おせっかい教育論

おせっかい教育論はこんな本です

おせっかい教育論の感想・レビュー(166)

「教員がいま必要としているのは、『敬意』であって『恫喝』ではない。『支援』であって『査定』ではない。『フリーハンド』であって『管理』ではない」納得の一文。深掘りしたい話題が豊富な一冊。
- コメント(0) - 2016年12月8日

学力という前に子どもが安定した生活をしているかという視点がおもしろかったです。きちんと食べて眠れて愛情を掛けてもらっているか、そういう家庭の子どもはやはり学力が高い。つまり学力には生活習慣の安定という前提条件があってそれを無視して伸ばせない。また教育は3世代前から考えなければならない。親がどのような親(祖父母)に育てられたか、3世代前からの生活習慣が大きな影響を与える。だからよくするにも悪くするにも3世代懸かる。一概に親を責めても仕方がない部分があり、親もまた犠牲者だと考える必要もあるそうです。
- コメント(0) - 2016年1月3日

面子がすごい。言ってることはわりと無責任だけど,概ね同意。
- コメント(0) - 2015年11月20日

★★★☆ 平松元大阪市長と鷲田阪大元総長と、内田神戸女学院元教授と釈和尚による対談本、肩書きが元ばっかりや(笑) この面子が揃って面白くないわけない。教育に消費ビジネスの原理を持ち込んではならないことと、親は子供に対して生きてるだけでまぁええやないかという存在に対する承認の気持ちを持つこと。これは肝に命じたいな、自分自身。
- コメント(0) - 2015年8月21日

教育に競争の原理を持ち込むべきでないという主張や,彼らの教育に対するスタンスにはとても共感できた.また,教育の危機についても語られていたが,その原因は社会にあり,私たちすべての責任なのだと気付かされた.
- コメント(0) - 2015年7月14日

予習完了
★1 - コメント(0) - 2014年9月11日

★★★★☆テーマは教育。内田先生はいつも同じこと言ってるけどおもしろいなあ(笑)前大阪市長の平松さん、いいこと言うじゃない。橋下さんに負けちゃったのが残念。4人での語りの合間にある、鷲田さんと内田さんの文章が秀逸。特に鷲田さんの文章は柔らかで読みやすく、深みがある。実際子育て中の身として参考になることだらけでした。>学びというのは、だれかとの出会いの中で自分が「打ち開かれる」経験だと言ってもいい(鷲田)>親が子供たちに言うべき言葉は「まあいいよ、生きていてくれさえすれば」じゃないかとぼくは思います(内田)
★2 - コメント(0) - 2014年6月4日

とっても面白い本でした!【「子供にお金をかけることが勝ち組への道」みたいな。「子供の頃から本物に触れさせて、美的感性を発達させる」とか、まるで投資をしているような感覚です。学校教育と家庭との共犯関係で市場原理に引っ張られている】眼からウロコが落ちました☆【「まなび」というのは知識の習得のことではない。人に何かを諭されることだ】子を持つ親として、小学校時代に人間的な経験を沢山させてやりたいと思いました☆140128
- コメント(0) - 2014年1月30日

教育の問題ってつくづく根深いんだなーと。「おせっかい」というキーワードはかなり大切なのではないかと思う。
★1 - コメント(0) - 2013年12月10日

どんな業界でも、素早く結果を出して利益を回収しなければ「責任取れ!」と責められる中、教育の世界にもそれが及ぶのは時間の問題だった。世の中余裕がなくなっているってことだろう。平松さんもそんな勢力に追いやられてしまったのかもしれないな…などと思いながら読んだ。教育に即効性?確かにゆとり教育を脱して、この前発表されたPISAの結果、日本は順位を上げたらしいけど。家庭と地域の教育力が低下した分を学校に責任を押し付けているという指摘に納得。よそ様の子でも悪いことした時は叱れる大人でありたい。
★5 - コメント(0) - 2013年12月6日

教育論。内田氏の意見が完全に自分の思想と一致。だからこそ批判的に読まなきゃいかんと思う。読むことでうまく言語化できなかった自分の考えが少し具体的な形になった。教育は競争原理で良くなるものじゃない。教育や医療など競争原理のなじまない、導入してはいけない分野だってある。
- コメント(0) - 2013年9月2日

