沈黙 (新潮文庫)/遠藤周作の感想・レビュー(2002件)

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映画を観賞後読む。物語の構成が書簡、客観的記述、主観的記述など様々な手法で描かれているが、それが気にならない程物語に引き込まれた。本当のキリストの姿は踏み絵の中の疲れ果てた姿。沈黙しているのは、人間と共に苦しんでいるからだという解釈に納得できた。そしてキチジローのように何度も告悔を乞う人間こそが真のクリスチャンだと思った。以前、教会で「子どものように神様を求めなさい」と言われたからだ。遠藤周作の本は昔何冊か読んだことがあるが、まだ十代だったのできちんと理解できてなかったと思う。これから何冊か再読したい。
★39 - コメント(4) - 3月4日
わいほす(noririn_papa)
幼子のように神を求めるというのは、リジューのテレーズの言葉から来ていると思いますが、そういう母のような神を遠藤さんも考えていたのではないかと勝手に想像しています。
- 03/04 22:23

yonaga
わいほす様、 詳しく教えて下さってありがとうございます。これから遠藤さんの本を読む上で参考になりました。また教えて下さいませ。
- 03/05 21:21


宗教とは、信仰とは何か。神はいるのか。 ・ 何故神は最後まで沈黙したままだったのだろう?ずっとその疑問が頭から離れなかった。神がそばにいて下さるという印をほんの少しも示して下さらないのは何故か。それはもはや神はいないということの証明ではないか。 司祭が「転ぶ」ところでイエスの声がやっと聞こえる。「踏み絵を踏め。その痛みは私がよく知っている。私はそのためにいる」。しかし私にはそれがどうも上手く心に入ってこなかった。「なぜ取り返しのつかない事態になってから…」という思いが拭えなかったのだ。 しかし…
★26 - コメント(3) - 3月4日
beebo
日経 IDをお持ちの方、よかったら読んでみて下さいませ。
- 03/04 12:34


人が追いつめられていく様子がじわじわと伝わってくる。自分とは違う国の自分とは違う宗教心を持った人だが、彼が清らかな心を持って日本に渡ったときから、信仰心を持ちながらも背教に至るまでの話は自分にも重く深くのし掛かってくるような、そんな気がする。
★24 - コメント(0) - 3月4日

「主は共におられる」それが限界
- コメント(0) - 3月4日

宣教師が日本に布教しにやってくるが、既に時代が変わり、キリスト教は禁止されていた。奉行に棄教を迫られる宣教師。ユダと重なる裏切り者の日本人など話は良く練られている。映画化されたこともあって注目度は高まっている一作と思う。遠藤氏の他の作品も深いのでお薦め。
★68 - コメント(0) - 3月4日

Sin
知識としては知っていたキリシタン迫害。実際どういうものだったのか当時の人の心境を感じました。また、自分の信じるものを最後まで貫き通すとはどういうものかについて考えさせられました。貫き通しても辛いが、逃げても辛い。様々な登場人物のそれぞれの選択は、誰が正しいか正しくないかなんて言えないと思いました。自分自身がギリギリの状況におかれた時、何を基準に判断をすべきか、答えはありませんが、考え続けたいです。
★30 - コメント(0) - 3月3日

一応スコセッシ映画観てから読みました。物見遊山がてらに毎年幾つかの神社に参り、漠然とした自分の倫理感と道徳観に沿って一生懸命生きていりゃぁどっかで誰かさんの後押しがあるかもね〜、というTHE多神教な感覚しか持ち合わせない私からすれば、ここまで細やかにロドリゴの基督への信仰心の変遷を描いてくれていても、それを理解したとは言い難い。でも生活や思考まで律してくれる神を持つということは、過激にもなるけど何かを選択する際に迷いが少なくて羨ましいな、なんて思いつつ読んだ。最高に辛くドラマティックな小説なので☆×4。
★28 - コメント(0) - 3月3日

