• 日本一小さな大大名―たった五千石で、徳川将軍家と肩を並べた喜連川藩の江戸時代

日本一小さな大大名―たった五千石で、徳川将軍家と肩を並べた喜連川藩の江戸時代

日本一小さな大大名―たった五千石で、徳川将軍家と肩を並べた喜連川藩の江戸時代の感想・レビュー(18)

2016年7月12日:SS
石高わずか五千石と、およそ「大名」とは言い難い小藩だが、源氏と足利家の末裔であり、御三家や百万石の大名にも負けない家格を誇り、身分は徳川将軍家の臣下ではなくいわば客分。しかも参勤交代は自由で、諸役も免除、幕府の将軍を意味する「御所」・「公方」号を許されるなど、別格中の別格だった喜連川家。 中国史好きの自分としては、北宋における後周皇族の柴氏を思い出した。 歴代藩主の逸話、小藩ゆえの慢性的な財政難を乗り越えるための涙ぐましい努力も面白い。
★3 - コメント(1) - 2015年7月7日

2014年6月20日:かたひと
石高と格式がつりあわないというのは苦労が多かったのだと感じられます。それでも足利氏という伝統に誇りを持っていたのですね。
- コメント(0) - 2014年3月8日

2013年8月4日:梅治郎
内容は大体知っていたが、喜連川氏関連の本があったことに驚いた。
- コメント(0) - 2012年12月29日

2012年12月23日:半殻肝
2011年12月28日:ハタケシンヤ
2011年9月26日:ハルアキ
2011年7月16日:かも
☆☆☆★
- コメント(0) - 2009年12月30日

2009年7月29日:杏仁
足利将軍家に連なる江戸時代の喜連川藩の成立と歴代藩主の逸話。源氏嫡流の血が……。御所号など結構知らないことが多かった。
- コメント(0) - 2009年7月13日

--/--:voice jam
家康の名門好きは有名。名門吉良家や今川家が徳川幕府下で高家として活躍していた事を知っているのは歴史好きとしては常識です。しかし、徳川以前の源氏長者である「足利家」はどうなったのか…?というのを知っているのは少数だと思います。これは足利宗家として江戸時代大名となった「喜連川家」の話。五千石でありながら、家格は百万石の前田家と同格、参勤交代の強制なし、というか徳川の盟友扱いで家臣ではない等、大名としてはイレギュラー過ぎるその存在に驚きます。
★1 - コメント(1) - --/--

読むまでは知らなかった。参勤交代の免除や御三家とタメ口など、逸話は面白かった。
- コメント(0) - --/--

--/--:パパ

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