デューン 砂の惑星〔新訳版〕 (下) (ハヤカワ文庫SF) >> ビルヌーブ監督の「デューン2」観に行きました。 ”space” と ”spice” 遅ればせながら気がつきました。
KADOKAWAオフィシャルサイト 正誤表 https://static.kadokawa.co.jp/product/file/321811001159/2021018067.pdf ん~ だから国語の能力の採点ってあてにならないと思う。
91頁 以下の文章の欠落 「その中に、あるものゝふのひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、ついぢのおほひの下に小家をつくり、はかなげなるあとなしごとをして遊び侍りしが、俄にくづれうめられて、あとかたなくひらにうちひさがれて、二つの目など一寸ばかりうち出されたるを、父母かゝへて、聲もをしまずかなしみあひて侍りしこそあはれにかなしく見はべりしか。子のかなしみにはたけきものも耻を忘れけりと覺えて、いとほしくことわりかなとぞ見はべりし。」 これはもしかしたら後世において書き加えられた文章であろうか?
「わがみ、ちちのかたのそぼのいえをつたへて、ひさしくかのところにすむ」で始まる後半部は、この随筆のタイトルの由来となった方丈庵に隠棲することになった経緯とその生活が語られる。「つきかげは いるやまのはもつらかりき たえぬひかりをみるよしもがな」の和歌で了。 この後半部については、現代社会に生きる我々にはいまひとつピンとこないので、現代語訳の力を借りた。 方丈記 (光文社古典新訳文庫) https://bookmeter.com/books/13131152
82頁 ’00年センター(近藤譲『書くこと』の衰退) 近藤さんの文章がセンター試験に出題されたという噂を聞きつけ、すぐに挑戦してみたところ、国語という教科が苦手な私でも楽勝だったのをよく覚えている。背景知識がやっぱり最重要。が、著者の近藤さんご自身は「僕は、昔から国語の問題というのが苦手で、いつも全然当たらないんだよ。」ということだったらしい。 https://ameblo.jp/actionmusic/entry-12477934505.html
【朗読】夏目漱石『坊っちゃん』語り:西村俊彦 https://www.youtube.com/watch?v=aChceXG2txc&t=1728s 朗読と対照しながら読んでみて気づいた異同。186頁「小使い」→「人」、189頁「元来女のような性分でずるいから」→「元来ずるいから」、「清という下女が」→「清という女が」、「九州くんだりまで」→「九州まで」:「くんだり」を削除したのは九州の人々に失礼との配慮であろうか?
哲学的に突きつめて考えてみると「時間とは自己であり、空間とは他者である」
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91頁 以下の文章の欠落 「その中に、あるものゝふのひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、ついぢのおほひの下に小家をつくり、はかなげなるあとなしごとをして遊び侍りしが、俄にくづれうめられて、あとかたなくひらにうちひさがれて、二つの目など一寸ばかりうち出されたるを、父母かゝへて、聲もをしまずかなしみあひて侍りしこそあはれにかなしく見はべりしか。子のかなしみにはたけきものも耻を忘れけりと覺えて、いとほしくことわりかなとぞ見はべりし。」 これはもしかしたら後世において書き加えられた文章であろうか?
柴田南雄『交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」』(1975) https://www.nicovideo.jp/watch/sm8975831