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2024年4月の読書メーターまとめ

ぼっせぃー
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2024年4月に読んだ本
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  • もるとねくすと

2024年4月にナイスが最も多かった感想・レビュー

ぼっせぃー
「鯨歌」「地火」「郷村教師」「カオスの蝶」「詩雲」「栄光と夢」「円円のシャボン玉」「円」。端正というよりは60年代のクラシックSFを思わせる、パワーのあるアイデアに乗せた作品が多い。「地火」「栄光と夢」のような歴史と現実の重たさと「円円のシャボン玉」のような科学への希望と、「円」「詩雲」のような奇想がブレンドされたのが『三体』だったのだと改めて感じる。「詩雲」に出てくる(ニセ)李白は『All tomorrows』のQooの善良なバージョンに違いないのだが、神のイメージって万国でこういった部分があるのだな。
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2024年4月の感想・レビュー一覧
29

ぼっせぃー
『神と仏とは、私にとって一本の縄のようなものでした。信仰的にいって、そういう一つの世界にいつも私はいたのです。(略)こんな風にして自然のままに見せられた神や仏は、神が果してあるか、仏が果してあるかというような否定的契機を経ていないのですから、「ゴッド」という概念とは大分ちがいます。(略)信仰というよりは、宗教的情緒といったほうがよいのです』自らを美の行者に喩えた河井寛次郎の“仏教に限らない仏心”のあり方が窺える。河合博次との対談を読んだあとに、その妻が語る河合博次のその後を読むと、胸を打たれるものがある。
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ぼっせぃー
ネタバレ『「彼は『無戒』と『脱他律的規範』を取り違えてしまった。そして──この明慧寺に島流しにされて、彼は途方に暮れたのでしょう。逸脱すべき他律的規範がなければ、逸脱はできないと云うことを知ったからです。そして彼はこの明慧寺に自分を縛ってくれる他律的規範を造ろうとした。しかしこれは簡略なものではいけなかった。自分を閉じ込める檻──他律的規範は一種の箱庭社会──小宇宙にまで高められた完成度を持っていなければ意味がなかったのです」』作品世界の中で謎が完結せず、外側である我々の世界に真相があるというフェア/アンフェアさ
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ぼっせぃー
ネタバレ『「山川草木悉く皆仏性あらば修行は要らぬ。悟るも悟らぬも一緒にございます」 「何じゃと?」 「魔境に遊び悪鬼羅刹になるも良し。所詮はこの頭蓋に詰まった蛋白質の檻の中。ならばこの土牢から一歩も出ずに朽ちようと、同じことではありませぬか!」 「馬鹿者! 貴様人を辞める気か!」』『「おう、おう、こうして暗闇に座っておりますと、金色の仏が天から舞い降りて来ることもござる。大宇宙の声が聞こえることもござる。これなる境涯のどこが魔境か。これぞ彼岸でございましょうや」』悟りと魔境、薬物の話を菅野を使って便利に回収したな
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ぼっせぃー
ネタバレ「しかし禅自体は宗教なのですか? 衆生を救うのは教団の役目です。禅は衆生を救う教団の一員として相応しい禅匠となるためにあるのではないのですか。衆生を救うと云う目的を立てて、その成就のために坐禅するのでは修行は成り立たないでしょう。坐禅は目的を持ってするものではない。自分が自分であり世界が世界であることを知るために座るのでしょう。最初にあなたは仰ったではありませんか──尽十方界、真実人体、ありとあらゆるものが真理である以上、ひとりの努力は全体への奉仕となると。ならば──」師匠の憑き物落し禅セミナーたすかる。
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ぼっせぃー
ネタバレ「あの三解脱門ですが、あれは五間三戸二重門、これは五山の様式と同じなのです。それ以外の寺では規模が小さくなって三間門だったりするのです。それからあの回廊ですが、三門と仏殿を回廊で繫ぐ様式は臨済宗系の寺院には見られない特徴なのです。(略)まるで五山の、しかも現在の五山ではなくて、古図に残る方の五山寺院の伽藍のようなのです。こんな山中に、しかも移築した様子もないです。山内には塔頭も点在しているようですし──少なくとも、近世のものではないと思うのです」聞き慣れぬ語の連なりで世界が紡がれ立ち上がる様は最早寺院SF
