『みどりいせき』大田ステファニー歓人さん
あれは春のべそ――なんてわけない。もしそうなら「みんないつか死ぬ」くらい意味わかんないし、わかんないものはすこし寝かせておきたい。でも、今は寝てる場合じゃない。そうなると目が赤いのも鼻をすすったのも、たぶん春のほ
うに吹いた風のせい。強い気流が砂ぼこりを巻き上げたんなら、そりゃ目にも入るし、その汚れを落とす涙が鼻に回ったらすするし、雲が流れて太陽を隠し、ふっと顔に影が落ちたら表情だって読みづらくなる。これはもう、こじつけじゃなくて自然の流れ。
乏しい状況証拠からのがちな名推理――それが理解ある女房役の仕事のひとつ。
雲もどいたし、インハイへ構え直す。目線の高さでミットのほつれとほころびと、張りつめた春の気配が並ぶ。もっかい股の間でギャルピを突き出すけど、また首を振られちゃった。キャップからはみ出した髪が揺れるたび、先っちょから飛んだしずくにお日様が当たって、きらん、と眩しく光る。
きれい。
ぼくも首筋に汗を感じてるけど、それは動揺じゃない。〈打たせて取るにはどうのこうの、目が慣れるから連続で高めにはうんたらかんたら……〉みたいな監督の指示を、「こざかしいなあ」と思いながら二本指で制球重視って要約して、十六メートル先の春に伝えるのは、なかなか骨が折れる。
この汗はチームのために、勝利のために光ってる――ついでに体温も下げてくれてる。
このまんま春にサインを拒まれ続けたら、ピンと伸ばしたぼくの指がムキになって、マジで地面に突き刺さるかもしれない。別にリードもあるし、ツーアウト二塁のただのバッティングカウント。なにより春のコントロールで勝ってきたんだから、いつも通りでいい。
コースが嫌なのかもと、右膝をついてミットをインローへ移す。すると今度は首すら振らなくなり、キャップを上げて髪をかきあげだした。無茶な勝負なんかしなくても、今まで通り抑えれば勝てるって――そんな顔をつくって、マスク越しに眉を寄せ、テレパシー気分で訴える。
なのに春は目をつむっちゃって、しかもランナー無視でワインドアップの体勢。時間が止まったみたいに両腕を掲げたまま、ぱちっと目を開けると、涙をためた瞳でぼくを見おろした。どうせ自分本位に投げるなら、堂々としてればいいのに。心の中はため息でいっぱい、防具の中でぼくは窒息しそう。
意思がズレたまま、とうとう春の左手から白球が離れた。きっと綺麗なシュート回転の直球が、ぐんと空を切って伸びやかに迫る。
――ああ、やっぱ逆球だ。
小学生にしては恵まれた体格の四番の一閃が、球の下半分をかすめた。瞬間、乾いたファールチップの金属音が鼓膜に突き刺さる。音を合図に球の勢いは増し、ぼくは浮いた軌道を見失った。見失ったと気づいたときには、もう白い円が視界を埋めるほど迫っていて、高速で回るゴムのフェイク縫い目越しに、なんとなく春と目が合った気がした。
強烈な衝撃がメットを貫いておでこへ届き、脳みそがぶりんと揺れ、髄液が波打つ。つま先に置いた重心は慣性に引っ張られ、体は宙でのけぞり無重力へ。時間がゆるみ、ふわっと背中が地面に貼りつく。
続けて後頭部がぐぎん、と着地。冷たい電気がつむじから背中へ走り、視界は真っ白。頭の中に細胞よりちっちゃなジョエル・ロスが現れ、ドレッドを振り乱しつつビブラホンを爆音で鳴らす。すぐ音量はピークを超え、何も聞こえなくなる。彼も消える。
砂ぼこりと石灰の風味はどこかへ飛び、噛んだ舌の鉄の味だけが残る。防具の内側で滲んでいた汗は密度を高めて凍りつき、アウトカウントもイニングも意識から消え、自分が誰かも曖昧になった。落ちる直前、チップをキャッチして胸を張る並行世界のぼくと目が合う。
そこで時間の連続性は断ち切られ、エントロピーが急減少。
たどり着いたのは、音も色も光も闇もない素粒子の世界。こんちわ。ここは母宇宙か娘宇宙か、それともバルクか。どれでもあり、どれでもない。
そこからインフレーション、そしてビッグバンへ。
さくら
まぁ、そんなこんなで宇宙は百三十八億年もずっと、きゅんだとかぴえんだとか、そんな無茶な音を立てながら成長期をこじらせてきた。だから銀河はニキビみたいにぽこぽこ吹き出し、そこには何千億もの恒星という雑菌みたいなやつらがうようよしている。天の川もその流れに乗って五十億年前に太陽を生み、四十六億年前には「そろそろ子どもつくる?」みたいな軽いバイブスで分子たちがくっつき、三男坊の地球ができた。
