沈黙 (新潮文庫)/遠藤周作の感想・レビュー(2002件)

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映画を観て、遠藤周作というひとを知りたく、読み始めた。キチジローが映画よりもキチジローらしく描かれている。弱く、しぶとく、そしてその神を信じる姿は卑しさを感じさせるほどだ。私は映画を観ながら、日本人にとってのキリスト教…ということに思いを巡らせていた。その答えを探すべく、この本を読み進め、自分なりの解釈を持てた気がする。それにしてもロドリゴすら神を疑ったというのに、あのキチジローの信心深さよ!過ちを犯しては懺悔を繰り返す…合理的な信心!最後の章は難解。文章が難しかったけど、匂いが伝わる大切な章である。
★29 - コメント(0) - 3月15日

布教の為に遠くポルトガルから渡ってきたロドリゴの書簡。 キリスト教弾圧下にあった日本において、信徒に与えられた拷問は見るに堪えない本当に酷いものだった。神はいるのか?信仰とは? 深い、暗い、重い内容で序盤は読み進めるのが辛かった。 日本は沼地…。この表現がとてもしっくりきたのと、なぜだか井上奉行目線で読み進めている自分がいた。 何も言わずともどんな時でも側に寄り添っている事、そんな究極の愛の形こそが神であり、それを信じる事こそが信仰なのか?
★35 - コメント(0) - 3月15日

棄教とはいままでの人生を否定することでそれが苦痛なのだろうという私の理解はあまりに浅かったのだな…とはいえ弱きものとそれを許せない自分、独自の解釈を加える日本の信徒たち、と司祭の葛藤は私にも十分理解しうるものだった。そして彼の葛藤を最も深くしたのは、弾圧にめげず殉教する強い信徒たちではなくて「転んだ」人のためだったことは、信仰というものの奥深さについて考えさせられた。そして日本という沼地に、外からやってきた司祭たちよりも先に絶望してしまった「イノウエ」はまさに私たちの写し鏡であると思った。
★31 - コメント(0) - 3月15日

とても深い作品です。まえがきから入り、続くロドリゴの書簡でロドリゴの心情に寄り添った。そこからロドリゴに注目した三人称視点に戻る。ロドリゴが捕らえられてからは自分自身も痛みを感じながら読み進めた。「ほんとうに神はいるのか。いるならばなぜ、沈黙なさるのか。」といえ恐ろしい問が私の中でも渦巻く。自分の愛してきたものへの疑惑ほど恐ろしいものはない。
★50 - コメント(0) - 3月15日

深く、不安で、暗い。租借するには、人生経験が要る。 信じる者は…なかなかね…
★18 - コメント(0) - 3月15日

現代っ子な僕は神について例えば尊敬する人を「あの人、マジ神だから」で讃えるくらいの認識しかありません。なのでロドリゴの「神はいなのでは」という恐れ、そして彼のドラマに胸を打たれつつも、理解はできないなという思いです。ただそんな僕でも「罪とは人がもう一人の人間の人生の上を通過しながら、自分がそこに残した痕跡を忘れることだった」という一文に強く惹かれる物がありました。こういう様な宗教の持つ哲学的普遍性を魅力的なスパイスみたいだなと思い、感心するやら恐ろしいやらです。
★35 - コメント(0) - 3月15日

映画化で話題になっていたので読んでみました。大昔読んだ「海と毒薬」もそうでしたが、残酷で重いテーマにも関わらず読書に胸が悪くなるような嫌悪感を持たせず、最後まで読ませる才能は素晴らしいと思いました。特に信仰している宗教を持っていない私には本当のキリスト教の教えが明確には理解できませんが、弱き者と強き者、信仰と信念、日本独特の文化、体制や組織の中で生きることについてなど深く考えるきっかけになりました。たくさんの人に読んで欲しい本です。
★47 - コメント(0) - 3月14日

キリスト教が禁じられた江戸時代の日本。ポルトガル人司祭のロドリゴはマカオから九州に潜入し、日本人の隠れ信徒を鼓舞しようとするが、捕縛され長崎へ。信仰を棄てるよう次第に追いつめられていくロドリゴの心理が、じっくりと書き込まれていく。日本人通辞や奉行、そしてかつての師と繰り広げる、信仰をめぐる深いやりとりも読みどころ。ロドリゴと、その行く手に現れては消えるキチジローのペアは、イエスとユダの関係に重なる。信仰をめぐる人の弱さをじっと見つめる物語。50年前の作品だけど、いつになっても古びそうにない歴史小説の名作。
★34 - コメント(0) - 3月14日