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ぼっせぃー
ネタバレ寺の真暗闇で行われる憑き物落としは色々ある謎解きの舞台建てとして最高にスリリングな部類だと思う。あるべきもの――至高の髑髏、だけが失われた状態で、その1点に時空間、思索、情念の連なりの全てが流れ込んで行き終幕する。美しすぎる。高校生の時は一読して理解できなかった終盤であるが、その後出た志水アキ氏の漫画版も素晴らしく、これをこう描くと、なるほどスッと分かる、という具合で舌を巻いた。特に民江と朱美という二人を、描き分けながら、描き分けないといった部分は、小説とはまた異なるトリックであり、かなり気持ち良かった。
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ぼっせぃー
ネタバレ「皿を割って井戸に投げ込まれると云うのは、それ程一般的な話なのか? 同じ目に遭った下女が皆幽霊になって全国で皿を数えていると云うのかね? しかもその多くは菊と云う名なんだぞ。だからこれは幽霊譚ではなく妖怪談なのだ」「骸骨系統の妖怪は本来煩悩から解き放たれて陽気にはしゃぐような一面を持っているんだね。仮名草子の『二人比丘尼』に出て来る骸骨達も、骨を鳴らして歌い踊り、腐る部分が落ちた自分達こそ人の本質だ、と現世の無常を笑い飛ばす」個人的にも井戸は怖いが、髑髏に怖いイメージがないので右往左往する牧師が少し滑稽。
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ぼっせぃー
ネタバレ「だから人並み外れて酷い目に遭ったり、激しく怨みを抱いた者もまた神になることができるのです。だからこそ崇め、奉らなければならぬ」「本日只今より久保竣公の命は荒ぶる神として祀り上げられました。罪を犯し怨みを買い、尚且、煩悩に苦しむ神です。私はこれにあたって喪主に仏門に入ることを思い止まって戴いた。そしてこの荒ぶる神を祀り奉る神官になって戴くようお願いしました。氏子は──ここにいる十人です」人(死者)を神にする――、この序盤のシーンこそが既に本作の大きな伏線になっていて、無駄のない構成に惚れ惚れしてしまった。
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ぼっせぃー
ネタバレ『魍魎のそもそもはね、沢川にいて、人の声を真似て人を惑わすモノだ。形はあっても中身はない。何をするのでもない。惑うのは人の方だ』『いずれにしても関口君。魍魎は境界的なモノなんだ。だからどこにも属していない。そして下手に手を出すと惑わされる。気をつけた方がいい。あちら側は、特に君のような人間には蠱惑的だぜ』やはり京極堂シリーズで一番好きだった。映画版も大好きで、高校生の折に3回劇場に観に行った。チープさが猟奇怪奇さにハマって中々良い雰囲気が出ていると思ったのだが、レビューを見ると本当に酷評の嵐で悲しくなる。
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ぼっせぃー
ネタバレ「犯罪など──こと殺人などは遍く痙攣的なものなんだ。真実しやかに世間の人間は、犯罪者は特殊な環境の中でこそ、特殊な精神状態でこそ、その非道な行いをなし得たのだと、何としても思いたいのだ。つまり犯罪を自分達の日常から切り離して、犯罪者を非日常の世界へと追い遣ってしまいたいのだ』『普通はそんなことはしないんだ。衝動は大抵我慢出来る。しかし──我慢出来ない時がある。ほんの、時間にすれば僅か何十分の一秒だ。その僅かな瞬間に、彼女の中を通り物が過ぎたんだ』解決篇に見せてラストの“魍魎の正体”への伏線が張られている。
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ぼっせぃー
「和蘭陶器とその作者」「棟方志功君とその仕事」「吉田璋也さん」「陶器が見たピカソの陶器」「朝鮮の旅」「壺屋と上焼」「模様の国紺屋の仕事」「町の神々」「眠れる者達」「町の景物」「乞食の贈り物」「鰻の番小屋」「鯰の生態」「野菜の信号」「八百屋の使者」「洋灯・幻灯」「ぽてぽて茶・後記」「火の願い」「命の窓」まさしく慈愛の文章だと感じた。優しい事を書いてあるのでなく、あたたかい眼差しで文章が連ねられている。子どもの眼を啓かせる自然の美しさを語るとき、我々が民芸の品に感じる美しさへの通路が拓かれているように感じた。
ぼっせぃー
2024/04/23 14:18

