与太話を1つ。ぼくは論敵(?)である宮台信者だった時期がある。だが、この2人はいまの目で読み返してみるとそれぞれがそれぞれの実存の立ち位置から同じ地点をめぐって話しているような、そんな気がしてならない。宮台的にニヒリズムを超えた生き方を語ろうとすればどうしたって「天皇」「革命」的な彼のお祭り体質が顔を出すのだろうし、西部的に語れば(まだそこまで読み込めていないが)こうした極度にストイックで思弁的な、「(ぼくのような)バカにもわかるように」なんてこれっぽっちも思っちゃいない書きぶりになってしまうんだろうなと
ぼくはこの問題に対して、あくまでまず「少なくともこのぼくだって『男社会』の中で(猥談の輪からもハジカれてさんざんいじめられたので)ずいぶん抑圧されて、だから学校では死んだふりをして過ごして恋も青春も、『ホモソーシャル』な社会における勝者となることもまったくあきらめて生きざるをえなかった」と言っておきたい。もちろん「だからぼくはフェミニストを名乗れる」なんておこがましいことは言わない(もっとゆがんだ女性観を植え付けられて苦労したというのが本当のところだ)。上野千鶴子が見ていないインビジブルな層がぼくの立場だ
あと思ったのは、ナボコフ『ロリータ』をロリータがハンバート・ハンバートをたぶらかして必死にサバイブしようとあがいた話、と読んでいるところ。ぼくは(これは皮肉抜きでぼくの限界かなとも思うが)『ロリータ』はまさにハンバート・ハンバートの妄執・偏愛の中でいたずらにロリータの美的・性的価値がふくれ上がる滑稽さに満点大笑いする話と読んできたので(つまり、ロリータからすればハンバート・ハンバートなんて「あのおっさんヤバい」で終わりだろう)、ここでぼくと上野千鶴子の間に1つ「ズレ」があることに気づかされてそれが興味深い
実にエッジの効いた、辛味のある議論が展開されており読み応えあり。ただ、本書はポジティブ心理学への批判が先走りすぎて、その背景となった政治・経済の歴史やその反映としての文化(ポップカルチャーやサブカルチャー)の変遷にまで分析が及んでいないのが惜しい。あるいは、こうした問題を論じるとなると「スピリチュアル」「オカルト」とされる分野がどのようにこの社会へ波及してきたかについても論じないといけないとも思う。だからこの本は「結論」というより「試金石」的な、この本から新たな議論が展開されるべき「たたき台」だと思われる
踊ります!
#「あ~ん」を好きな文学作品で埋める
あ 『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト
い 『異邦人』アルベール・カミュ
う 『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン
え 『M/Tと森のフシギの物語』大江健三郎
お 『終わりと始まり』ヴィスワヴァ・シンボルスカ
か 『火山の下』マルカム・ラウリー
き 『奇偶』山口雅也
く 『苦海浄土』石牟礼道子
け 『化粧』中上健次
こ 『孤独の発明』ポール・オースター
さ 『さようなら、ギャングたち』高橋源一郎
し 『シンセミア』阿部和重
す 『好き好き大好き超愛してる。』舞城王太郎
せ 『Self-Reference ENGINE』円城塔
そ 『訴訟』カフカ
た 『第三次世界大戦秘史』J・G・バラード
ち 『血の熱』イレーヌ・ネミロフスキー
つ 『罪と罰』ドストエフスキー
て 『天国が降ってくる』島田雅彦
と 『道化師の恋』金井美恵子
な 『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩
に 『日本難民』吉田知子
ぬ 『ぬかるんでから』佐藤哲也
ね 『眠れる美女』川端康成
の 『ノヴァーリスの引用』奥泉光
は 『匣の中の失楽』竹本健治
ひ 『日々の暮し方』別役実
ふ 『ブエノスアイレス午前零時』藤沢周
へ 『ペニス』津原泰水
ほ 『ホテル・アウシュヴィッツ』山口泉
ま 『マルテの手記』ライナー・マリア・リルケ
み 『三つの小さな王国』スティーヴン・ミルハウザー
む 『村上龍映画小説集』村上龍
め 『冥途・旅順入城式』内田百閒
も 『もうひとつの夏へ』飛火野耀
や 『夜間飛行』サン=テグジュペリ
ゆ 『夢十夜』夏目漱石
よ 『夜の子どもたち』芝田勝茂
ら 『楽天記』古井由吉
り 『リトル、ビッグ』ジョン・クロウリー
る 『ルビコン・ビーチ』スティーヴ・エリクソン
れ 『恋愛のディスクール・断章』ロラン・バルト
ろ 『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ
わ 『若き日の哀しみ』ダニロ・キシュ
(2023年2月5日時点)
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与太話を1つ。ぼくは論敵(?)である宮台信者だった時期がある。だが、この2人はいまの目で読み返してみるとそれぞれがそれぞれの実存の立ち位置から同じ地点をめぐって話しているような、そんな気がしてならない。宮台的にニヒリズムを超えた生き方を語ろうとすればどうしたって「天皇」「革命」的な彼のお祭り体質が顔を出すのだろうし、西部的に語れば(まだそこまで読み込めていないが)こうした極度にストイックで思弁的な、「(ぼくのような)バカにもわかるように」なんてこれっぽっちも思っちゃいない書きぶりになってしまうんだろうなと