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楽書帳

週末は猫になる
トピック

Mμ
2018/12/09 07:45

週末は猫になる。
市販の“猫の素”をお酒に溶かしてちびちび飲んでいると、目が覚める頃には猫の姿になる。

うにゃーん、とひと鳴き。
ぶかぶかになった自分の服から抜け出して伸びをする。
瞬発力を活かして、しなるようにジャンプし、鏡台に飛び乗る。
どこから見ても猫。立派なアビシニアンがそこにはいた。
初めての頃こそ驚いてにゃあにゃあと鳴いていたが、一晩立てば元の姿に戻ることがわかってからは、むしろこの状態を楽しめるようになった。
効力はだいたい12時間で切れるようだ。

少し開けておいた扉からスルリッと外に出る。
風が体毛を揺らす。
身長の数倍はあろうかという塀に飛び乗り、家の屋根の上を駆け抜ける。
着地地点を予測し駆ける。
タンッタンッっとリズミカルに駆け抜ける時、自分が猫であることを強く意識できた。
日頃は、毎日電車に揺られ、ほとんど運動することもなく仕事に勤しむ日々。
そんな私にとってこの時間はかけがえないほどに楽しい時間だった。
塀の上から人を見下ろし、草木を愛で、花に頬ずりをする。
顔見知りになった魚屋のおいちゃんに煮干しをもらい、お気に入りの神社の境内でゆっくりと楽しむ。

その後はポカポカとした日差しの下でお昼寝。
ざわざわと揺れる木々のBGMが耳に心地よい。
全身に感じる自然の営みは、人間では味わえない。
何度か目を覚ます。
入れ代わり立ち代わり人間が、私を見てリアクションを返しては立ち去ってゆく。
恐る恐る撫でようとする小学生、きゃあきゃあと「可愛いー!」を連呼する女子高生、何も言わずに撫でてゆくサラリーマン。
みんなきっと猫になりたいのだ。

充分にお昼寝を楽しんだ後、一人暮らしのお婆さんの家へと足を運ぶ。
まぁまぁ、と出迎えてくれキャットフードを出してくれるが、私は口をつけない。
申し訳ないのだけれど食べられない。
しかし、この家の居心地の良さは癖になるのだ。
木工製の箪笥、年季の入った家具に、ほのかに香る古い家独特の香り。
時が止まったような部屋の中で、炬燵にもぐりのびのびと過ごす。
抱きかかえ優しくなでられるとき、私は亡くなった祖母を思い出す。
目を細め、身体をゆだねる。
そんな時、私は自分が何であるのかわからなくなる。
猫なのか、人なのか。
大人なのか、子供なのか。
実は、そんなことはどうでもいいのかもしれない。

気がつけばお婆さんはいなくなり、テレビの音だけが流れていた。
私は立ち上がり、そっと部屋を出る。
沈みゆく夕日を眺めながら帰路に着く。
もうすぐ12時間。
猫の時が暮れ、人の時が明ける。

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