ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

ゴドーを待ちながらはこんな本です

ゴドーを待ちながらを読んだ人はこんな本も読んでいます


ゴドーを待ちながらの感想・レビュー(380)

その昔、『ゴールデンサークルのオーネット・コールマントリオ』というLPレコードの、3人が雪の林にたたずむジャケット写真を『ゴドーを待ちながら』の舞台のようだといったジャズ評論家がいた。アルトサックスの悲しげな叫びが、静寂を切り裂くその音楽は、私の中でこのベケットの作品を、長期熟成させてきたのかもしれない。数十年後、やっと手に取ったこの戯曲は、期待にたがわず衝撃的だった。一幕後半、2ページ以上の回文のような意味不明な圧巻の長セリフは、まさにオーネット・コールマンのインプロビゼーションのようだ。
★30 - コメント(0) - 3月18日

全編抜け出せない閉塞感、薄ら寒い悲喜劇。
- コメント(0) - 3月8日

12冊目
- コメント(0) - 3月8日

象徴的に語られるゴドーとは。そこには救いのない人生に対する嘆きや、人生へ踏み出せない我々のすくみがあるのかもしれない……とか言っておこう。難しいことはよくわからないけれど、脚本の言葉がすっと心に入って読めた。なんとなく物悲しい印象。読めば読むほど味の出てくる本なのかもしれない。
★3 - コメント(0) - 3月8日

「ゴドー」を「ゴッド」の寓意と推測するのは容易いが、読んでいるとそんな決まりきった当てはめが意味を成さなくなる。このゴドーとは、人が待っている何か、いずれ来るかもしれないと信じている何か、その全てでありえると、解釈するのではなく直感してしまうからだ。そしてそれを待つ人間の生は、あまりに空虚で不条理で、毎日がそんな空虚の繰り返し、無限ループのように感じてしまう。しかし、生は無限ループではない。空虚な繰り返しの中時間だけは確実に過ぎ人は老いていく。死は近づいてくる。繰り返すことも、終わりすらそこでは許されない
★21 - コメント(1) - 2月19日

君達、何がしたいの?ゴドー(ゴッド)を待ち続ける二人の男。希望を持ち続けるのはいいけど、待ってるだけじゃ時間だけが過ぎていくのです。実際の舞台を鑑賞したら面白いのかもしれませんが、台詞を読むかぎりでは、噛み合ってるのか噛み合わないのかの微妙な会話についていけませんでした(^_^;)不条理劇っていうみたいです。うん、よくわかりません!
★50 - コメント(0) - 2月1日

アメリカでの初演で最後まで残っていた客がテネシー・ウィリアムズとウィリアム・サローヤン(と役者の家族)だけだったという不条理演劇。一方フランスでは100回近く公演、一部は熱狂的なメディアもいたという。こちらの本では、フランス版・イギリス版の違いも説明されているが、「え、そこ違ったら全く意味が違ってこない?」という箇所がいくつかあって興味深かった。意味なんて…そもそもないのかもしれないけど。再読の際はキリスト教モチーフ云々、よりは待つという行為に付随する色々な感情を味わうことにフォーカスしたいな。
★12 - コメント(1) - 1月30日

N
「ゴドーを待つのさ」「ああそうか」。特に何も起こらず、ゴドーを待つあいだの会話しかない。登場人物は5人。よくわからない作品だが、ト書きではなく演劇で見ればわかるのだろうか。本作、どれぐらい中身がないと思う?場面の一例。:     沈黙。 エストラゴン ところで、なにも起こらないね。 ポッツォ (気の毒がって) さぞ退屈だろう? エストラゴン まあね。 ポッツォ (ヴラジーミルに) あんたは? ヴラジーミル かんばしかありませんな。     沈黙。ポッツォ、内面の闘争に身をまかす。 (PP60-61)
★3 - コメント(0) - 1月10日