形式と実質。人間にすぎない生き物として。表面から判断しようとすることの限界。そんなことを考えさせられました。
★21 - コメント(1) - 3月13日
no.123
常識に認めてもらえないことと引き換えにつかんだ真実。真実が引きずる宿命的な受難。そういうものに思いを巡らすことができました。
- 03/21 14:53


マーティンスコセッシ監督の映画『沈黙-サイレンス-』をいきなり観る勇気が無かったので原作から。評判通りの読みやすい文章と構成。私自身は全くの無心の徒ですが、なぜこんなにロドリゴの葛藤が心に沁み入ってくるのか、佐伯彰一さんの解説ですんなり理解した。純客観の書簡から、ロドリゴの純主観、ついで半客観という三部仕立てで引き込まれている見事な構成だった。“神の沈黙“という恐ろしく根源的な永遠の問いに、正面から向き合った作品。作者自身の底深い懐疑心もきっとあったのだろう。映画を観る勇気は、しばらく持てなそうです。
★69 - コメント(0) - 3月13日

映画を見損なったので、こちらで。 有名な本で昔から気になってたけど初読。読みにくくはないけれど、内容は極めて重く、真摯な読書が要求される。覚悟して読んでください。(^^;
★48 - コメント(0) - 3月13日

IKR
学生時代に読んだが内容について記憶がなく、最近映画の原作本としてよく見かけるのでもう一度読んでみることに。読後感は絶望感と言うか、とにかく重いとしか言いようがない。信徒が処刑される所は本当に惨い。なんでも自分達流に変換してしまう日本人とは思っていたけどキリスト教についてもそうなのかあ...。それにしても学生時代にこれを読んで忘れてしまう私ってどういう事なんだろう。内容が辛すぎて記憶を消去してしまったのだろうか。
★33 - コメント(0) - 3月12日

昔から遠藤周作「沈黙」「海と毒薬」作者とタイトルは知っていても、敷居が高くて手に取らずいたのですが映画化を機に読みました。読んでみないとわからないものですね。文章はすごく読みやすいけれど掲げるテーマは重くて難しい。宗教には疎くて、神社にお参りに行き仏壇に線香をあげ教会で結婚式を挙げた私は宗教や信仰について深く考えたことないですが、災害や災難の理不尽や苦しみを見かけるたびに神様なんていないんじゃないかと思いつつ、信仰を持つ人の芯の強さを感じたりもします。神との対話、神の沈黙、それでも祈ることができるのか。
★93 - コメント(0) - 3月12日

神は沈黙していない。私の人生が語っているのだ
★16 - コメント(0) - 3月12日

初の遠藤作品。久しぶりに揺さぶられた。すごい。
★21 - コメント(0) - 3月12日

それは沈黙であろう
★11 - コメント(0) - 3月12日

映画の後に読む。映画以上に突き付けられる追究は厳しい。植えられた基督教の根を、呑みこみ変質させ腐らせる日本という沼地。なるほど基督に限らず、この国では古えから今に至るまで様々なものを変質させて呑みこんできたのかも知れないなと。仏教も、文字も、暦も、帝国主義も、民主主義も、共産主義も、資本主義も、権利も義務も、平等も、平和も… あらゆるものが変容せられ、形骸化した器に似て非なる中身が充たされているのかも。秋津島の中身は薄皮いちまいで国産みの頃から今も変わらぬ混沌の沼地かもね。
★37 - コメント(0) - 3月11日

☆☆☆☆
★6 - コメント(0) - 3月11日

映画化されるのか?書店の目立つところに平積みされていたので購入。うーん、難しい、重たい。ただただ押し黙って、まさに沈黙です。キリシタン禁制下の宣教師の苦悩の物語。この世を創ったという神は、目の前の残酷な状況(と人間にはみえる)を前に、神を信じその信仰を曲げない無辜の民にたいし、なぜに黙して語らないのか!なぜに救いの手を差し伸べないのか!神さまがもし存在するなら応えてあげてください!!!この小説の時代から三百数十年経った現在、なんだかもっと不寛容な時代になってないでしょうか?僕たち下々の者に救いの手を!
★29 - コメント(0) - 3月10日