『人は物の最後の効果にだけ熱心になりがちである。そして物からは最後の結果に打たれるものだと錯誤しがちである。しかし実は、直接に物とは縁遠い背後のものに一番打たれているのだという事のこれは報告でもある。』

ぼっせぃー
『隠されているからこそ意味のあるもの──それこそがオカルトだ。箱に菓子と書いてあるなら、中に塵芥が入っていたとしても、蓋を開けるまでは菓子が入っているのと変わらない。菓子は喰うためにあると云って蓋を開けてしまえば噓が知れるが、上書きを信じて最後まで蓋を開けなければそれは最後まで菓子なんだ。塵芥になることはない。横から他人がしゃしゃり出て、それは塵芥ですなどと口を挟み、折角の楽しみを奪うことはない』今の世は明らかにゴミが入っている箱を押し付けてきて絶対に菓子だから中のものを食え、という人種が増えてしまった。
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ぼっせぃー
『種を保存することが唯一無二の目的でなくなってしまったんだ。それを文化と呼ぶか、知性と呼ぶか、人間性と呼ぶか──それは勝手だが、兎に角、万物の霊長の奢りは、もうひとつの価値を構築してしまった。これが同じ方向を向いているうちはいい。しかし全く逆の方向を向いたとき、我我は戸惑ってしまう』『何でもないんだ。意味なんかありはしない。そういうものなんだよ。いや──そういうものだったのだよ──』デビュー作でここまで“生”と“性”を題にとって文字通り語り尽くしていて凄い。今日まで通用する論じ方をしていて丁寧だと思った。
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ぼっせぃー
ネタバレ10年ぶり以上に再読。『「しかし心理学の方はどうなんだい?」 「あれは文学の部類さ。共感出来る者にのみ有効なんだ。科学の産んだ文学だ」』このフレーズがずっと頭に残っていて、誰か哲学者の引用と思っていたのだが、なんのことはない京極堂だった。記憶の中より京極堂が喋るし人付き合いも悪くない、榎木津は覚えていたよりめちゃくちゃをしているので驚いた。漫画版と映画版にもハマっていた影響か、自分の中で随分イメージを歪めてしまっていたらしく、まさに本書のテーマとも重なるようなことが自らにもささやかに起こってしまっていた。
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ぼっせぃー
ネタバレ『人間は不満や不平等、差別をいけない事だと糾弾するが、その糾弾こそが生きていくためのギアなのだ。何ら摩擦のない世界に戸惑うのだ。何かと戦っていると いうギスギスとささくれた精神状態こそが逆に釣り合いをもたらしそして結果として安定する』昏く燃え続ける江波光則らしいフレーズが所々光るが、全体のトーンと合っていない感じが。『ハーモニー』みたいな道具立てで『千年女優』をやった訳だが、近くに先行作品がある中で被らずに超管理社会を扱うのはキツそうだった。この中のアイデアが『ソリッドステート』に引き継がれてるのは好き。
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ぼっせぃー
「恋慕の淵」「廃館の宴」「箪笥の友だち」「あいつの最期」「天命の木」。文章が古い……?怪談としては説明的すぎるように感じ、個人的にはハマらなかった。恐怖は言葉という理の外側にあり、ぎりぎりまで漸近し語ることでその輪郭を感じるのが怪談だと思っているので、明らかに恐怖を感じるもの具体的に描写したり、現実の事件をほのめかしを越えて引っ張り出してきたりされると醒めてしまう。あとは方言がエセすぎる。特に関西弁は気になった、関西ネイティブからすると大阪のどのエリアでもこんな話し方にならない。読む上でノイズでしかない。
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ぼっせぃー
