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2024年3月の読書メーターまとめ

 
読んだ本
16
読んだページ
6386ページ
感想・レビュー
8
ナイス
12ナイス

2024年3月に読んだ本
16

2024年3月のお気に入られ登録
4

  • elonn massk
  • Mr.Hiyoko
  • 劫
  • ニカイドウ

2024年3月にナイスが最も多かった感想・レビュー

 
シュルレアリスムが天=プラトニズムという上昇を志向しているのならば自分は地=異質学の立場を取ることが一貫している。これは、ファシズム批判も同様に、ある人物なり対象に還元されることを拒否する立場にもつながる。要するに、ある対象を何らかの超越的なものに回収され、一元化することに対して、差異のざわめきとして、内在を思考しようとする。「サドの使用価値」においては異質的=排泄物なものが実は同一性/再生産の基礎になっていることが掘り当てられており、クリステヴァのアブダクションにもつながる。
が「ナイス!」と言っています。

2024年3月の感想・レビュー一覧
8

 
再読。何度目か。この論文に触発されて伊東静雄は「子規の俳論」を書く。そう思えば、朔太郎の芭蕉=蕪村に見た形而上学的な「郷愁」はそのまま静雄の『哀歌』の中心的なモチーフを先取りしているとも言える。ただ、朔太郎の詩にも言えることだが、ある意味では、直接的/単純な「郷愁」への到達不可能性それゆえの憤怒/嗚咽が朔太郎の後期の詩であったならば、むしろ「故郷を失った文学」がデフォルトの状態であった静雄は、敢えてその「郷愁」を仮想化させるイロニーの方法はより巧みではある。
 
まず、(1)バタイユの日本への導入が極めてキワモノ異端作家的扱いであったことを紹介、(2)むしろ、そのような異端文学的な枠組みの「エロス」ではなく、知を愛するプラトンまで遡行することで西洋の哲学的伝統と接続させ、(3)ヘーゲル=コジェーヴの影響関係の読み直しとニック・ランド的な思弁的実在論的な読み(相関主義批判)ではなく、「脱ぎ去りの思考」=「非-知」として絶えず地平を押し広げてゆく「哲学的」な営みである結論づける。
が「ナイス!」と言っています。
 
シュルレアリスムが天=プラトニズムという上昇を志向しているのならば自分は地=異質学の立場を取ることが一貫している。これは、ファシズム批判も同様に、ある人物なり対象に還元されることを拒否する立場にもつながる。要するに、ある対象を何らかの超越的なものに回収され、一元化することに対して、差異のざわめきとして、内在を思考しようとする。「サドの使用価値」においては異質的=排泄物なものが実は同一性/再生産の基礎になっていることが掘り当てられており、クリステヴァのアブダクションにもつながる。
が「ナイス!」と言っています。
 
最終的に彼の父親のように思考の崩壊=肉体の消滅の合一に向かってゆくのは迫力がある。吉本隆明の「非-知」にボケとルビが振られて苦笑を誘ったが、バタイユの場合は思考を可能にするものが同時に思考を不可能にするものであるその地点に自覚的に向けられているのが、この人の凄みか。ただ、こういう風に考えると極限の思考を考えた人としては、吉本の場合が良くも悪くも体系を思考し得たのに対して(要するに理性的に対処した)、バタイユの場合は終始ぶっ飛び過ぎているとも思う。ほとんど狂気紙一重。
 
むしろ、バタイユの場合は恍惚による脱自→それによる他者との交流の賭けという側面が強い。それは、他者との円滑なコミュニケーション(それは同時に有用性というシステムに組み込まれている)ではなく、むしろ、理解「不可能」な外部が逆説的に「交流」への通路を開くというものである(ルーマン的に言えば操作的な閉じが逆説的にコミュニケーションを開始するのに似ている)むしろ絶対的な孤独の中において、「賭け」として他者への「交流」或いは「共同体」が開かれる。
 
ある意味ではフランスにおけるニーチェ読解のスタンダードになったような読み。例えば、ニーチェの錯乱的な矛盾を、そのまま生き書くことに求めようとしたのはクロソウスキー に、或いは「偶然」と「強度」の賭けとして読みかえようとしたのはドゥルーズ にといったようにである。ただ、バタイユの場合は「ニーチェの非力は救いようがない」というように、むしろ、ニーチェの思想(=「力への意思」)を超えて、引き裂かれながらの「交流」その賭けに向かってゆく。
 
バタイユはそう考えれば自分と誰かが繋がってしまうという「内的体験」としての「交流」の思想家であると同時に、戦後においては『クリティック』などの雑誌編集者として他者が「交流」する文学的な共同体的を絶えず作ろうとしていた。恐らく、後者の役割は後のフランスの文学/批評/思想をほとんど決定づけるような役割を果たしていたも言えなくもない。そういう意味での実務的な交通整理の一面も書簡から見えてくるのが興味深い。
 
確かに訳者が言うようにヘーゲル(=コジェーヴ)の影響関係を切り離してバタイユを論じているのは新鮮。それと同時にニックランドの個人的嗜好なショーペンハウアー(恐らく、それに付随してシオラン)をニーチェの傍らに置くことで、バタイユの思想をカントに対立するものとして描こうとしている。しかし、バタイユを単純にある種の過剰なアナーキーとして見ることが出来るのか、そう言う部分はランドの脱構成的な「読み」の中でオミットされている(例えば、「禁止と侵犯」というバタイユの思想の中で実は「禁止」に重点があったのではないか)

ユーザーデータ

読書データ

プロフィール

登録日
2015/08/31(3156日経過)
記録初日
2016/01/06(3028日経過)
読んだ本
14303冊(1日平均4.72冊)
読んだページ
4349003ページ(1日平均1436ページ)
感想・レビュー
727件(投稿率5.1%)
本棚
17棚
URL/ブログ
https://up-todown713.hatenablog.com/
自己紹介

ぼくらは互いに愛しあわねばならぬさもなければ死だ

We must love one another or die.


好きな詩人(日本):安川奈緒、松本圭二、八木忠栄、富岡多恵子、石原吉郎、伊東静雄
好きな詩人(海外)アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ

好きな小説家(日本):小島信夫、後藤明生、田中小実昌、色川武大、吉田知子、大岡昇平、谷崎潤一郎
      (海外):魯迅、サミュエル・ベケット、ウィリアム・フォークナー、ルイ=フェルディナン・セリーヌ

好きな思想家:ジャック・ラカン、T.E.ヒューム、ジョルジュ・バタイユ

好きな批評家:鎌田哲哉、平野謙、中村光夫、絓秀実



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