ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992─1995

ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992─1995の感想・レビュー(58)

子供時代に戦時下のサラエボを経験した人々から、メール(内戦についての所感、短文)を集めて掲載した本。サラエボ包囲についての簡単な解説もあり。
- コメント(0) - 3月8日

1992-1995年に子供だった若者達の20年後の言葉。その一人だったハリロビッチの呼びかけで。訳は角田光代。子供というのはどこかに希望を抱いているのだと、最後のオシムの寄稿と比べて思った。『1992年冬、もう木がない。本を燃やすか…。本をおしまいまで読んで火にくべた。なんてことだろう。でも明日のパンを焼かなきゃいけなかった』『』親友が殺された場所に、小石を積み上げて記念碑を作り、番をした』『スナイパーから見えないようにするため、街のあちこちに張り巡らされたブルーシート。その下を学校に向かって走る恐怖』
★126 - コメント(5) - 2016年12月26日

サラエボ包囲戦下の子供たちの喜怒哀楽が詰まった一冊。感想本当に何回も書き直したんですけど、「本当につらい。書いては消して書いては消してもう10回目だ…1行なんかで答えられない!彼女は死んだの!」まさにこれに尽きる。砲撃と空腹と身近な人の死の中でも、子どもは遊びを考え出し、親友をつくり、恋をする。腹の足しにならなくとも、人の側には歌や演劇や本がある。この本から溢れるような悲鳴がない世界であって欲しいし、そのための選択は1人から、つまり私にかかってるんだよなあって。
★13 - コメント(0) - 2016年11月12日

1425日、サラエボが包囲されていた日数です。砲撃や狙撃される中で毎日精一杯生きぬいた子供達の記憶を短い文章で表しています。地下、暗闇、恐怖、涙、腹ペコ、水汲み、死、別れ、カビ臭い、サイレン子供達の怖い思いで。再会、チョコレート、パン、友達、友情、恋、遊び、ガム、パパが帰って来た子供達の楽しかった思いで。ほぼ自分と同年代の人達の記憶だが、違い過ぎて同年代とは信じられない。心に残った言葉、砲撃銃撃ときどきチョコレート、私たちから自由を奪ったでも私たちから無邪気な笑顔を奪うことはできなかった。戦争のバカ野郎。
★7 - コメント(0) - 2016年8月7日

ボスニアの首都で起こったサラエボ包囲戦。セルビア民族派による砲撃とスナイパーの狙撃により3年半で1万人以上が犠牲となった戦火の下、子供たちがどんな思いだったかを集めた証言集。よほどひもじかったのか食べ物に関する話題が多い。とりわけ甘いものがどれほど貴重だったが判る。家族や友人を目の前で亡くしたことや、戦時下で否応なしに早く大人にならざるを得なかったと恨む声が耳に残る。同時にどんな過酷な状況でも友達とはしゃいだり音楽を楽しんだり、恋をしたりと人生の喜びを絶えず見つけて生きて行くのが人間なんだと教えられた。
★10 - コメント(0) - 2016年7月31日

色々と思うところがあったので、後で感想を書きたいです。サラエボと同じように故郷の街が破壊された友人と、ガストで大学生みたいに夜遅くまでダベってたことを思い出した。戦争って、全然前時代の話じゃないし、映画や小説の中の話でもない。残念なことに。
★3 - コメント(0) - 2016年6月25日

角田光代さんが、訳者として関わっていなかったら手に取らなかったかもしれない本だった。四方を敵軍に包囲され、市民を狙って迫撃砲とライフルが撃ち込まれる。そんなことが4年間も続くなんて理解と想像を超えている。この本には、紛争中にサラエボで子ども時代を送った人たちが、あの戦争を振り返るメッセージがたくさん載っている。怒りと哀しみが多数を占める中で、喜びと楽しみのメッセージが少数でもあることに安堵する。
★8 - コメント(0) - 2016年6月19日

