日本語LaTeX入門のザ・スタンダードと言うべき存在。2版、4版、6版と読んできたけれど、話題の並べ方のうまさを再確認した。まず初めの100ページを読んでLaTeXを触れるようになり、興味の広がり方に応じて残りを好きなところから読んで、いつのまにかどっぷり浸かる。4版との比較では、BeamerとTikZについての記述がうれしい。
- コメント(0) - 2014年3月19日

初めてのクリスティーだった。孤島に集められた10人、それがマザー・グースの歌に合わせてひとりずつ殺されてゆく。淡々とした過不足のない文章が引き立てるのは、追い詰められる残された者たちの心理。読み終えて、全然「悪酔いしない」ことにびっくり。
★8 - コメント(0) - 2014年3月1日

ロシア語通訳者の著者による、気軽なエッセイのふりをして、その実ずいぶん骨格の整った通訳論。限られた時間の中で、ただの冗語はさらりと流して欠かせない情報を適切に伝えられるよう、話者の意図に意識をピンと張りつめる通訳たち。専門的な会議の一日目には「ほとんど暗闇をまさぐるよう」でも四日目にもなると「当事者や主催者などよりもよく分かっていたり」というのも、さもありなん。お定まりの結論で終わらずに、もう一段ぐっと踏み込んだ事例や議論を加えている箇所が多いなという印象を持った。
★4 - コメント(0) - 2014年2月22日

元「ビルマ女子」の闘病記『困ってるひと』で一躍名を馳せた大野更紗さんの、その後の文章や対談をまとめた本。純粋な理論家でもなく一当事者としてでもなく、中間の立ち位置で両者を接続して、実際に社会にインパクトをもたらしたい。中心的な話題は、一つは医療・社会保障ですが、もう一つは「若手論客としての生き方」でしょうか。冒頭の糸井重里さんとの対談中に「わたし的かっこよさの基準は何かというと『必死さ』です」という発言がありますが、大野さんの「必死さ」の、前著では垣間見えるだけだった側面が、直接的に迫ってくる本です。
★2 - コメント(0) - 2013年10月23日

7年ぶり?の再読。20世紀前半に活躍したイギリスの数学者ハーディが一般読者に向けて「数学研究の価値」や「数学者の人生の意味」を語る前半部「ある数学者の弁明」と、それを年下の友人であるスノーが解説する後半部「ハーディの思い出」からなる。「弁明」は全編にわたりいかにもイギリス風の静謐さに包まれ、しかしその中でハーディは力強く、「数学者の考える創造というもの」を伝えようとする。「思い出」はハーディの人となりを描き、「弁明」の過激さをバランスするもので、こちらにはラマヌジャンとの関わりの話も出てきます。
★1 - コメント(0) - 2013年4月27日

ネタバレしたくないので具体的なことは何も書かないけど、最後の数章のキラキラ感が、僕にはなんとなく、カズオ・イシグロの『日の名残り』と重なって見えた。
★9 - コメント(0) - 2013年4月18日

数学基礎論の大家が集合とは何かということを説明するだけあって、素朴集合論のパラドックスとZF公理系の紹介では終わらない。ブルーバックスの1冊としては驚くほどの難しさとも思える後半では、第4章でまず、具体例を通じ「さまざまな公理系の無矛盾性を検討するための手法」が語られる。第5章では、そういう研究だけを無批判に行う姿勢が否定され、集合論の進むべき方向に関する著者のアイディアが展開される。どんどん密度は濃くなり、一読二読では理解できない内容になっていく。それでも、集合論を自在に俯瞰する記述の迫力は感じられる。
★2 - コメント(0) - 2013年3月15日

表題作および『酔歩する男』が収録されている。奇妙に心地いいスプラッタな描写もあるけど、いずれもホラーというよりSFな印象。ストーリーを支えているのは「生物とは何か」「時間とは何か」「意識とは何か」といった問題で、王道的だな、という感想をもった。目新しさは少ないような気もするけど、こういうことを物語に織り上げることができるのは、稀な力かもしれない。『酔歩』の結末に至る最後の十数ページ、主人公が混乱していく描写には、いい味があると思う。ここでフィクションと現実が意識の中で融け合い、恐怖になる。
★7 - コメント(0) - 2013年2月25日