豪華メンバーによる、教育談義。 やはりこのひとたちの話がいちばん共感できる。人間観が、深い。 家庭教師を去年から始めたこともあってか、「基本的な生活習慣ができていない子の成績を上げることは難しい」というところに、すごく、複雑な気持ちで共感できてしまった。 子どもを大らかに、無条件に包み込むことはできへんのかなあ…。
★3 - コメント(0) - 2013年8月18日

うーん、この、そうそうたるメンバーならもうちょっと内容を深められたのではないかなーと思ってしまう。けっこう微妙だった。
- コメント(0) - 2013年8月9日

前景化できて満足。読んだことある論調に乗って読めて気持ちいい。名調子。
★6 - コメント(0) - 2013年7月13日

子供が教育を受けることによって利益を受けるのは社会全体であるという考え方に深く賛同する。でも国全体がそういう意識にならなければ教育を改革することは難しいだろうなと思う。当たり前のように消費者立場で物事を考える癖がついてしまっているのでコストを最短で回収したがる人達の気持ちもわからなくはない。「答えを急がない」ということをまずは自分に教えこまなくてはと反省した。
★1 - コメント(0) - 2013年3月20日

学びの場の大変さが実感できないけど、現場の人たちが危機を感じているのがすごく伝わった。60年とか長いスパンで見ていくというのは結果をすぐに求める今の日本人にはすごく大変なことのように思う。
★2 - コメント(0) - 2013年3月18日

要は「自発的な意欲がなければいくら教育しても意味がない」と言っているのだと思う。学びたい人も、逆に教えたい人も。教育がなんだかおかしなものになってしまったのは、教育をビジネスとして捉えるようになったからだという。払った金額と対等のサービスを受けなければ不満を感じてしまう。みんな消費者マインドで教育を語っている。その通りだと思う。でも、学びって、生命を語るのと同じぐらい難しいことなのではないかと思った。正解は無い。だって、不確実性が多過ぎる。4人が語っている事があやふやに感じるのもそのせいかもしれない。
- コメント(0) - 2013年2月5日

2010年刊ながら今2013年初頭への示唆が沢山。「上からの指示は処罰の恐怖を通じてはじめて効果的に履行される」という経験知が教育界に浸透している、という指摘に「体罰問題」をおもい、「整ったところだけを見せるのではない」愚かな面、馬鹿がつくほど一途な面を見せよ、いろんな大人の有り様を見せることが子どもを育む、という指摘には『とんび』をおもう。『とんび』が評価されるのなら日本もまだ捨てたものではない。ただ、この作品を「ファンタジー」と見る向きも多いのではないか?本書は、本気でなんとかしようという熱い討論集。
★18 - コメント(1) - 2013年2月5日

教育とは ビジネスではなく、 個人の利益追求でも、 もちろん商品でもなく、 “その本質は「おせっかい」である” 4人の賢者の語り合いは 痛快でした。 なんにせよ、 「どういう教育であるべきか」 という問いは、掲げられた目標あって初めて機能するようです。つまずく、揺れる、迷う、 壊れる…というところからしか “まなび”は始まらないわけで、 まだまだ色々なものに感化されながらゆらゆら揺れていこうと思います。
- コメント(0) - 2013年1月20日

対談記録。自分のしたいこと、利益のために仕事をしたり勉強したりするのではなく、自分の属する場所を耕したり、高めたりする意思があるからこそ力が発揮できる。
★1 - コメント(0) - 2012年12月29日

濃密な対談!この人たちの声をもっと草の根的に広げられたらいいのに。「無縁社会」とすら言われなくなってきてるけど、大阪のおばちゃんのようなおせっかいで懐の深い空気がやっぱり必要なんですね。「ほっといてくれ」と言われても「何言うてんの。ほっといたらロクなもんにならへんで」と世話を焼き続ける。そういう意味でも大阪はがんばらなあかんのです。/大事な部分はそう簡単に結論を出してはいけないし、そもそも出せるものじゃないはず。近いうちじゃなくていいから、長い目でものを見なくちゃね。
★12 - コメント(0) - 2012年12月4日

内田さんのあとがきがいい!
★2 - コメント(0) - 2012年10月13日

図書館で内田樹と鷲田清一という名前を見つけて即借りた。平松さんが内田さんを崇拝しすぎて面白かった。
★3 - コメント(0) - 2012年6月5日

確かに、教育っておせっかいな部分もある。
- コメント(0) - 2012年5月8日

街場の教育(原っぱとしての学びの場)を唱える関西在住の4人の蘊蓄に溢れた対談。学校教育が歪んだのは、教育活動を行うのは共同体の利益のためではなく、教育を受ける個人がそこから受ける受益するためのものだという勘違いが広まったことにある。教育はビジネスではなく、おせっかいだという。いまさらそんなことを言われても、もうもとには戻れないのが、いまの社会だ。団塊世代が死んで、もっと人口が減少した30年後なら可能かもしれない。
★1 - コメント(0) - 2012年4月30日