無宗教でありキリスト教の考え方に共感できない私には、命よりも信仰を取る人の考えも、殉教を華々しいと言ってしまえる考えも受け入れがたく、また理解が及ばないのです。分かったのは、抑圧され絶望のただ中にある人々にとって、宗教はただ一つの救いだったのだろうということだけ。宗教とは、信仰とは何なのでしょうか。目に見えず、形のないものを信じ続けることは困難なことです。答えの出ない問いだけが、いつまでも頭の中を巡っています。日本の精神風土の中では、キリスト教は根を張り枝を伸ばすことは出来ないというくだりが印象的でした。
★131 - コメント(0) - 3月3日

映画化されたので、再読のつもりで読み出した。ところが、全くの記憶違いだった。自分でも驚きの初読。こんな話だったんだと感心しきり。若い頃に読んで、再読だったら、受け止め方の違いに感じ入ったんだろうと、なぜか残念な気持ちに。なるほど、「沈黙」=「困った時に神は何もしてくれない」という、根源的なテーマを扱う際、激しい弾圧で、絶望的な状況の江戸時代初期の日本は、まさにこれしかない舞台なのかもしれない。映画が契機だったけど、本作を読むことができて良かった。スコセッシ監督、ありがとう。「キリエ・エレイゾン」懐かしい!
★27 - コメント(0) - 3月3日

無宗教者である私には、登場人物たちの心情が、深くは理解できないかもしれない。しかし、想像力を働かせると、ロドリゴやフェレイラ、キチジローの苦悩が生々しく感じられる。この物語を読むと、弾圧や迫害の中では、殉教できた人々の方が幸せだったのではないかとさえ感じられてくる。逆に、自らが信じてきた宗教を棄てるのは、アイデンティティの崩壊にも繋がることだったのではなかろうか。神がいるなら、なぜ、弱き者を救ってくれないのか。なぜ、神は沈黙を続けるのか。信仰と背教のはざまで揺れる司祭を通して、根源的な問いが描かれている。
★120 - コメント(0) - 3月3日

へえ、映画化されたんだ、とお気楽に遠藤周作に初挑戦するも、冒頭から暗鬱、拷問シーンにぞっとする。もう読むのやめようかなと思うが、自身もキリスト教徒だったという遠藤周作がどういうドラマをつくるのか知りたくて読み進む。日本のキリシタンは本物の信徒ではなかった、と作中で評されている。「彼らが信じているのは基督教の神ではない。日本人は今日まで(略)神の概念は持たなかったし、これからももてないだろう」(コメントに続く)
★38 - コメント(3) - 3月3日
toridori
不思議なことにこの作品、こうした作家の意図とは反対に(あるいは意図的に?)もしかすると日本人にも神が存在しており、それはもしかすると太古から連綿と「沈黙」のなか受け継がれてきた太陽神、あるいは宗教として語ることすらできない、言葉にならない強い感覚であり、だから日本人はキリスト教に「転ぶ」ことができないのでは・・・? という、もう一つの物語も見えてくる。(続く)
- 03/03 14:22

toridori
司祭らの布教が成功していれば、心身ともに虐げられたのは日本の神を信じようとする人々のほうだったのかもしれない。結局、痛々しいのは弱者の嘆きだ。日本人に限らず、多数派というものは排他的になりがちで、優位な立場の人間は集団とは異なる者、特に弱者を苛め抜くため、知恵をしぼる残忍さをもつ。「パードレ、パードレ」と泣くキチジロー、虐げられた弱者の具現のようだ。 遠藤周作、文章でうっとりさせる類の作家ではないらしい。だが、一冊の本を読むことで、これだけものを考えたのも久しぶりだった。たしかにこれは傑作。
- 03/03 14:22


神は救いではなく、赦し、なのか?
★15 - コメント(0) - 3月3日

人間の弱さや強さや正しさとは何なのか。拷問を受けさせてキリストの追体験気分などにはさせない井上、キチジローは懺悔し続けるが自殺はしない(ユダは自殺する)。沈黙。赦すのも許されるのも罰するのも罰せられるのも人間。さて、イエスは自らでなくユダを拷問にかけられた状態で棄教を迫られたらどうしただろう。感想を文字数内で書けない。
★32 - コメント(0) - 3月3日

