「最近この批評家へと寄せられる尊敬の合唱に加わる気は私にはないけれど、あの長い忘却の真只中における後鳥羽院再評価の力業には最大の讃辞を呈してもよい〔略〕保田與重郎が王朝の歌の特性を説明するため、このサロンという概念を初めて用いた功績は多大で〔略〕近代日本文学の貧しいリアリズムの真只中で古い日本文化の豪奢と美について述べるには、西欧の文物を使って比喩的に言うしかなかったろうし、しかもこの比喩は的確を極めている。生活と趣味と素養とが文学の基盤となってそれを養っている気配を言うには、これ以上の形容は見当らない」
「いかにせん思ひありその忘貝かひもなぎさに波よするそで 上の句は、(A)あの人に思いこがれながら長い年月を経たのにその甲斐もなく、という表と、(B)その恋ごころの辛さから解放されようとして長いあいだ渚に恋忘れ貝を探し求めたのにそれもむなしくて、という裏とを持つ、こみいった仕掛けの織物となる。このときわれわれはこの綴れ織の表と裏を同時に玩賞するだけの視力を持っていなければならないのである。現代のいわゆる短歌に慣れた眼から見ると、こういう構造は途方もなく奇異なものとして眼に映ずる」(〃)
「最近この批評家へと寄せられる尊敬の合唱に加わる気は私にはないけれど、あの長い忘却の真只中における後鳥羽院再評価の力業には最大の讃辞を呈してもよい〔略〕保田與重郎が王朝の歌の特性を説明するため、このサロンという概念を初めて用いた功績は多大で〔略〕近代日本文学の貧しいリアリズムの真只中で古い日本文化の豪奢と美について述べるには、西欧の文物を使って比喩的に言うしかなかったろうし、しかもこの比喩は的確を極めている。生活と趣味と素養とが文学の基盤となってそれを養っている気配を言うには、これ以上の形容は見当らない」
「彼は後を顧みた。さうしてたうていまた元の路へ引き返す勇気を有たなかつた。彼は前を眺めた。前には堅固な扉がいつまでも展望を遮ぎつてゐた。彼は門を通る人ではなかつた。また門を通らないで済む人でもなかつた。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であつた。」(『門』夏目漱石)
「或有身如日初出者、有身沈没如重石者、有挙手向天而号哭者、有共相近而号哭者、久受大苦、無主無救」(『往生要集』源信)
「春の夜のひかりにあへず吹く風にゆくへもしらぬ花のひとひら」(拙歌)
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「いかにせん思ひありその忘貝かひもなぎさに波よするそで 上の句は、(A)あの人に思いこがれながら長い年月を経たのにその甲斐もなく、という表と、(B)その恋ごころの辛さから解放されようとして長いあいだ渚に恋忘れ貝を探し求めたのにそれもむなしくて、という裏とを持つ、こみいった仕掛けの織物となる。このときわれわれはこの綴れ織の表と裏を同時に玩賞するだけの視力を持っていなければならないのである。現代のいわゆる短歌に慣れた眼から見ると、こういう構造は途方もなく奇異なものとして眼に映ずる」(〃)