林望氏のエッセイにあった「狼が口を開いたようなスコーン」を思い浮かべ呑気にこの本を手に取る。「オオカミの口のなか」。原題:IN THE MOUTH OF THE WOLF。 軍事スパイの主人公フランシスたちをそこから連れ出すクリスティーンの潔さ、勇ましさは、「戦下の淡き光」の母親とリンクした。ところで、個人的に心底驚いた場面がある。「兵役免除審査局」というのが第二次大戦下イギリスにあり、主人公がそこで「戦場で戦うつもりはない」と申し開きをすると農場で働く流れになる。この制度について細かく知りたいと思った。
表紙絵の空白部分がちょうど犬の顔のようになっている。実は犬ではなく狼だ。原題はIn the Mouth of the Wolf=狼の口へ、となっているのであわせている。小さく見える人は、虎口ではなく狼口から、ちょうど出て来るところだ。ただ、狼の目は笑っている。いつでも捕まえられるぞ、と言うように。90歳の誕生日を大勢の人に祝われる老人の名前は、フランシス・カマルツ。フランスの全国民を救ったと言われる彼は、戦争中何をしたのか。作家マイケル・モーパーゴの叔父フランシスの生涯を回想という形で断片的に綴る。
モーパーゴの新作、原題は「IN THE MOUTH OF THE WOLF」。作者の叔父フランシス・カマルツの戦争体験を回顧した物語。文学や芸術を愛し、平和主義であったフランシスの生き方を戦争が変えてしまった。しかし、生きのびたフランシスは戦後の平和がもたらす幸福を享受して90年の生涯を終えた。私は翻訳物を読むとき、原題と日本語のタイトルのニュアンスを比べてしまう。本書の原題は、戦争の恐怖を象徴したものだと感じた。「たいせつな人へ」の方は日本的情緒に訴えようとする書名だと思った。