私にとってのゴドーが何であるのか想像もつかないがとにかくそれと会いたいというのは確かである。いつか行くのかすでにあるのかとうに出会ったのか。もしそれが来るということはわかったとき私はどう……。多分それはそんなファンファーレとともに来るものでは無く,気がつけるのかすらも怪しい。  アメリカでの舞台の初演は殆どの客が途中で帰ってしまったそうだが,私の思いつく限りそれこそこの作品を見た人の反応としてふさわしいのではないだろうかとも思える。  私は電車の中で笑いながら読みました。世の中には泣く人もいるだろう。
★9 - コメント(3) - 2016年12月22日

なんとなく最近ロブ‐グリエづいていて(「去年マリエンバードで」観たり「消しゴム」買い直したり)、でベケットなぞ読んで、となんとなく繋がっているようないないような。二人の乞食と、暴君と召使のコンビ、ちらっと2回ほど思わせぶりに出てくる男の子、の5人しか出てこず、舞台となる道の辻では過剰なテキストが延々と吐き出されていくが、結局はほぼ何も起こらない。一度も現れないゴドー(Godot)は、神(God)ということなんだろうけど、それ以上の解釈は観る人読む人に放棄している。やっぱり演劇の体裁で観ないと厳しいかなあ。
★4 - コメント(0) - 2016年12月15日

「ゴドーを待つのさ」「ああそうか」一読で理解しようなんて傲慢は置いといて、単純で難解で、面白くて退屈で、小説というより禅問答みたいな物語。脱げない靴、自分のではない帽子、繰り返される台詞。すぐ忘れ、すぐ転び、一見無意味な言動を繰り返す理不尽な人たちが取るのは、「待つ」という受動と見せかけておいて実は「行かない」という確固とした能動。それよりラッキーって誰なの。人なの何なの。突然の狂った長台詞何なの。それを皆受け流すって何なの。ああ、こういう始まりも終わりも決着も解釈もないようなト書き文学、たまらなく好き。
★156 - コメント(8) - 2016年11月22日

ジョイス、ワイルドに続いてアイルランドの作家3人目です。時に悪ふざけとも思えるほど度を超えてシニカルなところや、演劇という枠組みを越えようとしているようなところは、小説という表現方法を再定義しようとしてるかのようなユリシーズに通じるものを感じました。解釈は無限にできるのでしょうが、キリスト教との関連性というよりは、何かを待ちわびるあまり無為に時が過ぎて行くという人生のある局面、もしくは人生そのものを表現しようとしてるように感じました。本で読むのも興味深かったですが、やはり舞台で見てみたいと思いました。
★2 - コメント(0) - 2016年11月17日

ずっと、ずっと、待ち続けている。人も、感情も、時さえもが過ぎ去っても。同じ場所で、身動きひとつとれずに。
★4 - コメント(0) - 2016年10月1日

いやいやいや。こりゃなんだ。バカみたいな白痴的会話の応酬、異常なまでの反復、一体全体何をしたい。記憶さえもぶっ飛んだ時間軸の歪む世界で彼らは何を得たのだろう。確かなのはなんだ。人物か。場所か。一本の木か。しゃべるという行為か。劇でやるとより一層混沌として、夜鍋みたいな有様になるんだろうな。
★11 - コメント(0) - 2016年9月16日

読了。「不条理演劇」として名高い『ゴドーを待ちながら』、これ読んでて結構吹き出してしまったんですが、自分の感覚ズレてますかね?σ^_^;笑初めて不条理演劇というものを齧ってみましたが、「舞台背景や登場人物に関して一切の説明がないままストーリーが進む」というシチュエーションに対してそんなに気持ち悪さを感じなかった。会話の内容も確かに聞いてれば退屈に聞こえるかもしれないけど、自分は舞台で役者が演じているイメージを常に頭に浮かばせていたので、ところどころが喜劇っぽく読み取れて笑えたなと。
★24 - コメント(0) - 2016年7月25日

登場人物たちの対話はムダ話のようなユルさがあるが、その背後に絶望、虚無、諦念の陰が見え、それが読み手の意識を引きつける。
★7 - コメント(0) - 2016年7月20日

