見え、主人公が聖人のように思えてくる。文章は平易で読みやすい。それでいて情景が細部まで想像できる。
★11 - コメント(0) - 2014年11月5日

この本の名前も作者の名前も知っていたけれど、この本についての大した知識がないまま、偶然巡ってきたこの本を読み始めて、マイケルのような世界に免疫が無いために衝撃を受けた。表紙を見るとマイケル君が自分探しの旅に出かける本かな、くらいに思えたのだけれど、実際はもっと苛酷な旅の話だった。生きようとしていないものはこの世界でどうあるべきなのか、この世界に違和感を持つものが生きるにはどうすれば良いのか。幸せとは何なのか、人によって違うし、何が幸せなのかは簡単には言えないのかもしれない。
★3 - コメント(0) - 2014年10月19日

クッツェーはこの作品を書いている時が1番無邪気というか、楽しかったのではないかという気がする(クッツェーは自作のキャラクターのなかではマイケルKが1番好きだと語ったことがある)。人間という存在様態を離れて別の生き物に変わりたい、社会秩序の檻から逃れたいという否定的な願望の成就に目が行きがちだが、彼の生まれ育ったカルーの大地の素晴らしさや、自然への賛辞が基底にあることを忘れてはならない。Kは抵抗しているのではなく、ただ生きたいだけだ。Out of All Camp.「土のように優しくなりさえすればいい」
★2 - コメント(0) - 2014年9月9日

強烈な物語だった。暴力と不条理に満ちたマイケルの歩みと抵抗のようなものは、視点を変えた第二章を通じて自由や大地、暴力と戦争と分かちがたく結びついていることが印象付けられる。面白い話というわけではないが、読むのをやめようという気にはさせず、強いインパクトを読者に与える小説であると感じた。
★3 - コメント(0) - 2014年8月20日

時間かかった
- コメント(0) - 2014年6月7日

戦争の時代にあって頑なにノーを示し続けるマイケル・Kに興味を持つ若い医師が語り手となる第二章。唯一自由に生きようとするKが、マイケルズと複数形で呼ばれるところに胸を突かれる。マイケル・Kは聖化されているようで、その実、どこにでも存在するーー存在するべきーー普遍的な人間の姿なのかも知れない。
★2 - コメント(0) - 2014年4月7日

カフカの城、アメリカの影響を強く感じさせる本。社会の中で自由を求める人間と、それを虐げる社会という名の暴力。果たして本当に不条理なのはどちらなのだろう。
★4 - コメント(0) - 2014年3月27日

ぐいぐい読まされる文章。「手押し車にお母さんを乗せて旅立つ」という粗筋を読んでいたので、50ページも読まないうちにお母さんが死んでしまってびっくりした。でも結局"お母さん"は全編に渡って存在感をにじませていて、ああ、この人が違うタイプだったら息子はどんな風に育っただろう、どんな考え方をしていただろう、などと思った。
★3 - コメント(1) - 2013年12月1日

クッツェーの書く”個人の物語”は迫力がある。マイケル以外はさらっとしか生い立ちやらのストーリーが描かれない。 戦争の最中、戦いの相手は敵だけじゃないし、兵士だけが戦争をしているわけではない。 マイケルはひたすら自分と戦っていて、それが色んなものと戦う周囲の人には奇異に見えるのかもしれない。 南アフリカを舞台にすると、ほぼ必ず戦争の話になるのは悲しい。 南アフリカで戦争の香りのしない小説も読んでみたいのだけど。。。
★3 - コメント(0) - 2013年9月23日

マイケル・Kはケープタウンから内陸の農場を目指すがこの小説を読む読者も人間というものの根幹に肉薄していくだろう。戦争は暴力の最たるものであるが、自然を破壊し都市を構築することも人間を区別し区分けをするアパルトヘイトも生れ落ちた躰にメスを入れる医師の手も暴力に違いないのだ。暴力に朽ちていく者たちの中にいて、マイケル・Kは暴力に抗い続ける。このように書くと何か勇気が貰えるような小説のように思われるかもしれないがこの小説がくれるのは勇気ではない。まだ名付けることはできないが、強く胸を撃つ何かを得ることができる。
★25 - コメント(0) - 2013年5月20日

正直、マイケル・Kが自由で幸せだったかわからない。2部の語り手である医者は、Kの自由に敬意を抱くのだが、読み終えてだんだんと、それもなにか思い上がりに思えてきた。南アフリカの歴史や空間に自身の想像力が追い付けないのが悔しいところだ。
★5 - コメント(0) - 2013年4月5日

アパルトヘイトという厳しい現実下の南アフリカが題材なので、一概にわれわれの状況下と比較して言うことはできない。しかし、根底には物質主義とそれに伴う弱者・強者の対立構造が浮き彫りになっている。(アパルトヘイトはなくなったが)未だに資源争いで戦火が絶えないアフリカの情勢を考えると、先進国が都合のよいように境界線を引き、無理な文明化を押し付けているのだということを痛感する。遠い国ではあるが我々はもう少し身近な問題として考えないといけないのだと思う。
★2 - コメント(0) - 2013年2月27日

世の中は不条理とわかっていても突き付けてくるこの不条理は類が違う。今の私にはその何かがわからない。もどかしい。カボチャを食べるくだりは本当に美味しそうで美しくてじんわりくる。砂糖、バター、シナモンの追想に耽りながら食べる。本当に美しい。
★6 - コメント(0) - 2013年2月27日