映画が話題になってたので読みました。信仰の奥深さを感じるとともに、冷静に宗教というものの怖さも感じた。ある意味信じる人も弾圧する方も狂気かなぁと。政治のよい道具としか思えない。アホな感想書くとすれば、意外と人間って丈夫(簡単に死ねない)なんだなっていうのと、弾圧ってあんな手間とお金かけてるんだ!っていう。最後におまけのようについている「切支丹屋敷役人日記」が重要らしいのに、文体が難しくて読みづらいのが残念。訳文つけて欲しい…。
★29 - コメント(0) - 3月2日

『踏むがいい。お前の足は今、痛いだろう(略)私はお前たちのその痛さと苦しみをわかちあう。そのために私はいるのだから』スコセッシ監督で映画化。初めて読んだ。切実な問いがドラマチック。ノンフィクションのようなスタイルでシリアス。読んでないのに結末を知っているというのはなぜだろう、名作の証か。『強い者より弱い者が苦しまなかったと誰が断言できよう』裏切り者のユダとキチジローが重なる。個人的にはロドリゴは棄教してないと思った。蛇足と思った踏み絵以降が意外に胸に沁みる。日本は太陽信仰で根を腐らせる等も興味深い。
★52 - コメント(0) - 3月2日

『海と毒薬』に並ぶ遠藤周作の代表作。「信仰」という行為に根源的な問いを与える一冊。布教のため来日したロドリゴ。彼のキリスト教への態度は誠実でありながら、迷いを持つ姿はとても人間的。後半の沢木忠庵ことフェレイラとの論争は非常に鬼気迫り、圧倒的だった。そして弱き人間として描かれていたキチジロー。しかし後半のロドリゴが感じたように彼の弱さはある種人間にとって避けられないもの。彼をどう解釈するかでこの作品の批評が大きく変わると思う。
★53 - コメント(0) - 3月2日

静かに心に残るって感じ。沈黙はキリスト。
★18 - コメント(0) - 3月2日

「神と信仰のあり方を問う」というようなテーマだが、今風に言うと「人道的」ということに繋がるのではないか。ロドリゴは教会の教えに背いたかどで背教者となったが、自己を犠牲にして他の信者達を救った点で、人道的には正しかったはずだ。「人道的」という観念の無い時代故に、それがロドリゴの不幸であり、また隠れキリシタン達の悲劇となった。弾圧する側とされる側を描いたこの作品は、実はキリスト教だけではなく、人類が続く限りどの宗教もが持ちえる永遠のテーマかもしれない。
★24 - コメント(0) - 3月1日

遠藤氏のキリスト教観が興味深い。日本人であることとクリスチャンであることを両立させるのは困難な場面が日常でも多々あるのは自分も感じる。キチジローのように何度でも転び,それでも神から離れられない信徒って実は一番多いんじゃないかと思っている。命は脅かされない時代だけど,神に対する小さな裏切りはついついやってしまう・・・・。そのたびに小さな踏み絵を踏み続けて,それでもクリスチャンの末席に連なっている自分がいる。離れられないのはまるで腐れ縁のようだとも感じながら。
★35 - コメント(0) - 3月1日

特に宗教に関してあまり関心があるわけではないから、パードレたちや信徒たちの信仰心を理解できるわけではないし、殺されるかもしれないのにわざわざ日本へ来るパードレたちの心中もわからないまま読み始めた。 この作品を通して感じたのは、神の存在、信仰、そして人の心の中…。私たちが一生問い続けていくであろうこと。 若干事情は違うかもしれないけど、今イスラム教徒が迫害されつつある、世論になんとなく重ね合わせてしまう。歴史は繰り返すものなんだな…。
★31 - コメント(0) - 3月1日

西洋と日本の宗教観の違いが苦しい物語。沈黙を続ける神を疑い始めてしまう司祭の苦悩が生々しく感じられる。いびきの勘違いの場面は衝撃的だった。
★30 - コメント(0) - 3月1日