分からん。 芸術と呼ばれるものに対して、一番やっちゃいかん態度が分かるか分からんかの判断だろうと思う。 が、分からん、とどうしても思ってします。 ただ、舞台でなら見てみたい。 どんな感想を持つか自分に興味がある。
★6 - コメント(0) - 2016年7月18日

これぞという感じの痛快なトラジコメディ、とはいえ相好をくずすほどの出来。おもしろくて悲劇とか気にならん。どこまでも引き伸ばされる感覚。健忘症と思考の放棄。展開につれてはぐらかしを食らうような感覚の連続で、それまで読んでいた体験も空と消える。舞台で見た方がもっといいかもしれない。
★5 - コメント(0) - 2016年6月29日

確かな拠り所がどこにもないというのがこれほどまでにしんどいとは。ちゃんと読み込める人なら色々な解釈ができるのだろうけど、ただ漫然と読んで生じた感情は苛立ちと徒労とささやかな可笑しみだった。ただ、現実世界も、装飾品をできる限り引き剥がしていけば、案外そんなものかもしれないとも思う。
★5 - コメント(0) - 2016年6月24日

2時間26分。点字データをBESリーダーで読み上げ。埼玉県点訳研究会と点訳者さんに感謝。不条理演劇の代表格としていろいろな作品で取り上げられているので、以前から気になっていたのですが、BESリーダーの導入に伴い、聴いてみました。私自身がクリスチャンであるためか、理解が一定の方向に流れ気味なのを警戒しつつ、できるだけ先入観を排除しながら聴いたものの、それでも面白さがかなり削がれた感じがします。クリスチャンでなければ、もっと楽しめたかも。
★5 - コメント(0) - 2016年6月16日

とんでもなく面白かった。物語のジレンマとして作品性を高めてやろうという圧が鼻についてしまう場合があると思うのだけれど、何者かを待つという大枠だけで、事件も広がりもなくこれだけやれるのだな。意味もなくダラダラ交わすおしゃべりにこそ真に光るものがあるという事を改めて感じた。ベケット初読みだったのだけど、劇以外の小説もこれだけナンセンスなのだろうか。どうあれ、とても好きになってしまった。
★11 - コメント(0) - 2016年6月13日

現状を変えてくれるものを待ちながら、何か努力をするわけでもなく、ただただ他愛もないやりとりを繰り返して、毎日がすぎていく。多くの人の日常をありのままに滑稽に描写して見せているように思える。ストーリー展開はないが、暗くもない。不思議にひきつけられる作品だ。
★6 - コメント(0) - 2016年5月30日

第一声、エストラゴンの「どうにもならん」という言葉が象徴的。 靴を脱いで覗いても、帽子を取って手でかき回しても、何も出てこない。この世にはもう希望も救いもない、と言っているよう。喋っているうちは考えていない、という、一見矛盾のようだが、これは確かだと思う。沈黙は金也。自分の頭でものを考えなさいと言われているような気になる。 今回の読後感は、待っているだけでは何も得られない、自ら行動しなければ成長も成功もないのだ、と教えられたようだった。
★17 - コメント(0) - 2016年5月30日

論理的な会話が成立しないポッツォとラッキーとのやりとり、記憶の定着がないために同じところをぐるぐる回るエストラゴン、記憶や理性や時間のようなロゴス的なものを批判するかのような筋立てが一貫して流れており、中心が不在な状況を『ゴトー』で表現しているようです。唯一話の筋らしいものがわかるのは、【「ゴトーを待つのさ」「ああそうか」】という、ふたりの会話が繰り返しされることによります。これに類似したやりとりは、1章に2回、2章に9回出てきます。
★3 - コメント(1) - 2016年5月20日

