読書メーター KADOKAWA Group

F1デブエット中さんのお気に入られ
64

  • K
    • 2003年
    • A型
    • 大学生
    • 滋賀県

    「なぜ」が世界を変える

    一章 死んだ教室

    黒板に書かれた公式を、誰も見ていなかった。

    春日高校3年B組。窓の外では桜がとっくに散り、五月の風が体育館裏のネットを揺らしている。教室の中は、ノートを枕にした頭と、スマホを膝に隠した手と、どこでもない虚空を

    見つめる目ばかりだった。

    前任の数学教師、田村が異動になったのは三週間前のことだ。

    田村の授業は「板書が速く、説明がない」という様式美で成立していた。公式を写す。問題を解く。答え合わせをする。そのサイクルが三年間、一度もブレたことがない。誰も何も理解していなかったが、誰も何も困っていなかった。定期テストの範囲さえ覚えれば、点数は取れた。

    「じゃあ静かにしてろ」

    自習監督に来た英語の松本が教卓に文庫本を広げた瞬間、後ろの席の川島涼太は盛大なため息をついた。

    「物理も数学も詰んだ。もう諦める」

    隣の席の小野寺実が細い声で言った。「受験、どうすんの」

    「知らん。文系にする。けど古文も詰んでる」

    「それ全部詰んでるじゃん」

    「そう。俺の高校生活、詰んでる」

    涼太はそのまま腕に顔を埋めた。

    扉が開いたのは、そのときだった。

    二章 最初の五分間

    入ってきた男は、教師にしては若すぎた。

    三十代前半だろうか。スーツではなく、白いシャツに黒のスラックスという格好で、持っているのはチョーク一本だけだった。荷物も、教科書も、出席簿さえない。

    「あ、田村先生の代わりに来た桐島です。よろしく」

    それだけ言って、桐島は黒板の前に立った。

    松本がバツの悪そうな顔で文庫本を閉じ、教室から出て行く。誰も桐島を見ていなかった。川島涼太も、顔を腕に埋めたままだった。

    桐島は黒板を消すこともなく、静かに言った。

    「一個だけ聞かせてください。サイン、コサイン、タンジェント。何のためにあるか、知ってる人」

    沈黙。

    「知ってる人じゃなくていい。なんとなく聞いたことある説明、なんでもいいです」

    最前列の優等生、橘花が恐る恐る手を挙げた。「直角三角形の、辺の比、です」

    「そう。それは正しい。」桐島は頷いた。「じゃあ、なんで人類はそんなものを作ったの?」

    また沈黙。

    涼太は顔を埋めたまま、耳だけ動かしていた。

    「答えは、海で死にたくなかったからです」

    教室の空気が、わずかに変わった。

    三章 話の背骨

    「紀元前の船乗りを想像してください」

    桐島はチョークを持ったまま、歩き始めた。教壇ではなく、教室の中を。

    「GPSもない。地図も大雑把。嵐が来たら終わり。そんな時代に、人間には一個だけ頼れるものがあった。星です」

    窓際の席の女子が、スマホから目を上げた。

    「北極星の角度を測れば、自分が地球のどの緯度にいるか分かる。でも角度を距離に変換するには、計算が要る。弧の長さと角度の関係。それを扱う道具として、三角比が生まれた」

    桐島は黒板に、三角形ではなく、円を描いた。その円の中に、小さな船のシルエットをざっくりと書き加える。

    「だからサインとコサインは、最初から『回転』と結びついてるんです。直角三角形の話じゃなかった。人間が空を見上げて、自分の位置を知ろうとした話だった」

    涼太は、いつの間にか顔を上げていた。

    「で、ここが大事なんですけど」

    桐島の声が、少し速くなった。

    「多分今、半分くらいの人が『じゃあ直角三角形の説明はなんだったんだ』って思ってる」

    涼太は思っていた。まさにそれを。

    「それ、正しい疑問です。答えは、円と直角三角形は実は同じものを見ている、です。円の中に直角三角形を書いてみると分かる」

    チョークが動いた。円の中に、斜辺が半径と重なる直角三角形が現れた。

    「角度が変わると、縦の長さが変わる。それがサイン。横の長さが変わる。それがコサイン。つまりサインとコサインは『角度が変化したとき、縦と横がどう動くか』を表してるだけ。波の形をしているのも、音が波打っているのも、交流電流がぐにゃぐにゃしているのも、全部これが理由です」