1992年から1995年。1980年生の私はもう中学生くらいだったのでボスニア紛争の事はなんとなく聞いていたけれど、これほどまでに非人道的行為が行われていたのはこの本に関心を持つまでよく知らなかった。恐怖をはっきり認識できる年齢であった同世代の、当時の子供たちの言葉はもう少し下の年代よりも痛々しく読んだ。子供で居られなかったというのはなんて辛いことだろう。戦争は怖い。そんな残虐行為が可能な心を作ってしまう。オシム氏も書いてたけど、それが戦争だから。
★6 - コメント(0) - 2016年4月21日

読了した今、当時のセルビア勢力の指導者カラジッチに禁錮40年の判決が出た。 スレブレニツァの虐殺で7000人とも8000人とも言われる市民を殺した人物だ。 この本は1992-1995年サラエボが1425日間包囲され街中が爆撃とスナイパーに狙われながら市民が脱出も出来ずに生活を続け日々。 ”戦争中に子供でいるっていうこと、つまり、学校に付きな子がいてその子が迫撃砲で殺されるってことだよ”  ヤセンコ,1977生まれ
★9 - コメント(0) - 2016年4月7日

どんな、戦火の下にいても子供は子供なんだ。小さなことで、無邪気に笑い怒り泣く。恋もする。だけど物がないし、お腹もすいているだろうし、恐怖は押し寄せてくる。どんな子供にも幸せになる権利があるのに。こんな思いを今シリアの子供たちがしてるのかと思うと、なにもできないのが悲しい。
★9 - コメント(0) - 2016年3月20日

著名な作家が訳者としてクレジットされていなければおそらく手に取ることがなかったと思う、そんな自分がとても恥ずかしい。『日本は国民の大多数が平和を望んでいる国として知られている』『何か重大なことが起きるたび「自粛」を呼びかけ、(略)自粛しないと白い目でみられ、ときに市井の人々からも総攻撃を食らう私たち』『戦争中のほうが今よりみんな仲が良かった』『だれにでも起こりうる最悪のできごと』もう、ことばがなにも、浮かびません。
★9 - コメント(0) - 2016年3月16日

「サラエボの春のにおいは、埃と硝煙、人間の体のにおいが混じっている。記憶は淡くなっても、においはずっと私を追いかけてくる」角田光代さんは翻訳もするのか。某小説のネタバレになってしまうがマーヤの故郷だ!とタイトルに惹かれた。要は票集め、些細なことから争いは生まれる。とても読みやすいが短文が心に突き刺さる。子供が子供で居られない世界。自分と同世代であることが信じられない。絶望の中にも希望や楽しみを持つ。人は強い。本当に強い。サラエボ包囲戦は過去の話ではない。今も国が変われば戦場に生きる子供がいる。
★4 - コメント(0) - 2016年3月9日

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僕の想像の域を超える毎日命が削り取られていくような状況の中、生き抜いた人たちのコメントに言葉を失ったり考え込んだりの1冊でした。普通に暮らせる幸せを守るのが大事。
★2 - コメント(0) - 2016年2月25日

『さよなら妖精』でバルカンに興味を持ち読んだ歴史の本では、習った国境は何度も書き換えられて背景も複雑だった。もう少し感情に触れたものを探して本書に出会った。旧ユーゴで戦争が始まったとき子どもだった著者。その呼びかけで集まった同年代の文からは事情を取り去ったシンプルな子ども目線の戦争が見えてくる。多くの人が子どもでは居られなかった、と。生活する町での無差別攻撃、相手は元は同じ国の言葉も同じ隣人。オシム元監督の「犠牲者はもちろん、加害者の中に知り合いの名前を見つけたとしたら…」の文にも言葉が見つからない。
★13 - コメント(0) - 2016年2月19日

すごいパンチのある一言が多かった。特に、オシム監督が、最後にかいていた、スペインの記者が話した、人間の頭をボールがわりにしてサッカーをしていた、それが戦争なのだと、いう箇所が大きな衝撃を受けた。すごく考えさせられる。
★1 - コメント(0) - 2016年2月19日