八億年前には、ヌクレオチドの二重らせんすべり台をするんってすべってきた寄生虫みたいな生命がわき、五百万年前にはふらふら歩き始め、つい最近になって嘘つきと殺し合いにハマり、世界大戦を二回もして、環境は汚しつつ文明だけはとんでもなく発展わぉ。神はいないって科学力で理解したくせに、お父さんの心電図は容赦なくフラットになって、ウイルスはバズったりしぼんだりまたくすぶったりして、ホッキョクグマは交雑しながら諦め顔であくびしてる。
そんな宇宙の片すみ、郊外の都立高校北棟三階。
非常扉はスチールの見た目より案外重く、僕の腕をうならせて、筋繊維が熱を帯び、ひと粒の汗か涙かが重力に負けて廊下へ落ちた。
昨日はにんにく食べすぎたし、嗚咽がちょっと臭うかも。でもどうせみんなマスクのまま大人になるし関係ない。〈常時は立ち入り禁止〉の文字をジョージ?とか心の中で読み間違えて、ようやく重たく開いた隙間から外へ抜け出す。シャツ腹がすれて汚れる。
閉まるとき大きな音がしてくれるだろうと期待してたのに、寸前でふわっと減速する蝶番の仕組みが憎らしい。扉の裏には赤いコーンが三つ、ウェイトを詰められて鎮座している。二、三キロはありそうで、ムキムキのフィジカル巧者が輪投げする姿を想像してしまう。
褪せた赤を見つめていたら、勝手に脳内で炎が揺らぎ出し、本当の有事に避難しそびれた生徒や教師の黒こげ死体が積もっていく妄想が始まって、ぷしゅうって煙があがる音まで聞こえた気がして、えくぼに水がたまった。
手すりまで行くと風が泣きそうなほっぺを刺した。花びらが三階まで吹き上がってくる。みんな桜が好きで、散ると悲しむ。だから遠いキャベツ畑のモンシロ蝶が復讐の羽ばたきをして、気流が巡って、校舎裏のソメイヨシノをハゲさせ、路肩が汚れる。みんな悲しむ。足元には薄桃色の吹き溜まり。上履きの青いラバーだけが際立ってる。
花びらの水分が床を濃くしていく横で、僕のしずくもまた落ちる。南半球の蝶と僕の深爪がバイブスでつながる妄想をしていたら、ばふんばふんと布団を叩くおばちゃんの音で沈んでいた気分が追い払われた。深呼吸して袖で顔を拭う。
「よし」
朝ドラのヒロインみたいに気合を入れてドアノブをつかむ。が、動かない。鍵穴はどこにもない。銀色のピノみたいにつるっとしてる。何度ガチャつかせても無反応。風がシャツを揺らして鳥肌が立つ。
あきらめず、動かず、また触り、頭が熱くなり、顎が鳴り、また触る。動かない。
はい、僕は宇宙のニキビ。その芯の膿です。どうも。
下でクラクションが盛大に鳴り、僕は欄干からのぞきこむ。佐川の軽の前に、赤ジャージの三年女子がだるそうにつっ立っている。青いペニーをつま先で遊びながらどく気配ゼロ。クラクションを無視し、中指を立て、テールを踏んでノーズをつかみ、わざとらしく緩慢に動く。怒鳴るドライバー。彼女は「ばーか」と言いながらペニーに飛び乗って逃げ去った。
布団のおばちゃんが〈見た?〉みたいなジェスチャーをしてくるから下手な笑顔を返す。
風が戻る。スマホにはクラスLINEのメンションが二件。既読つけないようにそっとなぞる。四限まで二十分。ノブはまだ動かない。戻れば全員がこっちを見る光景を想像して重い溜息。踊り場に座り込む。
花びらが香り、また積もる。空を見ようと寝転んでもひさしが邪魔で雲が見えない。蜘蛛の巣の蝶が逃げた。蜘蛛が腹ぺこにならないといいけど、顔に落ちてこないともっといい。
うとうとしたところで鉄の音。裏門でさっきのペニー女子が南京錠を確認し、門をよじ登っている。生命力の説得力。着地した彼女と目が合い、僕は負けたみたいにそらす。すぐにペニーの音は遠ざかり、国道の喧騒と僕と、開かない扉だけ。
空腹。つぶれた桜。まぬけな蜘蛛。
半歩さがって「ティープ」と唱えながら扉を蹴る。ちょうどチャイムが鳴ってのけぞる。四限終了。近くのスピーカーが映画館みたいな圧で震わせる。
引き戸が開き、生徒たちが走り出す。僕には意味不明な怪物の声みたい。
イヤホンで洞窟化。いたいのとんでけ。
教室へ入ると一年の女子二人だけ。TikTokみたいな音。声をかけても無視される。居心地に耐えられず「今日午前だけか」と独り言を装い退出。
並びの教室の戸に青いペニー。覗きこもうとしたらバズカットが勢いよく戸を開け、僕は尻もち。鍵が落ち、小銭みたいな音。
「なんか用?」
赤いラバーの上履き、金色の喜平、眉ピ。予約の人? 一個二千。
「カツアゲ?」
「タダなわけねぇだろ」
奥から赤ジャージの彼女が出てくる。千円札の束を持ち、でかい。
