東野圭吾と筒井康隆を混同する。東野圭吾の方が好きなんだけど。宮部みゆきと小野不由美も混同する。宮部みゆきの方が好きなんだけど。村上春樹と村上隆は区別できないしどっちも読まない。
現代文の読解問題になりそうだと思った。「ここにいる」娘の通う絵画教室でかつての同級生、深谷と再会したみなえ。「かつては落ち着いた、寡黙な人という印象だった夫も、ただひたすら鈍感で怠惰なだけと気づく」ってリアルだわー。優しくも賢くもない旦那に気づいちゃったか。「三つ葉」ここにいる、と似た設定(上手くいかない夫婦、娘がいる、片方浮気している)だったがこちらの方が読後感が良い。夫に不満を募らせても、結局惚れた部分と表裏一体なわけで。全体的に雪国の暗い空を思わせる話たちだが、どれも嫌いじゃない。
春花が自分の街に来ると浮かれる紀美子の描写で、この再会が上手くいかないことはわかる。春花はかつて不幸を願った恋人の消息を辿りに来た。紀美子は面白くない気持ちから春花に嘘を告げるが、その嘘が結果的に春花を救う。私も未だに許せない人の不幸を時々願っているが、その人が本当に不幸になっていたら不安になるだろうか。「私の見えないところで平凡でいてくれ」と思うだろうか。「どこかべつのところで」一瞬の隙で猫を逃がしたバツイチ女と、おにぎりひとつで息子を亡くした老女。どこかべつのところで、猫を逃さなかった自分が生きている
し、どこかべつのところで、息子が死ななかった自分が生きている。そういう分かれ目って、そこらじゅうにあるんだろうな。庭子と愛が、この先また会うことはないだろうし、きっとピョン吉も見つからない。いくばくかの寂寥と共にそう確信してしまう。人生どん底だったときに猫が救ってくれた経験は私にもあるから、その猫を自分の不手際で逃がしてしまった庭子の後悔は想像に難くない。後半3篇が大変良い話だった。
まあ、結果的に彼女たちは教団のために身体を売ったり稼いだ金をみんな献金したりしてるから、外から見れば同じなのかもしれないけど…。エピローグで、正彦は何もかもを自分の非として全ての罪を被る。懲役14年の刑期が終わるのを待っている信者たちが、自分たちの信じたい「祖師様」ではなく少しでも正彦自身を待っているのであってほしい。
マンション1階の店舗に人々が徐々に集まってくる序盤は読んでて楽しかった。しかし評判が評判を呼んで会社社長が入信したあたりから、雲行きは怪しくなってくる。いや、儲けが出るようになったのはビジネスとしてはいいことなんだけど。正彦自身がちょいちょい不安を感じているところ、ヤバそうな人間が来ても権力がある相手だと無碍にできないところなんかは大変だわ。やたら崇拝してるモリミツ社長が仇とならないか、大手新興宗教のライバルがどう出てくるのか。
猫にまみれてゲームか読書
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