街場の教育(原っぱとしての学びの場)を唱える関西在住の4人の蘊蓄に溢れた対談。学校教育が歪んだのは、教育活動を行うのは共同体の利益のためではなく、教育を受ける個人がそこから受ける受益するためのものだという勘違いが広まったことにある。教育はビジネスではなく、おせっかいだという。いまさらそんなことを言われても、もうもとには戻れないのが、いまの社会だ。団塊世代が死んで、もっと人口が減少した30年後なら可能かもしれない。
★5 - コメント(0) - 2012年4月30日

教育とはおせっかい力です。という言葉で私はとても近所の子どもたちと関わりやすくなりました。橋下さんの「自己責任」という考え方で、人を選ぶことはできても人を育てることはできないのだと、思う。
★2 - コメント(0) - 2012年4月21日

今読むとなかなか面白いじゃないの。教育を経済合理性でコントロールできるなんて幻想だ、と冷や水を浴びせ、コミュニティの中での学び、育みの間合いを語る座談会。平松元市長がいるけど、政策論ではなく、あくまで現場の目線を加味する、といった感じ。期待とおせっかいとか、教育をものすごく空間的に捉えていて、その空間のバランスを全員重視しているイメージ。鷲田総長の「期待の中点」が一番面白かった
★4 - コメント(2) - 2012年3月7日

内田樹は、どの本でも基本的なスタンスが変わらないというのが良い。一貫しているので安心することが出来る。「教育にすぐに結果を求めない」という姿勢をもっと多くの人に知ってほしい。本書でも話題に出ている橋本市長には特に。
★2 - コメント(0) - 2012年3月2日

すごくわかりやすかった。大阪のよさや現代の教育の問題点などがよくわかりました。某市長に読んでほしい。
★1 - コメント(0) - 2012年1月21日

これはすごくおもしろかった。内田氏の教育観というものにはいつも惚れ惚れし、共感します。学ぶ力を発現させるきっかけをつくるために、多種多様な刺激を与え続ける必要性は強く感じます。教師になるべき人、向いている人だけじゃなくて、様々な人が学校教育の場に存在することで、子どもはそれぞれのメッセージを受け取り、生きていく糧とするのではないでしょうか。
★2 - コメント(0) - 2011年10月19日

みんな地に足ついた理屈で語り合ってるから、個性が出て面白い対談だと思った。
★3 - コメント(0) - 2011年9月17日

政治が教育に介入したらあかん。内田さんや平松市長の穏やかな話しぶり。おとなとしての語り。それに比べて橋下さんの振る舞いはどうよ。
★2 - コメント(0) - 2011年9月10日

- コメント(0) - 2011年8月15日

めちゃくちゃ面白い議論でした。私はちょっとやり過ぎくらいのおばさん、結構好きです。なんか一生懸命で。でもって、ほかの人が「やり過ぎですよ」ってツッコんでくれるからこそ、やり過ぎ具合ってわかるんですよね。ぼーっと見ているだけでは、それが当たり前になってしまう。ここが思考停止の怖いところ、なんだろうと感じました。
★6 - コメント(0) - 2011年7月21日

教育とは共同体が生き延びるためのモノであるから、教育する側は「おせっかい」でいなくてはならないのは納得。自分が生産者で無くなったら次世代に頼らなくてはならないから。次世代の「おせっかい」者を育てることが共同体存続のカギかもしれない。
★4 - コメント(0) - 2011年6月19日

大阪の平松市長に惹かれて読んでみるが、この方々(鷲田清一さん、内田樹さん、釈徹宗さん)の中では、やはり埋没…。 四人で話してるせいか、ちょっと浅い?ように思う。二人位でじっくり掘り下げた方が好みやね。 ところで、内田さんも、鷲田さんも、ついでに養老孟司さんも「おばさん」らしい。じゃあ私と似たようなもんなん? ちゃうやろ。
★15 - コメント(0) - 2011年5月31日

おせっかい教育論の 評価:88 感想・レビュー:68
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