映画化されて話題なので読んでみた。島原の乱の後の長崎が舞台。若い宣教師がキリスト教弾圧の日本で苦労する物語。棄教を迫る為政者にどう抗うか。弱いキチジローが羨ましい。結局、踏み絵を住んでしまうが、皆を救うため。沈黙というのはイエスのことだった。
★44 - コメント(0) - 3月1日

『白い人・黄色い人』に続いて2冊目の遠藤周作。マーティン・スコセッシ監督の映画化をきっかけに読んだけど面白い。映画をまだ見ていないけど、キチジロー役は窪塚洋介さんとのこと。はまり役に思える。宗教そのものより、それが生み出す儀式とか利益、文化を考えるのが好きなひとにはたまらん一冊です。ヨブ記は「神様を信じるってことは、キリスト教文化のひとにとっても過酷なものなのか?」と思ったエピソード。なぜ神様は沈黙を続けるのかという議論はこの本の中でも行われていた。ぱーどれ、ぱーどれ。日本にキリスト教は無理なのかしらん。
★37 - コメント(0) - 3月1日

読みながら、メル・ギブソン監督『パッション』を思い浮かべた。キリストが磔刑で死ぬまでの12時間を描いた「すごく痛い映画」である。本作『沈黙』は、主人公のカトリック司祭が禁教令下の17世紀長崎でひたすらヒドい目に遭う、いわば和製『パッション』のような小説だ。物語の構造はシンプルで、あっと驚くようなどんでん返しはない。登場人物が都合よく現れたり消えたりしすぎという印象も受ける。それでも吸い込まれるように読んでしまったし、主人公の苦悩や絶望を、無宗教の私でさえ生々しく感じることができた。圧倒的パワーを持つ傑作。
★38 - コメント(0) - 2月28日

★★★☆☆
★6 - コメント(0) - 2月28日

日本で本当の意味でのキリスト教は根付かない、というのはその通りだと思った。どうして踏み絵を踏めないのか、沈黙し続ける神を信じて命を捨てられるのか、やっぱり理解するのは難しい。でもその信仰心は馬鹿にはできないと思った。
★33 - コメント(0) - 2月28日

『聖おにいさん』世代の私たちに、踏み絵という行為のもつ意味が果たしてどこまで理解できるだろう。なぜ人間には蔑みや辱めという感情・行為が成立するのか。信仰を持つことができる心の仕組みと関係しているのではないか?
★26 - コメント(0) - 2月28日

高校生の時に読んで以来、再読。映画も観ての感想。若い時には宣教師の転んだことの印象しか残っていなかったのだが、今は全くの違う思いが残った。神は決して沈黙していたのではなかった。「踏むがよい」とそのために自分がいたと。宣教師の転びは決して棄教ではなく、これも愛の形だったのだと。そしてキチジローこそが私であり、人間の姿なのだと思いをあらたにした。何度も裏切り、赦しを乞い、弱い自分を呪いながらも神から離れることができない。井上様のセリフも忘れらない。「この国の人は自分なりの神にしてしまう」納得してしまう。
★45 - コメント(0) - 2月28日

汎ゆるタブーと無茶に挑んだ作品。遠藤周作その人が信者であったからこそ書けたのだろう。私も多くの日本人に漏れず感覚的無宗教者である。理解しようと書物を漁れど、それは変わらなかった。それは、どの宗教に於ても呑み込み難い何かが存在するからだ。誰が何を盲信しようと咎めも責めもする気はないが、どこか冷ややかな目を向けてしまう。その理由と、それを覆す答えがこの作品の中にある。全ての宗教傾倒者がかの如く崇高であるとしたら、宗教程尊いものはない。歪みに歪みを重ねながら最後には見事美しい絵画に仕上がっているそんな作品。
★30 - コメント(0) - 2月28日

san
17世紀、島原の乱後、日本でキリスト教が迫害されていた時代を背景に、日本人にとってキリスト教とは何か、神の存在を問う深く重いテーマにもかかわらず、ぐいぐいと一気に引き込まれました。己の弱さにすがる仏の慈悲と、教えを守る心の強さが要求される切支丹デウスの慈悲の違いに触れている部分が印象的でした。人間の心の弱さを象徴しているようなキチジローの存在が、映画化された作品ではどのように描かれているか、こちらも見るのが楽しみです。
★30 - コメント(0) - 2月28日

