沈黙 (新潮文庫)/遠藤周作の感想・レビュー(2002件)

全員表示 | ネタバレ
宗教=心の拠り所で、それ以上でもそれ以下でもないと思うのに、今も昔も戦争や争い事が絶えないのは、どうしてだろう。と、信仰心の欠片もない私が考えても答えが出ないと思う。拷問のくだりが重すぎて苦しくて、肝心の神の沈黙のについて入ってこなかったので、もう一度読んでみたいような、もういいような気持ちです。
★27 - コメント(6) - 2月26日
なないろ花色世界はひとつ
む~みんさん【スコセッシ監督が映画化されなかったら読んでいなかった】の部分、私まったく一緒です!元々ロバート・デ・ニーロ氏が初めて監督した【ブロンクス物語】というとても染みる映画を借りて観て以来彼のファンになりそれが元で彼を見出したスコセッシ作品をチェックするようになりました。ケープフィアーやグッドフェローズやレイジングブルとか、初期の作品では何よりタクシドラバーはジョディフォスターとの共演で作り上げた名作だと思います。スコセッシさんが原作の翻訳を読んで20年来温めてきた昨品。未見なのでとても楽しみです♪
- 02/27 23:32

む~みん
なないろ花色世界は1つさん、私はそこまで詳しくないのですが、教えて頂いた作品も観たくなりました。ありがとうございます!
- 02/28 11:28


今でもあまり変わってないのでは?と少し思う所ありましたので。異端は排除されますね。
★15 - コメント(0) - 2月26日

映画を見てから読了。かなり濃密な話だが映画は原作再現度が高い。ロドリゴに神の声は聞こえないが、波や鳥、ハエの存在を通じて神は彼のことを見ているかのような存在感のある描写になぜ沈黙を通すのか、もしかしてロドリゴが聞こえてないのでは?と考えてしまう。
★34 - コメント(0) - 2月26日

かねてより興味はあったのですがなかなか手が伸びず、今回映画公開に便乗してやっと読了。この本どうやらローマ法王も読んでるらしいのですが、どういう感想を抱いたのかめちゃめちゃ興味があるところです。…この本を読む前か後かは知りませんが、日本での布教を希望したこともあるらしいw
★45 - コメント(1) - 2月26日
蛇の婿
非常に面白いと思ったのがキチジローです。彼は脅されれば簡単に踏み絵を踏むし棄教しろと言えばすぐに棄教を口にする。あまつさえ挙句の果てがゲフンゲフンで、まさにユダに対比されるべき人間のように描かれている。しかし、彼は最初から最後までちゃんとキリスト教徒であり、おそらくは彼の存在そのものが、この作品における作者の「神の沈黙」に対する回答であるような気がします。非常に面白い作品でした。映画は予告編のみ視聴。
- 02/26 21:58


読もう読もうと思いながらもなかなか手が伸びず、映画化されたし春休みで時間もあるしってことでやっと読みました。 キリシタン禁制が厳しい日本へ潜入した司祭のロドリゴ。山中に隠れながら告解を聞いていたが、やがて役人に捕まり、背教の淵に立たされる。 背教の場面は読んでて本当に苦しかったです…。愛し、信じ続けてきた者を、表面上ではあっても裏切ることは辛い。裏切ってしまえばもう元のようには戻れないから尚更。でも、彼のおかげで救われたキリシタンもいる。ならば、彼は背教したことを、少しでもいいから誇りに思っていいはず。
★58 - コメント(1) - 2月26日
はるな
背教せずに処刑されてしまった人も、最期までキリシタンを貫いたことを誇りに思っていいのではないかなぁ、と。誰かのために想いを諦めることも、自分のために想いを貫くことも、決して悪いことではないはずだと思いたいです。
- 02/26 11:32


キチジロー、ロドリゴを見て、人の弱さに考えさせられた。
★14 - コメント(0) - 2月26日

★★★☆☆(3.5)
★7 - コメント(0) - 2月26日

映画に追いつけ、と一気に読み切りました。神という存在に問い、疑い、懺悔する。その上で、過ちを許してもらおうと乞い願うのだから人間ってなんて身勝手。そして神とはなんと曖昧。信頼、絶望の狭間でどちらが正解なのか翻弄され続けることが生きることそのものなのだ、ということでしょうか?確かに祈っても叶わないことって世の中にはたくさんあって、それを「神の沈黙」と見るその視点が新鮮だった。拠り所として宗教が生まれたのなら、それが原因で争いが起きるのも理解できてしまうな。
★41 - コメント(0) - 2月25日