貧困と暴力が渦巻く南アフリカが舞台の小説。庭師のマイケル・Kは衰えた母を背負い、母の故郷を目指し旅立つ。この小説で描かれる世界は、現代日本からは想像できない生と死が隣り合わせの世界であり、いくら想像力を働かせても確信を得るのは難しい。しかし、巧みな文章は読むものを(どんな国籍であれ)決して飽きさせない。 作中における個人と社会の対比は現代日本にも通じるものがある。貧者だが自由な生き方を知るマイケルと、日々の糧を与えられるも明日に怯える市民。どちらがより人間的な生なのか、そんなことを考えさせられた。
★2 - コメント(0) - 2012年8月19日

J.M.クッツェーの『マイケル・K』を読了。衰えた母親を連れて、その母親の故郷を目指す主人公。その手を阻む数々の困難。無数の「型」にはめられた人々が「自由」に生きることはあまりにも難しい。それでも尚無自覚に抵抗する主人公の姿は白痴にも見えるが、これこそが本来の自然状態なのかもしれない・・・。
★3 - コメント(0) - 2012年8月8日

読みすすめてページが止まらない、圧倒的な内容と語りのある小説でした。純粋に読み進めたい、読者の心境を追いこんでいくような書き方に、社会情勢を深く掘り下げて考える暇さえありませんでした。とにかくまず追い込まれていく心境を楽しめる。また印象に残った部分としてはやはり2章で急に語り手が変わったのは不意打ちでしたし、かなり大きな効果を上げていました。また身体精神障害者を主人公にすることで独特の世界観を発揮していたのは、ル・クレジオの「調書」を彷彿とさせました。総じて「恥辱」よりもわかりやすくスリリングでした。
★3 - コメント(0) - 2012年8月4日

自分にとっては未知の領域だったアフリカの世界。現実としてある貧困と暴力。その中で「自然」と生きようとする男の物語。自然に生きることはこれほどに難しいことなのか。人間は賢しくなりすぎたのかも知れない。動物として生きるには。
★2 - コメント(0) - 2012年7月31日

マイケル・Kは境界人として南アの戦時下を生きる。人は境界人であるKを恐れ、暴力でもって自分達の集団に含めようとする。その暴力と境界人の視点を鋭く描いたクッツェーに感服!
★5 - コメント(0) - 2012年3月19日

知能障害を持った主人公からは自分の身に起こる出来事の理由も背景も語られない。目の前の事実と、簡単な言葉でだけ語られる感情、母への思い、政治への憤慨、自然との一体感、。Kの生き方の不可解さ、一筋さ、強さは医師が代弁してくれるように、説明できないが惹きつけられる。
★2 - コメント(0) - 2012年2月17日

暴力を描いた小説は多いが、クッツェーの作品ほど読んでいて痛みを感じさせるものはないように思う。なにも好んで痛い思いをする必要などないのに、こうして読むということは、小説を読むということに私が求めている何かがこの痛みのなかには確かに存在するのだろう。……地味なことだが、作中で何度も手術で治ると語られるKの口唇裂を、母親もノレニウス学園も放っておいたということ、そしてそれらが彼の母であり父であるということに薄ら寒さを感じた。
★4 - コメント(0) - 2011年7月7日

三部構成。ⅠとⅢは主人公視点の三人称で淡々と進む。「ガープの世界」と「デイヴィッド・カッパーフィールド」を足して2で割った感じ。 で「Ⅱ」。 野垂れ死に寸前の主人公に収容先病院の職員が惹かれていく。あっという間に。ひたむきさが主人公のスタンスと対極。 生まれつき障害を持ち、家族と死別し、最下層の生活をしながら、めぐり合う僥倖に目もくれず、悪意も構わずやり過ごし、憑かれたように荒野を突き進む。ただここじゃない場所へ。この神々しいまでの潔さの眩しい。
★2 - コメント(0) - 2011年6月7日

アパルトヘイト下の南アを舞台に、口唇裂の庭師マイケルが、騒乱のケープタウンから病んだ母親を手押し車に乗せ母親が少女期を過ごしたプリンスアルバートをめざす。アパルトヘイト下の厳しい検閲制度・発禁をくぐり抜けるため寓話的な手法をとっているものの、人間とは何か、生きるとは何か、自由とは何かを圧倒的な迫力で突きつけられる。クッツエーの出世作。
★4 - コメント(0) - 2010年12月9日

内戦下の南アフリカ、母親を手製の手押し車に乗せての道行きは、夜間外出禁止などの規制の厳しい中、許可証のない移動で軍人や警察の干渉と、災難に見舞われてどんどん悪い状況に陥ってゆく。緊張感があるのにないような、生きることへの執着もなさそうなのに、捕えられても保護されても囲いの外の世界へ逃亡するマイケル。自我のとらえどころのなさが不意に胸にひたと迫る。
★12 - コメント(0) - 2010年11月21日

疑いようのない傑作。この作品を読んでいる間は生活が吹き飛んだ。『恥辱』も素晴らしかったけど、この作品は普遍性という文学が表現しうる最高の極地に辿りついている。歩くということ、眠るということ、食べるということ、そしてこれらを包括する生きるということ、この概念を芯から揺さぶる作品だった。
★6 - コメント(0) - 2010年10月13日

マイケル・Kが最後まで持っていた「カボチャの種」。彼の言葉があるとすれば、それは「カボチャの種」のようなものなのだろうか。カフカやロビンソン・クルーソーの種子が南アフリカでまた種子をつけ風に運ばれていくように。
★5 - コメント(0) - 2010年4月13日

マイケル・Kの 評価:76 感想・レビュー:49
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