    橘花がノートに何かを書き始めた。急いで、でも丁寧に。

    四章 つまずく前に

    桐島は一度立ち止まり、教室全体を見渡した。

    「ここで絶対に混乱する人が出るので、先に言います」

    涼太は背筋を伸ばした。自分のことを言われている気がした。

    「サインが『縦』でコサインが『横』って、逆じゃないかって思う人がいる」

    涼太はまさに思っていた。

    「コサインの『コ』って、英語でco-、つまり『補角の』って意味なんです。サインの補角がコサイン。だから横なんじゃなくて、サインを基準にして、それを90度回転させた相棒がコサイン、と覚えると混乱しにくい」

    川島涼太は、手を挙げていた。自分でも気づかないうちに。

    「あの」

    桐島が目を向ける。

    「じゃあタンジェントは」

    「いい質問です」桐島は笑った。「タンジェントは、英語でtangent、接線って意味です。円に接する線の長さ。縦と横の比を取ると、円の傾き、つまり坂の角度が分かる。スキーのゲレンデが何度の斜面かを知りたいときに使います」

    「スキー場」と涼太は呟いた。

    「そう。人類はスキー場より先に、山の傾斜を測って安全な道を切り開くために使ってた」

    五章 放課後の黒板

    授業が終わった後、涼太は席を立てなかった。

    頭の中で何かが繋がり続けていた。サインとコサインが船乗りの道具で、タンジェントが山の傾きで、波の形が交流電流で。バラバラだったピースが、一本の糸で縫われていく感覚。

    桐島が黒板を消しながら、涼太の視線に気づいて振り返った。

    「何か残ってる?」

    「いや」涼太は言葉を選んだ。「なんか、気持ち悪かったものが、急に気持ちよくなった感じがして」

    「それ、一番いい感覚です」

    桐島はチョークを置いた。

    「公式って、誰かが必死に考えた答えなんですよ。問いがあって、試行錯誤があって、やっと辿り着いた形。だから公式を覚える前に、その人がどんな問いを持っていたか分かれば、覚えなくても導ける」

    「導ける、か」

    「数学も物理も、暗記科目じゃないです。推理小説です。どうしてそうなるのか、追いかけていくと、必ず理由がある」

    涼太は窓の外を見た。五月の空が、夕方の色に変わり始めていた。

    「推理小説か」

    声に、どこか火がついたような響きがあった。

    六章 一ヶ月後

    川島涼太の数学の点数は、赤点ギリギリから学年十七位まで上がった。

    それよりも変わったのは、授業中の顔だった。

    桐島が何かを説明し始めると、涼太は必ずどこかで「あ」という顔をした。声には出さない。でも眉が上がって、目が少し細くなって、口の端がわずかに動く。

    小野寺実はそれを「涼太の理解顔」と呼んで、いつしか自分もそれを待つようになっていた。

    桐島の授業には、不思議なリズムがあった。

    疑問を育てる。疑問が熟したところで答える。答えが新しい疑問を生む。そのサイクルが、五十分をあっという間に変えた。チャイムが鳴るたびに、教室のどこかで小さな舌打ちが聞こえるようになった。終わりたくない、という音だった。

    エピローグ 問いを持つ人間

    十一月。模試の返却日。

    涼太の答案には、物理の大問に、見慣れない記述があった。

    公式を使う前に、三行の説明が書いてあった。「この状況で保存されるのはエネルギーであり、なぜなら——」

    採点者のコメント欄には赤ペンで一言あった。

    「理解している」

    涼太はその答案を、机の引き出しにしまわなかった。

    桐島の授業が始まる前、机の上に広げておいた。理由は自分でもうまく説明できなかったが、なんとなく、見えるところに置いておきたかった。

    扉が開いた。

    「今日は慣性の話をします」桐島は言った。「まず聞きますけど、なんで止まってるものって、動き出しにくいんだと思う?」

    川島涼太は、一番最初に手を挙げた。

  •  ʚ ℋ𝒪𝒩𝒪 ɞ
    • 1900年
    • AB型
    • その他

    こはるの愛爆発中💣️
    プロフィール
    https://prfmaker.com/p/e8ef0ef3406575f87a1f129ca58247e6
    #自己紹介 #自己紹介カード #Twitter自己紹介カード
    これ見てね!