「このわがままボデー君は?」「ただのデブ?」
よく知らないのに、なぜか懐かしさを覚える。視線が冷たくて体温が消える。
「今日は予約いい。先に金」
出せず黙っていると「もういいや」と去る。
彼女はペニーで僕の教室にすべり入り、消えた。
残った彼は僕の鍵を拾って腹に押しつけて去る。
やっと教室からメロディがこぼれる。
チャリにまたがると野球部員の山本くんが止めてくる。
「LINE見た?」
学級委員になったらしい。「委員、頼めない?」
風紀委員。朝の挨拶、服装チェック、駐輪場整理。向いてないと言うと手を合わせて拝んでくる。
野球部の一年がプランクしてるのを眺めながら、彼は素振りの意味に悩んだ話をしてくる。
原付にバズカットと赤ジャージ女子が二人乗りして去る。
「あれも校則違反?」
「スケボーはいいんじゃ?」
「いや、そっちじゃなくて」
山本くんは最後に「明日までに考えといて」と言い、部員の輪に戻っていく。
校門には排気ガスのツンとした残り香だけが漂っていた。
まっつー(たまさか)です。元KSD(某大学ミステリ研)/SF研。
海外ミステリと海外文学が好き。色々なジャンルを読みたいという気持ちはありつつ、ミステリを主に読んでいます。
様々なジャンル・カテゴリをバランスよく読んでいくのが今後の目標です。
こころなしか、最近小さな文字が読みづらくなってきている気がして不安いっぱいの40代半ばです。
転勤が続いてコロコロ現住所の設定を変えていましたが、実は3年ほど前から東京に戻ってきており、しばらくは落ち着きそう。2024年は都内やその近郊の本屋・カフェ巡り
を楽しみたいと思っています。
今迄に衝撃を受けた作品トップ3は、
アガサクリスティ「アクロイド殺し」
島田荘司「占星術殺人事件」
京極夏彦「魍魎の匣」
でしょうか。
このレベルの衝撃をもう一度味わいたくて、コツコツと読書生活継続中。
2016年2月以降に読んだ本しか記録してませんが、割と再読する派なので、都度アップします。
小説が好きです。学生の頃は翻訳ものが多かったですが、最近は日本の話題になっている小説が面白いです。
三度の飯と同じくらい本が好きです!
…というか、続きが気になったら食事中だろうがどこだろうが構わず本を開いてしまうので、『本の虫、っていうか害虫だよね』と言われた過去が…。( ̄▽ ̄;)
本に出てくる料理を作ってみたり、休日は本に出てきた場所に旅行
してみたり、と気ままな読書生活を楽しんでいます。どうぞよろしく。(^^♪
名前を逆順に読んでください。よろしくお願いします。
ミステリーをよく読みます。
特にミステリーについて、評価基準は、トリックが斬新であったり、ロジックが鮮やかであったりすると、間違いなく8点以上の評価を与えます。
ミステリ好きの読書録。
読書大好き。
2017春から社会人、医療関係です。
ミステリ、ファンタジーが好き。でも結構雑食です。好きな作家さんについては変動が激しいため割愛。
子供の頃、机の上にハードカバーの児童書ファンタジーをどん!と広げて読むのが好きでした。それは今でも変わり
ません。
暇さえあれば本を読んでいたい人種です。
でも他の趣味とも両立したくて共倒れ気味。
お気に入りの小説・シリーズ(著者名敬称略、順不同)
・三浦しをん『月魚』
・宮部みゆき『ステップファザー・ステップ』『火車』
・恩田陸『ネバーランド』
・高村薫『マークスの山』
・有川浩『キケン』『三匹のおっさん』
・辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』
・結城光流『少年陰陽師』シリーズ
・あさのあつこ『NO.6』シリーズ
・森博嗣『S&M』シリーズ
新鮮な医者の卵をふんだんに使った、トロトロオムライス(2600円)
シップレです。
中1です。
超低浮上です。
よろしくおねがいします。
小説やエッセイはもちろんサイエンス系からマンガまで何でも読みますが、最近好きなシリーズとか読んだことある作家の本を選びがちなので、もう少し幅広い読書がしたいです
読書好き活字中毒のセッシーです。
乱読派で様々なジャンルの小説を読みます。
多忙のため更新の期間が空いてしまうこともしばしば……
しかし読むときは大量の本を一度に読み漁ります。
読んだことのある本で語り合ったりできる友達募集しています。
子どもの頃から、読書が大好きでした。
ミステリーや青春小説などが好きで、よく読んでいます!
