強いて言えば、あとがきの野矢先生の感想で、哲学の社会的効用がウィトゲンシュタイン流の治療的哲学観と絡めて語られているところは面白い。「哲学はそういう社会に貢献するプラスの価値を生むんじゃなくて、哲学的に困っちゃう人がいる。[…]言ってみれば、哲学者はなぜ社会に必要かといえば、哲学者みたいな人たちが世の中に結構いるから、その人たちの中で僕らは年季の入った病人として、初心者の病人にアドバイスできるというようなご利益はあるかもしれない」(133-4)。
常識的世界に安住していた人が、あるときふと懐疑論に突き当たり、自らの常識的世界の基盤を揺るがされて元通りに立っていられなくなるという病気に陥る。その病気を治すのが哲学であるわけだが、「治った状態が普通の健康状態よりもプラスの価値があるわけじゃない」(133)。つまり、哲学によって健康を回復した人は、ただ元通りの常識的世界への帰還を無事に果たしただけのことである。おそらく番組ではこの哲学観を体感してほしかったのだろうし、なるほどほんの少しだけ触れられてはいるものの、残念ながらすれ違いの中に埋没している印象。
関連する歴史的経緯を整理し、データを取りまとめて現状分析を提示するその手際のよさには敬服するものの、本書全体を貫くべき縦糸が途中で切れてしまっているため、3章以降は何のためにそれを読まされているのか皆目検討がつかず、読んでいてけっこうつらかった。
刊行年が2021年1月ということで、共通テスト開始直前の上記のゴタゴタや、コロナ禍中に突如現れた9月新学期以降案など、当時ホットであったトピックが紹介されている。賞味期限というものを感じさせられざるを得ない。
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