沈黙、神様の沈黙。17世紀の日本に訪れた宣教師を主人公にして書かれたこの本は信仰に関する人間心理をえぐり、日本はキリスト教という苗の根を腐らせてしまう沼地のような土地という日本に関する文明の洞察を鋭く行った傑作である。序盤、中盤にかけての暗澹とした様子からの終盤の駆け上がるような人間心理の機微をしっかりと捉えている。日本は神道、仏教の国家であるが、思えばその仏教ですら日本流に焼き直してきた。儒教ですらも日本に都合のいいように、シチューを肉じゃがにアレンジしたように変えてきた。それが日本の「空気」だろう。
★36 - コメント(0) - 3月9日

奇跡など起きない、“他力”を求める無力さ、結局は“自力”で苦難の海を渡っていくしかないということでしょうか。神とは、信仰とはなにか?難しい…。 それにしても拷問の描写は凄惨そのもの。映画化によって海外から日本憎しの感情が出ないかな。ただ史実に基づくらしいので日本人として知っておくべき歴史でしょうけど。でも当時の日本人ってヒドイって決めつける前に、歴史に疎い私はネットを漁ってみると、禁教は植民地化を防ぐ目的もあったという解説もあり、短絡的に弾圧=悪と考えちゃダメみたい。 いろんな歴史観を勉強しないと。☆5
★43 - コメント(2) - 3月9日
蛇の婿
弾圧には宣教師による日本人奴隷のヨーロッパへの斡旋とかの話もありますね。
- 03/10 18:49

三和音
その説もあるようですね。なにが真実かは私にはわかりませんが、様々な議論があるテーマであることは確かなようですね。
- 03/11 01:13


もしかして数多くの宗教による紛争や戦争、改革は全て神の沈黙による人間の弱さが引き起こすのではないかと思えてくる。信仰とは教えを守ることか?何を犠牲に払っても?…それに答えてくれるのはけして神ではない。とは言え、この小説は揺るぎなき基督讃歌。だからこその、信仰への葛藤が心を打つのである。個人的には井上公の宗教観をもっと読み解きたい。
★32 - コメント(1) - 3月8日
Marimo Tamiya
キチジローは単なる裏切り者ではなくロドリゴにとっての救いでもある。そのキチジローの弱さに対する安心ではない。強さへの疑問、正しさへの疑問、神への疑問。疑問を持つことへの罪悪感。それを感じて初めて真の信仰とは何かを理解出来るようになっている。キチジローと共にロドリゴはキリストへ近寄った。
- 03/12 17:18


映画が流行ってるので便乗して原作を読んでみた。 小学校か中学校の時に沈黙の一部を読んだ記憶があるけど、ほとんど印象に残らなかった。 今になって読むと、ホントに救いがないね。神が沈黙を守っている間に多くの人が犠牲になって死んでいった。宗教は幕府が恐れるほどの力があった。基督は信じる人に力を与えたけど、それって本当に必要な力だったのかな。基督を通して、正義や信念の本質を問われてるような気がして怖かった。
★30 - コメント(0) - 3月8日

神は私たちの世界や人生に口出しできんできるのはサイコロ振ることぐらいや神は妄想であるってドーキンス先生も言うてはるそれにしても罪の大きさに比べ罰が大きすぎるで!
★43 - コメント(0) - 3月8日

難しい
★12 - コメント(0) - 3月7日

神の沈黙。日本人は人間を超えた存在を想像する力を持っていない。
★16 - コメント(0) - 3月7日

映画を観た家人が帰るなり原著を読みたいと言うので図書館へ赴き、その読み終えたお下がりに預かったのが今回、自分にとって初の遠藤周作であった。文学に疎い身には只々筆力に嘆息するばかりで、言葉の繰り方でこうも重く深い業が、己がぞんざいに弄するものと同じ言語により成されている事実から目を背けたくすらなった。自分の中に芽生えた何らかを具現することもできぬ弱き我が身は何に縋ればいいのか。この文も一体何を言わんとしているのかとふと惨めになる。しかし万物は弱者に不寛容だ。その重力に抗うのは信仰を以ってしても困難を極める。
★40 - コメント(1) - 3月7日
上田氏
ウェストン然り、イザベラ・バード然り、自身の所属する母体よりも未熟とする文化を著述するとき、そこには尊大さ若しくは蔑みが滲み出る。同様の匂いを前半のロドリゴ書簡にも感じたのは気のせいか、それとも筆力の成せる業か。そこを深読みしたところでな、とは思いつつ。
- 03/08 00:59


重い話しだった。うまく感想を書ける気がしない。宗教とはいったい何なのか、考えさせられた。自分が生まれた国日本で、こんなにも暗く醜い行いがあったなんて辛い。映画まだやってるなら見るか。iBooks で読了。
★43 - コメント(0) - 3月7日