映画観てからの、こちらを読み終わりました。 ドキュメンタリー調の本や映画、そんなに観ないからか、 どう観て然るべきなのか分かりません(;´∀`) 観終わったあと、読み終わったあとに「ほぅ」と感心感動するのは間違いないのだけど、そういう「歴史的事実や背景」があったということに感動しているので、小説のストーリーや中身に感動しているわけではなく。 唯一考えれるのは、「神とは何か?」という問題提起はちょっとあるのかなぁ…ぐらい。
★16 - コメント(0) - 2月28日

「神様は果たしているのかいないのかという根源的な問いかけに答えが与えられたわけではなかった」と解説の佐伯氏は述べているが、私なりの解釈では神様は存在すると確信できた。絶望的な状況において棄教したフェレイラとロドリゴ。信仰の面で彼らほどキリストに忠実であろうとした人はいないのではないか?その彼らをもってしてもキリストの前では無力。人間の切なる葛藤を見守り、救済へと導くキリスト。唯一絶対の存在だからこそ神様は沈黙を守り続けるのだと思う。
★24 - コメント(0) - 2月28日

後半へ進むに連れ「だが、それで神はきみに何をしてくれた?」という罪と罰の言葉が頭に浮かぶ。そもそも神とは何なのか。仮にこの世界を万物を創られたのが神であるとするならば、それは〝形〟ではないであろうに。人は目で見て耳で聴き自分で認識できるものを拠り所とし、自分の於かれた状況や行為に意味を求める。理解できないと安心できない。その〝形〟が信仰というなら、彼らはそれが在るが為に死んでいったとしか思えない(思想も含めて)終盤の鼾のくだりはエグかった。これほどまでの酷い描写はそうお目に掛かれるものではないと思う。
★112 - コメント(2) - 2月28日
モモ太郎
私も罪と罰を思い出しましたよ! 終盤はエグいですよね。私は映画で見て、自分の想像を超え、もっとエグかったです。
- 03/22 22:18

里愛乍
私も映画観たかったんです~~~読んでから…と油断してたらとてもじゃないけど行ける時間帯にやってなくて、とうとう終了してしまいました・・・
- 03/22 22:27


先頃映画を観ての衝撃も新しいうちにと読んだら、図らずも宗教を考える本を続けて読む事に。クリスチャンであった作者だからこそ信仰とは…に真正直に挑んだ作品に思えた。江戸時代初期、キリシタン弾圧下の日本へ棄教した師を探しにやってきた若き神父。ただ神に祈りパライソを夢み、苛酷な拷問にも屈せず信仰に殉教していく農民達に神は沈黙を通す。応えがなくとも一途に無条件に信じられる事は幸せな事だ。だが信徒の受難に何の救いも与えない神の存在、全幅の信頼を寄せたその存在に疑問を持った時、それは司祭であるが故に(→続)
★76 - コメント(4) - 2月27日
Yoko Omoto
素晴らしいレビュー、全く同感です。真の信仰って目に見えるものでもなければ他人に認めてもらうものでもなく、心の奥深くに自分が持っていればいい、そんな気がします。
- 02/28 12:42

hrmt
私もそう思います。信仰の意味とかよくわからないから“人”としてどうかでしか考えられないんですが、生きていく力になるなら偶像でも信念でも何でも良いような気がします。でもそれが人の強さというか知恵なんじゃないかな〜と。
- 02/28 15:10