読書メーターに登録し、皆さんの感想等を見るうち、読みたい本がどんどん増えてしまいました。
好きな作家さんは
有栖川有栖さん 伊坂幸太郎さん 坂木司さん 島田荘司
さん 上橋菜穂子さん 阿部智里さん 五條瑛さん等です
登録以前の読了本は未登録です。
名前はキルヒアイスと読みます。
田中芳樹さんの作品『銀河英雄伝説』の登場人物からお借りしています。
読書の感想を残しておくことで、何年かしてからその時の感情などをふと思い出したりできるのではないかと思い、『読書メーター』を利用しはじめました。
他の人の
感想を読むのも大好きです!
感想読んだらナイスしていきますが、お気になさらず(+o+)
また共読ある方をすぐにお気に入り登録する癖がありますが、うざ絡みはしないのでご容赦下さい🙇
あと、感想は備忘録的に書いていることから、(フィルター付きではありますが)ネタバレ全開のものもありますのでご了承下さい。
主にミステリーというか、ラストに大どんでん返しが待ってるような話が好きです( ^ω^ )
あと哲学系も好きです!
それと弁護士をしているので、法関連の本の感想を書くことがあります。
ほとんどの感想に付いている★マークの意味は
★★★★★(最高!傑作!)
★★★★☆(おもしろかった)
★★★☆☆(そこそこ良かった)
★★☆☆☆(時間つぶしにはなる)
★☆☆☆☆(つまんなかった)
です。
あくまで個人的な好みですので悪しからずm(_ _)m
こんな感じですが、宜しくお願いします(≧∀≦)
ミステリー大好き人間。
常に本を持ち歩き、通勤や休憩中は読書でリフレッシュ。本を読んでいる間の日常から脱却感が最高。
映画や海外ドラマを見るのも休日の楽しみ。
ジャンルは本格ミステリだけでなくイヤミス、ホラーも大好物。
一番好きな作家は綾辻行人さんと三津田
信三さん。他にも有栖川有栖さんや中山七里さんなどなど。
海外ミステリではクリスティーやクィーン、カーやクロフツなどの古典ものだけでなくサスペンスものやキングのモダンホラーも大好き。
大好きな本は何回も読んで、同じところで驚いたり泣いたりしてしまう単細胞な人間です。
●名称:つみれ
●原材料名:読書(司馬遼太郎、宮城谷昌光、東野圭吾、綾辻行人、伊坂幸太郎、辻村深月など)、三国志(遺伝子組み換えでない)、スピッツ
●内容量:62kg
●保存方法:高温多湿の所を避けて保存してください。
更新:2020/2/4
小説がすきです。よろしくお願いします。
日々読書とバレーボールと音楽と酒を楽しむ事を考えて生きてます。まだまだ知らない世界が沢山あるので、どんどん飛び込んで行ってみたい。
【大好きなこと】
バレーボール ライブ参戦 お笑い
【大好きな作家】
村上春樹 西澤保彦 森見登美彦 伊坂幸太郎 乙一
新井素子 有栖川有栖 坂木司
【好きな本のカテゴリー】
せつない どんでんがえし 爽快 バカミス
【好きな音楽】
奥田民生/UNICORN/ASIAN KUNG-FU GENERATION/TRICERATOPS/the band apart/Kinki Kids
【好きな漫画家】
大島弓子 岩舘真理子 いくえみ綾 高橋留美子
アイコンは、某社の探偵のマネをしたウサギのふりをしたネコ、のリスペクトです
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