スコセッシの映画を見た後に再読(約5年ぶり)。映画を通して、以前読んだときには気づかなかった点に多々気づかされた。信仰に厚く見えて、極限時になると自分達が助かるためにキチジローを人質に出そうとするトモギ村の面々も、結局はキチジローと大して変わらないよなぁ、とか。というか、この作品の真のテーマって「神の沈黙」よりも「イエスとユダの物語の再構築」なんじゃないか。映画ではキチジロー=ユダは少しほのめかされた程度だったけど、原作ではここまでユダが大きなウエイトを占めているとは。
★36 - コメント(0) - 3月7日

こちらの読むスピードよりも早く展開していっているような感覚があった。再会のシーンだけ現代文のテストで読んだことがあるけど、まさかこういう話だったとは知らなかった。個人的に、舞台のひとつだった五島は父の故郷でもあるのでそういう意味でも惹かれた。
★27 - コメント(0) - 3月6日

うまく感想が書けそうにありません…。宗教とは、信仰とは、一体何なのでしょうか。ひとつ言えるのは、信仰の違いにより争いが起きたり、犠牲者が出ることは悲しいです。異なる宗教の存在も認め合う必要があるし、政治(国)は宗教に関わってはいけない。でも私は、宗教を信仰される方々が、それにより、幸せな未来に導かれたり、時に窮地を救われることがあるのであれば、それは素晴らしいことだと思ってます。
★48 - コメント(2) - 3月6日
BLio
誰も、誰かを不幸にするつもりはないのでしょうね。押し売りでも、それが幸せになると思うから、自分たちの信じる考えを広めたいだけ。今の世の中でも、右を向けば軟弱が、左を向けばイエスマンが。いつの時代も、自分の道は自分が開くのでしょうか?
- 03/07 01:21

なな
BLioさん。そうですね、最後に道を切り開くのは、自分自身ですね!
- 03/07 10:01


読み終わった後に人と感想を言い合って思ったけど、日本は誰かに救ってもらうより自分が犠牲になって誰かを救うほうが好きな気がする。だからキリスト教になじまないのかもなぁ。
★1 - コメント(0) - 3月6日

十年来読まねばと思いつつ延ばし延ばしになっていた作品、話題になっていることもありようやく手を出せた。(とはいえ映像化の中身は知らないし見るつもりもないのだが) 感想は敢えて自分の言葉で語るまでもなく。10代のうちに読んでおきたかった…
★25 - コメント(0) - 3月6日

正しさとは何か。彼の宗教とは何か。
★14 - コメント(0) - 3月5日

最も神を理解していたのは井上様なのではないかとの印象を持ちました。この考え方は誤りでしょうか。読んで考えていくうちに、弾圧を指揮する極悪人→幕府の冷徹な官僚→日本で神を理解できていた数少ない人物というふうに考えが変わっていきました。確かにこの考え方をとってしまうと殉教した人たちが報われないことになってしまいますが、日本では根付くことのできない真のキリスト教に最も絶望していたのは井上様だったというのは歪んだ読み方でしょうか。
★34 - コメント(1) - 3月5日
flying frog
実は私も同感ですww。絶望、というより井上はキリスト教を見切っていたと思ってますが。あ、絶望したから見切ったのか。
- 03/05 22:16


本当に生死の境目まで追い詰められた人たちが、心の拠り所とする宗教。そういった人たちが必要とする神のかたちが、仮に本来の姿とは異なっていようとも、彼らが救われるのならばそれでいいと思う。
★61 - コメント(0) - 3月5日

映画を見に行けなかったので読みました。深い…本当の正しさはそれぞれの個人によって違うし、時代も影響を受ける。しっかり考え、悩み『自分』を生きていく。深く深く自分と話し合っていく…深く深く自分をみつめる重要なことですね。読む人によって様々なとらえ方があるでしょうが、私は読んで良かったです。
★32 - コメント(0) - 3月4日

昔読んだときよりもキチジローの存在感が増している。
★19 - コメント(0) - 3月4日

自由について、親身になって考える事が出来た。映画も観て見たい。
★77 - コメント(0) - 3月4日

映画を見たので再読しました。出版当時カトリックでは禁書(?)扱いだったとか。遠藤氏自身が信仰に苦しんだから生まれた作品でしょう。登場人物すべての痛みが伝わってきて、腹立たしいくらいつらい読書になりました。
★31 - コメント(0) - 3月4日

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