  • 愛の伝道師カロン@幸せの黒バットを格安で、提供しますよっ
    • B型
    • アーティスト
    • 宮城県

    むかしむかし、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。
    お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川へ泳ぎに行きました。
    お婆さんが泳いでいると、川上から日野のトラックが流れてきました。
    お婆さんはトラックを運転して家に帰りました。
    トラックを包丁でふた

    つに割ると、中には元気な赤ちゃんが入っていました。
    赤ちゃんはトラックから生まれたので、カロンさんと名付けられました。
    カロンさんは、とても美しい青年に成長しました。
    その頃、都ではラオウが暴れておりました。
    北斗神拳正統伝承者であるカロンさんは、ラオウを倒すため、仙台国分町に行くことにしました。
    カロンさんは加山雄三にもらったヨットで、鬼ヶ島に向かいました。そして、あたたたたた、と、あっという間にラオウを退治しました。
    村に戻ると、お爺さんとお婆さんは病気で死んでいました。
    カロンさんは、やれやれ、これで介護から解放されたわい、と思いましたが、愛と正義のセーラー戦士でもあるカロンさんは口にはしませんでした。
    その後カロンさんは、読書メーターに参加し、東凰連邦共和国の大統領になって、しあわせに暮らしているそうです。
    めでたしめでたし。

    …よ、よろしくお願いします💦

  • Blue Hawaii♪

      はじめまして!お気軽にコメントいただけましたら嬉しいです☺️ご迷惑おかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願いします
      ※地域の小学校で読み聞かせ活動をさせていただいております おすすめの絵本などございましたら是非、お知らせください📚️

      好きな海外ド

      ラマ
      LOST glee(Darren Criss,Heather Morris)

      好きな映画
      リメンバー・ミー(劇中歌/音楽はいつまでも)
      ズートピア(Zoo(Shakira))  トイ・ストーリー
      Everything Everywhere All at Once
      風と共に去りぬ

      好きな曲(思いつくままです😊)
      No Money on My Mind(Lvly featuring Dai)
      Dynamite(BTS)
      Cartoon Heroes(Aqua)
      Levitating(Dua Lipa)
      Whenever, Wherever(Shakira) Girl Like Me(Shakira)
      This Love(Maroon5) Misery(Maroon5)
      Sunday Morning(Maroon 5)
      Don't You Worry 'bout A Thing (Tori Kelly)
      Stay(ft. Alessia Cara Zedd)
      Good Time( Owl City and Carley Rae Jepsen)
      I Want It That Way(Backstreet Boys)
      Change the World(Eric Clapton)
      The Longest Time(Billy Joel)
      Blackbird (The Beatles)
      Englishman in New York (Sting)

      Thank you for the Music(ダイアナガーネット)
      幸福論(椎名林檎) ギブス(椎名林檎)
      黄金の月(スガシカオ)
      砂の惑星(米津玄師)パプリカ(米津玄師)
      死神(米津玄師)
      ロキ(みきとP)
      踊 (Ado)
      私の青い空(藤井隆)OH MY JULIET ! (藤井隆)
      MISS BRAND-NEW DAY(Southern All Stars)
      夏をあきらめて(Southern All Stars)
      あじさいのうた(原由子)少女時代(原由子)
      鎌倉物語(原由子)
      BAN BAN BAN(KUWATA BAND)
      My Revolution(渡辺美里)
      楓(スピッツ)

      好きな作家
      村上春樹 カズオ・イシグロ 益田ミリ 佐藤愛子
      矢部太郎

      好きな著名人
      藤井隆 さかなクン 黒柳徹子 鳥山明
       ※敬称略、順不同で失礼いたします

      好きなこと
      エアロビクス 英会話 書道

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    ユーザーデータ

    読書データ

    プロフィール

    登録日
    2026/01/30(134日経過)
    記録初日
    2026/01/30(134日経過)
    読んだ本
    79冊(1日平均0.59冊)
    読んだページ
    24508ページ(1日平均182ページ)
    感想・レビュー
    1件(投稿率1.3%)
    本棚
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    自己紹介

    さん付け不要
    体重300kgのただのデブです

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