「囁く家」「防空壕の声」「迷い鬼」「でんしゃ」「会議室の声」「潮の満ち引く海」「箪笥の煤」「ヤマから響く声」かつての炭鉱町の隣で暮らしていたことがあり、本書は町の空気感が生々しくて良かった。筆者もあとがきで語っている通り、炭鉱の繁栄のウラとオモテは親世代を経て断絶し、その因果がブラックブラックボックスになることで、現代に異様な形相となって現れている。近所だった旧炭鉱町の某郡では生活保護の受給率が未だに100‰を超えており、福祉事務所の窓口がワンフロア丸々を占めていた。負の遺産/連鎖はそこここに佇んでいる。
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ぼっせぃー
「鯨歌」「地火」「郷村教師」「カオスの蝶」「詩雲」「栄光と夢」「円円のシャボン玉」「円」。端正というよりは60年代のクラシックSFを思わせる、パワーのあるアイデアに乗せた作品が多い。「地火」「栄光と夢」のような歴史と現実の重たさと「円円のシャボン玉」のような科学への希望と、「円」「詩雲」のような奇想がブレンドされたのが『三体』だったのだと改めて感じる。「詩雲」に出てくる(ニセ)李白は『All tomorrows』のQooの善良なバージョンに違いないのだが、神のイメージって万国でこういった部分があるのだな。
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ぼっせぃー
「かくれんぼ」「いなくなる」「見知らぬ遺影」「〈見える人〉の見る世界」「マダム・バタフライ」「山の悲鳴」「鍋の中」「リアルの果てに」「まぼろしの生き物」「馬児」「靴の中」「流星」「母の涙」「対策」「おとなう」「握手」「初・江の島」「泣き糞」「箱」「出口」「テレビの裏」「翻弄」「血夢」「たてわれ」「何かを捨てる」「松ぼっくり」「娘」「水子霊」「こだま」「大丈夫」「犬寿司」「むこうがわ」「みんなで見た夢」「風船」「肉音」「井戸」「いのちのな」「渇き」「恩人」読んでて平山夢明かなと思った作品は全部平山夢明だった
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ぼっせぃー
「エガオノママデ」「柿の木」「待ってたよ」「良くない音」「踏んではいけない」「首斬りさん」。私見としては(実話系と銘打たれるタイプの)怪談は長くなればなるほど難しいと思っていて、読者の緊張感を維持させる難しさもあるが、フィクションとしてのリアリティを保ちながら日常と異常の解離を描き続ける所に技量が求められる。そういう意味では、土地にまつわる話の方が因習物のようなパターンや下地があってやりやすいと思うのだが、「良くない音」「首斬りさん」のように類例がないがとにかくパンチがあるタイプの話に力が入っていて良い。
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ぼっせぃー
「中古車」「零から六の脚の話」「注文の多い弁当屋」「アイス売り」「わっぱ煮」「焼肉」「筆石」「ぷれみあむ ふらいでい」「天井」「ロフト」「伝言板」「送電塔」「おじゃりんぼう」「羨望」「先まわり」「口紅」「譫妄」「悪魔人形」「革手袋」「川豚」「放り火」「すかぶらの唄」「押れ」「ぎゅん」「宅災」。全体的にリアリティラインを高めに設定しており、無粋なツッコミも余り湧いてこず安心のクオリティで読める。「わっぱ煮」「筆石」「おじゃりんぼう」「すかぶらの唄」など、固有名詞をうまくキメて強度をぐっと底上げするのが巧み。
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ぼっせぃー
タイトル負けかなあ。定量的な話はほぼ全く出てこない。あくまで“ナラティブ”についてあくまでナラティブに語るという設定。物語は古来から人間が集団を形成するうえでメリットの大きいツールで、無意識的に我々が生きる時間の多くに強く関わっている、『ところが多文化・多民族社会になっても、部族を形成するだけでなく部族間を分断する道具としての物語の性質は一向に衰えなかった。そして放っておけば物語は社会内部の激しい部族対立を引き起こし、文化的な分裂や内戦という結果まで導きかねない』事態に現代ではなっているというのが趣旨か。
ぼっせぃー
2024/04/09 15:43

