⇒主観的に見るなら、彼女の理性と情熱の相克は夫と恋人、自身に正直であろうとしてのことで、理解も共感もできる。ある意味、尊敬も。が、不倫の恋を夫に告げるのは賛成しかねる。無意識に罪悪感を減らそうとして夫に余計な重荷を負わせたわけで、クレーヴ公におおいに同情してしまった。
⇒過去の因果から起こる呪いと“ケガレ・清め”思考、戦死した夫への貞節、歌舞伎にあるような口説き、道行の誘いなど、フランス人より日本人になじみそう。女性の怖さ、ずるさ、浅慮が前面に出され、嫌悪より哀れを覚える。彼女たちは神々の権威から解放されても、なお地上の権力によって恋すらも支配されねばならないのだ。
⇒ただし、リスペクトはしても、誰かに思考を預けることはプライドが許さなかっただろうし、熱狂するより懐疑的である方を好んだだろう。天才的ジャーナリストとしてのキリストと、プロパガンダの一翼を担った人々を書いた『西方の人』はそうした意味で興味深い。『三つのなぜ』のソロモンとシバの女王の話は芥川と片山廣子のようだが、彼も彼女のように理知と狂熱がバランスよくあれば、あるいは『西方の神の子』を書いていたかもしれない。
⇒舞台は府内どこでもよさそうなところ、水戸邸の史館──つまり、のちの時代に尊王攘夷を旗印にする水戸学の牙城にした点が皮肉というか、芸が細かい。覚えのある話がちらほらあるが、原典を思い出せない。解説に、著者自身も忘れたものがあるとあった。博覧強記で聞こえた学者もキャパオーバーかと妙に安心しかけて、いや待て、原典なしでも執筆できるのだから、やはりその記憶力おそるべしである。
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⇒著者自身も認めているが、二人の魂は似ている。心に、自分だけの草原を持つ人たち。今、私はその草原のクローバーの幾本かを手にしている。