『ユーフォ』シリーズであれだけ多くの登場人物を扱った武田綾乃だが，その根底には“孤独”があるのかもしれない。宮澤けいと，沖泰斗，田村夏美、章ごとにそれぞれの一人称視点で描かれる本作は，どこか奇妙な不協和音を響かせながらラストを迎える。実は『ユーフォ』シリーズの群像劇も，そんな人の心の共約不可能性がベースになっているのではないか。本書と『飛び立つ君の背を見上げる』を読むとそんな気がしてくる。本質的に不協和音を奏でる人間だからこそ，美しい協和音を奏でた時に，奇跡のように人を感動させるのかもしれない。

“卒業”という一つの過渡期を迎えた中川夏紀の中で，「ブルー」が複雑で繊細な階調の変化を見せる。あらゆるものを否定したい憂鬱なブルー。青空のように透徹した自由のブルー。寂しさに頬を伝う涙のブルー。精神の未熟としてのブルー。善意としてのブルー。罪の意識としてのブルー。豊かな矛盾を孕んだ感情と思想がひしめき合う。彼女は「いい人である」と同時に「いい人ではない」。「怠け者」であり「努力家」だ。どれも本当の夏紀だ。人は無矛盾な魂の塊ではない。武田綾乃は夏紀という心のモザイク模様を丁寧に，愛しむように描き出している。