さがしています (単行本絵本)

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さがしていますの感想・レビュー(313)

苦しい。原爆で持ち主が亡くなってしまった遺品達の声。止まった時計、食べられないままのお弁当、焦げて壊れた眼鏡…。やりきれない悲しい気持ちでいっぱいです。
★20 - コメント(0) - 2016年12月2日

「原爆」という投下した側の言葉は知っていたが、初めて広島に来て知った「ピカドン」は落とされた側の言葉。この本をよくぞ書いてくれた。そう感じました。
★6 - コメント(0) - 2016年10月17日

《市図書館》 広島の原爆資料館に所蔵されている数多くの物の中から、当時の生活まで垣間見られるようなありふれた身の回りの生活用品達が語り部となって、原爆投下直後の様子を語ります。 そこにはもう自分を使ってくれる持ち主は居ない… 声なき物が語ることで、原爆の恐ろしさを再認識しました。
★3 - コメント(0) - 2016年10月14日

アメリカの方がかかれた本だったようで、それがちょっと嬉しかったです。この本を見ていると、その日にいっぱい亡くなったとおもっていたけれど、何日後に亡くなったりした人も多かったんだろうなって思いました。本当に、ひどかったんだなぁというのがしみじみ伝わってきて、絶対におなじことを起こしてはいけないと思いました。
★7 - コメント(0) - 2016年9月1日

永く持っていたい一冊です。次の世代にも伝えていきたい。広島の被爆資料から学ぶべきことはたくさんあると思います。その一部を、アーサー・ビナードさんは翻訳してくれました。想像力が試されます。
★2 - コメント(0) - 2016年8月19日

E
涙が途中からとまらなくなった。どれも大事にしていたものでしょう。相棒のようなものだったでしょう。もう会えない持ち主達をものたちはさがしています。変わらない日常、あの日のつづきを待っています。きれいなままのワンピース。食べてもらえなかったお弁当。ただ悲しい。母方の祖父も広島で入市被爆しました。平和記念公園に名前も刻まれてるらしい。一度訪ねたい場所です
★5 - コメント(1) - 2016年8月17日

何十年も前に行った原爆資料館だけど、お弁当箱は覚えてる。
★2 - コメント(0) - 2016年8月9日

今日食べるはずだったお弁当、いつもかけていたメガネ、非常食を入れていたお手製の布鞄、きれいに縫い上げたワンピース…お弁当やメガネは一瞬にして炭のようになり,鞄や服はキレイなままもう一度使ってくれる人を待っています。けれどもあの日から二度と手に取ってくれはしません。ずっと待っているのに。どこへ行ってしまったのでしょう。ずっとさがしています。
★21 - コメント(0) - 2016年8月7日

ただかなしい。わたしたちの平和がもろいバランスの上に成り立っているのだとしても、このかなしみを忘れない限り、強い気持ちでぎりぎりのところで立ち続けていたい。美甘章子著「8時15分」もぜひ。
★3 - コメント(0) - 2016年8月6日

ふつう絵本を借りるときは一瞬ひらいてみるのだが、この本はなにもしないで家に持ち帰った。 そうか、こういう重い本だったのね。もっともっと使われ愛されたかったであろう"もの"たち、の代わりに写真と詩が語る本。ものたちは、ただ存在していただけじゃなくて当然のごとく持ち主がいた。彼らにはごくふつうの日常があったはずで、たぶんこうやって不特定多数の人たちの目に留まることもなかったはず。だってこれらは展示品なのだから。それもかなり特殊で特別なものだから。 わたしも、いつか必ず広島に行ってこの目で見てきたいです。
★6 - コメント(0) - 2016年7月28日

ヒロシマで被爆した「物」たちが持ち主への思いと核の怖さを語りかけてきて、胸にぐっとくるものがありました。注目して欲しいのは作者が日本人ではなく、アメリカ人だということ。母国で核爆弾について学び日本にきて「ピカドン」という言葉に出会ったそうです。国をこえて二度と起こしてはいけない悲劇について語りかけてくる絵本です。
★6 - コメント(0) - 2016年7月18日