「戦争中に子どもでいるってことは、子どもではいられないってこと!」「おぼえていること、「ママが死んだよ」とパパが言った夜。そして、「きみのパパが死んだよ」という言葉。戦争の馬鹿野郎」1992年から4年にわたるサラエボ包囲戦。当時の子どもたちから集めたメッセージが詰まっています。戦時中であっても、人々の暮らしはそこにあるっていうことをものすごく感じました。
★52 - コメント(0) - 2016年1月31日

ユーゴ内戦時のサラエボで育った子供たちのツイッター風短文メッセージ集。実態が余り伝わっていない、日常生活の場が戦場というあまりに異常事態過ぎる当時のサラエボの日常を切り取ったセンテンスが並んでいる。あと日本語版刊行に当たって「オシムの通訳」千田氏の監修とイビチャ・オシムの短文寄稿があるので、Jリーグに在籍する東欧系選手や指導者のバックボーンを知る上でも貴重。重い内容だが知っておくべき内容。
★5 - コメント(0) - 2016年1月13日

想像でしか語ることが出来ない私にとって、あまりにも強烈なメッセージの羅列は、息苦しさを感じさせた。短いメッセージだから響くのかもしれない。そこに、過酷だとか絶望的だとか軽々しく口にしてはいけないように感じる。戦時下においても子供たちは、そこにわずかながらの楽しみを見いだし、裏切られていく。このメッセージの中には、終戦後の醜さにも触れている。争いは、何もかもを奪い、哀しみさえもどこかへ持って行ってしまったのかもしれない。
★21 - コメント(0) - 2016年1月12日

ボスニア紛争サラエボ包囲の中で育った当時の子供達の証言を集めたもの。極限状態の中で生きる言葉たちが迫ってくる。最後の編著者のスピーチでのシリアへの言及の下りで、今の問題として、戦争を考えなければいけないと改めて思う。戦争反対。
★4 - コメント(0) - 2016年1月2日

90年代前半サラエボで起こった戦争について、当時子供だった現在20代半ばだった若者が呼びかけて、同世代の若者に子供時代に感じたことをショートメッセージで集めてまとめた本です。子どもたちのささやかな願いが奪われていくのが、多くの人の言葉から読み取れ、胸が痛いです。子どもたちにこういった思いをさせないためにどうすべきか、大人として考えねばと感じました。
★111 - コメント(0) - 2015年12月30日

92年から95年まで続いたユーゴ紛争を生き抜いた若者たちが、戦争のただなかにあった自分の子ども時代を振り返り、ショートメールの短文160文字で表現する。長期間包囲されていたサラエボのボスニア人が主体で、子どもの目から見た包囲戦の過酷さ、悲惨さがいっそう際立つ。ただ辛く苦しい体験を語る人がいる一方で、だからこそかけがえのないもの、たとえば生涯付き合っていけるような友達を得たという人もいる。戦争の実相といったものを、第三者がわずかでも理解するのは難しい。それだけに、彼らの多種多様な語りはとても貴重だ。お薦め。
★5 - コメント(1) - 2015年12月29日

明日生きられるかもわからない砲撃の中で、食糧も電気もない環境すごしながらでも、それでも楽しみを見いだそう、いつも通りに生活しようとする姿に心が打たれた。証言集なのでこれだけではユーゴ紛争の流れはわかりづらいが、ちょうど『オシムの言葉』と並行して読んでいたので互いに補完しながら読めて理解が深まった。これは過去の話ではない。それを最後のシリア人少女の日記で思い知らされた。
★4 - コメント(0) - 2015年12月23日

初読。2015年1231冊め。この戦禍の中を生き延び、作中へメッセージも寄せている友人から紹介された本。「国連からの配給が40年前のベトナム戦争の余りの乾パンの時があった」と聞いたことがあり、さすがにそれは間違いだろうと思っていたのだが、この本を読むと同じ証言をしている人がいる。彼らがピーナツバターとチョコレートに執着する理由もよくわかった。巻末にもある通り、これと同じ状況が今もシリアで起こっているんだ。
★101 - コメント(1) - 2015年12月21日