ハリウッド映画の原作。 祈りを捧げているにもかかわらず、救いの手は、現れない。見えない。それを、タイトルにするとは、上手く考えたものだと思う。それにしても、キリシタン弾圧の場面は、本当にむごたらしい。虫けら同然の扱い。映像でなくとも十分伝わる。 ひどい仕打ちが出来たというのは、我々日本人は、冷酷な一面も持ち合わせた国民なのかと、考えさせられた
★39 - コメント(0) - 2月25日

ラスト近く、ロドリゴが感じた「神は常に共にいる。共に苦しんでいる」という感覚。キリストが言った(と感じた)「お前達に踏まれるために、私は存在しているのだ」という感覚。この部分だと思う。
★25 - コメント(0) - 2月25日

映画版を観た後に読んだ。 中学の教科書でクライマックスを読んでいたがなぜ「沈黙」なのか分からなかったが、今回全体を読んで題名の意味もよく分かった。 また、信仰とは何かということを深く考えさせられる。[購]
★29 - コメント(0) - 2月25日

激しい切支丹の弾圧が行われている日本に恩師の行方を探しに、主人公の司祭ロドリゴはやってくる。 島原の乱後、国を挙げて基督教を排斥しようとする日本は、信徒ではなく、布教にやってきた司祭を転ばせ(棄教させ)、信仰の根を断つことに。 苦しめられるロドリゴ。彼のせいで苦しめられ殺される信徒。彼は神に祈り、救いを求めるが、神はいつまでも沈黙を保ったまま。いつしか、主の存在すらも疑ってしまうロドリゴ…。 信仰とは、人間とは、人の在り方とは… 信仰心を持たなくとも、考えさせられる作品には違いない。
★30 - コメント(0) - 2月25日

zoe
自分は平凡に毎日が過ごせればそれでよいです。
★21 - コメント(0) - 2月25日

解説に「ドラマチックな緊迫と力感があふれている」とあって、本当にそれ。暗い、そしてゴールは見えてるんだけど、どうやってそこにいくことになるのか、と引き込まれた。宗教ってなんだろう。長崎のキリシタン、踏み絵云々は歴史の知識として知ってはいたけど、拷問や外国人司教を棄教させたりするのは知らなかった。映画観たいなー!!図書館本
★25 - コメント(2) - 2月25日
對馬 正晃
映画も暗かったですよ(苦笑)
- 02/27 22:59

T66np
ですよね。。明るかったら別物でしょうね。新聞の記事で「監督は行間を読んだ」とあり、どういうことか気になってます。
- 02/28 08:35


 感想がまとまらない。僕には神の概念も、どうして彼らがそんなにも神を信じるのかも理解できません。だから、布教を「迷惑」と思う感覚も分かる気がします。でも、自分にはよく分からないものでも、それを大事にしている人がいるのなら、一緒に大事にしてあげることは大切なことだと思うのだけれど。筑後守のやり方は許せない。でも、彼もかつては悩んだ一人の人間だったと思いたいのだけれど。僕はきっと、弱くて、平凡で、英雄に畏怖する側の人間なのだろうということは分かるのだけれど。ただ、読んでよかったと思うことは確かです。
★67 - コメント(1) - 2月25日
flying frog
私も特定の宗教は持ちませんし、他人の宗教を否定すべきではないとも思ってますが、仮に私がこの時代の幕府の高官だったなら、やはりキリスト教は全力で弾圧すると思います。そして筑後守はその職務を忠実に遂行しただけ、なのでしょう。実際、非常に効果的なやり方だと思いますし。
- 02/25 22:39


「イエスの生涯」にもみられた遠藤周作のキリスト観がこの小説の中にもあった。キチジローの、そしてロドリゴの弱さに共感せずにはいられなかった。人間は弱くて、沈黙を続ける神を信じ続けることはできない。けれど、だからこそ神は存在しなければならない。弱い人間に寄り添うものとして。無宗教な自分ではあるけどこの小説には感じるものがたくさんあった。
★28 - コメント(0) - 2月25日