再読。ピカドンにあったモノたちが、探しているものは。一ページで語る、それぞれの人との関わりのストーリー。
★4 - コメント(0) - 2016年6月9日

【学校図書館本/読み聞かせ(中学3年生)】3年生が修学旅行の事前学習に使うとのことで、事前学習に入る前に読み聞かせで使用。数日前のオバマ大統領の演説もあって、1文字1文字じっくりと読んだ。日本人が書いたものではないので他人行儀な文章であるのは否めないが、言葉の丁寧さが余計に戦争の悲しさを際立たせているような気がした。オバマ氏の演説を聞いた小1の娘が、原爆について聞いてきたけど、この本では難しい?原爆がどんなものかという具体的なものではなくて、こんな悲しい歴史があったということを知ってもらいたいんだけれど。
★82 - コメント(0) - 2016年5月31日

Poem about the Hiroshima lighting and bombing - Pika Don. I want him to write this in English and publish in his own country as well. http://www.booksfromjapan.jp/publications/item/1450-i-have-been-searching-for
★3 - コメント(0) - 2016年4月16日

原子爆弾が投下された広島で、持ち主を亡くし、取り残されたものたち。その写真絵本。写真に添えられた文章が、ものたちの叫びが心に突き刺さりました。そして、巻末のカタリベたちのプロフィール…今回、巻末の文章は息子達には読み聞かせなかったけど、息子たちがもう少し大きくなったら一緒に読みたい。
★12 - コメント(0) - 2016年4月10日

「原子爆弾」でも「核兵器」でもなく、実際に被爆した市井の人々の生み出した言葉「ピカドン」。それにあたる英語が存在しないことに気付き、課題を背負った思いがしたという著者の言葉に、じんとした。 14の「もの」たちが語り部となってさがしているのは、ピカドンによって失われた主人や、主人が失われた理由。 小学校の修学旅行で訪れた平和記念資料館。その時の衝撃を少なからず思い出した。 伝え続けていかなければいけない。2度と起こしてはいけないから。
★20 - コメント(0) - 2016年2月13日

広島の原爆を残った物の視点から読み解く。小さな物からでも日常の生活の類推や個性が感じ取られて、それに対してそれが一瞬にして奪われた力の巨大さと無情を思いました。もう少しお気軽な気持ちで開いた本だけに、どう伝えれば良いのか戸惑ってしまいました。4歳児にはまだ早そう。対象としては小学校4年生位からでしょうか。
★8 - コメント(0) - 2016年2月11日

広島への原爆投下の日、人間は死んでも残った物がある。その物達が囁きかけて来る言葉。朝、建物疎開に出掛ける前にお弁当を包み靴紐を結んだ人達。あの日の朝、確かに生きていた。この本をアメリカ人が作った事にすごく意義を感じる。
★44 - コメント(0) - 2016年2月4日

戦争とはなにか。原子爆弾とはどんなものか。その悲惨さを「遺品」が静かに語りかけてくれる写真絵本。本屋でたまたま見つけ、内容を知らずに子どもに読んで聞かせるうちに、泣きそうになってしまった。5歳の子には多少の説明が必要だったが、どういうことかは理解できた様子。「買いたい」と言うので購入したが、まさかこれを気に入るとは。意外。
★30 - コメント(3) - 2016年1月16日

【20160103】読書会にて発表。本の説明と、4編を朗読。この写真絵本は、私が小学校1年生で初めて平和記念資料館に連れて行かれたときの衝撃と似ている気持ちを共有できそうな気がして。「とにかく戦争って怖い」という純粋な気持ち。経済も宗教も科学技術のこともわからないけど「戦争という選択肢だけはダメだ」という、子供ならではの純粋な恐怖と悲しみ。この写真絵本には、それを伝える力があると思った。(だけど私は、読書会でそれを伝えられなかった。失敗したと思う。「気持ちを伝える」のは本当に難しい。)
★15 - コメント(2) - 2016年1月4日

あの日、1945年8月6日の原爆投下で持ち主を失った物たちのつぶやき。爆心地から200mに位置した濵井理髪店に掛けられていた時計。それは今も8時15分を指したまま、永遠に「おはよう」の後の「こんにちは」を探し続けている。ここに取り上げられた14の語り部であるモノタチの声なき声を言葉にして伝えてくれたのがアーサー・ビナードさんだ。彼はもちろん日本語でそれを語る。なぜなら「ピカドン」は日本語でしか、さらにはそれを経験した人たちにしか語れない表現だからだ。こうして半ば形を失ったモノタチは言葉によって永遠となる。
★379 - コメント(1) - 2015年12月20日