悪意を持ってナラティブな力を使うものがいるという論と、我々にナラティブな力に対するセキュリティホールがあるという論があるのだが、両者がどのように関わり合っているかまで整理されていれば、読み物としてももう少し読みやすかった。

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ぼっせぃー
ネタバレ作者のシグネチャーである内面を何度も何度も走査するような文体が、“思考金属”という格好の材料を得て傑作となった。“人間”である私が“思考金属”の在り方にチューニングされるまで、序盤の章を読み進めるのに辛いところもあったのだが、読み終えてみるとエミュレート小説としてめちゃくちゃ楽しんだという実感がある。相変わらずハッタリの決め方が絶妙。『ロボットたちが人に強く期待しているものは身勝手に決められる『正解』と言って良かった。それは文字通りに正しくなくても一向に構わない。それは彼らにとっては思考の始まりである。』
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ぼっせぃー
「4/19」「お婆さんと猫」「井戸の夢」「ミルクと栄養」「やっぱりね」「人形のせい」「握力」「コレクション」「針のブラジャー」「ブラック」「ベンチの上の位牌」「猫だまし」「いかめ」「殴打」「消えたともだち」「巨木」「もう少し詳しく」「手を挙げて」「洗礼」「葬送の面」「無縁」「冷蔵庫の歌」「むかしのおうち」「先生あのね」「削除」「謎の武者」「増える呪文」「矢継ぎ早」「芳香」「肉片」わずか1シーンで起こる怪異のインスタントさが自分にも起こるのではという“近さ”と結びついており、アイデアの突飛さの割に楽しめた。
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ぼっせぃー
ネタバレ総合的なパワハラ対策には、個人的パワハラと構造的パワハラとを切り分けて考えるのが大切としつつ、後半で語られるのはほぼほぼ個人のパワハラをし易い資質とやらの改善についてであり、自らが問題とするテーマの片面にしか触れていない。性格いい人達だけで働きましょうは無理よ。専門に扱う者から言わせてもらえば、ダークトライアドにおける各項の傾向と、診断名である、自己愛性パーソナリティ障害/反社会性パーソナリティ障害は関連はあるが同一ではないので、仮に公に指摘したり、人事が記録に残したりしていれば普通に名誉毀損になりますよ
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ぼっせぃー
続刊がちゃんと出るのかは分からないが、話運びのペースにかなり余裕が出てきたのは良い印象。惚れた側の焦りとトチりで気張って余計なことまで言った上に行為でヘタこいてフラれるという、一番見たくないものをわざわざちゃんとやるのが、ジャンルに対する反骨なのか、ねじ曲がったフックなのか、露悪趣味/主義なのか分からんが、一番作者らしいパートな気がする。主人公が吹っ切れてしまったから、まだ悩んでる元カノを軸にしてみたのだろうけど、皮膚感覚が強いタイプの人間の癇の強さみたいなのフェチなのか、半脱げが好きなのか、癖がキツい。
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ぼっせぃー
ようやく全てにおいて江波光則らしいと言えるような展開になってきた。“主役”をめぐる鬱屈した線と、泥臭い最強攻略戦が良いバランスで嚙み合って最後まで突っ走れている。地の文のリーダビリティは低いままだがひとまずようやく慣れてきた。基本的に逆張りがスタンスの作者だが、格闘描写は全巻まではかなり生真面目にやっていてむしろ地味な方だと思ったくらいだが、ビックリ人間コンテストになってきてからは、トンデモをハッタリで描き切るというエンタメの技量がうまく発揮されている。イライラしたら車から痰を吐く女を書けるのがザ江波光則
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ぼっせぃー
キャラクターがわっと増えて主人公の独白が減ってバランスが取れてきた。ただ、口の悪い人間が会話の応酬を始めると、途端にどっちが話しているのか分かりにくくなるのはストレス。あと、人によって苗字で読んだり名前で呼んだりするのが統一されておらず、ここらへんもリーダビリティを下げてしまっている。イライラしたり、モヤモヤしたりしている人間の不合理な行動や衝動を、読者にもちゃんと付き合わせて負荷を負わせながら共有しようと書いている所が好き。車とバイクの蘊蓄はオタクならこれでもサッと切り上げてるくらいのつもりな気がする。
が「ナイス!」と言っています。
ぼっせぃー
作家の良いところが悪いように出てしまっていると感じた。主人公の内面語りがおそらく一番の肝だし、巻が進むとある種のビルドゥングスロマンになっているのが分かるのだが、主人子の魅力が分かるヒキが来るまでに恐ろしいくらい独りで喋るし、その内容にもピンとくるものがなくてかなり読み進むのが辛い。そのウダウダに付き合い切れてようやく半分くらいからエンジンがかかる。安易なキャラクター付けをやらないというのがこの作家のライトノベルの土俵での強みで、その泥臭さを読者と分かち合うのが良さなのだが、ちょっと限度があるよなと思う。
が「ナイス!」と言っています。

ユーザーデータ

読書データ

プロフィール

登録日
2011/07/27(4663日経過)
記録初日
2011/07/27(4663日経過)
読んだ本
1284冊(1日平均0.28冊)
読んだページ
394715ページ(1日平均84ページ)
感想・レビュー
793件(投稿率61.8%)
本棚
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性別
年齢
31歳
職業
専門職
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