重い。信仰と生き方に関わる話だからすごく重い。ストーリーとしては面白い。転んだフェレイラとどのように再会するのか?何故棄教したのか?という謎を引っ張り一気にクライマックスまで。後半の役人日記の記述は歴史的リアリティを醸し出しているが、必要だろうか。史実にモデルがいるらしいので、改めて調べてみたいと思った。『沈黙』というタイトルは秀逸。キリスト教的宗教観は持ち合わせていないが、圧倒的孤独の中で誰か(主)が昔同じように苦しんでいた事を想起すると心の平安が得られるのは分かる気がした。自分には物語がそれに近い。
★30 - コメント(0) - 2月25日

島原の乱が鎮圧されて間もない頃、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、隠れキリシタンである貧しい農民の信徒たちに加えられる残忍な拷問と殉教する信徒の姿を目の当たりにする。このような酷い状況のなかで神はなぜ沈黙しているのか?と疑問が生まれ苦悩する。そして自らも背教の淵に立たされる。信仰の名の下人の命を捨てるか?信仰や司祭のプライドを捨て人の命を守るか?信仰とは何なのか?キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける作品。
★28 - コメント(0) - 2月25日

神父の心情の吐露、信仰へすがる様子の書きぶりが圧倒的であった。神の沈黙とは、に対してキリスト教徒ではない私の答えは「沈黙の中にさえ救いを見出すことのできるのが神なのでは」である。信仰の変容について個人レベルの話が描かれているが、これが多く起こると新しい宗派が生まれることになるのではないかと思った。
★23 - コメント(0) - 2月24日

大学生くらいの時に読んだのを、再読。以前読んだ時はタイトルでもある神の沈黙が深く突き刺さったが、今回はキチジローの存在が最も印象に残った。主イエスはなぜユダに裏切らせたのか? ユダはイエスを裏切った後、どのような思いで過ごしたのか? イエスはユダをどのような思いで見送ったのか? 日本人にはキリスト教は理解できないと繰り返されるのも遠藤氏自身の信仰に対する苦悩なのだろう。
★31 - コメント(0) - 2月24日

職場の方が30回は読んだし、この本だけは手放すことができなかったと話していたので読むことに。なんとなく内容は教えてもらっていたが、やっぱり重いです。笑える部分1つもないです。踏み絵は小学生のときに学んだが、こんなに苦しいものだとは思ってなかった。踏めばいいじゃんくらいにしか思ってなかった。踏んでも心の中では信じていればいいじゃないかと。私はキチジローが憎めません。こんな時代に私がキリスト教徒だったらキチジローみたいになってたかもしれない。
★56 - コメント(2) - 2月24日
nori☆
私もこの本が気になったので図書館で予約してます。まだ一ヶ月以上、待ちそうだけど今から楽しみにしてます。
- 02/25 17:36

あやねぇ
ぜひ!私は読んでよかったと思ってます(^^)
- 02/25 18:06


映画を見て原作が気になり読了。禁教令下の日本に潜入した司祭が棄教、背教に至るまでの過程を描く。自分は日本人として一般的な無宗教状態の人間なので司祭の本当の苦しみは理解できないと思った。それで少し一般化して、大きなジレンマに陥った人間の苦しむ姿と捉えて読んだ。自分のしたいことと周りの状況が噛み合わない場合にどういう選択肢を取るのか、ベストな答えがない場合に各人それぞれの考えが行動に現れているということだろうか。深く考えさせられる作品と思う。
★80 - コメント(0) - 2月24日

大阪で豊家を滅ぼし、島原で農民を焚きつける。幕府としては厄介な存在だったのだろう。家康の時代はウエルカムだったのに、南蛮と紅毛で日本に争いを持ち込み、排除されてその事に怒って我々が正しいと言う。所詮宗教とは争いしか産まないのね。
★26 - コメント(0) - 2月24日