ユーゴスラビア紛争の中でも、もっとも非人道的な戦闘(という名の無差別殺戮)が行われたのが1992年から1995年のサラエボ包囲戦。通りを狙うスナイパーが無辜の一般市民を狙撃し、その生命を奪っていく日々、そんな非日常を過ごした子どもたちが、成長して当時を振り返ったメッセージの数々に対して、私たちは何を返せばよいのだろうか。
★12 - コメント(1) - 2015年12月20日

平易な文章なのに読みすすめるのがつらく、だいぶ時間を要した。(公共の交通機関で読むのはお勧めしない。) p.182 の訳注。<*サラエボ包囲1425日で、死亡した子どもは1,601人、負傷者は14,946人に及んだ。> 訓練された兵士が丸腰の子供を狙撃するのが当たり前になるという最悪。殺し殺される事態への曲がりくねった、しかし分岐の無い一本道を見る思いがする。現実は敵を倒してかたがつくアクション映画では無い。
★5 - コメント(0) - 2015年12月19日

サラエボのことを何も知らないのだと自覚した読書となった。戦争中に子ども時代を過ごした人たちからSNSに寄せられたメッセージ。その短い言葉に込められた様々な想い。否応なしに大人にならなければならなかった悔しさ悲しさ辛さが溢れている。それでも避難生活の中でわずかな楽しみを見つけ遊ぶ姿に胸が詰まる。戦争はいけない。そんなの当たり前のことだ。その「当たり前のこと」が変化していく時代や思想や世界を憂う。
★28 - コメント(0) - 2015年12月18日

1990年代の話とは思えない。第二次世界大戦中の話のよう。電気が来ない。給水車を待つ子供。食べ物がない毎日。地下室で過ごす日々。現代で当たり前のことがなくなる毎日が待っている。そんな当たり前のことがつまった本。オシムの言葉もそんな日々を乗り越えてきた人の強さと潔さが伝わってなぜか涙が出てくる。そして勇気をもらう一冊だ。
★4 - コメント(0) - 2015年12月5日

サラエボ包囲戦を生きた「ぼくたち」が語る、子ども時代の思い出の記録。SNSで集められた1,000のごく短い言葉が、200ページにわたっておさめられている。銃弾、閃光、配給されたランチパック、チョコレートが特別なたべものだったこと…。それら思い出のなかに、時々、とても最近の言葉があって、遠い昔の話じゃないんだと虚をつかれる。わたしと同年代のひとたちの思い出なんだ、と。友達と遊ぶのが楽しかった、という昔をいとおしむ言葉があるなど、おもたさに支配されていないことに救われます。月並みだけど平和がいちばんいいです
★6 - コメント(0) - 2015年12月2日

勿論、サラエボの子供達のメッセージも胸に迫ったのだが、一番響いたのは最後に紹介されているシリア人少女の日記。シリアのニュースは毎日のように耳にしているが、まさに戦争の渦中にある少女の視点で捉えたことはなかった。サラエボの悲劇はけして過去のものではないという事実が胸に刺さる。
★5 - コメント(0) - 2015年11月30日

1992年から4年間、包囲されたサラエボは周囲の山の上からスナイパーが住民を無差別に銃撃するという戦争状態にあった。本書は当時ここで子供時代を送った人たちにSNSを通じてメッセージを呼びかけたもの。私の子供たちと同年代だ。食料も、電気も、水も燃料もなくあるのは爆撃だけという日々に子育てをした母親たちに思いをはせてみる。今もこのような状況に置かれた地域が地球上からなくなってはいないのだ。巻末にサッカーのオシム監督のメッセージが掲載されている。
★4 - コメント(0) - 2015年11月23日

老若男女思想信条を問わずオススメします。
★3 - コメント(0) - 2015年10月26日

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