初作家さん。映画は鑑賞済み。神の存在は何ぞや?答えが出ない永遠のテーマ。いくら神に祈ったって弱き者は救われるわけでもない。要は自分の気の持ちよう次第かと。ロドリゴは弱き者の為に棄教したけど、そのおかげで救われた人がいるわけで…誇りに思ってもいいと思う。キリシタン弾圧はとても残酷だけど気持ちは分からなくもない。だから、世の中は争いが絶えない。うん、人間って不思議ですね…江戸時代の様子も書かれていたけど今も昔も日本は変わらないような。映画はほぼ原作通りでした。
★31 - コメント(0) - 2月27日

映画は見ないと思ったので原作をば。島原の乱直後のキリスト教が一番弾圧されていた時代をポルトガル司祭の視点から語った名作。恐ろしい拷問で信徒を追い詰める役人の姿は禍々しくて恐ろしかった。神は存在するのか、存在するならば、なぜこの苦境の信徒を放って「沈黙」するのか。不信心モノながら、考えさせられる一冊だった。
★35 - コメント(0) - 2月27日

はるか昔、高校生の頃に読んで衝撃を受け、忘れられない一作となっていた小説。今年、映画化されたので観る前にと思って再読。以前読んだ時はロドリゴ司祭に思い入れ、寄り添って読み「神の沈黙」に混乱し激しく衝撃を受けたのだけれど。あれから◯十年自分も歳を重ね、宗教の普遍的な正義…日本という国での宗教の在り方…有無を言わさぬ一方的暴力が認められた政治の在り方…などなど、当時よりかなり冷静に読めた。当時、かなり興奮して読んだ本を、歳を重ねて冷静に読んだ自分の変わりように少しの寂しさを感じつつ……読了。
★38 - コメント(1) - 2月27日
みきぴん
自分も歳を重ね、宗教の普遍的な正義…日本という国での宗教の在り方…有無を言わさぬ一方的暴力が認められた政治の在り方…などなど、当時よりかなり冷静に読めた。当時、かなり興奮して読んだ本を、歳を重ねて冷静に読んだ自分の変わりように少しの寂しさを感じつつ……読了。
- 02/27 18:22


読後残るもやもや感の正体はたぶん神が沈黙を破ったことだと思う…巧緻に創り上げられた拷問の末、踏むか踏まぬか最終の答えのない問いに、統合失調症を発病してない限りは、わざわざ神から答えてきたりはしないし、だからこそ其処には人間自身が答えを見出さなければいけないはずなのに…。信仰は、信仰を必要としつつも持ち続けるには足りない心の強さに寄り添うものである、というのが本質だと思うなぁ、とか。それでも転んだ後の孤独の中で、「私がその愛を知るためには、今日までのすべてが必要だったのだ。」の言葉には説得力があった…。
★46 - コメント(1) - 2月27日
相生
映画見る前に読んでよかったよ~
- 02/27 12:25


戦争の映画や小説を読む時にいつもかんじていた思い。日本人はいつも一番弱いものが、同じ日本人の上の立場にいるものに無下にされ搾取され殺され犠牲になる。江戸時代の百姓も追い詰められて救いを求めた心の拠り所のキリスト教もうばわれる。しかも残忍な方法で。沈黙している神が責められることではない。人間の上に立つものが愚かなんだと思う。人の心は自由だから、そのことは忘れない。これを読んで現代の政治に恐ろしさを感じた。
★39 - コメント(1) - 2月27日
flying frog
弱い者が上の者に搾取される構造は、日本人だけでなく人類に共通ですし、日本人はむしろ少しマシな方かな、と思います。沈黙する神にロドリゴたちがこれだけ葛藤するのも、本来の神はもっと雄弁で異教徒に手厳しかったからなので……。私は無宗教ですが、罪な神様だな、と思ったりしますww
- 02/27 17:20


信じることに対する様々な登場人物の姿勢。殉教、転んで弾圧する、転んで信仰を捨てる、転んだふりをして内面で信仰を続ける。人間の強さ、弱さという軸ではない生き方。 日本人的宗教観、一神教の宗教観の違い。 舞台設定はシンプルだが、物語の進行と問いかける主題に引き込まれた。
- コメント(0) - 2月26日

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