映画化されたのを機会に読んだ。私は、キリシタンの何を知っているつもりになっていたのだろう?何もしらなかった。信仰、棄教、殉教、そのどれもわかっていなかった。神は沈黙をもって、どの信者にもよりそっているように思えた。例え、転んだとしても。何度も、ロドリゴを騙し、その度にコンヒサンを願うキチジローをなぜか恨む気にも憐れむ気にもならなかった。多分、映画は観ない。
★107 - コメント(0) - 2月24日

読み進めるたびに宣教師ロドリゴが追い込まれて息苦しくなりました。 そして窮地の限界に来たとき、ロドリゴは踏絵に移るイエスより「踏んでもいい」という言葉を聞いたのです。そして言葉にできない烈しい悦びを得たのです。 なぜ? ロドリゴが感じた「悦び」という言葉に疑問を持たずにいられませんでした。 でもふと気づくものがあったのです。 キリスト教の教えに、自分たちが弱者であり、神の許しの下に自分たちがあると聞いたことがあります。この「悦び」とは沈黙し続ける神から許しを得たことへの悦びだったのではないでしょうか。
★24 - コメント(0) - 2月24日

kuu
ポルトガルの宣教師がマカオから日本に進出してくる件が印象的。 司祭も役人もそれぞれが正論をいっているのだよね。イノウエ様と通辞がかつて棄教した者であることが、作家のキリスト教に対する気持ちなのかもと思う。 出世のために信仰し、ポルトガル語をマスターしたとい通辞には、キリストの精神は残っていないだろうが、イノウエの心の中にはあるのではないか、もしくは、諦めたのか? 一報の庶民。生活苦からの何かにすがる思いで信仰するのは切ない。日本は沼地のごとくキリスト教が根を張らないという表現があったが、それは日本人が偶像
★2 - コメント(2) - 2月23日
kuu
日本は沼地のごとくキリスト教が根を張らないという表現があったが、それは日本人が偶像崇拝を好む民族だからではないかと思う。司祭の身に着けているロザリオをとてもありがたそうに受け取る場面に裏付けされているような。 生きるために棄教と懺悔を繰り返すキチジロウが、ある意味、一番の信仰深いように思う。神は生きている人を支える心であって、殉教は意味が違うように私は思ったからだ。彼が言う「キリスト教が弾圧される時代に生まれなかったら、幸せにキリスト教徒として人生を終わらせることができた」という言葉が心に残る。
- 03/06 17:09

kuu
『日向の匂い』が当初のタイトルだったとか。 スコセッシ監督の映画も観た。イノウエ(尾形イッセイ)と通辞(浅野忠信)の演技が秀逸。なんともいやらしい感じがとてもよかった。
- 03/06 17:11


キリスト教における信仰とは?というのが本書のテーマなのは明らかです。村人は物象化されたものに頼り、如何にも土着神道的にマリアを崇拝するという、イエズス会司祭からすれば誤った信仰が広まります。はじめはロドリゴもその様に感じます。他方、宗教の根幹は、ミサや告解のような儀式を通じ、身体の記憶によって習慣付けられるともいえます。まさにその体系化と正統性を担うのが司祭という立場です。ロドリゴは苛烈な弾圧による村人と自分の境遇に対し、神が何も応えないことに疑問を持ちはじめます。本当の信仰とは、応答のような実利的なもの
★32 - コメント(2) - 2月23日
ころこ
のなのだろうかと。転んだフェレイラ神父に会い、ロドリゴ自身が同じ境遇を体験してみると、究極の選択として、イエズス会の体系としての立場よりも、自身の内的信仰をとることになります。司祭を止め日本名を名乗り、妻をめとったことで信仰を捨てたようにみえるロドリゴですが、フェレイラと同じく内的信仰は維持します。キチジローのような裏切り者は、最もキリスト教が救うべき悪人です。ところが、江戸時代初期に日本でキリスト教が根付かなかったのは弾圧もさることながら、「悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」といったキリスト教的信
- 02/23 23:42

ころこ
仰に近い思想が、昔から日本に根付いていたからなのではないでしょうか。キチジローを救ったのはキリスト教なのか、はたまた仏教なのか…
- 02/23 23:42


みんな同じ人間なのに、何であそこまでしなきゃいけないんだろうなぁ。醜くて汚い人たちがたくさん出てきて、気分が悪くなった。
★15 - コメント(0) - 2月23日