図書館にて、本のタイトルと寂し気な鍵の写真が気になり手に取った。 戦後70年。あの日、残されたモノたちの声が胸に突き刺さってくる。改めて、過去からナニを学ぶのか…と考えさせられた。この本を書いたのが、アメリカの方だということに驚いた。
★7 - コメント(0) - 2015年12月15日

TVに出演されていたアーサービナードさんの話を聞き、読もうと思った1冊。ビナードさんは、アメリカで育ってアメリカの学校で教育を受け、英語で原爆投下について、繰り返しその必要性と正当性を教えらていたんですね。1945.8.6 以来ずっと止まったままの時間。再び動き出すことはないと何枚もの写真が語りかけてきました。
★28 - コメント(0) - 2015年11月8日

6-2読み聞かせ。私はまだ行ったことがない『広島平和記念資料館』。二万一千点もある所蔵品からの14点の紹介写真絵本。作者、アメリカ人。彼が書いた一点一点が語る詩に、「その時」の様子が子供たちへストレートに伝わる。
★35 - コメント(0) - 2015年10月18日

1945年8月6日。終わって始まった日。詩人の著者がシンプルな言葉で、その日を見ていた声なき『ものたち』の声を通訳する絵本。生の声や映像は、時に暴力的で自分の言葉が見つからないけど、この『カタリベ』達は優しく優秀だ。そこに存在するだけで、持ち主の、掘り出した人の、家族の想いを、言葉を、ぬくもりを伝える。日本語も英語も越えて。静かに、雄弁に。ただ「むかしむかし… ほんとうはそういいたい」そうは思ってないんじゃないか。だから今も「さがして」いる。「むかし むかしに ならない」よう考えるキッカケにおすすめ。
★66 - コメント(5) - 2015年10月5日

8時15分で止まったままの時計、炭化したご飯が入ったままの弁当箱。広島平和記念資料館に収蔵されている遺品、それぞれのものにまつわる物語。ものがかたりべとなり、私達に訴えている。みんなの生活はどこへ行ったのかと。交わされることのなかった言葉。ものたちは今でも待っているのだ。おはようのあとのこんにちはを、言えなかったいただきますという言葉を。著者は原爆投下には正当性があるという教育を受けてきたアメリカの人。しかし、広島に真摯に向き合い、もの言えぬものに代わって、静かな口調で語られていたように思う。
★51 - コメント(12) - 2015年10月3日

物が語りかけてくる。じっと見ていると、悔し涙が出て来た。70年経っても、消えない、持ち主たちの悔しい気持ちが伝わって来たんだと思う。
★24 - コメント(0) - 2015年9月20日

おはなし会で6年生に時計と帽子のページ、あとがきだけ読みました。 もうすぐ修学旅行で長崎へ行く6年生。原爆資料館を訪れる予定なので「展示物」ひとつひとつの声に耳を傾けて欲しいな〜という思いをこめて選びました。授業でも学んでいるしなぁと最初は思ったのですが、アメリカ人のアーサー・ビナードさんのあとがきを聞いて欲しくて。あえて。
★8 - コメント(0) - 2015年9月3日

あのピカドンを体験したのは人だけではない。彼らが大事に身につけていたモノたちもまたピカドンを体験していました。その物言わぬモノたちは一体何を思っていたのでしょうか?平和記念資料館の地下収蔵庫にあった中から14点を選び、その持ち主のことを語ってもらった写真絵本です。シンプルながらもメッセージ性の強い絵本でした。「何を勉強したら、タツヤくんは生き残れたか。僕は探しているんだ」という言葉にグッと来ました。この絵本を作ったのが日本人ではなくアメリカ人ということに、良い意味で時代の移り変わりを感じました。★★★★★
★102 - コメント(0) - 2015年8月30日

以前に広島も長崎の平和祈念資料館も行きました。この写真絵本を読んで、遺された品々を見た時の悲しさや、一瞬で人生を奪われた悔しさ、切なさ、戦争への怒りが蘇りました。静かに語られる内容だからこそ、その意味をしっかり考えなさいと言われているようです。たくさんの人に手に取ってもらいたい本です。
★76 - コメント(2) - 2015年8月30日