ある意味で、上巻で「主張」は終わっている。下巻は、オウムが諸事件を起こすにいたった理由の考察にあてられる。提出される仮説は「幹部は危機意識をあおればあおるほど、盲目の『最終解脱者』麻原に重用される。そしてその危機意識を麻原は肥大させ、殺人の正当化を行う。そういう相互作用があった」。森は、幹部たちを近年のメディアに、麻原を「民意」になぞらえる。82年、薬事法違反の際に麻原の取り調べにあたった白岩武雄の言葉を受け止めなくてはならない。「断罪して終わりじゃ、同じことがまた、別な姿で出てくるだけじゃないのって」
★1 - コメント(0) - 2013年2月20日

麻原裁判に関して、司法に疑義を申し立てる。2005〜07年の雑誌連載に基づく本。この上巻では「麻原は、その訴訟能力が疑わしい状態。正当な精神鑑定をすべき」という主張が展開され、その裏には麻原を自分たちと地続きの存在としてとらえることを拒絶する人々への苛立ちが流れる。一審の主任弁護人だった安田好弘の逮捕や、かりに記述を信じるならばどうにも理不尽な控訴棄却の経緯など、思わず「ええっ」と声をあげたくなる。観念的な部分も時折あるが、それも作品の欠かざるべき一部と思う。区別しながら読む。下巻へ。
★1 - コメント(0) - 2013年2月16日

ミニマルな言葉で紡がれる回想の物語は、驚くほど濃密に展開し、まるでページ数が3倍もあるかのようだった。ミラノのコルシア・デイ・セルヴィ書店を取り巻く、共同体を夢見る人々の群像劇は、時系列を行き来しつつ、静かで深い共感と想像力をもって、しかし、全編どこか寂しげな語り口で描かれる。きらきらと輝くような、そしてもう二度と戻ることのできないミラノでの日々。けれどその喪失を肯定し、物語を閉じる最後の一文が、わたしたちを強く勇気づける。
★7 - コメント(0) - 2013年2月3日

主に清末期の科挙制度とそれをとりまく人々の姿が淡々と記述され、最後の数十ページが制度の評価にあてられています。「科挙の存在は、自分が今まで思っていたよりもっと強く、中国史を決定づけていたのかもしれない」と感じました。著者の基本的な評価は「隋に始まって1300年、当初は世界に類のない制度だったが、だからこそ変化は容易でなく、清代には中国が西欧諸国の後塵を拝する結果を生んだ」というものです。その一方で、科挙があったために人々の間に存在していた、とてつもない量の喜び、悲しみ、そういったものも伝わってきます。
★2 - コメント(0) - 2012年12月27日

柳原さんの姿を見て思い出したのは、「カッコつけんな桐山っっっ!!! 本当に勝ちたいんなら粘れっっっ」という二階堂の言葉。真に「粘った」者だけが、焼け野原に再び萌える緑を見られるんだ。孤独に戦う人たちが、それでも、互いの「粘り」を信じあうことによってつながっている。(あと角煮食べたい)
★6 - コメント(0) - 2012年12月21日

「どんな気持ちの時も 晴れた日は空が青い」。このひとつのテーマからこんなにも物語を紡ぎ出せるのだということに、あわわわわわわと思いながら読んでしまいました。変奏曲のようだ。「きれいなもんはちゃんときれいに思えたことがうれしいて」。重いエピソードが語られるけれども、すず、よっちゃん、幸姉、風太、それぞれが受け止め方を見出していきます。退団撤回を決めたあとの裕也の目にはゾクゾク。マサの話も読んでみたいな。
★7 - コメント(0) - 2012年12月19日

近藤聡乃さんのブログの書籍化。近藤さんの幻想的な作品がどのように作られているのか、少しだけわかったような気がしました。自分に降りてきた感覚を穏やかに受け入れて、慈しむように憶え、そして理解しようとしているんだなあ。「あとがき」にあるように、締め切りを前に懸命に制作を行いながらも同時にこういう時間を過ごせるなんて、実に幸せそうで、憧れます。
★2 - コメント(0) - 2012年12月16日

字間・行間の考え方や、長文の組版について意識すべきポイントなど、欧文組版の基礎のがっちりした解説。説明が行き届いているのにすっきりしていて、美しい、大好きな本です。広告・雑誌デザインの諸技法や書体カタログについては、他にあたる必要あり。
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高校演劇部が『銀河鉄道の夜』のアレンジで大会に臨む。堺雅人さんの帯コメントのとおり、爽やか青春小説かつ演出入門でした。ずいぶんライトな小説だけど(とりわけ中高生に読んでほしいのだろう)、最後3分の1で一気に展開します。他人の作った「等身大の高校生」概念なんか蹴っ飛ばせと言っている。つながりながらも一人でいる、そういう覚悟をしなさいと言っている。ジョバンニ最後の長台詞、終え方がみごとだと思います。
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