⭐️⭐️⭐️⭐️
★7 - コメント(0) - 2月23日

暗い気持ちになりながらも、先を読まずにはいられない作品でした。「宗教」は困難に立ち向かう力も与えるけど、残酷な結果を招く事もある。もし信仰しなければ助かった命があると思うと、「宗教」って何なのだろう?と考えてしまいました。
★28 - コメント(0) - 2月23日

三浦綾子さんの「塩狩峠」を読んで、読むと決めていた本。昨日が映画上映の最終日。慌てて読んだ昨夜の最終日のレイトショーに滑り込み、映画も観てきました。「隠れキリシタン」「踏み絵」学校で教わったふたつの言葉が思い浮かびましたが、この言葉の重みをズシリと感じ取れた小説でした。拷問の方法がエグく、それを映像でも観てしまったわけですが、映画は原作に忠実で、小説の理解が深まり、観て良かったと思いました。
★30 - コメント(0) - 2月23日

高校生の時、たしか教科書に載っていて感動して本を購入。久しぶりに出して来て再読(昭和56年発行でした。36年前~!)ロドリゴの「自分は彼等を裏切ってもあの人を決して裏切ってはいない。今までとはもっと違った形であの人を愛している。」この言葉、思いがキリスト教だけでなく全ての「信仰」ではないかと思った。
★29 - コメント(0) - 2月22日

自分が信仰を持っていないせいかわからない部分が多かった。なぜ神は助けてくれないの、助けに来ないの、全知全能の父でしょう。あなたを信じたが故に苦しんでいる子羊たちだよ。なぜそれを助けないの、助けずに沈黙を貫いているだけなの。これが信じるって言うことなの。苦しくて辛いときに助けてくれないなんて、信仰とはそういうことなの。それが神様と言う存在なの。一般の信者にあってさえ、信仰=修行なのだろうか。
★35 - コメント(0) - 2月22日

沈黙するのは、神か。すべてを赦し、愛を与えるのは、神か。今生の辛苦を救うのは、神か。
★47 - コメント(0) - 2月22日

× Atushi 時代や思想が変われば、どれ程、人間は残忍になれるのか。キリシタン弾圧。映画も観ましたが、映像化する事で、如何に布教活動が命懸けであったのか、わかりました。あんな時代を越えて、今があるのだと。
★17 - コメント(0) - 2月22日

スコセッシ監督の映画「サイレンス」の上映にあたり、読んでみた。 江戸時代の長崎で繰り広げられたキリスト教司祭の排教の過酷さに心が傷んだ。又その裏にある司祭の心の葛藤は現代に生きる我々の心の持ちように通ずるものがあると感じた。
★21 - コメント(0) - 2月22日

信仰の本質は突き詰めようとするとこういう事なんだと思う。ロドリゴの意気揚々とした様子が次第に重く暗くなって、追い詰められていく雰囲気の描写が秀逸でした。今でも異教徒を疎外したり認めない事があるのに、当時それに立ち向かうというのはどれほどの辛苦だったでしょう。「神の沈黙」という宗教的に深い題材への問いかけは答えなど見つけられないと思うが、結果的に奉行の言う通りになったロドリゴもフェレイラも「転ぶ」という事象の中に「神」を見ている… しかしながら「神」と共に「自分」が存在するのは確かなのですね。
★191 - コメント(0) - 2月21日

通勤電車の中で泣いたわー。信仰っつーのはそういう事なのねーって思ったけど、常に見守ってくれて一緒にいる神って結局自分自身じゃん。人間にはそういう事ができるんだよって教えたのがキリシタンなんけ?
★18 - コメント(0) - 2月21日

ロドリゴが転ばされるに至るまでの道のりは、悲しい主への沈黙を訴える描写は、ほんと考えされられるキリスト教への興味も出てきた映画含めてとても面白かった
★20 - コメント(0) - 2月21日

やっと読めました。 解説の通り、ドラマチックな展開で、ロドリゴの葛藤に胸を打たれてばかりでした。しかし、胸を打たれてばかりで、問答やロドリゴのたどり着いた境地がどのようなものか、イマイチ理解できていないので、落ち着いたらまた読みたいと思います。
★17 - コメント(0) - 2月21日

全員表示 | ネタバレ
ログイン新規登録(無料)