1945年8月6日8時15分広島。狂気の光が、何もかもを変質させた。何もかもを だ。そして、遺されたモノ達は「さがしている」と語る。側にいたパートナーを、拡がっていくはずだった時間を。大やけどを負ったトシユキくんと共に帰宅を果たした革靴は「あれから ぼくらは まっている。『いってきます』をまっているんだ」。カタリベ達の言葉に、激しさはないが、痛みを伴いながら深部に留まる。気を抜くと、涙が溢れてしまう。涙の後、祈らずにはいられない、人がこの過ちを二度と犯すことがないことを。人が人であり続けることを。図書館
★14 - コメント(0) - 2015年8月27日

涙を、抑えることは出来ませんでした…「鍵」と「帽子」が特に胸に刺さりました。アーサー・ビナードさんの作品は、これが三冊目ですが、私は彼の紡ぐ言葉が好きです。「ピカドン」を、忘れてはいけない。語り継がなければいけない。アメリカ人であるアーサー・ビナードさんがこの本を記したのだから、日本人である私達も、風化させてはいけないと、肝に銘じなければいけない。そう感じました。
★26 - コメント(0) - 2015年8月23日

写真絵本。8月6日朝8時15分の広島。時間を刻むことをやめた煤けた時計、真っ黒なお弁当箱やめがねや鍵、石の上の影。原爆の語り部となる『モノ』達は、そこに存在するだけで言葉は必要ないけれど、言葉が添えられることによって「モノ達」が動き出す。作者は「原爆の必要性と正当性」を教えられて育ったアメリカ人。来日し、日本を、ピカドンを知って紡いだ彼の言葉に、心の奥に痛みを感じ鼻がツンとなる。ピカドンのない世界を願わずにはいられない。
★75 - コメント(0) - 2015年8月17日

読友さんのオススメに従いまして読みました。悲しい戦争の記憶と言いましょうか、丁度今、安保だなんだって議論してますよね、こういう本を読んでからにしたら?と言ってみたいのですが・・・・
★21 - コメント(0) - 2015年8月13日

お話し会で。テーマは『戦争』持ち主を捜しているそれぞれの遺品。もう持ち主に会う事は出来ないんだよね。突然の別れ。『戦争』を話す・知る入り口にぴったり。
★35 - コメント(0) - 2015年8月10日

「かたりべ」である写真たち、失われた言葉たち... 米国人がこの本を手にすれば、無差別殺戮という事実を「必要性」と「正当性」で塗り替えながらページを進めることになるのだろう。 そのためには当時の日本を「誤り」とするしかない。 被爆したこの国においても、なぜか多くの人は当時の日本を「誤り」と捉える。沖縄・広島・長崎の人々は「誤った」戦争の犠牲になったと言いたいのだろうか... 著者は米国人。それだけで引っかかりを感じながら読んでしまった。とはいえ「ピカドン」についての研学は間違いなく我々よりも深い。
★45 - コメント(2) - 2015年8月7日

戦争ものと知らずにたまたま8月6日に読みました。戦争の悲惨さ、恐ろしさ、決して忘れてはいけない、消えることのないものがそこには紹介されていました。
★13 - コメント(0) - 2015年8月6日

広島平和記念資料館所蔵の遺留品がかたりべとなって、思いを言葉にし、伝えてくれる。その声なき声をアメリカで生まれ、教育をうけた人が聴きとり、通訳をつとめている。一瞬にして失われた命、日にちをかけて痛み苦しみのなかで逝ってしまった命。誰もが求めることができるはずの平和な日常。たくさん、たくさんの「なぜ?」「どうして?」「なんのために?」。そばにいて遺された声なきものたちが、いまも「さがしている」。『なにを べんきょうしたら タツヤくんは いきのこれたか ぼくは さがしているんだ』
★114 - コメント(4) - 2015年8月6日

アメリカ人が描いた原爆の遺留品をテーマにした絵本というか詩というか。軽く言葉で言い表せない重い作品。もうすぐまたピカドンの日です。
★52 - コメント(0) - 2015年8月1日

さがしていますの 評価:100 感想・レビュー:182
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