難解な部分も多いけど、セリフに色気を感じるいい作品。中盤まではややだるいさを感じる。
★3 - コメント(0) - 2016年4月30日

訳注を見ながら読むと楽しいけど、行ったりきたりが大変。 初ベケット、何回も読みたい!
★2 - コメント(0) - 2016年3月2日

rb
「この広大なる混沌の中で明らかなことはただ一つ、すなわち、われわれはゴドーの来るのを待っているということだ」…ヴラジーミルとエストラゴンはゴドーを待ち続ける。時間はなかなか進まない。彼らは退屈している。記憶は次の日には薄れている。二幕に分かれているが、どちらにおいても重大な事件は起こらない。このような「無」の繰り返しが無限に続くことが、第一幕と第二幕の終わり方が全く同じであることからも予感される。例えるなら空っぽの箱が無限に並べられてゆくのを見ているような感じ? 考えるほどよく分からなくなる、独特な作品。
★68 - コメント(1) - 2016年2月29日

読了:◯
★1 - コメント(0) - 2016年1月28日

再読。再び読んだというわけで。それは読むということを二回以上、繰り返すこと。とかって、みんなも言ってました。ええ、ええ。ええ。
★13 - コメント(0) - 2016年1月16日

想像力は死んだ、想像せよ。
★3 - コメント(0) - 2016年1月6日

最高。最高。最高。
★8 - コメント(1) - 2016年1月2日

なんども読むとじわじわくる。
★21 - コメント(0) - 2015年12月28日

久々に戯曲を。前知識があるかどうか、読みながらテクストの裏側を何かしら解釈しようとするかどうか、等によって、読み心地というかウェイトがかなり違ってくるのだろうなと思いつつ、初読なので素直に筋を追うことに。ポッツォとラッキーをどう位置付けるか、というようなことを想像しながら読んでいた。
★3 - コメント(0) - 2015年12月13日

語られている内容は難しくないけど意図がわからない。わからないけど楽しい。こういうのって大好きだ。通勤のバスの中で、うっかり笑い声がもれてしまった。
★9 - コメント(0) - 2015年11月24日

ふたりの浮浪者ゴゴとディディは、得体のしれない救援者「ゴドー」をまち続ける。ただひたすらに。だが、彼らの忍耐もむなしく、ゴドーはいつまで経ってもやってこない。明日には必ずくるだろう。明日もしこなければ……そのときは、首を吊ろう。そして彼らはまたゴドーを待ち続ける。他愛ない雑談を交わしながら。ただそれだけの話だ。ただそれだけの話なのにもかかわらず、この戯曲が時代や国境を越え、多くの読者を魅了してきたのは、少なくとも、そこに人生の縮図とでもよぶべきのものが認められるからではないだろうか。
★8 - コメント(0) - 2015年11月24日

有名で「待つ作品」というのは知っていた。第一幕は「はあ?なんじゃこりゃ」という感じだったが、第二幕になると今までの淡々とした積み重ねがじわじわと迫ってきて「よくわからないけどなんかすごい」と思うようになった。すれ違い、噛み合わなさ、忘却、取り違えと普段自分が目にしている世界とは違う異質な世界が広がっている。肉にかぶりつくのではなく、骨に残った身をこそぎ落とししゃぶる作品と言おうか。難解でゆるく張られた筋は様々に解釈できる。傑作かはわからないが、問題作であることは間違いない。待つ苦しみこそ生の証か。
★7 - コメント(0) - 2015年10月29日

D
ゴドー=ゴッド(神)というのが一般的な解釈。その神をひたすら待つ。待って待って最後には何もおこらない。何もおこらないことほど辛いことはないだろう。
★15 - コメント(0) - 2015年10月20日

途中から、爆笑問題の二人に当てはめて読んだ(エストラゴン=太田、ヴラジーミル=田中)。超有名な作品だけど、漫才とかシュールなコント、べたな笑いの部分が思ったより多かった。耐え難い退屈をどう過ごすか。ただ生まれて死ぬだけにも我慢できない。"「じゃあ、いくか?」「ああ、行こう」二人は動かない"という幕切れがかっこいい。
★3 - コメント(0) - 2015年10月9日

アンチ・クライマックス劇の傑作
★22 - コメント(0) - 2015年9月16日

ゴドーを待ちながらの 評価:58 感想・レビュー:120
ログイン新規登録(無料)