不穏の書、断章

不穏の書、断章の感想・レビュー(83)

ペソアという詩人は、不勉強で知らなかった。シオランをいくつか読んでいたときに、この書名を知り、読みたいと思っていたら偶然にも図書館でみつかった。アフォリズムのようなものと、いくつかの散文?エッセイからなる本書。複数の筆名を持ち、「もうずいぶん前から私は私でない」という。憂鬱ではあるけれど、それが心地いい。「ただ夢だけが美しい。それなのに、なぜあいもかわらず語り続けているのか」
★4 - コメント(1) - 1月29日

★★★★★★儚い言葉、零れ落ちる言葉、無関係のいくつかの隠喩。漠然とした不穏さがそれらを別の時間に結びつける。 ペソアという詩人が存在したのかしなかったのか、またはそんなことからは超越した別の存在のあり方だったのか。私は生きることなく、そして同時に死ぬこともなく、移ろう景色を通り過ぎていた。通り過ぎた痕跡もなく、すべての足跡はあらかじめ失われていた。 内と外の両方で、同時に何かが溶けあい、私は誰でもない人だった。
★16 - コメント(2) - 2015年5月1日

ペソアの遺稿のうち、ソアレスという異名の作家を設定して書かれた散文集『不穏の書』と、いろいろな詩から集めた『断章』収録。この『不穏の書』の完訳が『不安の書』なのかな。抜粋チックだったし、『不穏の書』。ペソアの倦怠についての筆致の冴えは、凄いものがある。僕は精神科外来で自分の倦怠感について、精神科医に訴えていたけど、それが恥ずかしくなるくらいの深い倦怠の中、コツコツ散文を書いて、死んでいったのだな、ペソア。
★13 - コメント(0) - 2014年8月9日

「もうずいぶん前から私は私ではない」複数のペンネームを持っていた事からも一つの実在の私である事を放棄し続けた作家。これを読んで陰鬱という感想一言ですます事ができないだろう。浮き沈みなく現実の奥底をゆっくりと這う世に実在する憂愁が感じられる。
★2 - コメント(0) - 2013年6月19日

これは自分で買って何度も読み返そうと思った
★1 - コメント(0) - 2013年2月15日

再読。この「不穏の書」の著者はベルナルド・ソアレスであって、フェルナンド・ペソアではない。これには説明が必要だろう。ペソアは偽名や筆名ではなく「異名」を持つ詩人なのである。ペソアの言葉としての「異名」は気味が悪いほど特異で、奇妙なものだ。ペソアの分身たる「異名」の数々は単なる偽名や筆名とは完全に異なり、それぞれの人格とエクリチュール、さらには生没年や職業まで持っているのである。言わば文学的な多重人格なのである。そしてそれがペソアの魅力でもある。
★2 - コメント(0) - 2012年11月3日

詩人フェルナンド・ペソアの異名ベルナルド・ソアレスによる散文集。「人生は意図せずに始められてしまった実験旅行である。」「私は、ほとんど考えることもなく本能的に、こんな風に自分の人生を作りあげたので、自分自身にとってでさえ、はっきりとしない私という個人になってしまった。」「もうずうぶんまえから、私は私ではない。」:詩人は「わたし」という空虚を言葉にすることに一生を費やした。そして、詩人の遺した断章の一つ一つが、わたしに巣食う空虚を解放してくれる。あまりの心地よさに、まるで夢の中で詩人と対話している錯覚に陥る
★35 - コメント(0) - 2012年7月24日

うつらうつらとした眠気の中で読む。詩人と呼ぶには眼前の対象に対する素朴な驚きが薄く、形而上的な概念にばかりこだわりすぎるように思えた。偏屈な感じ。
★1 - コメント(0) - 2011年9月19日

ここにも揺らめきふるえるような”憂愁”がある。サウダージ~Saudadeは”郷愁”と訳されているが、トスカやメランコリー、ヒュズンと並列すべき”憂愁”である。ペソアは、”憂愁”を実在する”可能性”として捉え、沈んだり打ちひしがれたりという心境ではなく、”現実”に対峙してプラスにもマイナスにも増減する”可能性”に生きていたのだろう。そして、ペソアの評価は、「私たちは一緒にあなたの詩篇をわかちあいましょう。どうか私をあなたの友だちであらせてください。」というボルヘスの談を以って何も語る必要は無い。
★6 - コメント(0) - 2011年4月21日

★★★★★
★1 - コメント(1) - 2011年2月23日

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「私には、詩が中間的な選択、音楽から散文への通路のように思われる」。「散文は芸術全体を包含するーーひとつには、言葉が世界全体を含んでいるためだが、また自由な言葉が、それを言い、それを考えるあらゆる可能性を含んでいるためでもある。散文を用いれば、転調によってすべてを与えることができる。色も形も...リズムも...構造も...現実も...それに結局は詩も。詩人は隠された世界を知っている者だが、いかに意図的な詩といえども階層や典礼の奴隷なのだ」。
★1 - コメント(0) - 2011年2月19日

「人生は意図せずに始められてしまった実験旅行である」:断章、断章、言葉の切れはし。なのに彼の単語ひとつひとつは、重力を受けたりんごのように心の中央へすとんと落ちる。複数の異名を持つ詩人の真骨頂をつきつけられた。「私は、宇宙のように複数である」。「本当の自分探し」とか考えている人は、自己分析の本を投げ捨て、今すぐこのちょびひげおじさんの思考の流れを聞け。
★13 - コメント(0) - 2010年4月4日

ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの詩文・散文と共に「異名」ベルナルド・ソアレス名義による散文を収録。彼の中には幾人もの異名者が存在したのだと言う。「われわれのひとりひとりが多様で、多数で、自己自身の増殖」であり「私は私ではない」のであり「私は存在しない」と語る彼の言葉はどこまでも静謐で胸を抉る何かがある。愛に焦がれ無垢に焦がれ人に焦がれる反面、それらが手に入らぬ絶望が奥底に沈澱している。「人生を遠くから眺めよ」と言う彼らの目に映る世界は何色だったのか。私は本当の詩人の持つ恐ろしさにひれ伏すばかりだ。
★19 - コメント(1) - 2009年5月11日

なんどもなんども読み返した心の一冊。ペソアの静かな言葉の裡には、言い知れぬ狂気と不安が渦巻いている。
★1 - コメント(0) - --/--

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